第8話 抵抗

 藍に突き付けられた剣。

 少しでも力を入れたら藍の腹部に突き刺さる程の距離に置かれていた。


「やめろ!!!」

「あぁ、やめてやるさ。これからルールを説明してやる。簡単だ、俺が5つ数えてやる、その間にまたさっき見たいにこのゴミを助けてみろよ、そうしたらお前等見逃してやるよ。本当さ、嘘は付かない。このゴミとは違ってな」


 将弘の言葉の意味が理解出来なかった。

 ルール? 5つ数える?


 リットは将弘という人物が本当に人間なのかどうかすらわからなくなっていた。


「狂ってる・・!」


 刻印がそうさせたのか、それかこの異世界に来るという異常がそうさせたのか。

 それとも、これが本倉将弘という人間の本性なのか。

 もう、誰にもわからないのかも知れないのだった。


「休憩は終わり。じゃあ・・・始めるぞ」


 将弘が開始の合図を口にする前にリットはその場から飛び出していた。

 小剣を逆手に持ち高速でジグザグに動きながら常人には見切れない程の速度で一気に間合いに詰める。


「5!」


 取った。

 将弘の背後を完全にリットが抑えた。首元に狙いを定め一気に仕掛けるリット。


「・・・ぇっ!!」


 完全に捉えた。小剣がほんの数ミリで届いたと確信があった。

 将弘を殺す事が出来た、はずだったのにリットは吹き飛ばされ瓦礫の山に叩き飛ばされた。


「ふへへへっ・・・はい、4!!」


 すぐさまカウントが始まる。

 リットも瓦礫を退かしすぐに体勢を立て直すと同時に両手に炎の魔力を纏い姿を見せた。


 そして再び走る。

 走りながら両手を振るい火炎弾を大量に撃ち込む。自らの姿が見えないように撃ち続け共に接近する。


「3!!!」

 

 多くの火炎弾を見向きもせず将弘はカウントを進める。

 全ての魔法が将弘に届く前に掻き消されている。それでもリットは走り続けた。


 敵は寸前、リットは加速した速度のまま炎を帯びた両手を構えた。


「飛べば・・・どうにかなると思ったか?」

「何っ・・ぐぅあっ!!!」


 またしてもリットは吹っ飛ばされてしまった。同時に炎を構えたリットの"幻影"がキラキラと消えて行った。

 かく乱作戦も上手くいかなかった。リットが使える最後の魔法も全て掻き消されてしまった。

 リットというハーフエルフはコインズの下で多くの魔法を学びそしてそれを常人よりも上手く扱えていた。

 それは自らの人種であるエルフの血が混ざっているからこそであった。

 コインズからは必要の無い物など言われ続けていた。コインズはリットをそんな魔法が不要の界隈で生きて欲しいと願っていたからだった。

 それでも誰譲りなのか、正義感の強いリットは、魔法をとにかく覚え続けた。


「もう後がねぇーぞ? 2!!!!」


 それも全て無駄に帰した。


 圧倒的な力、刻印の力の暴力。そして目黒達との戦いでわかった未来視の能力。リットに最初から勝ち目はなかった。戦いにすらならなかった。


 たった一人守れなくて、魔法なんて何の意味があるだ。何の為に自分は魔法を学んできたんだ。


「ぐぅ・・・くそっ! くそぉぉ!!!」


 空中から地面に大きく叩き付けられて身体がまた言うことを聞いてくれなかった。

 悔しさが頂点に達していた。涙が溢れ続けた。


(くそっ・・・くそぉ!)


