第1話 転移
「早く!早く!」
クラス委員長である"凛上 宝華(リンジョウホウカ)"に連れられ俺はクラス全員が待つ観光名所とされている遺跡へと足を運んだ。
宝華はスタイル抜群で容姿も端麗。赤毛の二つ結びが似合う女の子。実際には知らないがモデルもやったことがあるとか無いとか。
それに加えて勉強も出来、嫌味の無い性格でクラスの人気者である。誰からも好かれ、俺のような自由奔放な奴にも分け隔てなく接してくる。
「おっ! やっと来たか。なんだなんだ勇者様がお姫様を連れ出したみたいだな、はははははははっ」
「勇者って・・・私が?」
「俺がお姫様かよ」
腕を組み大爆笑している少し大柄な男"安堂 透(アンドウトオル)"。
こいつもまた宝華と同じようにクラスの人気者の一人だ。
野球部の部長で責任感も強く、少し時代錯誤な部分もあるのが情に熱く、昨年の俺達が2年生の頃に後輩をいじめる先輩集団を一人でボコボコにしたことがある熱血漢という言葉良く似合う男だ。
「刻越、もしかして・・・またゲーム?」
透の陰からひょっこりと顔を出した女"#澄原 由子__スミハラ ユコ__#"。
凛上に負けず劣らずで小柄の容姿を持っているが決定的に違うところは、今も透のシャツをずっと掴んでいる事から基本的に内気な引っ込み思案な女の子。
透とは家がご近所さんで幼稚園からの幼馴染で本人は透を白馬の王子様か何かだと物心付いた時から思っているらしい。なんだかんだ透から愛の告白をしたとかなんとかで事あるごとにイチャイチャしている。
「いや、これ! どうよ! ようやく俺、いや・・・レジヲさんは一つの壁を越えた! はあ、また俺は、レジヲさん強くなってしまったようだ皆の衆」
片手に持っていたゲーム機を俺は自慢げに見せるのだった。
難解と呼ばれたゲームのレベル上限を突破した事を透達に誇らしげに言うのだった。
「藍君って本当にゲームが好きだよね」
「いやいや違うぞ凛上、こいつが好きなのは"エルフ"だよ。マンガ、小説、ゲームにアニメ、"銀髪エルフ"さえ出てくれば何でも良いっていう変態なだけだ」
「あはは・・・ほどほどにしなよ、刻越」
「お前等なぁー!!」
透の言葉に反論を述べたい。
エルフとはある意味で俺達人間よりも高位の存在! 神に最も近いとも諸説ある偉大な存在なのだぞ!
赤子が両親を恋しく思うのと同じように、高嶺の存在を感じるのは当然の事で・・・。
「ってあれ、集合写真始まってないんじゃ・・・」
俺はふと周囲を見渡すと透と澄原と同じようにクラスのみんなは談笑していたりとこれから集合写真を取る雰囲気でない事を察した。
睨むように凛上を見ると小悪魔のように片目を瞑り俺に舌を見せ、自身を呼ぶ他の女子のグループの方へと走って行った。
凛上のお節介。
その事に俺は溜息が出た。
「睦ましい・・・」
「相変わらず歯痒い関係だな、お前等は」
「うるせぇー! イチャイチャマシーン共に言われたくねぇよ!!」
ったく、と。俺はその場に座り込み集合場所である遺跡に目をやる。
遺跡なんて呼ばれているがよくあるRPGのファンタジーダンジョンのような物ではない。
ただ、巨大な細長い岩が四つ、横並びに並んでいるだけの物だ。
