第7話 発端
「今さら戻ってきても・・・遅いんだよ」
「ぁ・・・とお・・る」
殴り飽きたのか、俺はそのまま遠くへ投げ捨てられた。
受け身を取る事も出来ず地面にゴロゴロと転がる。
だがそれでも、俺は立ち上がる。
殴られ続けて意識がぶっとんでもおかしくない。
それでも俺は透に向けた。
視線を。
あの時逸らしてしまった物を。もう遅いとわかっていても今俺が出来ることなんて・・・。
出来ることなんて・・・!!
「うぅぅうあぁあああ!!!!」
「えっ!!? 刻越・・・!?」
ふざけてる。
何が出来る事だ。
俺は最初の最初から出来ることなんてほとんど無かったじゃないか。
今も透に殴られるだけのサンドバックになればいいなんて、そんな甘っちょろい考えでいた。
体がボロボロ? 刻印の力?
そんな関係ない。今の俺はあの時とは違うに決まってる。
もう、逸らさない。
「はぁ・・! はぁ、はぁ・・・透!!!!」
「――!?」
「お前が聞こえないかどうかなんて関係ない!! お前が見えないかどうかなんか関係ない!!!」
もう、何も出来ないなんて。
親友のお前にだけは、いや、安堂透という俺が最初で最後に認めた男相手に。
そんな弱音を吐く訳にはいかない。
「何度だって殴ってやる!! お前がわかるまで、何度だって殴ってわからせる!! そうだよな! お前が今そうしたようになぁあ!!!」
「藍!! これを!!」
リットが俺に向けて回復薬を投げて来た。前を向いたままそれを受け取る。
やっぱりそうだ・・・透お前。
「サンキューリット」
すぐさま飲み干して開き瓶を投げ捨てる。傷の治りは遅い。だが回復薬以上の物を俺は受け取った。それだけで完治したと言っても過言では無い。
気持ちが高ぶる。
刃の無い剣を握り締め再び魔力を剣に通す。
「第2ラウンドだ透。殺す気でこねぇーと殺すからな!」
「ぅぅぅぅ・ぁ・ぃ・・おぁあああああああああああああ!!!!」
獣の様な雄叫びを上げ目にも止まらぬ速さで突撃してくる。
それでも、それでも目を閉じるな。
「ぐぅう!!!!」
「おぉぉお!!!」
見続けろ、透を、俺を殺しに来る相手を。
強靭の拳を剣で受け止めろ、隙を見せても隙を見逃すな。
「そこ!!!」
バギンッ!!!
魔力の刃が透に触れた瞬間に破壊された。
こっちの攻撃が入らないならもっとだ。もっと強い攻撃を叩きこめ。
一撃一撃、殺す気でやらないと意味が無い、届かない。
必ず・・・透に届かせる為に。
『それが・・・あなたの決めた事なら』
「っ!!!」
魅せたか。
また俺に・・・メリスがまた微笑んだのか。
使わせてもらうさ。なんだって使うさ、そうでないと透には、届かない!!
「っ! 透避けて!!」
澄原が透に警告した瞬間透が体勢を変える為に俺から距離を取った。
未来視で見えたか。つまりこれが突破口である事に間違いないって事でいいみたいだな。
「天上の標せ 精霊の歌」
剣を高く掲げ魔力を増幅していく。
目黒の時のように広く巨大にするでは無く、色濃く。掲げる剣にこの場全ての魔力を結集させる。
強く、ただ強く。
それだけを求め、それだけが今の願いだ。
「なんだよあの魔法・・・あいつ大丈夫かよ」
「透! 逃げて!! ここから・・・。っ!!?」
澄原の言葉は・・・透には届いていなかった。
「おぉあああああああああ!!!!」
雄叫びと共に透の右腕、刻印が光り輝く。
右手に作る拳は血が出る程に力強く握られていた。
透・・・やっぱりお前。
「勝負だ透!」
最後の一節を口ずさむ。
それでこの魔法は完成し透を消し炭にするだろう。
迷いは無い、迷う暇は・・・今の俺には与えられていない。
この剣を・・・剣を振るうだけだ!!