 今も動くこと無く眠り付いた藍を見ながら、リットはただ悔しがることしか出来なかった・・・。





『なんで・・なんでこんな・・・誰か』


 それは藍をコインズの家に治療で寝かせていた時の事。

 目覚めるかどうかもわからない藍を監視という名目で見守っていた。


 そんな中で藍が呟いた寝言。


 寝ているのにも関わらず涙を流し、助けを乞うように寝ている藍は何度も何度も助けを求めていた。

 最初は転使という害悪の情報が手に入ればいい、もし抵抗するのであれば仲間達の恨みを晴らすべく殺す。


 転使なんて存在はみな悪魔か何かだ、そう殺気立っていたリットには藍のその姿が痛く感傷に浸らせる物だった。


 こいつも被害者・・・なのかも知れない。


「あぁ~あ、つまんね。もう終わりかよ」


 刻越藍という人物は知らない。

 けれど、自分は、リットは、この刻越藍という人物を助けたい。助けになりたいと少しでも想ってしまったのだった。


「やめ・・ろ! 頼む・・・」


 伸ばす手は意味を為さず。ただ空気を感じ取っているだけだった。

 もう自分には何も出来ない、何もしてあげられない。


「1!!!!!」


「嫌だぁ!! 待って!!」


 掠れた声が響いても意味を為さなかった。


 命乞いは聞き飽きた。

 新しい玩具に興味を失ったかのように、将弘は握る剣に力を込めた。


「0」


 つまらなそうに呟いたカウント。

 そして同時に剣を、藍に突き刺した。

 二度目の感覚、将弘は、何も感じることはなかった。


「ぁ・・藍・・ぃ。・・ごめん!」


 もう自分には目を背けることしか出来なった。

 自分の無力さを知らされるだけじゃない、助けたいと思った人間が串刺しにされたなんていう現実をリットには受け止めきれなかった。


 どうしてここまで刻越藍という人物に固執したのか。

 いや、固執したかっただけだった。


 転使にレジスタンスはほぼ壊滅させられ頼れる仲間達も自分を逃がす為に次々と殺され続ける数日をリットは耐え抜いた。

 それでも何か出来ないか、何か転使に反撃する手段はないのか。苦悩に苦悩を重ねていた時に出会ったのが。


 ボロボロでもう死ぬ間際の藍だった。


 僅かな希望。

 それを手に出来たはずだったのに、今自分の前でまたその希望が消えてしまった。


 はずだった。



「・・ぇ」


「なんだ!? くそ、またかよ。この光り!!!」


 突き刺した剣が光る。

 これは一番最初、将弘が同じ剣で藍を貫いた時と同じ光りだった。


 明るい光りに誘われるようにリットも顔を上げた。

 状況が理解出来ない、意味がわからない。

 何が起こってるのか。


 光りが、剣と藍・・・。


 そして自分も光り出していた。 


「ふざけんなよ! てめぇは今度こそ死ぬんだよ!」


 溢れる光りの中、将弘は藍に突き刺さる剣に触れ抜き取ろうとする。

 目を開け続けるのも辛い中将弘は剣に手を伸ばす。

 

 あと少しで触れることが出来る、そんな距離にまで来た時、将弘の動きは止まった。

 何かに妨害されているわけではない、自らの意思で動きを止めたのだった。

 彼は、何かを感じ取った。伸ばす手に何かが次々と絡み付いていく感覚に襲われた。


「なんだ・・なんだよこれ!!」


 纏わり付き出す何か、細い光の帯。それが将弘をまるで何かを調べようと絡み付こうとしていた。

 熱い訳でもなく冷たい訳でも無い。ただ何かが変だと、将弘は本能のまま身を引いた。


「何・・が・・ぐぅ」


 リットもまた同じ様な光を纏わり始めて困惑していた。

 将弘と同じように光りの帯が姿を見せ出す。リットは、将弘と同じようにそれを拒むことは出来なかった、する体力も今はリットにはなかった。

 リットは、ただ今その起きている事象をただ見守る事しか出来なかった。




ドクンッ・・!!



「ぇ?」


 心臓の鳴る音、鼓動。

 うつ伏せに倒れている状態のリットはふと自らの胸に手を当てた。自分の心臓が鳴る音。

 それだけじゃない、何か別の感覚、自分の心臓だけでは無い。他の・・他の鼓動を感じ始めていた。


 困惑に困惑を重ねるようだった。

 それでもリットは不思議とその感覚に身を任せるのだった。悪い気はしない。

 ただ純粋に何か・・、心地の良い何かを感じ取っていた。


 懐かしみ。

 幼い、あまりにも幼い時の事をリットは思い出していた。



『父上は・・・?』


 誰に言ったのかわからない言葉。

 何故そう思ったのかわらなかった言葉。


 それを今更になって、ふと思い出していたのだった。






「もうたくさんだ!! 気持ち悪いんだよぉー!!! お前ばっかり・・お前なんて居なければ、みんな幸せになれるんだよ!!!」


 光り続ける場所から身を引いて距離を取った将弘は両手を高く掲げ刻印の力を発動していた。

 頭上に力を凝縮した渦を生成し始める。周囲はその渦に巻き込まれるように暴れ出し吸い込まれていく。

 次第にあらゆる物がその渦に吸い込まれ巨大な剣を形作っていた。


「だから、黙って死ねよぉお!! 刻越ぇえー!!!」


 憎しみの籠った叫びと共に振り下ろした。

 

 あまりに過剰なその攻撃、振り下ろされたのは当然、藍が眠っている場所。


 だが、振り下ろされた将弘の力は、動きを止めた。

 何かに受け止められたかのように。静止していた。



「・・・・・・」


 言葉を失う将弘。


 そして正反対に、笑みを浮かべたのはリットだった。



「藍―――!」



 将弘が消滅させようとした存在が立っていた。

 突き刺された剣を手に持ち、全身血だらけになりながらも将弘の力を受け止めていた。


 受け止めているのは、刻越藍だった。


「ぅ・・ぁ・・・」


 剣を振るった。ヒョロヒョロとした挙動で剣を振るい将弘の作り出した巨大の剣を消し飛ばした。

 目覚めて間もないからか、藍の姿はゾンビのように芯の入っていない動きを見せていた。


「ふっ・・へっ・・はっ・はっ・・」


 呼吸困難のように将弘は息を正常に出来ないでいた。

 またしても一番の邪魔者、自分が一番嫌いな人間が再び自らに牙を剥き出した。


 それだけならいい。

 将弘は起き上がった藍相手に一歩引き下がってしまったのだった。


 目の前が見えているかどうかすらわからない藍が、ただただ剣を握りしめ自分に向かって来る姿に恐怖を感じ始めていた。


「はぁはぁ、はぁ・・来るなぁー!!」


 刻印を光らせ、迫りくる藍を吹き飛ばす。

 ドサっとその場で藍は倒れ込む。


 なんだ、ただのハッタリか。藍のお得意の嘘か、と将弘は安心と納得をしていた時。


 再び藍は立ち上がった。


「な・・な・・・」


 再び一歩足を後退させてしまう。

 ハッタリだ、こいつはいつも見栄ばかり張る奴だ。

 今までもそうして生きてきたことを将弘は知っていた。


 刻越藍という人間がそんなくだらない事ばかりをしている人物だと。

 自分に言い聞かせるように将弘は何度も心の中で復唱していた。


 これも、そうに決まっていると。


「ふ・・ふふ・・ふふふ。あははははははは!!!」


 両手に刻印の力を宿らせ力強く振るい続けた。


「あはははははっははっははっは!!!」


 振るえば振るうほど力が思った場所を破壊していった。

 壊れた機械のように力の上限が無い事を良い事に近付く者全てを破壊する勢いで力を行使していく。


 それでも・・・藍は止まらなかった。



ブンッ―――!


