第2話 裏切り

 手を払われた直後、俺は蹴り飛ばされた。


 当然モンスターにではない。

 手を差し伸ばしたはずの本倉にだ。


「な、なん・・で」

「はぁー? しらばっくれんじゃねーよ、偽物」

「に、偽物・・・って、お前急に何言ってるんだよ!!」


 本倉の言っている意味の理解が一切出来なかった。俺の脳が止まってるのかと疑いたくなる。

 頭が上手く動かないならと、さっきまでピクリともしなかった体に力を入れる。

 ヨロヨロと酔っぱらいのように千鳥足ではあるが何とか立ち上がる事は出来たが。


「本倉! お前何してんだよ!」

「安堂!! お前なら何となくわかるんじゃないのか!? 僕が言っている意味を!」


 本倉の言葉に透は言葉を詰まらせた。

 本倉の言っている事ってどうゆうことだよ、何がどうなれば俺が偽物なんて言葉が出るんだ。

 駄目だ、疲労からか全く頭が回らない。


「おい偽物、お前さ。僕達の力の事、なんで隠してたんだよ」

「隠してた!? ふざけんな、そんなの知るわけ」

「じゃあなんでモンスターの事は知ってたんだ? 魔法とやらも、なんでお前は知ってたんだよ?」

「それは・・・!!」


 俺はこの瞬間ゾッとした。


「おかしいよな? モンスターは知ってる、魔法は知ってる。けどこんな大事な力の事は知らないってか? なんで一人だけそんなにボロボロなんだよ、溶け込むのに必死だったみたいだが、バレないとでも思ったか?」

「将弘君それは、藍君の力は、きっと戦闘向けじゃ」

「そうなのか偽物?、じゃあお前の刻印の力ってなんだよ」


 俺の・・・刻印。

 生き残ったクラスメイト達が一斉にこちらを見始める。


「なぁ司教さん達さ、あんた等言ったよな? この刻印はこの世界を救う為にあるってさ」


 本倉が話しを振った途端、バリンッと音を立て辺り一面に張られていたであろう結界が消えて行った。

 そして本倉の質問を返す為にと一歩前に司教の一人が踏み寄った。


「左様、そなた達の刻印は、文献の記述通り。この世界を"邪災"よりお救いする為の物で間違いないでしょう」

「ならさ、このクラス全員にその刻印があるってことでいいんだよな? みんなどうなんだよ?」


 本倉の言葉でみなが右手を捲り出した。

 全員が完全に察していた。今本倉が何を言っているのか。


 そして俺に向けられるモノが何なのかを。


「間違い無いみたいだなー!」

「本倉!!」


 大声を上げ透が一人本倉に詰め寄ろうとした瞬間、透が俺と同じように吹き飛ばされた。

 何の手振りも無く、ただ透を見ただけで吹き飛ばした。

 本倉の刻印の力か。

 俺は蹴り飛ばされたと思っていたが。


「藍が偽物とかめちゃくちゃな事を!お前何を言い出すんだよ!」

「何って・・・言葉通りだ。今目の前に居るのは刻越藍じゃない。よく小説とかであるだろう? 紛れ込んでる、気が付いたら感染してた、騒動の原因、諸悪の根源。その正体・・・」


 息をゆっくりと吸う本倉。

 誰もが想像していることを今、口にしようとしている。


 透だけが本倉を止めようとする。

 もしそれが口にされた瞬間どうなるのかわかっているからだ。

 真偽なんて関係ない。ただその可能性を示した時点で、それは意味を為す。


 こんな訳のわからない世界に転移させられ誰もが理解出来ない状況。

 一丸になって目に見えてわかる敵であるモンスターをやっと撃退した。

 誰もが無意識に欲している物、モンスターというわかり易い敵を。


 そう、モンスターを撃退し終えた今のみんなに必要なのは・・・。


「お前が僕達を転移させた・・・"犯人"だ!!」


 指を刺された瞬間だった。


 白昼夢。

 これは・・・戦闘。

 男が、今戦ってる。あのメリスと一緒に?


『大丈夫! まだ魔力は残っている!』


 そこが何処なのかわからない。けれど男は魔法を巧みに使い敵から攻撃を受けながらも体勢を立て直している。


「ぐはぁっ!!」


 白昼夢を見終えた瞬間、また俺は吹き飛ばされていた。

 地面が眼前に迫る。


「やっぱりな」


 俺はたった今見た白昼夢と同じように動いた。魔法を発動させ自らの身体の柔軟性を高め、着地に備える。

 不思議と体が勝手に動いた、おかげで上手く激突を免れた。


「良い動きだ。けど今になって、どうしてそんな動きが出来るんだ? 刻越偽物?」

「違う! これは・・!」

「おい! 奴を撃て、早く!!」


 本倉が巨大な火球を撃つ事が出来る者を睨み付ける。

 睨まれた者は一瞬だけ戸惑いはしたが本倉の危機迫るような命令に従い、俺に目掛けて火球を撃ち込んできた。


 そして再び白昼夢が俺の意識を飛ばせる。


「藍!!!」


 火球は直撃し爆発した。

 爆破した場所は煙が辺りを覆い、どうなったかの皆が固唾を飲んで見守った。


 火球を撃った者本人も撃ってから自分が仕出かした事を自覚し震え出した。

 だが、その震えはすぐに止まるのであった。


「おいおいおい、なんで防げるんだよ? 大型モンスターを一発で消滅させるほどの威力だよなー? お前さー、その力なんで今まで使わなかったんだ?」


 俺は、魔法の障壁を作り出し火球を受け止めた。

 とは、言っても障壁は一撃で砕け散り、防御態勢で構えていた両腕の袖が焦げ散った。

 おまけに衝撃で腕が痺れ出した。白昼夢で見たように上手くはいっていないという事か。


 いや・・・俺は何をやってるんだ。

 あの白昼夢で見る男の真似なんてしてどうするんだ。体が勝手に動いたとしても、それをすればするほど本倉の思うつぼだ。


「おやー? 聞く手間が省けた。いや破けたって言った方がいいのか?」

「しまっ、・・っ!」


 やってしまった。

 もう正常に頭が回っていない。

 燃え散った袖、俺の右腕が露呈してしまった。


 それだけじゃない。


 なんで俺は・・・隠してしまったんだ。

 右腕を引っ込め、見えないようにしてしまったんだ。


「ふふふふふへ」


 思い通りに行っている。そう本倉は不敵な笑みを浮かべ出した。

 まさに犯人を追い詰める探偵のように。


 俺という犯人を追い詰めていった。


「安堂・・・お前が確認しろよ」

「・・・・・・」

「親友なんだろう? お前達さ」

「・・・藍」


 透が、こちらにゆっくりと近寄ってくる。

 俺に目線は合っていない、下を向きながらゆっくりと。


 それだけで、透が今抱いている考えがわかってしまい俺は震え出した。

 透だけじゃない。

 他のクラスメイト達もまた、その結果を、答えを待っていた。


「藍・・・。本物・・なんだよな。嘘だよな、ぁ、あるよなぁ。だってみんなあるんだぜ? お前が・・・お前だけが!」


 透は今にもどうかしてしまうかのように声で俺に聞く。


 駄目だ。

 透の震える声が耳に入る度に震えが抑えられなくなる。

 駄目だ。

 今もきっと、透は俺以上に葛藤しているに違い無い。

 駄目だ。

 唯一無二の親友の透にこれ以上・・・。


「俺に刻印・・・は」


 駄目だ・・・駄目・・・なのか。

 誤魔化す事は出来ない? いや、なんで俺は誤魔化そうなんて考えてしまったんだ。

 命乞い。

 ただそれだけだ。


 俺だって・・・俺だって・・・。


「・・・無い」


 俺だって・・・みんなと同じなはずなのに・・・。


 なんで・・だよ。


「奴を捕えろ!!! 目的を吐かせる!!」


 本倉の号令で一気にクラスメイト達の表情が一変した。

 モンスターと対峙していた時と同じように戦闘態勢に入った。


「ふざけやがってー!!!」

「お前のせいで!!」

「畜生がぁ!!!」


 俺へ向けられた言葉が飛び交う。


 つい先日まで笑顔で修学旅行を楽しんでいたはずのクラスメイト達が豹変した。

 本当に・・・みんなをここへ転移させてしまったのか?

 きっと司教の連中が召喚したからというのは間違い無い。だがそれで選ばれたのが俺達である必要性は皆無だ。

 俺という人間が居たからなのか? あの訳のわからない夢を見ていたからなのか? この世界を知っているからなのか。だとしたら俺だけ転移されるはずなのになんで。


 今も俺に刻印の力を発動して駆け寄って来るみんなが考えているのは単純な事だ。

 本倉のシナリオ。それは簡単な物だ。


 今この場に立っている刻越藍に似た存在は、偽物だと。

 そして偽物が自分達を貶めてるいると。


「待てくれ・・・話しを聞いてくれ!」

「偽物が!! 本物の刻越も殺したんだろ!」

「なんでそうなる!」

「みんなにはある刻印が無いのが、その証拠だろ!!」


 くそっ! 次々と攻撃を仕掛けてくる。

 さっきまでモンスターに向けられていた光の剣達が何度も俺に向けて振られ続ける。

 魔法の補助で体を軽くして避けれる時は避け、障壁を作って防御も混ぜながら全員の攻撃を防いでいる。


 けれど、駄目だ。

 こっちは魔力を消費し続けて対応している。魔力の底が体感できるというのに、刃を振るい続けるみんなは疲れを全く感じさせていない。


「なっ!?」


 攻撃が一瞬だけ止んだと思った瞬間俺の足元が揺れる。


「捕まえた!!」


 地面から巨大な岩の手が現れ逃げ出そうとする俺の全身を握り潰す様に捕縛しようとした。

 

 そしてまた白昼夢が起きた。

 今の俺と同じように男が両手が使えず捕縛されていた。

 けれど、すぐに魔法を捕縛している物体にぶつけ対応した。

 一瞬でも自らを捕縛する力を弱める魔法だった。それを使い脱出した。


 今見たことをすれば抜けられる。

 あの男の真似をすれば・・・真似をすれば、また。


「高橋君の・・・仇!!」


 高橋・・・。一番最初に死んだ男子。死体をゴブリンに貪られた男子。

 岩の手を操っている女子は涙を流しながら俺を睨み付けていた。


 仇・・・あの子は確か。


 高橋の・・・彼女。


「ぐあぁあああああああああああああ!!!!!」


 ただ俺は叫んだ。されるがままに痛みを声に乗せた。

 それでも高橋の彼女が刻印の力を弱めることは無い。それどころかメキメキと音を鳴らしながら力が増していく。


 仇。

 その言葉だけ十二分に伝わった。


 俺を殺そうとしている事が。彼氏の仇であると思い込んでいる俺を。


「待って! このままじゃ藍君が死んじゃうよ!! 将弘君止めて!」

「大丈夫さ凛上、そろそろ根を上げて白状するはずさ僕を信じろよ。もっとだ!もっと力を込めろ! あの程度の演技、僕を騙せると思うなよ」


 握り締められている俺に本倉が近付く。


 なんで・・・コイツ。


 さっきもそうだ。

 なんでコイツ・・・。 


「ふふふふっ・・へへ!」


 笑っているんだ。こいつは、そんな奴だったのか。

 俺は、こいつの事を。本倉の事を・・・。

 

 知らなかっただけ、ということなのか。


「ぐぅううぅう・・!!!」


 なんで・・・俺は。

 泣いてるんだ。


 なんで俺は悲しんでるんだ。


「泣いてるのか? 泣きたいのは・・こっちなんだよ!!」

「がはぁっ!!」


 何かが顔面を殴り付けた。

 吹き飛ばされた時と同じ衝撃が直撃した。


 オークに吹き飛ばされた時と同じく口から血を噴き出してしまう。


「さっさと吐けよ、おい!! ごら!!」


 何発も何発も。


 本倉は不敵な笑みを浮かべている。

 泣きたいのはこっちだと言っておきながら、他のみんなには見えないように、俺にだけ見えるように笑みを浮かべていた。

 それでも・・・俺は。


「はな・・し・を・・聞い・」


 このままじゃあ何も変わらない。

 その為にも、俺は口を動かした。


「ふ・・・降ろせ」


 俺の言葉が届いた。

 握られていた手がゆっくりと解ける。だが俺はそのまま地面へとうつ伏せに倒れ込んだ。もう本当に立ち上がる気力さえなくなっていた。

 体がもう限界を超えていると、もう自分の身体なのかどうかすらわからない程に感覚が消えている。


 それでも、口は動かそうと意識だけは保つように集中させた。


 誤解。

 それを・・・解かないと、前には進まない。


 だから、だから・・・俺は必至に言葉を考えた。

 どう話せば本倉や他のみんなに伝わるか。


 しっかりと言葉を選んで―――。



「刻越。お前の話なんて聞く気なんてないんだよ、今も昔も。な」

 


 本倉が俺にだけ聞こえる小声で喋った。

 俺の耳元で喋った。

 笑みを浮かべつつ。


 俺に、語った。


「―――っ」


 全てが真っ白になった。


 白昼夢じゃない。頭の中、脳、見るモノ、聞こえるモノ、感じるモノ、その全てが真っ白になった。

 俺は意識を飛ばしそうになっていた。

 そして悟った。


 コイツは。

 本倉将弘という男は・・・俺を・・・。








「ぅうぅ・・うぅうあぁあああああああ!!!!!!」


 獣のように、ただ叫ぶ事しか今の俺には出来なかった・・・。


「うるせんだよ!!」


 また吹き飛ばされた。

 いつものように、ゴミを扱うかのように。


 いや、きっとゴミなのだろう。

 本倉という男にとって今の俺は、ゴミ同然。それ以下の存在なのだろう。


「もおおとうらぁああああああああああああ!!!!」


 それでも俺は叫び続けるしか出来なかった。


 意味のない行動。

 声を荒げても無駄。

 涙を流し続けても無駄。


 全ての行動に意味を為さない。


「うあぁあああああああああああああああ!!!!」


 叫べば叫ぶほど、他の人間が俺を見る目を強固の物にしていく。

 やはり本倉の言う通りだと。


 こいつは犯人で、自分達に害を及ぼす存在であると。


 敵なのだと。


 それでも。

 喉が壊れても、俺はもう今は叫ぶしかなかった。


「もぉぉお・・くぅぅ・・ぁあぁあぁ!!!」

「危ない奴だなお前・・・やっぱりな」


 やっぱりってどうゆう意味だ。

 この世界にみんなを招いた犯人だからなのか、それとも。

 小声で呟いたように今も昔もという意味で言っているのか。


 俺という存在が・・・嫌いだからか。



「コイツ、殺すわ」


 本倉のさり気無い一言が行き渡った。

 中には一瞬反応する者も居たが、ほとんどが賛成していた。

 賛成しているのにも関わらず自分の手でやると言う奴は一人も居なかった。

 

 だからなのか、本倉は一歩前に出た。

 まるで悪者にトドメを刺すヒーローのように。


 そんな本倉を後押しするかのように司教の一人が本倉の横に並んだ。


「"大司教様"より、良ければこちらをお使いになられては。と」

「へぇー気前いいじゃん」


 一本の剣が本倉に手渡される。

 長い刃の反対、持ち手の下にも短い刃が付いている剣。


 鍔は小さく特別感ある剣を本倉は舐めるように見ていた。


「いいね、気に入った。喜んで使わせてもらうよ」


 ウキウキと慣れない手付きで剣を振るいながらピクリとも動けない俺の身体に近付いてくる。


 コン、コン、と近付く足音に俺は顔を上げることすら出来ない。

 もう俺は・・・本倉によって殺される。


「情けない面、あの時俺に説教した刻越君とは思えないな」


 説教。

 一体、何の話しをしているんだ。


 それを聞くことすら出来ず俺は髪を掴まれ持ち上げられる。

 もはや痛覚すらない、俺にとってはただされるがままだった。


「じゃあな、ゴミ野郎」


 その言葉を最後に、本倉は剣で俺の腹部を突き刺した。

 剣を突き刺さし貫通した一瞬だけ俺は目を見開いた。


 目に映ったモノは、邪悪な笑みを浮かべる本倉。


 そして、俺を貫く・・・剣だった。


「・・・ん?」


 剣・・・。


「な、なんだ・・・!?」


 二つの刃を持つ・・・剣。











『この剣・・・あなたに託します』








 また俺は白昼夢を見た。


 俺を突き刺した剣。

 それを彼女、メリスがあの男に渡すその場面を。

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