「捧げろ!!! その因――」
俺は剣を振るった。
振るったつもりだった。
バリンッ!!!
振るったはずの剣は、俺の手には無くなっていた。
握られていた物はただの鉄屑と化し地面に零れ落ちて行った・・・。
「おぁぉぉおああああああああああ!!!!!!」
轟音が耳に叩きつけれるように聞こえる。
透が放った衝撃波。振るわれた拳から巨大な砲撃のような物がこちらに迫ってくる。
俺は・・・粉々になった剣だった物を一瞬見た。
「駄目か・・・」
これが結果だった・・・。
「藍いいいいいー!!!!!」
俺が最後に聞いた言葉は、リットが俺の名を叫ぶ声だった・・・。
・
・
・
藍が透の放った光りに包まれた。
その場に居る全員が見動きする事無くそれを見守っていた。
太陽は依然として雲に覆われ明かりを彼等に灯す事無く、静寂と交差する感情で空気を支配していた。
「藍っ・・・!」
空気を脱したのはリットだった。
千鳥足で藍が立っていたであろう場所へと向かう、向かいながらも何度も藍の名前を口にしながら無事を祈るしかリットには出来ないでいた。
「はっ・・ははは。はぁはぁ・・うぅ!! うおぇ・・・! 刻越は・・はぁはぁ死・・死んだ!! 今度こそ死んだんだ!!」
一人勝利に歓喜している由子。
喜びを口にしながらも、身体はそれを拒んでいたかのように異常を来たしていた。
口にする言葉と同時に白い汚物が口から出ては、誤魔化すかのように由子はただ喜びの声を上げていた。
「これ・・で! もぅ・・おぇ・・・これで!!」
由子の顔はぐちゃぐちゃになっていた。
口からはゲロを吐き、鼻と目からも多くの物を垂れ流していた。
それでもなお、由子は・・・。
「私が・・ぁぁ・・・刻越を・・・刻越ぉぉ・・殺したぁ・・殺したんだぁ!!!」
ほぼ白目を剥いた状態で曇りの天に言い聞かせるかのように由子は叫び散らかしていた。
自分の目標が達成されたと、感極まる由子。
透を使い、刻越という邪魔者を消す事が出来た。
もう、思い残す事は無い。そう告げようとした時だった。
「へぇー殺したんだ。僕の言う事聞かないで」
「っ!?」
由子の耳に入った声。その声で由子の表情は一変した。
正気に戻ったと同時に振り返り、悠々と由子達の前に現れた男を睨み付けた。
「本倉・・・!? なんでここに!?」
「澄原、お前も・・壊れたのかな?」
本倉将弘だった。藍と透を引き裂き、この異世界の人々を殺し尽くせと命じた張本人。
将弘は、由子を笑みを浮かべた表情で見下した。
そして、腰に差している剣に手を伸ばした瞬間。
ガンッッ!!!!