確かここへ来る前に見たパンフレットだと、どうやらこの岩達は突如として現れた存在のようだ。約70年前の出来事らしい。当然俺達は生まれておらず今のようにスマホやらパソコンやらが無い時代の為突如現れたという現地民たちの言葉の信憑性が低かったが。
数年前になんやかんやあって観光名所とされ、地元民からは遺跡として崇め奉られているとかなんとか。
こうやって地面に座ってその遺跡という名のただの岩を眺めているとふと思い浮かべてしまう。
ファンタジー好きならこういった未知の存在に高揚感を抑えられないのだろう。実際にクラスの一部は興奮して写真をいっぱい撮っている。
俺もファンタジーは大好きだ。
現代とは違う世界。
機械という存在が発展するかしないかくらいの世界。魔法があって、俺達のような人間以外にも多くの種類の人間が居て、モンスターと戦って、そして・・・エルフが居て。
物心付いた頃から俺は変な夢をよく見る。それは"銀髪の少女"が出る夢だ。
事あるごとにその少女は俺に語り掛け、共に笑い、時には喧嘩をしながらも一緒に過ごしている。
子供の頃から俺は何を見せられているのかと疑問に思いながらも、悪夢のような嫌な気持ちにはならなかった。
それどころか、なんだが心の奥底から湧き出る喜びに笑みを浮かべる日々が続きいつしか俺は現実の"エルフ"と呼ばれる架空の存在に惹かれるようになった。
実際俺が見ていた少女がエルフなのかどうか知らないが、その存在をカテゴライズするならばエルフだと俺は思ったのだった。
だが、正確には彼女はエルフの象徴とも呼べる耳が普通の耳と同じ。つまりはハーフエルフという存在なのだと俺は考えていた。
夢は二人が歩んできた物語をなぞるようにして進行していたようにも感じた。
お互いがお互いの名前を笑顔で呼び合う。
彼女の名前は・・・。
「おい藍~、本当に写真撮るぞ~」
「えっ! あ、ごめんごめん。サンキュー」
ビクッ体が驚いたと同時に俺は立ち上がっていた。
その光景をクスクスと笑う凛上と澄原。
状況がわからずあたふたしていると透がはいはいこっち、と手招きしてくれて俺はそれに従うように歩む。
この時、この瞬間。
俺という存在、刻越藍は、自分の本当の事を知らないでいたただの高校生だった。
何故生まれたのか、どうして存在するのか。
全てを忘却の彼方に留めることで存在し続けることができていたことを・・・。
「はーいでは・・・"始まりますよ"」
なんだそれ? カメラマンのその決まり文句、なのか?
そんな疑問を浮かべカメラマンの方を見た。すると何故だろうか、俺はそのカメラマンと目が合ったような気がした。
そして、俺を見て・・・笑った?
始まりますよ。
その時の俺は、それが最後の言葉になるとは思いもしなかった。
綺麗に整列したクラスの面々がカメラのシャッター音と同時に光る強烈なフラッシュに全員が目を瞑ってしまった。
当然俺も目を瞑り瞼の裏側を俺に見せた。
暗く、一切の光をも通す事のない深淵の闇を覗かせるような感覚に襲われた。俺はそれを一度味わったことがあるようにも思えたが一瞬の出来事過ぎてわからなかった。
一体どれ位そうしていたのだろうか、わからなかった。
一秒なのか、一分なのか。
そもそも時間という概念すらも感じていたのかどうかすら怪しかった。
覚えている事は、真っ暗な場所で静かに目を閉じただけのような感覚。
五感が全て無くなったようにも思える。
だが・・・俺は。
(――――――ッッッ!!!)