 剣が振るわれた。

 藍の持つ、将弘が藍に突き刺した剣が。


「っ―――!?」


 何かを斬ったわけでは無い。

 将弘は固まってしまっていた。ただ固まっていた。


 背後から聞こえた爆裂音を耳に入れながら。ただ固まることしか出来なかったのだった。


「うっ・・! なんだ今の!?」


 リットは驚愕するしか出来なかった。

 藍が剣を振るった瞬間魔法が発動した。

 振るっただけで周囲が爆発した。


 火の海のような周囲が更なる地獄絵図を作りたいかのような爆発が起きた。


 間違い無く藍がやったこと。

 リットは、これも転使の力なのかと考えるも、自信暗鬼だった。

 これが本当に転使の力、異世界に転移してきた人間の力なら、彼等のやる生贄という名の狩りなんてもう終わっているはずだと、リットは確信していた。


 これは魔法。

 ただ自分達が扱っていた物とはあまりにもかけ離れている物だった。



「刻越ぇええー!!!!!」


 藍の攻撃にたかが外れたのか、将弘は再び攻撃を再開した。藍の行った攻撃である意味で正気を失ったのかもしれない。

 今までセーブしてきた力を次々と佇む藍に披露するように猛攻を仕掛ける。


 何度も何度も、将弘が手を振るう度に藍の身体は操り人形のよう右へ左へと動く。


 だが、最初と違い全く倒れることはなかった。


「どうなってんだよ、どうなってんだよ!! 視えねぇ・・・視えねぇーぞ刻印!!! 何でこいつの未来が! 殺す未来が視えねぇーんだよ!!!」


 狂ったように怒鳴り続ける将弘を見てリットも疑問に思った。


 そうだ。未来が視えるという連中、転使。

 藍は、その転使に一度勝っている。目黒という転使に一度勝っている事に。


 あの時もそうだった。

 今の将弘と同じように目黒は叫んでいた。


 視えない、と。



「ふざけ―――ぶぇ!!!」


 ついに将弘が吹き飛ばされた。右手をただ前に出しただけの藍に。

 隙を付いただけの物だった、攻撃に集中し過ぎて防御が疎かになっただけの結果。


 その結果は、将弘にとっては致命傷だった。


「ぁ・・! はぁはぁ・・血・・・血?」


 吹き飛ばされ地面に転がされた将弘。そこまで強く叩き付けられていないからか、すぐに立ち上がったが、自分の顔を拭った瞬間に目を見開いて驚愕していた。


「ぼ、僕が・・なん・・・なんで、血?」


 手で拭った血をただ見つめ続けてその事実を受け入れられないでいた。

 血を付けられた。

 自分はダメージを負った。

 傷を付けられた。


 痛い、思いをした。



「てめぇええええええええええええええ!!!!」


 叫びと共に周囲がに破裂した。

 怒りに身を震わせながらありとあらゆる物を破壊し尽くした。

 リットをも吹き飛ばし、歩み続けた藍をも吹き飛ばした。

 

 僅かに残った建造物全てを吹き飛ばし、更地に似たような状態に一変させた。


「殺す!殺す!殺す!殺す! 僕に盾突く奴はみんな殺す!!」


 完全に気を壊した。

 刻印が感情に呼応するように今まで以上の輝きを見せた。


 両手を前に突き出し、将弘は溢れる力を抑える事無く吐き出した。


「立つんじゃねーよ!!」


 吹き飛ばされて立ち上がろうとした藍を力で拘束した。

 そして高く持ち上げ、一気に地面に叩き付ける。


 一度では済まない。

 何度も同じ様に持ち上げて叩きつけて叩きつけて、生きているかどうかすら関係なく、藍を地面に叩きつけて行った。

 右腕を何度も振り上げては振り下ろす、気が済むまで続ける。

「殺す! 絶対に殺してや―――っ!!?」


 急に力が抜けたように将弘は手を空振っていた。

 伝わっていた感触が突然消えた。無我夢中になってブンブンと振っていただけの将弘は慌てて状況を確認した。


 単純な事だった。

 ただ拘束された藍が、剣を振るっただけだった。

 斬った? 何かの魔法を使ったのか。将弘には理解出来なかった。


 ただわかったこと、それは。

 たったそれだけで、刻印の力が跳ね退けられたということだった。



「は・・・」


 刻印の力は間違い無く最大限に発揮させていた。確実に最強に等しい力だった。


 だが、今対峙している人間。刻越藍には一切通用しなかった。


 何をしても、勝てない。

 

 そう、感じ始めた瞬間。


「な、何だこれ!!? なん―――」


 地面が激しく揺れ出した瞬間、飛び出す岩石が将弘を襲いだした。

 将弘を覆うように現れた岩石達は次々と形を変え巨大な手へと形を変えて行った。


 巨大な手は将弘を握り潰し始めた。



「うぅぅ・・があああああああああああああああ!!!!!」


 悲鳴。

 誰もが上げてきた物。将弘自身も多く聞いた悲鳴。

 それが今、自らも口にするなんて事は思ってもみなかった。


「ごぇぇええ!!! がぁあああ!!!!」


 伸び切った岩の手は高くまでその姿を伸ばして一気に地面に将弘事叩き付けた。

 将弘が今藍にやった事と同じように。


「がぁああ!!!!」


 叩きつけられる感覚を刻むように。

 岩と岩がぶつかり合う間に挟まれ、痛みだけが全身に響かせていく。

 刻印の力での身体強化、そして常人以上の生命力だった。


 普通の人間なら、一撃で辺り一面に血の水溜りを作ってもおかしくない中、将弘はただただ悲鳴を上げ続けた。


「待って・・くれ!! ぐぅぅ・・・話しを・・ぎいぃで!!」


 正気を取り戻した。

 岩に握られながらも声を発した。


 けれど、その声が藍に届く事はなかった。



「はな・・し・を・・聞い・」


 それは、以前藍が将弘に言った言葉だ。

 最後まで藍が将弘に呼び掛けていた言葉。


 状況が逆転していた。

 その言葉を口にする者とそれを聞く者。

 だからといって、あの時解放されたはずの流れは、起きなかった。



「た、助け・・・!!」



 最後の命乞いが口に出された。

 それは岩の手が再び振るい降ろされる時だった。



 将弘を握り潰している手が破壊された・・・。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る