「おやおや、ペットのご登場か。それはなんだ、お手か何かか?」
「おぉぉおおおああ!!!」
由子と将弘には巨大なクレーターが出来上がっていた。
透だ。
由子を守るように、将弘の前に透は対峙した。
グルルと喉を鳴らし本当の獣のように将弘を威嚇していた。
「ふふっ・・本当に澄原に飼い慣らされてるんだな。滑稽だよ。それにふふふ! それに澄原の刻印で悪夢を見せられたまま、刻越を・・・!!」
この惨状。透が藍を手に掛けた、その事実に将弘は笑いを堪えるのに必死だった。
顔を手で覆い、爆発寸前の感情を堪えていた。
だがそれも堪え切れるものではなかった。
「親友を殺すなんてな!!!あはははははははははははっ!!!」
「何しにきたのよ!」
「最愛の彼女が自分を操って、唯一無二の親友を! 自分の手で! あはははっっ!!! 傑作だ! これを傑作と言わずして何が!!」
「何しに来たのか聞いてるの!! 本倉!!」
由子の問いは全て無視されていた。まるで聞こえないかのように。
将弘はただ笑い続けた。藍と透の戦い。二人が殺し合うという舞台を観客から見ていたかのように笑い呆けていた。
「なぁ、どんな気持ちなんだよ澄原? 愛しい愛しいペットの安堂が、憎くて邪魔でしかなかった刻越を殺したっていう感想は? なぁ、隠さないで教えてくれよ」
将弘の言葉が由子の表情を歪ませていった。
頭ではわかっていた。将弘の言葉は全て事実、それはわかっていた。
だが、人からその言葉は聞きたくなかった。
藍を殺したのは、自分だと。藍は邪魔者であったと。透を使い、自らの手を汚さず。自分と同じくらいに大事にしていた親友を透に殺させた。
全ては事実だ。
「ぅぅう!! ぁぉぇ・・!!!」
「あはははははははっ!!! 何を今さらえずいてるんだよ、お前は誇っていいだろう? だって裏切り者、俺達を騙した刻越をお前の手で殺したんだからさ!! 透を使ってよ!!」
身を震わせ地面に膝を付き頭を抱えながら、由子は吐いていた。
吐く物が無くなっても吐き続けた。血の塊、内蔵が負傷したわけでもないのにも関わらず頭を抱えながら。
内蔵も頭の中も、滅茶苦茶になっていた。
「あーーーいいねぇー。本当に、お前今。どんな気持ちなんだよ!?」
将弘が一歩踏み出した時だった。透が由子を抱きしめるように覆い被さった。
そして、その場から離れるように一瞬で姿を消した。
将弘から逃げるように。
それだけでは無い、嘔吐と共に血まで吐いていた由子を心配した。その様に映った透の行動。
それを将弘は逃げ去った虫けらを見る目で見送った。
「さて・・・本題だ」
将弘は手を上げた。
すると将弘の背後から声が聞こえた。それは、屈強な騎士の鎧を着た者達に拘束された目黒達だった。
透と由子が姿を見せた途端に、彼女達は逃げようとしていた。
だが、転使達。同じクラスメイト達からは逃れることは出来なかったのだった。
「負けたんだってね? 目黒~」
「ち、違っ!! あたし等は、負けて―――」
「負けたんだよなぁ!!?」
言い訳をする目黒の髪をがっしりと握り掴む。
激痛からか、それともそれ以外の何かか、目黒は目からは涙が、鼻からは鼻水が、そして地面は目黒から出た物で水浸しになっていた。
「何でだろうな。お前もムカつくのに、あいつ等みたいに笑えねぇーわ」
「お願い・・! 何でも言うこと聞くから!! お願いだから、大司教の所には!!」
「はぁ? 何言ってんだお前・・・」
連れてけ。将弘は目黒の言葉を聞くまでも無く連行させた。
最後まで命乞いをするように目黒は将弘に何かを訴え続けた。
だが、次第にそれは聞こえなくなった。何かを噛まされたのか、気絶させられたのかは、将弘の預かり知らぬ事だった。
「はぁ、それにしても大司教のおっさん。あんな雑魚なんかも一緒に回収する必要もねぇーだろうに、なんで俺が来なくちゃならねぇーんだか」
愚痴を溢しながら将弘は目的の者が居る場所にまで足を運ぶ。
将弘がここへ来たのは、自分達をこの異世界に呼び込んだ教会騎士の長である大司教の要請があったからだ。
刻印の力の情報収集能力で、藍と目黒達が戦いを始めた事は容易に探知出来た。
本来なら他の連中を回すはずが、人手不足という理由で、教会本部で待機という名の指揮官ごっこをしていた将弘が選抜されたのだった。
「藍・・・しっかりしろって! おい! 頼むから!! 目を開けろって!!」
将弘が向かった先。そこには一人の少年が居た。
情報にもあった、ハーフエルフの仲間のリットだった。
リットは一人、自分に出来る回復魔法と回復薬をありったけ使い藍を起こそうと必死になっていた。脇目も振らず、懸命に藍に目を覚ましてほしい一心で。
ガッ・・!