一人の叫び声。
何の言葉を発したのかわからないけれど、それは誰かを呼ぶ声だった事だけは理解した。
誰よりも聞いた声に、愛おしいと感じた声に。
「メリ・・・ス」
俺は名前を口にした。
メリス。
それが彼女の名前だ。俺が見ていた夢に出てくるハーフエルフの少女。必ず一緒にいる・・・そう約束した、大切な人・・・。
「成功だー!!!」
突然の大声に俺は目を見開いた。
そこは、見たことのない場所だった。
「なんだ・・・此処は」
何かの神殿? それこそゲームの中に出てくるような場所だった。たった一つだけわかる事がある。
ここは、さっき居た場所では無い。
さっきまで記念撮影をしていた俺達は一体・・・。
「"転使"様だ! 儀式は成功です、大司祭様!!」
「あぁ・・・これで世界は救われる」
あまりにも広い部屋の中心に俺達はただその光景に驚かされている。
その場で見上げると俺達をまるで動物園の動物を見ているかのように大きなローブを着ている大勢の人間達が俺達を見下ろし嬉々として声を上げている。状況が一切わからないが、危害を加えるような様子は今の所無い。
一先ずは、大丈夫なのか・・・と、俺は大きく息を吐いた瞬間だった。
「きゃぁああああああああぁー!!!!」
俺の背後から悲鳴が響き渡った。
脳が震える。何度もその悲鳴が再生されているような衝撃が走った。鳥肌が治まる事無く恐怖のあまり体が痺れ上がる。
それでも、それでもと。俺はゆっくりと体を振り向かせた。
「なんだ・・これ」
一人の同級生が目の前で・・・血塗れになっていた。
「ぁ・・うっ・・・」
「高橋・・・ぅ、嘘だろ・・・」
血塗れになっている死体が転がっている。
転がっているだけでは無い、その死体に覆い被さっている存在が目に入る。
「何を・・しているんだ・・・」
そんな事は誰が見ても明らかだった。それでも状況が理解できずに口にしてしまった。
何故なら、今目の前に存在するソレは、人間では無かったのだから。
グヂャグヂャッ・・・グヂャッ!!
肉の音が耳に入ってくる。音だけで足が竦んでしまう、あまりにもその光景を受け入れたく無い。今という時間を信じたく無いと体が委縮していく。
人間を・・・食ってる。
小さいその何かは、全身に血が付こうがお構い無しに死体を貪っている。
何度も何度も顔を突っ込み噛み付き、血飛沫を上げながら何度もその行動を繰り返していた。
その場所から離れようと全員静かに死体から距離をゆっくりと取っていく。
そして・・・。
グヂャァッ・・・キシャッ・・!
食事を終えたそれは立ち上がってこちらに目線を送り笑った。
全身は真っ赤に血で染め上げられているが、そいつの存在が頭に過ぎる。
ゴブリンだ。
「いやぁあああああー!!!」
「来るなぁあああああー!!!」
ゴブリンがこちらに一歩踏み出した瞬間だった。クラスメイト全員が一斉に逃げる為に走り出した。
理性は一気に吹き飛んだ。死体を貪る光景を目の当たりにしてその貪っていたゴブリンがこちらに歩いてくるのだから当然であった。
俺達は一斉に大部屋の出入り口であろう大きな扉の方向へと走って行った。他にこの部屋から抜け出す扉は無い。その方向へ全力で走っていったが。
「ぐがぁ!!」
「うっ!! な、なんだこれ!!?」
扉まであと少しというところで先頭を走っていた者達が転倒した。全員の足が止まった。俺も足を止めてそれに触れた。
「見えない・・・壁!?」
触れることのできる何かがそこにはあった。
まさか、結界か何かか!?
力自慢のクラスメイトが殴り付けてもビクともしない物が、俺達を遮る。
「おい!! ここから出せ!!!」
「出してぇえええー!! お願い!!!」
「助けてくれぇえー!!頼むー!!」
全員が声を上げ助けを求めるも結界が解かれることはなかった。
咄嗟に上を見上げると、さっきまで楽しそうに喜んでいる連中が大慌てしているのが目に入った。
何がどうなってるってレベルじゃない。ここはどこで、何でこんな事になって、俺達はどうすればいいんだ。
そして何より・・・あのゴブリンは何なんだ!
「きゃぁ!! は、離してぇええー!!!!」
まさか、と振り向いた時。ゴブリンがもうそこまで来ていたのだ。凛上の服を引っ張り自身に引き寄せた。
そして抵抗する凛上の服を意図も容易く引き千切り、地面に仰向けになってしまった凛上を見てゴブリンは舌舐めずりをした。
さっきのように殺しはしない? いや、違う。
まさか。
「凛上!!!」
体が動いた。
脳裏に行われるであろう事を想像した時には、俺は、凛上の両手を押さえつけているゴブリンを蹴り飛ばした。
不意打ちのようになったのか、ゴブリンは物凄く吹っ飛び地面へと叩き落ちた。
「大丈夫か」
「ぁ・・・あり・・がとう」
涙目の凛上の肩に触れる。
とてつもない恐怖を感じたに違い無い。今も触れている肩から全身の震えが止まらないのが良くわかる。
上半身の下半分の服を剥ぎ取られていた。幸いなのか、凛上の素肌には傷が付いていなかった。すぐさまブレザーを脱ぎ凛上へ羽織る。
「誰か凛上を頼む!」
まだ上手く立ち上がれない凛上を任せ、俺はクラスメイト達を背に立塞がる。
特別鍛えているわけでも無い俺の蹴りなんてたかが知れている。
それでも、ゆっくりと起き上がるゴブリンを睨み付ける。
キシャァアアアアー!!!!!
戦闘態勢に入ったのか俺を威嚇してくる。
ゲームとかなら大した無いただのモーションなんて思うけれど、蹴った足の感触がじんわりと思い知らされる。これは現実なのだと。
そう思うと途端に恐怖が顔を出し小さく震え出す。
「ナイスファイトだ、藍」
震えていた俺の横に立ち胸に拳を当てられた。
透だった。
透はパンッと自分の顔を叩いて冷静さを取り戻したようだった。この仕草は良く目にする物だ。透のルーティーンだと自分で言っていた。
つまりは、透も今俺と同じ気持ちなのかも知れない。
「やれんのか、あれ」
「わかんない。けど、やらないと」
透のおかげで俺の震えは止まった。
俺がちょろいのだろうか、ただ一緒に戦ってくれる奴が居るだけでこんなにも心を落ち着かせる事が出来るなんて思いもしなかった。
けれど今は、それでいい。それで十分救われる。
シャァァァアー!!!!
来る。
バタバタバタとこちらに近付いてくる。
小さいからか早い。あっという間に接近してきた。
俺と透は拳を強く握り身構えた。
その時だった。
俺は一瞬意識を飛ばした。いや正確には別の何かに意識が白昼夢を見せるかのように俺に映像を見せる。
誰かが戦ってる? ゴブリンと。
そしてゴブリンの情報が、俺の脳裏に走る。
「毒だ!! 避けろ!!」
「何っ・・・!」
応戦しようとした踏み出した透を引き止めた。すぐさま透も踏み止まりバックステップを踏んだ。
タイミングは完璧だった。
手ぶらだったはずのゴブリンが透目掛けてナイフを取り出しその場で空振った。透が避けた事に驚いたゴブリンは足取りが悪くなり体勢を崩そうとしていた。
「このっ!!」
その隙は逃さない。再び俺はゴブリンを蹴り飛ばす。
先ほどと同じ様に吹き飛ぶゴブリン、手に持っていたナイフは手放され地面に落ちる。
「藍!!」
俺の名前を呼ぶ透は、即座に落ちたナイフこちらに投げて寄越した。
流石透だ。長年一緒に馬鹿やってきてない。俺がやろうとすることを瞬時に理解して行動してくれ、それを実現できる程のコントロール。透の援護を無駄にはしない。このチャンスは逃さない。
ナイフをキャッチし倒れ込んだゴブリン目掛けて走り出した。
叩き付けられた瞬間に頭を打ったのかゴブリンが起き上がる前には、もうその時が来ていた。
ナイフを逆手に持ち思いっきり顔面目掛けて俺は、全力で振り下ろした。
ギギャァアアアアアアー!!!!
一度目の突き刺しで鼓膜が壊れるんじゃないかと錯覚するほどの悲鳴が響く。
それでも俺は刺したナイフを引き抜き、もう一度同じように後頭部を突き刺す。
「早く死ねぇー!!!」
何回突き刺しただろうか。
グチャッグチャッグチャッと何度も音を出し俺はナイフを突き刺し続けた。息を荒くしながら何度も何度も。
気が付いた時には、ゴブリンはピクリとも動かなくなっていた。
「やった・・・」
ゴブリンを何とか俺は・・・倒し・・。
「藍ぃいーー!!!!」
透の声が耳に入った。俺を呼んだ? 何で?
そんな疑問が浮かんだ時には、もう俺はその場に居なかった。
俺は宙に浮いた。
俺に蹴り飛ばされた小さなゴブリンと同じように。
「・・・・・・ぐはっ」
口の中に広がるのは内蔵から湧き出た血の味。
そして目に入ったのは、5メートル級の巨大な図体を持った化け物。
再び意識が飛び、情報が頭に過ぎる。その化け物がなんなのか。
グォォオォォオォオー!!!!!
オークだ。
「っ!!」
地面に激しく擦り下ろされる。
受け身を取る暇も無く地面に叩き付けられた。
グオォォオオオォー!!!
俺を吹き飛ばし喜んでいるのだろうか。高々と叫び散らすオーク。
その光景にクラスメイト達は全員腰を抜かし、絶望していた。
誰もが今度こそ終わりだと諦めかけていた。
「藍、大丈夫か!?」
「藍君!!しっかりして!」
「刻越!死んじゃ嫌だよ!!」
熱烈な応援ありがとうございます。
透と凛上に澄原という、いつもの3人に起こされるように俺は激痛が走り続ける身体を起こす。それを見た3人はホッと胸を撫で下したが、すぐに視線をオーガに向ける。
重い巨体を震わせながら固まっているみんなへ向けて前進していく。幸いにもまだ距離はある。
だから俺は悲鳴を上げている体に鞭を入れ叫んだ。
「みんな動け!! オークは足が遅い! まだ逃げ回れる!!だから動っ・・ぐぅ!」
駄目だ。痛みがヤバい。叫ぶだけでこれかよ。
だけど、そのおかげか、俺の言葉はみんなに届いた。
「こ、こっちだ化け物!!」
「俺達が囮になる! その内に動けない奴等を端に寄せるんだ!!」
「に、逃げろーー!!!」
各自が散らばるようにして動き出した。
まだまだ恐怖が拭い切れていない。それでも怯えるのは終わったのだと、自らを奮い立たせながらとにかく速く、と足を動かし出した。
「これも藍君と透君のおかげ、二人がみんなに勇気をくれたんだよ」
「いや、俺なんかよりも藍だろ。こいつが凛上を助けたから動けたんだよ」
「はいはい、透は本当に刻越が好きなんですねー」
なんだこの臭い会話は。こいつ等状況わかってるのか? だけど嫌いじゃない。
こんな状況だからこそ必要なんだってよくゲームとかで聞く。実際にそんな状況無いだろなんて思ったがそんな事はなかった、本当にありました。
なら。ここでただ地べたにケツ付けてるわけにはいかないな、もっと根性見せていかないとカッコ悪いから・・・。
「んっ・・・!」
まただ。
ゴブリンやオークがわかったように、また一瞬だけ白昼夢を見る。たった数分だけで3回も見るなんて普通はあり得ないだろ。
けれど3回もなると不思議な感覚を覚える。というよりも何かの違和感に気付いた。
俺は・・・一度見たことがある?
確かこれは・・・そうだ、あの夢だ。
メリスが出てきていたあの夢にこの違和感は似ているような気がした。元々変な夢だと感じていた物がまさかここに来て関係してくるなんて想いもしなかった。
「出来るのか・・・俺に・・」
右手に意識を集中させてそれをそっと胸に当てる。
白昼夢で見た事を実際にやってみると不思議な感覚に見舞われた。
体の芯から何か温かくもあり涼しさもある何かが体中を包み込む。痛みという痛みが次々と治療されていく、回復しているのがよくわかる。
これが今白昼夢で見た"魔法"だ。
この世界には魔法が存在する、つまりは・・・異世界。
「あ、藍・・・今の光って何だ・・」
「詳しくは俺もわからないんだけど、魔法みたいなんだ」
「魔法!?」
俺の発言に凛上と澄原は声を上げた。透はなんだそれ馬鹿みたいという表情をしている。全員俺が冗談を言っていると思われている。
ならば、と俺は立ち上がりそれを証明するようにしっかりと足で立ち上がる。
実際にこの時にはもう驚くほどに完治していた。オークに殴り飛ばされたのが嘘のようだ。
「魔法って・・・嘘だろお前」
「俺も信じたくないが・・・事実ぽい」
とは言え、簡易的な治癒魔法が出来るからと言って今もみんなを追い掛けているオークをどうにか出来る訳では無い。
なんでこういう時に白昼夢は起きないんだ。出来るなら攻撃魔法の一つや二つ教えてくれたっていいじゃないか。
「へへへ、こっちだ化け物!!」
「手の鳴る方へー!!」
一先ずは何とかなりそうではある。
ただ、ここで懸念する事があまりにも多い。
あのオーク、オークだけじゃない、ゴブリンもそうだ。
奴等は一体何処から出てきたんだ。ゴブリンは紛れていた可能性がもしあったとしてもあの巨体のオークはあり得ない。突然とそこに現れたんだ。
だとしたら・・・まさか俺達と同じ!?
「こっちまで追い―――」
オークから逃げ回っていた一人がその場で倒れ込んだ。
倒れ込んだ男はその場で小刻みに痙攣したかのように痺れ出した。
「な、がぁ・・ぁぁ・・ぇっ!!!?」
「まずい!!」
倒れたクラスメイトにオークが接近していた。もはや獲物は目の前だ。そう言いたげにゆっくりと地面を噛み締めながら歩いている。
ドゴォォオオオーーンッ!!!!
地砕きの如くとてつもない轟音が響く。
倒れ込んだクラスメイトが居た場所がオークの拳により吹き飛んだ。
土煙りで状況がわからないが誰もがその安否を絶望したが。
「なんとか・・・セーフか」
ふぅー、ギリギリセーフ・・・では、無かった。
俺は抱きかかえている者を見て言葉を失った。
助けたクラスメイトの顔を見ると口から血の泡を吹き出しピクリとも動かない状態だった。
そんな死体になってしまった横腹には、俺がゴブリンを倒した時と似たナイフが突き刺さっていた。彼の動きを止めそして命落とさせたのはこれが原因か。
「うわぁぁあああああぁー!!!」
助けることの出来なかった事に悔やむ時間を与えまいと悲鳴が再び耳に入る。
やはり・・・最悪な事態になった。モンスターが湧き出してるんだ。
ここへ連れて来られたのは俺達だけじゃないという事だ。
悲鳴の方角へ目線を向けるとクラスメイトの殆どが複数のゴブリンに追いかけ回されている。
逃げてもその先にオークが待ち受け他のゴブリンと遭遇ともはや俺達に逃げ道はなかった。
「澄原さん下がって!!」
「くそ!」
遠くで比較的に安全だと思っていた俺の友達もゴブリンの襲撃に会っている。
それだけじゃない、凛上と澄原が動けない事を知ってかオークも足を進め出す。
とにかく透達の所に行かないと。
「っ! なんだコイツ!! 離れろ!!」
数匹の小柄のゴブリンが俺の脚に絡み付き噛み付いてくる。
痛みはそこまで無い、ただ完全に足が取られ転倒してしまう。
このままじゃ、3人が!
「お前等!! 逃げろーー!!!」
必死に叫ぶも意味は無く、悲鳴と助けを求める声が響き続ける中に消えていくだけだった。
駄目だ、結局何も出来ないのか俺は。
白昼夢もここにきて一切見ることが出来ない。俺は特別なのかもしれない、物語の主人公のように特別な力が自分にはあるのだと口には出さなくとも思っていた。
今はただ現実を見せ付けられている。
ただ地べたに体を擦り付けられながら、友達が殺されるのを黙って見ているしか・・・。
もはや諦めかけてしまったその時だった。
バゴンッ!!!!
何かを吹き飛ばした音が響いた。何が起きたのか全くわからなかった。
ただわかる事は、吹き飛んだ何かの正体がオークだった事だ。
「由子達から離れろー!!!」
「透・・・? 透がやったのか!?」
透の両腕と両足が何かの光を帯びていた。
俺はその存在が何かすぐにわかった。あれは魔法だ。
魔法の力を見に纏い次々とゴブリン達を殴り飛ばしていく透の姿があった。
ゴブリン達もオークが吹き飛ばされた事に驚き動きを止め、動かなくなったオークを見て驚愕していた様子だった。
その隙を付くように素早い動きで透は次々とゴブリンを撃退していった。
「透すごっ・・・ってこんな事してる暇ねぇっての、離れろ!!」
何処かの抱っこ人形みたいにくっ付くゴブリンを蹴り離して透に合流するのだった。
「みんな無事か?」
「うん、安堂君のおかげでなんとか」
「そうか、本当によかった。それにしても透、お前凄いな」
あぁこれかと、変な表情を浮かべながら手をワキワキさせる透。
丁度光が徐々に消えていく。
それを見ていると透の右腕に何か違和感を覚えた。
何か見慣れないマークが刻まれていた。
「なんて言うか、俺もお前みたいに魔法が使えればって思ったらなんか出来たって言うかなんて言うか・・・右腕なんか熱くなったというか」
俺はそれ、と刻まれたマークを指差す。
透もそれを見た途端に驚き出した。当然透が元々付けていた物では無い。
つまりはこの世界に来てから付いたものだとゆうことか。
「やはり本物でございましたか転使様! その刻印こそが救済の証、世界をお救いする印!!」
突然大声で歓喜の声を上げたのは、最初に俺達を見下していた連中の一人だった。
「おい!刻印ってどうゆう事だ、というか早くここから出せよ!」
「申し訳ございません、この結界はもしもの為に我々司教が展開した物、簡単に解除できる物では無いのです。ですが、皆様がお持ちのその刻印の力さえあれば―――!」
バンッッ!!!!
司教と名乗る奴の話を聞いていた時、突然何かが弾き飛んだ音が聞こえた。
音がした方向に視線を向けるとそれはモンスターの攻撃では無かった。
一人のクラスメイトが一匹のゴブリンを吹き飛ばした音だった。
「ほ、本当に使えた・・・」
「お、俺も・・・!」
司教の話しが耳に入ったからか、透の活躍を目の当たりにしたからかはわからないが、ほぼ全員がその刻印とやらをまじまじと見て、すぐにその力を発揮させた。
まるで元々持っていたかのようにその刻印の力を理解し襲いかかるモンスター達を次々と撃退していった。
「燃えろ!」
「切り裂け!」
「砕けろ!」
「溺れちゃえ!」
ただ手をかざすだけで魔法が発動していった。
自らの力に驚きながらも今は目の前のモンスターの撃退に専念していく。
「そう! その刻印はこの世界を守る物、異世界から来た救済の力! この世界であなた方に敵う者はおりません。さぁ! 反撃の時です!!」
随分と無駄にテンションが上がってるな。そう言えば開口一番に言ったセリフが確か成功だとかなんとか言っていたな。
つまりこれがこいつ等の目的という事か?
この異世界を守る為に俺達は召喚、転移されられたってことなのか?
「藍、俺達も行くぞ。今ならこの力が良くわかる気がする、それに負ける気がしない!」
「あ、あぁ・・・俺も」
俺もすぐに行く。そう思った途端だった。
あれ・・・ちょっと待てよ。
「加勢に来たぜ!」
「あぁ、安堂の力は?」
「俺らしい殴ってなんぼだぜ」
「それはわかり易いな、で刻越は?」
え・・・?
