第6話 経緯

 我に返るように力が抜けて行く感覚が全身にめぐる。

 だが、今変に気を抜いては駄目だった。


「わかっ・・た。ごめんリット。ありがとう」

「ったくよ・・・手間掛けさせんなっての」


 リットは俺にローブを返すと一緒に懐から回復薬と取り出して飲み干した。

 倒れ込んでいた体勢からゆっくりと身体を持ち上げ、立てないにしろ、胡坐をかいた状態で見守る事にしたようだった。

 その様子を見て俺も少し安心出来た。


「さて・・・目黒」

「な・・・なんだよ!! 殺すなら殺してみろや!! どうせてめぇには何も出来ねーんだろうが!!」


 まだ威勢良く吠える目黒を見て複雑な気持ちがまた浮上しようとしていたが首を振るって掻き消す。


 冷静に。

 これはあの時、俺が追放された時と同じだ。まずは言葉を選んで落ち着くのが先決だ。俺が知りたい事を、こいつ等しか知らないような事。


 そして俺の過去を魅せられることと、こいつ等が視る未来の力。

 これにはきっと何かしらの関係性があるに違いない。


「どうした、もう未来は視えないのかよ?」

「はぁ!? てめぇわざと言って――。まさか、てめぇはめやがったな!!」


 そうか、気付いてなかったか。俺がこいつ等の事を知らないようにこいつ等も俺の事を知らないのは道理か。

 けれど、もうそれは恐らくもう遅い。未来視そんな事が出来るっていう情報はこちらとしても大きな物だ。

 そしてそれを打ち破った。それもまた事実だ。


「ランク・・・それがお前等の上下関係って事か、なんか哀れだな」

「何っ!?」

「刻越藍っていう奴を偽物、裏切り物って迫害追放した癖にまだ足りないってことだもんな」


 人は常に対立する存在を求めている。

 闘争心からなのかはわからない、だがどちらかというと俺の時代の世界では主に防衛本能から来る物の方が多い気がする。

 奴は敵だ。という言葉よりも。自分は敵じゃない。という言葉の方が好まれる。


 その言葉に安堵する為に敵を作る。ふざけたことだ。


 自分は敵じゃない、お前等が敵だ。敵じゃないなら言う事を聞け。あまりにも醜い。


「俺も同じ・・・か」


 今目黒に行ってる事もそれに等しいか。

 だが善人になるつもりは無い。この瞬間の俺は勝者であって、強者では無いのだから。

 悪いとわかっていても今の俺には必要な事だ。


「目黒、お前が何も話さないって言うなら別にいい。他にも居るしな、透明化の能力は・・・どっちだ?」

「・・・え」


 反応があった。

 つまり今起きている奴じゃなくて、遠くでのびてる奴か。目黒の暴走した力に巻き込まれて吹っ飛ばされたのだろうか。

 自分一人じゃあ戦えない力。なるほど、戦闘用とかなんとか言っていたのが良くわかる。


「話しは彼女から聞くからお前はいいわ目黒。帰っていいぞ、帰って何されるか知らねぇーけど」

「っ!!」


 俺の言葉に目黒が一気に顔色を変えた。それはもう一人の女子も一緒だった。

 帰ったら、つまりは本倉達のいる所に帰ったらの話。

 全員が目黒に問いかけるだろう「何があったんだ」と。

 嘘無く話すのか、嘘を言うかはわからない。が、どちらにしろ良い結果にはならないのは容易に想像できる。


 だから、目黒の選択肢は二つに一つ。


「わかったよ。お前にとっておきを教えてやるよ。その代わり、あたし等を匿えよな」

「話しの内容による。悪いがこっちにはお前個人を恨んでる奴がいるからな」


 俺の背後から鋭い視線を送るリットがその筆頭だ。いつ目黒に牙を剥いてもおかしくない。

 罪滅ぼしをしろなんて考えてない。だが、それだけの覚悟はしてもらわないといけなくなるだろうな。


「で、とっておきってのは?」

「それはな・・・。大司教とか言う奴は、これから―――」


 俺は目黒の言葉に耳を傾けていた。真意なんて関係ないがとにかく俺には情報が必要だった。

 だから俺は・・・気を抜いていた。


「がはっ・・!!!!」


 視界が・・・掠れ!!


「藍!!!」


 リットの声が聞こえた時には、俺はもう吹き飛ばされていた。もうこっちはボロボロだってのに。ふざけんな、ここはもう最終決戦か何かのボス連戦かよ。色々な意味でセーブしてねぇぞ。


「くそっ・・・!」


 フラフラとした足取りで立ち上がる。

 何かの魔法攻撃? いや違う俺は蹴られたんだ。ただ純粋に。


 だがこの威力はなんだ。リットからローブを返して貰ってければ死んでいた。

 いや・・・本当に俺を殺す気でいたのか?


 どちらかというと目黒を守るように―――。


「っ! 嘘だろ・・・なんで、お前が・・・お前等が!!!」


 俺を蹴り飛ばした奴。俺が良く知る男、そしてもう一人、その男を誰よりもよく知る小柄の女子がそこには立っていた。


「生きて・・・生きてたんだね刻越」

「澄原・・・それに、透・・!?」


 幻覚を見せられてるような感覚だった。

 今目の前には、俺の親友達、共に怒り、共に泣き、何でもない日常を笑い合っていた二人が・・・。


 二人が俺を睨み付けていた。


「透・・・澄原」

「刻越・・・」


 透は喋らない。その代わりと言うかのように澄原が語り変えてくる。

 澄原の印象はガラッと変わっていた。

 常に透の後ろから世界を覗き込んでいるような女の子。それが今や透の前に立っている。


 まるで透を守るように。


「透の為に・・・死んで」


 俺に向けた言葉は・・・本当に守る物かのようだった。


 澄原が告げる宣告は、俺の死。


「何・・・言って――」

「ぉおぁぁぁあぁぁああ!!!!!」


 まるでモンスターの咆哮。

 同時に俺の居た場所が爆発した。


 透だ。


 寸前で避けた俺の場所を透が殴っただけで消し炭になっていた。


「透!! やめてくれ!!」

「透に話し掛けないで!! お願いだから死んでよ刻越!!」


 ギロリと攻撃を避けた俺を見る透。

 俺を見る目じゃない、ただ獲物を見るような目だ。


 本当に今目の前にいるのは俺の知る透なのか。


「透!!!」

「おぁあああああああああ!!!」


 剣を抜き取り目黒を破った魔法で対峙する。

 透は見る限りは鉄のガントレットを装備しているだけ。だがそんな物は恐らく補助中の補助。


 透の力は俺も知っている。

 刻印による身体強化。俺やリットの身体強化魔法とは格別の物だ。


 破壊力、防御力、瞬発力、加速力。 

 本来ならその一つ一つの魔法を掛けないといけないはずが、透の刻印は恐らくそれら全てを兼ね備えている。

 同程度ならいくらでも対抗出来た。


バリンッッ!!!


「ぐぅぅっ!!!」


 一撃が重すぎる。

 俺が剣に付与した魔力全てをガラスを割るように破壊してくる。

 もはや防御にも回してくれない破壊力が襲ってくる。

 今のこの世界の人間じゃあ再現できない魔法。それを今透は身に纏い十二分に発揮している。


「駆けろ光速 煌めきを恐れず!!」


 俺が今使える最速加速魔法。

 これを使わせてようやく同等の速度で対抗できるはず――。


「透・・・!」


 澄原が透の名を口に出した瞬間だった。


「な・・・にっ!!?」


 俺の剣が、受け止められた。

 剣先が握られ微動だにしない。


「おぉあ!!!」


 バギッと綺麗に音が鳴り響いた。

 俺が持っていた剣が、片手で握り潰され、破壊されてしまった。

 動きを読まれた・・・違う。


 そうか、透達も、未来視か!


「ぐっ!!!」


 隙を逃さないと言わんばかりに俺の顔面を殴り飛ばす。

 

 ローブへの攻撃はダメージは軽減していると見抜いたのか、それとも完全に決めに来たのかは、わからない。

 だが、今の一撃は完全に致命傷だ。


「ぁ・・ぅぅ・・ぐぅ!!!」

「何で立つのよ刻越。刻越じゃあ透に勝てないのはわかるでしょ」


 顔面を殴られ、壁に激突し。それでもなお俺は立ち上がる。


 立ち上がらないといけなかった。

 今、目の前に大事な人がいるから。






 大事な・・・人・・・?





「・・・ぐぅ、透・・聞こえ・・るか、俺の言葉は」

「無駄だって透は今・・・今透は寝てるんだから」

「寝て・・・る? 澄原・・・お前の力か」


 そうゆう事か。

 今の透はある種の無意識ってことか。

 そしてそれをしているのは、澄原、お前か。


「なんで、こんな事して・・る! 透が望んだ事なのか!!」

「あなたのせいよ!! あなたが、あなたが透を壊したから!!!」 

「壊・・し、た。俺・・が」


 澄原の言葉が頭の中を掻き乱した。

 壊した。俺が透を壊した、そう澄原は言っている。


 俺が何を・・・。透に何を・・・。


 記憶の中、透に最後に会った時、最後に目を合わせた時が脳裏に過る。


『お前が・・・お前だけが!』


 目が死に焦点が合わず、顔は涙で溢れ返り、絶望しきっていた透の顔だ。


 あの時の俺は、自分の事で頭がいっぱいだった。

 目の前で、最後まで俺を信じようとしてくれていた透に目をやることすら出来なかった。


 まさか・・・まさかあの段階で。


「透・・・お前・・、視えたのか」

「だからこれ以上!! 私達の未来を脅かさないでぇええー!!!」


 澄原が叫んだ瞬間、透が一気に踏み込んできた。

 そして俺はされるがままに殴り飛ばされた。

 胸倉を掴まれ、何度も何度も顔面を殴られ続けた。


 殴られる度、まるで透達がどんな想いで今のままで生き抜いたか容易に想像出来た・・・。


 きっと透は、視た未来。俺が死ぬ未来を視たんだ。

 それからの透はきっと地獄だったのだろう・・・。






 刻越藍が、本倉将弘に剣で貫かれ、ワープ魔法を使った時だった。


「透? ねぇ透?」


 澄原由子は混乱の最中一人静かに立っている安堂透に話しかけていたのだった。


「・・・・・・」


 何かを見ているわけでもなくただ首を下げ目を見開き微動だにしない透を由子は心配していた。

 ワープした藍、この場にいる者達は何が起こってるのかまだ把握もしていない。

 由子も当然、藍の事は心配になっているが。今はそれ以上に透が心配になっていた。


 クラスメイト達も何が何だかわからない状況の中ただ周囲を見渡す事しか出来ない状況の中、この世界の住人である司教が大声を上げ自分達の事を歓迎していた。


 まずは食事などをと、甘い言葉に聞こえる物をみな信じほか無く司教達についてくよう足を動かした。


「透・・・行こう」


 由子の声に透は返事をしなかった。

 だが、足は動いた。


 由子はゆっくりと透の背中を支えるように共に歩いたのだった。



 それからの司教による説明や、この異世界に関する事全て由子は耳に入らなかった。

 食事もみなが楽しんで平らげている中、二人は終始無言だった。


 透はただ虚空を見つめるだけ。

 由子はそんな透をただ見守る事しか出来なかった。


「透・・・もう出ようか」


 透を立たせ、食堂を出てどうにか寝室まで誘導した。

 今の透はきっと疲れている。そうなのだと自分に言い聞かせるしか由子には出来なかった。

 自分だって何が何だかわかってない。なんで藍が偽物で裏切り物で自分達をここへ連れてきた犯人なのか、それすらも理解してない。


「うん、透。もう寝よう・・・一緒に」


 そうだ。寝ればきっと覚めるのではないだろうか。

 そんな淡い期待に身を任せ、ベッドに透を押し倒すように二人は眠りに付いたはずだった・・・。



「藍ぃいぃ!!! うあぁあああ!!」

「・・っ! 透!!?」

「違う!! 違うんだ藍!! 俺がぁ!あぁああ!!」


 それは外が月の光だけになった真夜中。

 由子の隣で透が何かに苦しみながら暴れる姿だった。


 何があったのか、落ち着くように透に語り掛ける由子。

 だが、その言葉は全く届いていなかった。


「藍ぃ!!」


 暴れる透の口から出るのは、親友の名前。暴れながらも涙を流しながら何度も何度も、まるで懺悔をするかのように名前を呼び続けた。


「どうかされましたか!?」

「由子ちゃん!」


 騒ぎを聞き付け現れたのは凛上宝華とこの世界の司教だった。

 わからない。寝ていたら急に透が。そんな事しかわからず、由子は震えながらも説明する。


 宝華はそんな由子を抱き寄せ大丈夫だと慰める。

 司教は暴れる透を抑えるも、あまりにも強靭な力にすぐに振りほどかれてしまっていた。


「仕方ありません。睡眠魔法で一時的ではありますが眠らせます。よろしいですね?」

「・・・はい、お願い・・します」


 今もベッドの上で騒ぎながらジタバタと苦しみながら叫ぶ透に綺麗な光が降り注がれた。

 光は透を包むようにゆっくりと落ちて行く。


「俺が!! 藍!! 俺・・が・・・あ・・・ぃ」


 透は、再び落ち着きを取り戻し取り乱していた息も落ち着きを見せて行ったのだった。


 司教はまた何かあればとそれだけ言いその場を去って行った。

 由子は、宝華にお礼を言いすぐに透に触れようとする。


 だが、まだ由子の震えは止まっていなかった。

 こんな透は見たことが無い。知らない透を目の当たりにしてしまい恐れているのか。


 藍、藍、藍、藍。


 透の言った言葉だ。

 3人は常に一緒だった、透と藍は本当に仲が良かった。由子自身もそんな楽しそうにしている二人を見るが好きだった。


 だが今は、透は一人だ。あの時のような光景はもう見ることが出来ない。


「由子ちゃん・・・」

「うん・・・大丈夫、ありがとう凛上さん」


 震える両手を一度握り締め自力で震えを抑えた。

 そして再び右手を伸ばし透の頬に優しく触れる。


 それを見た宝華は、心配ながらも部屋を後にした。


 静寂が寝ている透と由子の二人を包み込む。

 夢から覚める、そんな淡い期待は当然のように打ち砕かれた。今はもう藍も居ない。


 そして最愛の透は今・・・。



「透は・・・透は、私が守るから」


 透の頬を触れる右手。その右手が、右腕に刻まれた刻印が光り輝いた。

 由子はベッドに身を上げ、透の頬に触れながら顔を近づけた。


「だから・・・今は、眠って。透」


 お互いの唇が重なり合った瞬間。力の発動が済んだかのように光りは消え去り再び二人を静寂に、誰も阻むことのできない時間が流れたのだった・・・。

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