「・・ぇ」
何が起きたのか、リットは目を見開いた。
目の前で倒れている藍から遠ざかってしまっていた。
「ふん、邪魔」
違う。藍が離れたのではない。
リット自身が吹き飛ばされていた。さっきまで膝を付いていた格好から地面に寝そべっていたのだった。
将弘の能力だ。
「お前・・・藍を、どうする」
「え? 何君、まだ居たの?」
悠々とした態度。それは余裕からの表れ、リットはすぐに理解した。
こいつは、藍の敵だと。
将弘という人間に藍を渡してはいけないと、リットの直感がそう思わせた。
「藍から離れろ!!!!」
右手に魔力を集約させメラメラと燃える炎を藍に近付く敵に投げ飛ばす。
着弾したと同時に将弘が居た場所は火柱が燃え盛った。
「なんだお前」
司教からもらった剣。それを振るい無傷である将弘が姿を見せる。
火炎魔法を軽々と打ち消し、リットを睨み付ける。
「何度だって言ってやる。藍から・・・離れろ!!!」
両手に魔力を集約。
右手には水、左手には風。同時に放ち水と風が螺旋上に交わりながら将弘に向かう。
だが、全ての魔法が将弘に届く前に掻き消されていった。
「で、次はどんな・・どんな"手品"を見せてくれるんだ?」
「舐めるな!!」
再び魔力を集約。
両手を地面に叩き付ける。リットの前方からバチバチと音を立てながら雷が走り、地面が暴れ、地盤を崩しながら進む。
標的は当然、将弘。
真下が一気に揺れ動いた時、将弘はポケットに突っ込んでいた手を出した。
「だから何度も何度も懲りないな」
手で何かを払う。ただそれ一つで自らに襲い掛かる魔法を打ち消した。
衝突音、何かを相殺させた音が響き渡るだけで、リットの魔法を全て無効にしていった。
刻印の力、リット達異世界の住人が魔法を駆使しても抵抗出来ない圧倒的な力。それが彼等転使にある限り抗う事は許されなかった。
「取ったっ!!」
だが、そんな事はリットは重々承知だった。
目黒との戦い、それだけでは無い。リットも多くの戦いに身を投じてきた経験がある。
そして改めて藍と目黒の戦いを見て理解していたのだった。
自分では、勝てない事を。
だから、勝てる人間を。リットは求めていた。
「刻越が狙いか」
岩の魔法と雷の魔法。それの本当の目的は藍の救出だった。
将弘への攻撃と同時に似たような魔法で倒れている藍を回収したのだった。
「少し手荒だけど、我慢してくれよ」
自分の手元まで岩の魔法で運ばれた藍を担ぐ。
全身ボロボロの身体を急いで担ぎ、リットは自分の足に魔力を集約させてすぐさま発動させた。
空高く、とにかくあの敵、将弘から逃げる為に。魔力を惜しむ事無く逃げる事だけを考えた。
「・・・っ!!?」
リットは空に飛んだはずだ。
藍を担ぎ自分が街の上空の景色を見ていたはずだった。
なのに、リットは今、再び地面に倒されていた。
「逃げれる。なんて思ってたのか、ふふふっ次はどうするんだ? 坊主」
「何を・・・したんだ」
刻印の力を使ったのは間違いない。
それは確実に間違いじゃないはずなのに。一体自分は何をされた。
最初もそうだ。気が付いた時にはもう自分は地面に顔を付けていた。
「あ、藍・・・!」
「振り出しに戻っちゃったみたいだね~坊主ー」
担いだ藍と再び離されてしまったリット。
仰向けに倒れる藍にゆっくりと将弘は、近付き再び最初と同じ光景に形を戻した。
「良い事思い付いた。なぁ坊主、ゲームをしよう。この世界で言うお遊戯みたいな物だ」
リットに語り掛けた瞬間、将弘は藍に剣を突き立てた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます