第12話 抑止

 コインの家を出て駆け抜ける。


 街は光景がダウンタウンで見た光景と全く同じだった。

 建物は崩れ去り、火炎の匂いが染みついてむせそうになる。


 コインから貰ったローブを靡かせ俺は教会騎士の本部であろう場所へと向かった。

 それが何故わかったかと言うと、ローブのポケットにさり気無く一枚のメモが入ってた。

 昔と同じように、相変わらずコインは人に物を頼むのが苦手なのだと思ってしまった。


 と、そんな微笑んでいられる場合じゃない。


 街の至る所ではモンスターがウロウロしている。

 あの突然感じた魔力、その正体がこれなのか。いや、違う。これは恐らく余波のような物。

 きっと何かが行われ様としているんだ。



「助けてくれぇえー!!!」

「早く通してくれよ!!」


「ま、待て!! ここはもういっぱいで無理だ!!」


 目的地に到着して早々に目にした物は、人間の荒波だった。

 市民が教会騎士の本部に避難をしようと押し掛けている。

 どうにかして中に入ろうと市民と騎士達が小競り合いをしている光景はあまりにも不毛だった。つい最後尾からその光景を見ていると、俺の背後には気配を感じる。


 モンスター。

 人の腕や、足。部位を口にしながら数匹姿を見せ、その目を輝かせていた。


「ゴブリンだぁあああー!!」

「逃げろぉおぉおー!!!」

「あんたら騎士なんだろ!? 戦えよ!!」


 一気にその場の空気が爆発した。

 ただ不満を垂れ流しながら野次を飛ばしていた市民達が更に力を込めて本部の中へ誰よりも先に自分の身体を入れようと押し込み出した。



キシャァアアアアアアアアー!!!!



 大量の獲物。

 飛び出したゴブリンの目にはきっとそう映ったのだろう。


 だが、映っているのは獲物じゃない。


 先頭に飛び出したゴブリンの首が飛ぶ。

 胴体は数歩歩いてすぐに倒れ込んだ。

 勢いよく駆け出したはずのゴブリン達がすぐにその動きを止めた。


 そして俺の方に目線を向けた。


「変な気分だ。つい最近までお前等にビビり散らしていたのが嘘みたいだよ」


 剣を逆手に構える。

 その姿勢、感覚・・そしてコインが用意してくれたローブがふわりと靡く感じ。

 俺の全身全霊が喜びに満ちているのがわかる。


 刻印の力なんて俺には、無い。それがどれだけ悔やんだか、何故こんなにも違いを見せつけられなきゃならなかったのか。

 そんなくだらない苦悩は、全て消え去っていた。


「準備運動。付き合えよ」


キシャァアアアアアアー!!!!


 一斉に飛び掛かるゴブリンに一人で俺は立ち向かう。


 手にしたナイフが投げられればそれを撃ち返すように弾き飛ばす。

 自分達の背丈が圧倒的に小さくリーチが無い故にゴブリンはその小ささを利用して小回りの利く動きで翻弄しようとする。


 が、そんな物は無駄だ。

 ゴブリンの速度程度、カッコよく言えば止まって見える。


 剣を振るえば真っ二つになるゴブリンを一撃で仕留めて行く。

 最適な動きで、どのゴブリンが何をしようとしているのか一瞬で見極めて順序を決めて剣を振るうだけの簡単作業だった。


「ふぅ・・・上出来っ!」


 サっと手でローブに付いた血を払おうとしたが、本当に払っただけで血が光りの粒子になって消えて行った。

 そんなしょうも無いローブの機能に笑みが零れた。

 戦闘が終わる度に俺がやる癖を忘れて無かったみたいで微笑ましかった。



グオォオォォオオオォー!!!! 



 ローブのそんな機能があまりにも面白くて至る所にある帰り血を払って消していると、オークが姿を見せた。

 相変わらず無駄に巨体だな、なんて感想しか出なかった。


 そんな俺の感想なんて知らないとばかりに手に持った棍棒を振り上げた。


「コインが作ってくれたローブで楽しんでたんだ。邪魔すんなよ」


 棍棒を片手で受け止めそのまま振り回し、来た道に放り投げてやる。


 民家に激突しそのまま崩れる瓦礫でオークは消滅していった。


 俺は受け止めた手を見ながらグーパー、グーパーと感覚を確認する。

 本当に自分の体なのかと疑いたくなる。


 実際身体の作りはそこまで自信がある方では無い、それこそ前世の記憶の俺のように鍛え上げられた身体では決してない。


 だがそんなハンデを補い余るほどの物が今の俺にはある。


 前世の記憶から得たのは魔法の知識だけでは無い。

 俺が見て感じて、考える前に全てを終えている。


 それは、経験だ。

 前世の体じゃなくとも俺に染み付いた感覚と思考が全てを済ませてくれていた。

 自分の体なのに自分の体じゃないような感覚。気持ち悪い感想もあるが、それ以上に心地好くもある。


「ま、また来るぞぉおー!!」


 市民達の声で浸っていた気を戻す。

 なるほど、確かに来た・・・大量に。


 流石にもう準備運動は不要で、ここに用があるわけじゃない。

 市民達を助けてやりたい気持ちは大いにあるが。仕方ない。


「えー・・・誰か~、魔法使える人居ますか~~」


 溢れんばかりの人達に声を掛ける。

 誰もが俺と目を合わせない。誰だってそうだよな普通、そこは時代が変わっても変わらない物か・・・。


「ぼ、僕・・・つ使えます!!」


 そんな中で前に出てきたのは、一人の少年だった。

 あまりにも大きなブカブカな帽子を被り、あまりにもボロボロな杖を持っていた。


 俺はその帽子と杖に目を見開いて驚いていた。


「その帽子・・・」

「えっこれですか。えっと、曾爺さまの形見・・・です」


 曾爺さま・・・か。


 そうか、あの人・・・息子がいるとか最後の最後に言ってたな。


「よし! 俺が君に凄い魔法を伝授しよう!」

「え・・・?」


 目を点にして俺を見る少年を余所に杖を借りて地面に突き刺す。

 少年の横顔を見る度に確かに何か似ている気がしてきた俺はなんだか嬉しくなってきた。


「さっ、これを握って。一回しかやらないからしっかりと感覚を覚えるんだぞ?」

「は、はい!!」


 俺は依然教えて貰った方法を同じ事を少年にやる。

 一度杖を反して魔法を使う、その時に流れる魔力の流れと感覚を一緒に握っている者に伝えさせる。


 詠唱は必要ない。

 恐らくこの子にはわかるはずだから。


「こ、これは・・・!?」


 俺と少年の目の前には巨大なバリアが展開された。

 魔法障壁。しかもかなり丈夫な物だ。

 俺達の中で防御特化のあの人から言わせるとこんな魔法は序の口だと言うに決まってるだろうが、今もモンスターが迫ってくるようなこんな状態では有り余る力だ。


「後は一人で出来るな?」

「は、はい!!! ありがとう、ございます!!」


 教会騎士の本部までの道筋はこれで封鎖出来た。恐らくは障壁を張る少年の魔力の持ちようではあるが、大丈夫だと確信があった。


 あの人の・・・曾孫さんなら。


「曾爺さま・・好きか?」


 唐突の質問に、魔力コントロールをしていた少年は驚いた。

 

 そして俺の質問にこれでもかという程の万面の笑みを浮かべた。


「はい!!!」







「ふぅ・・さてと」


 曾孫さんに魔法を教えてから俺は本部の中に入って行った。


 なんだかあの後、曾孫さんの姿を見た大人達が次々とモンスターに立ち向かおうとし始めた。

 我が身大事の自分達を恥じたのだろう。俺の声掛けに応じたのはたった一人の年端もいかない少年だったのだから。


 まあ、熱苦しいあの人が曾爺さんって言われたら何となく納得出来た。

 とにかく正義感の強い人だった、逃げるよりも人を逃がす方が似合うような姿はなんだか受け継がれているようにも思えた。


 子供の子供か。

 なんだか色々考えさせられてしまうな。



「嘘っ・・・藍君!?」


 本部を歩いていると俺は名を呼ばれた。

 つい剣を握り身構えてしまったが、すぐにそれは解けた。


「凛上・・・なのか」

「そうだよ・・・そうだよ!!!」


 瞳に溜め込んだ涙を決壊させたかのように泣きじゃくり俺に抱き付いてきた。


「無事でよかった・・・本当に」


 なんて返せばいいのか全く思い付かなかった。

 普通ならここで背中をさすったりして慰めてやるのが定番なのだろうが、今そんな感動に浸れる気になれなかった。


「みんなは、透達は!?」

「それが・・・」


 凛上は混乱しているのか、上手く説明でき無さそうにしていた。

 とにかく、こっちへと。俺は凛上に案内されるように本部の中に更に入って行った。


 禍々しい魔力が所狭しと感じる。 

 普通なら気が狂いそうになるが、凛上もまた刻印の力でそれを跳ね退けているのだろう。


 走りながら凛上の後を追っていると所々に騎士達が倒れている光景を目にした。

 何かと戦っていたようには見えない。どちらかというと、何かを吸い取られたかのような・・・。


「ここ・・・」


 そこは何の変哲も無い一室。


 扉を凛上が開け中に入るように促された。ふと凛上を見ると凛上は今にも泣きそうな表情を浮かべながら目を背けていた。


 中には一体何が。

 俺は、意を決して・・・中に入った。


「・・・っ!」


 中は綺麗に纏まっていた。特別な物なんて何一つなかったが、一番最初に目にしたのは大きなベッド。

 そしてそのベッドには、一人の少女が横になっていた。


「澄原・・・」


 透の彼女。そして俺を一度殺そうとした俺の友達の一人。

 そんな彼女の体は、黒い粒子に覆われ半透明な姿で苦しんでいた・・・。









 藍が宝華と共に澄原由子の部屋向かっていた時。

 礼拝堂では、大司教がとある儀式を進めていた。


「満ちて行く・・・! これが世界の理、これが真理!! そうでしたか、世界は元々・・・世界はもはや存在しなかったというのですね!!」


 両手を高らかに上げパンドラに集まる黒い粒子を自らに少しずつ取り込もうとしていた。

 白い大きなローブは黒い粒子の影響を受けてか黒く染まり始めていた。


「なのに・・・。なのにあなた方は、そんな世界を救ってしまったというのですね」

「戯言は聞き飽きたわ。随分と手こずらせてくれたじゃない」


 たった一人礼拝堂に踏み入れたのは、ボロボロになっているメリスだった。


 メリスはここへ来るまでの間、多くのモンスターと戦っていたのだった。

 この礼拝堂に通じる通路、その扉が開けられる度に見知らぬ場所へと放り出されていた。


「お気に召しませんでしたか? あなたの為に用意した幻覚結界魔法、大変だったのですよ?」

「何度も言わせないで、戯言は聞き飽きたと。これ以上、何をしようっていうの!!」


 弓剣を構えた途端に大司教は高笑いをし出した。


「何を? ですって!? これは異な事、そんな物決まってるではありませんか! 世界の救済に決まってるじゃないですか!!!」


 今までの不敵な笑みを浮かべていた者とは打って変わり大司教は盛大に表情を変えていた。


 そんな大司教を見たメリスもついに堪忍袋の緒が切れたかのように、怒り狂う。


「"邪災獣の復活"なんて!!! それの何処が救済だと言うの!! あなたがやろうとしている事は真逆の行為よ!!!」

「いいえ、正当な行為です。確信したのですよ私は、この刻印の力が視せたのですよ! 私の行為が正しいと!!!」


 刻印が光り輝く。

 あまりの眩しさにメリスは目を細める。


 光が収まった途端に見た大司教の姿にメリスは驚愕した。


 右腕に刻まれているはずの刻印、それが首から顔にまで及んでいた。

 恐らく、大司教の全体に刻まれていると容易に想像出来た。


「世界終焉。それは、人々が神を不要と定めた結末なのです。だから神はその慈悲深い心を持って人々から離れて行った。それが終わりの始まりなのです」


 まるで教壇から教えを告げる聖職者のように、大司教は語り出した。


「必要なのはそう、信仰心。未来永劫、我々には神が必要不可欠なのです。子が常に親を必要とするのと同じように」

「その為の・・・邪災獣」

「その通り、世界の救済には最悪が必要。人々には今・・・絶望が必要なのですよ」


 大司教の目的が今明らかになった。

 邪災獣の復活。それはメリスと前世の藍が仲間達と共に命を掛けて封じ込めた世界の天敵。


 ただ破壊の限りを尽くす存在。そこに国家や人種などという人々が抱えていた問題など介入する余地も無い物。

 邪悪な災害。世界の終わりを告げたとされる大事件だった。


 そして今、それを抑えた一人であるメリスの前でその邪災獣を復活されようとしていた。


 理由は世界を救う為だと大司教は口にする。


 世界を救う為に、世界を脅かすと。


「あなたは・・・邪災獣の事を何も知らなさ過ぎる、あまりにも浅はかだわ」

「何を言うかと思えば、年寄り臭いお説教ですか?」

「あれはあなたなんかが思っている物では無いわ、あれはこの世界に居てはならない物、世界を蝕み、破壊し尽くすだけのモノ。救いなんていう要因が・・・入るはずもないのよ!」


 思い出すかのようにメリスは語る。


 邪災獣との戦いまでに多くの者達と戦ってきた。

 人間、モンスター、災害。ありとあらゆるモノに自分達は立ち向かいどうにか事を進めてきたはずだった。


 だが邪災獣は違う。

 その存在自体が破壊の象徴。自分達が何をしようが破壊の限りを作る化け物。

 それには何も無い、ただ息を吸うように世界を蝕むだけの存在。


 人の意思、神の意思など何の役にも立たない。その事実だけを付き付ける。


「まだ、間に合います。これ以上愚かな行為はやめなさい」

「愚かかどうかはあなたが決める事では無い・・・神が決める事なのですよ」


 そう・・・。

 何か淡い期待をしていたのかと、メリスは気を落とした。

 間違いを正したい、そんな考えはとっくに捨てたはずだったが名残が残っていた自分に少し嫌気が差した。


 だが、もう不要だ。

 そう覚悟決め、弓剣を握りしめた。


 もう、何も言う事はないと、飛び出したのだった。

 狙いは無論大司教のみ。


 だが礼拝堂の中央。その宙で何かが姿を現しメリスと大司教の間に割って入る。


「退きなさい転使!! 異世界から来た者だからと言って、邪魔をするなら容赦はしないわよ!!」


「ぉぉぉおおあああああああ!!!!」


 獣のような雄叫び。

 メリスの弓剣を両手で受け止めているのは、安堂透だった。


「彼は私の唯一の良き理解者。あなたに彼を殺せますか?」


 メリスは受け止められた弓剣を引く。それと同時に透を大きく蹴り飛ばす。


「残念だけど、あなたでは私には勝てないわ。そんな状態なら尚更ね」

「ぐぅぅうぅ・・・!!!!」


 壁に激突してもすぐに体勢を立て直しメリスを威嚇する喉を鳴らす。

 両手両足を光らせ刻印の力を発動し、今度は透から動き出した。


 素早い動き、だがメリスにとっては追えない物では無かった。

 地面を蹴り、壁を走り、高速で動く透に対して弓を引き冷静に身構える。


「ぉぉぉぉおああああ!!!」


 攻撃位置は背後。

 メリスの背に向けて飛び掛かる透。


 一撃で倒す。その意思を込めるように拳を前へ突き出した。


「ごめん、私には通用しないの」


 引いた弓が弾かれた。

 まるで読んでいたかのように、身体はそのままに弓剣のみが透の方を向いていた。

 攻撃に集中している透には、その攻撃を避ける術は、なかった。


「ぐああぁあああああああ!!!!」


 放たれた矢は透を貫き余波で押し込むようにメリスから突き放した。

 悲鳴を上げ腹部から血を流しながらその場で蹲る。そんな透の姿をメリスは多くの感情を抱いた。


 彼等に、転使に、罪は決してない。

 獣のように叫ぶ透もまた、被害者の一人だというのに。


「本当に・・・ごめんなさい」


 自分の非力さを悔やむようにメリスは弓を引く。

 簡単に再起できるような一撃ではなかった。それを狙ってのカウンター攻撃だったのだから。

 今この時だって、時間が惜しいの。

 だから、メリスは・・・弓を弾いた――。





「・・・っ!?」

 

 放たれた矢は、天井へと撃ち込まれた。

 メリスが逸らしたのでは無い。握っていた弓剣が・・・上へと向けられた。

 阻んだのは、メリスが一番見覚えのある剣。


「ふむ・・・役者は揃った。ということですね」


 誰もがその存在に目を奪われていた。






「あな・・たは・・・!」

「初めまして・・だよ、な。メリス」


 俺は、複雑な表情をメリスに向けた。

 ようやく出会えてしまった彼女に。


 ここまでの事がまるで走馬灯のように、蘇る気分だった。

 何度俺は、彼女の事を想って浸ろうと思いそれを拒んだか。

 この世界に来てどれだけ彼女という存在だけにフォーカスすれば気が楽だったか。


 メリスに会えますように。ただメリスに会いたい。


 その叶える事の出来る願いに溺れればどれだけ楽だったか。

 俺という存在、前世の記憶。そんな難しい事じゃない。


 ただ一人の最愛の人に会いに行きたいという気持ちを、俺は必死に抑え込んでいた。

 そうしなかったら、きっと俺は崩壊していたから。


 俺が俺で無くなると確信していたから・・・。


「顔近いんですけど」

「いてててててて!!! ごめんなさいごめんなさい」


 無意識に近付いていた俺の顔を離そうとメリスが手で押し出す。

 メリスの弓剣を防ぐ為に身体を密着させていたらしい。不思議だ、これもきっと前世の記憶のせいだ、故意では無い。


「違います変態」

「痛い痛い痛い痛い、蹴らないでお願い」


 なんだろう、凄くあまりにも凄く懐かしいやり取りをしている気がした。

 これは、そうだ、まだメリスがツンデレのツン期だった頃のやり取りに凄く似ている!


 ふと、メリスと目が合うと。突然ハッとなり、俺から目線を逸らすと同時にトドメを刺そうとした透の方を見ては俺を警戒する。


「何処の誰だか知りませんが、邪魔をするなら――」

「大丈夫大丈夫、俺は味方だ・・・」

「何を証拠に、そう思えと」


 俺もついつい高揚していた。一度息を大きく吸い整える。

 疑心に思うメリスを余所に俺は、ただずっと考えていた事を口にしようとした。


 今目の前にいるメリスに向けて言いたかった言葉を。



「一人にしちゃって・・・ごめんな」


「・・・・・・ぇ」


 それだけだ。

 それを俺は伝えたかったのだ。それだけで十分なんだ。


 ここへ来れば必ず言えると思っていた。

 これで俺の、前世の記憶での一番の目的は達成出来た。


「悪いが、透・・・彼は俺が話しをするから下がっててくれ」

「えっ・・・あっ、でも」


 戸惑いを隠せないでいるメリスの有無を言わせる前に俺はメリスと透の間に入った。きっと今振り返ってメリスの顔を見たら俺絶対に歯止めが効かなくなる自信があるからだ。


 そう、今は・・・目の前にいる人間の親友。

 刻越藍として、俺はこの場に立つ必要があるんだ。


「ぜぇ・・・はぁはぁ・・・うぅぅう!!!」


 獣の唸り声。

 メリスに付けられた傷に苦しんでいる。

 そんな透に俺は、ポーチからある物を取り出し投げ付けぶつけた。


「あれは・・・コインの回復玉」


 俺の背中でメリスが呟いた。

 そう、俺が投げたのはコインが開発した回復玉、能力はコインが作る特殊な回復薬には劣るが、通常で売っている回復薬以上の効果がある。

 それをぶつけることで対象をすぐさま回復薬を飲んだ時と同じ効果を与える優れ物。


 これは本来、仲間同士で緊急時に使用する物だったが。

 まさか敵対する相手に使ったのは流石に初めてだった。


「ぅぅぅ・・・ぉおあ!!!」


 回復していく自分の姿を不思議に思いながらも透は立ち上がって俺に対峙し始めた。

 その姿はまさに獣その物だ。


 だから、俺は・・・透に向けて言い放った。



「もう・・・演技はやめろ。透」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る