第11話 過去

「んっ・・・」


 身体が痛い。

 刻越藍、またしても同じ天井を見ている。

 同時にここがあのコインズの家だという事がわかった。


 記憶の整理・・・と言っても簡単にできる物じゃなかった。


 前世の記憶。

 この世界で戦ってきた時の記憶が一斉に襲い掛かってきた感覚を今でも俺は忘れられないでいる。

 それはあの空間で前世の俺の姿をした男を刺した時に感じた物。


 理解した。

 白昼夢の事を。

 だが、それだけだ。なんだか今まであの白昼夢に抱いていた感情が180度真逆に回転した事に体も心も、多くの物が反応しきれていない。


 喜んでいいのか。

 悲しむべきなのか。


 あまりにも複雑で、ある種の虚無感に見舞われている。なんてカッコいい事言うがただの思考停止だ。


「なんだ、起きたみたいだね。随分とそのベッドが気に入ったみたいじゃないか」

「コインズ・・・さん」


 コインズの婆さんがベッドの横の椅子に腰掛け、俺に薬を手渡す。

 以前と同じ回復薬だ。


 今ならわかる、この回復薬はかなり特別な物だと。市販されていない物で、以前の俺の仲間、前世で共に戦った仲間が作った試作品と味が似ている気がした。


「苦い・・・」

「あん? ふん・・・薬ってのは苦い物なんだよ、甘い薬なんて飲んで完治したいのなら、怪我なんてすんじゃないよ」


 コインズが呆れたように口鋭く叱りつけてきた。

 その言葉一つ一つがふと俺の記憶を刺激する。


「何日寝てた? リットは?・・・それと」


 メリスは・・・。そう口にしようとして俺は躊躇った。

 あれがメリスだったのは間違いない。今も当然メリスの所在が気になるのは言うまでも無い。

 だが、何故か俺は怖かった。


「半日ぐっすりだよ。もっと寝てると思ったが耐性でも付いたのかねあんた。それとリットはこっちが聞きたいくらいさ、あの子・・・帰ってこないんだけど」


 リットの事になった瞬間、俺を睨み付けてきた。


 半日寝ていた。そしてリットは戻ってこない。

 俺が最後にリットを見たのは・・・、透と戦っていた時だったか?


「わからない・・・俺の方が先にダウンしてたと思うから。ごめん」

「・・・そうかい」


 駄目だ、あまりにも多くの事があり過ぎて整理しきれない。

 現状を垣間見るに、コインズは恐らく探しに行ったはず。そして俺に所在を聞くという事は何も手がかりが無いって事だ。


 考えられる事としては、攫われたか。


 可能性は大いにある。

 だとしたらここでじっとはしていられない。


「メデューサの唾液はあるか?あとグリフォンの血と・・・えっと」

「は? 一応、あ、あるけど・・・」

「ならあと・・・」


 必要な物が多い。下手にこの世界の記憶を受け継いだからとは言えまだ体と思考が追い付いていない。

 けれど行かなくちゃならない、今の俺に休息は決して許されるはずが無い。そう感じていた。


 そそくさと掛けられていた布団を剥ぎ取る。

 ふと、コインズの顔を見ると俺をじっと見つめていた。


「あんた・・・別人・・・じゃないわよね」

「え? あぁー・・・」


 俺は上を向いて考えた。そう見えるなんて思ってもみなかった。

 ただ前世の記憶を取り戻した? と言っていいかわからないけど、忌まわしいと感じていた白昼夢の存在が変わってからはなんだか頭がスッキリしたような感覚が無きにしも非ずだった事に今更になって気が付いた。


 俺は深く深呼吸をした。


「俺・・・この世界の人間だったみたいなんだ。前世の記憶・・・みたいな? それが、俺を苦しめていた正体だったんだ」


 俺はコインズに出来る限りの事を説明した。

 この世界に来てから白昼夢を見るようになった事、それが原因で仲間達から迫害を受け殺されかけた事。


 今手元にある剣、この剣で刺されてワープ魔法が自動で発動した事。

 なんで発動したかは言ってもわからないと思い話さなかったが、これは昔、メリスが勝手に付けた最大緊急用の魔法だ。

 俺一人でも逃げて貰えるようにという物、前世では一度も使う事はなかったが、まさか来世である今、それに救われるとは思ってもみなかった。


 それからリットと共に転使の目黒と戦った事。何とか勝利出来そうなところで、俺の親友である透がそれを邪魔した。


 何とか善戦するも俺は透に敗れたのだ。


 そして目を覚ましたら知らぬ間に俺はこの剣を握っていて、また意識を失った。


「剣・・・前世の記憶・・・にわかには信じられないがね」

「だろうな、俺も実際そう思う」


 ふと、部屋に立てかけられているカレンダーを目にした。

 取り戻した記憶を掘り返しながら俺は、今とその前世の時差を考えた。

 考えたが、かなりの月日が流れている事に落ち込みそうになりやめた。


「とにかく、俺はあんたが思うよりも昔の人間みたいなんだ」

「ふーん、でその剣の持ち主。とでも言いたいのかい?」


 棘のある言い方のコインズに違和感を覚えながらも俺はコインズが指差した剣を取る。

 自然と逆手に持ち。剣を眺めた。


「・・・あんた」


 そう、この剣はメリスが俺にくれた物だ。

 長い旅路の中で俺の為だけにメリスがその魔力を踏んだんに使い、仲間達と共に完成させた剣・・・。


「これはみんなで作り上げた。絆の証なんだ」


 この剣が作られた時の映像が頭に浮かび、つい思い出に浸ってしまう。

 ただ懐かしむように、剣に出来た一つ一つの汚れと傷が思い出をより確かに浮かび上がらせてくる。


 あぁ・・・やっぱり俺は、この世界の人間なんだなと思い知らされる。


 刻越藍という存在は間違いなく俺だ。

 そして、この前世の記憶の人間も間違いなく俺なんだ。


 どっちか取らないといけないかもしれないのか、そんな事を少しだけ考えたが。

 必要はなかった。


 だってどっちも俺なんだから、そんな物は必要ない。


「ありがとう、おかげで決心が付いた」

「・・・あたしゃ何もしてないがね」


 コインズは部屋を後にしようと扉から出ようとする。

 だが、すぐにこちらを振り返った。


「何してるんだい、必要な物がたくさんあるんだろう?」

「っ・・・。あぁ、ありがとう」



 俺の準備。まるで最終決戦に向かう時のような高揚感を感じていた。


 そしてあの時を思い出していた。


 仲間達と共に今と同じように準備を怠らないようにしていた事を。

 今の俺は一人だ。けれど・・・。


「俺・・・頑張るよ」


 かつての仲間達、共に戦う事が出来なくても俺達を常に支えてくれた人たち。彼等がまるで俺の背中を押してくれたかのような幻覚。

 その感覚を噛み締めて、俺は再び・・・部屋を後にするのであった。







 礼拝堂は、静寂していた。

 ただ一人、大司教は目を閉じ続けていた。


「なるほど・・・視えましたよ、"君の言う未来"が。そうですか・・・では、計画を変更しましょう」


 大司教は懐から一冊の書物を手にし、それを掲げた。


 書物は手から離れ、宙舞う。


「教会騎士の禁忌とされた書物"パンドラ"。かつてこの大地、この世界を震撼させたモノが残したとされる。教会騎士はね、恐らくこれを守る為に組織された物なのだよ」


 禁忌の書パンドラ。


 独りでに舞う書は動きを止めた途端にゆっくりと開かれた。

 1ページ捲られた瞬間だった。礼拝堂に召喚魔方陣が光り輝きだした。

 それは礼拝堂だけでは、無かった。



「なんだ!? モンスター!!?」

「なんで急に、街に!!?」

「誰か助けてくれ!!!」


 教会騎士がある街。それと同時に大国の城下町である場所に次々とモンスターを呼び出す召喚魔法が発動していった。

 無作為に起きるそれは、街の人々を襲い始めた。


 レジスタンス達が居たダウンタウンだけでは無い。

 街全体にその召喚は行われ大パニックを引き起こしていた。



「この書物には記されていたのですよ、この世界の行く末が。刻印の未来視のように明確な物ではなかった。それは単純明快な物、人は廃れ、神は世界を見離し、大地は崩壊を始める。それがこの世界の終焉だと」



 一枚のページが捲られる度に、街の彼方此方ではモンスターが召喚され始めている。

 すぐさま、教会騎士や国の軍が動きを見せるもあまりの唐突な事にすぐに対応しきれていなかった。



「救済処置だったのですよ。我々はこの書物に記された終焉を回避するべく行ったのですよ、異世界からの転移を。それが唯一の手段だったが・・・結果はご覧の通り。君なら・・今の君ならわかるのだろう?」


 大司教が振り返るとそこには一人の男が立っていた。

 教会騎士の人間では無い、それどころかこの世界の人間では無い。


 転使。


「安堂・・・透君」


 大司教は、計画を変更すると告げた。

 それは、多くの人間達を死地に追いやる物だった。


 世界は突如として、混沌に包まれ様としていた。

 朝を迎えるはずだった太陽は大きな闇に覆われ人々に一切の明かりを照らされないでいた。


 モンスターが次々と街を壊しながら人々を襲い始めたのだった。







 その異変はすぐにも藍にも届いた。



「っ・・!?」

「あんたも気付いたかい、どうやら時間はそう無いみたいだね」


 俺はコインズが蓄えていたとされる地下へ招かれ準備をしていた。

 地下なんて言ってもほぼ家の半分をワンルーム化させたような場所で、至る所に物が配置されて狭くも感じる。


 モンスターの素材、鉱石、珍しい薬草、魔宝石、とあらゆる物がここには目が酔ってしまう程に完備されていた。ここにある物だけで大儀式魔法が出来る程の量がある。

 そのせいで・・・というか狭すぎる気もした。コインズとリットが住んでいる地上の家はかなりまめに掃除が行き届いていたように見えるが。


「なんだい、何か文句があるのかい」

「いや、別に」


 まるで用意されていたかのようなシャツとズボンに靴、好きなように使えという言葉に甘え、良い物を拝借していく。

 更に渡されたポーチ。腰に装着するタイプでゲームでよくあるどんな物でも小さくコンパクトになるなんていう代物。コインズが言うにはほぼ無現に収納が出来るって代物だそうだ。


 違和感は無い。それどころか、かなりしっくりきて身が引き締まる思いだった。

 前世ではこれと同じような物を付けて長い旅をしてきたんだ、大体の時間をポーチを付けて過ごしてきたのだから当然だった。


 なんて、浸ってる場合じゃない。さっき感じた魔力の波動、事態は急を要する。

 どれだけ準備に徹しても恐らく不自由はないのは確かだが、時間がそれを許さない。


「何から何まですまないなコインズ、終わったら何かしらの」


 準備は万端と振り返った時、俺目掛けて大きな布が放り投げられた。

 俺の全身を覆うように被さったそれをはぎ取り驚いた。


 それは、ローブだった。


「礼なんていらんよ。外出用のローブ無くされたんだ、それもやるから次はボロボロになるんじゃないよ」


 手渡されたローブをまじまじと見る。

 俺はその精巧性に驚いた。ベースの素材はかなり貴重な物に違い無く、手間暇かけて微粒子レベルにまで魔宝石を砕いてふんだんに織り込んだ物だった。


 とてつもないローブだと俺なんかでもわかる。

 そして、早速着てみると自分でもビックリするくらいに色々とぴったりだ。


「いいのか、こんな凄いの」

「別にいいのさ。趣味で作ったような物だからね・・・着る奴なんざ、いないのさ。もう・・・」


 遠くを見るように虚空を見つめるコインズ。

 そうか、これは、本当は・・・コインズの大事にしていた人への。




 いや。




 俺はここに来て初めて違和感を覚えた。

 振り返りお世辞にも綺麗とは言えない光景を目にする。


 何かが重なって見えた。


 ある一カ所に物が集中的に置かれた箇所。恐らくこのローブだけでは無く、俺が何個か借りた物やリットが持っていたような回復薬。

 それらを一人で作り続けていたであろう光景が脳裏に浮かぶ。


 それはきっと・・・天才が生み出した物。

 流れきった時間でもわかる、恐らくコインズは”この時代でも”天才的な才能の持ち主だろうと。



「・・・・・・」

「何してるんだい、さっさと」


 ずっと出入り口に居たコインズが部屋の中に入った。

 俺はそんなコインズを見た。


 改めて見たのだ。


 皺が多く、何処からどう見てもお婆さんと呼ばれるような人。

 だが、瞳の色はくすみの無い緑色。そしてメリスとは正反対の金色の髪を持つ人。


『いい加減部屋の整理をしたらどうですか、全く・・・』

『あぁあああああ!!! 勝手に触るんじゃない!! 物が何処にあるかわからなくなるだろうが!!』


 それは仲睦まじい光景。姉妹の喧嘩のような会話の応酬。


 旅の途中で借りた宿をたった一日で全く違う光景を生み出すのが得意な、俺とメリスの初めての仲間。ずっと共に戦い続けてくれた・・・。



「っ! 今の揺れは近いね」


 何かが爆発した音と衝撃が俺達のいる地下にまで及んだ。

 もう外は、考えたくも無いような事が起きてるのだろう。

 

 本当に・・・時間の猶予は無い。


 だから、だから俺は。

 お礼を言うしかなかった。



ポンッ・・・。



 コインズの頭に手を乗せた。




「ありがとう。流石、大天才・・"コイン"だな」


「・・・っ!!」


 コイン。

 前世の藍達の初めての仲間。年齢もずっと幼く子供っぽい性格。それでも破格的な知識を用いた少女。

 藍は、いや、藍達は何度もその知識に助けられたかわからない。


 メリスもまた、初めての人間の女友達が出来たと、喜んでいた、大事な仲間。


「あんた・・・ほ、本当に・・・」


「必ずリットは連れ戻す。だから、ここで留守番。頼んだ」



 それだけを告げて藍は、部屋を後にしたのだった。






「・・・ふっ」


 取り残され、その場で笑ってしまった。

 薄々気付いていた、まさかと。

 それはコインズとして初めて刻越藍という人物を見た時、リットが何も無い男を助けた時から。


 あまりに疲弊していた彼から感じた魔力の鼓動。

 それは、忘れることの出来ない掛け替えのない物に酷似していた。


 そんなはずは無い、ありえないと。自らの幻想を取り払って行った。


 だが次に出会った時、藍の表情は、あの時出会った彼と同じ物だった。そして自らが親友のメリスと共に彼の為に作り上げたあの剣を手にしていた。


 確信した。何があったのかわからないが・・・彼だと。


 そして今やった仕草は、彼が自分にいつもやる行いだった。



「子供扱いするんじゃないわよ・・・馬鹿っ」



 浮かべるのは笑みと一滴の涙だった。

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