俺の・・力・・・。
待ってくれ・・俺の右手には・・・。
「・・・まだよくわかってないみたいだから、藍は俺と一緒に行く。藍ならすぐにすげぇもんが飛び出るに違いないさ」
「まぁそうだな、頼んだぞ安堂! 刻越!」
「う、うん」
透はそれだけ言いこちらに進行してくるモンスターの群れへと突撃していった。
安堂に続け。
その言葉と同時に他のクラスメイト達も一緒に走り出した。俺も出来るだけ透から離れない位置で何とか戦おうと透を追い掛けた。
状況はガラリと変化を見せた。
さっきまではただモンスターの蹂躙に屈していたのにも関わらず、今度は俺達側が攻勢に出ていた。
モンスターも次々と召喚されていった。
中にはオーク以上のモンスターや、動物に似た見たことのないモンスターも姿を見せていた。
「っ!! 助かったぜ、本倉!!」
「ふん・・・」
クラスメイト達の連携が取れているのか、それともただ単純にこの刻印の力が強すぎるのか。現れるモンスターを次々と撃退していく。
倒したモンスターは黒い霧となり消滅していく為、どれだけのモンスターを倒したかまではわからない。
だがかなりの数を倒しているのだけはわかる。
遠距離魔法を撃てば当たる、そしてその場で消滅する。
前衛で戦っている透だけでは無く、後方から魔法を送る者達すら息を上げる事無く攻撃を続けていた。
右を見れば光の剣のような物を持って戦い。左を見れば光の槍を持って戦う者。後ろを見ると魔法使いのようになった自分に興奮して無尽蔵に魔法を繰り出す者が多かった。
「藍君大丈夫!? 戦闘用の魔法じゃないなら由子ちゃんと同じように下がってても」
「だ、大丈夫だまだなんとか。それよりも凛上、お前だって前に来て大丈夫なのかよ」
凛上は手を振るうと光る蝶を辺りに散りばめ、それを操り戦っていた。
高速で動く蝶がモンスターに触れた瞬間、爆発していき一撃でモンスターを消滅させていった。
蝶を出す数は自分で決められるのか、凛上は自身でコントロールできる範囲を模索しながら戦っているようだった。俺なんかに声を掛ける余裕があるのだろう。
「無理だけは絶対にしないでね・・・透君!」
「わかってる、一気に殲滅するぞ!」
それからの二人はとてつもない勢いでモンスターの軍勢へと飛び込んだ。俺が付いて来れない程の速さ、それどころかさっきまで一緒に前衛で戦っていた他のクラスメイトを置き去りに突っ込んでいった。
そんな二人を見て更に負けまいと他の者達の士気が向上していった。
本当にゲームのような状況だった。経験値を誰よりも先に頂くの如く、湧いてくるモンスターを我先にと自分達の力を発揮していく光景が広がっている。
そして終わりは近付いていたのがわかった。
湧く速度が透達の撃退速度に追い付いていないのか、それとも在庫が残りわずかなのか。
モンスター達の姿が消えていくのがよくわかった・・・。
刻印の力。
どんな魔法なのか知らないが今も残りカスのようなモンスターを相手にしている様子を見るに本当に無尽蔵に思える。魔力は当然の事、体力やスタミナ。刻印の力を使い始めてから汗一つ掻かずに涼しい顔で湧いてきたモンスターを消滅し続けていた。
そんな無敵のクラスメイト達の中で、俺は一人汗ダラダラで息を荒げていた。 流石にこれ以上付き合うのは難しいと足を止めた。
両膝に手を置いて目線を地面に向けてしまった時だった。
グアァアアァアアアアアアー!!!!
マジか。
モンスターを目の敵にしている前衛の間を潜って一匹の狼、ワーウルフが俺に飛び付いて来た。
「ぐはっ!!」
ほぼ無防備にワーウルフに押し倒され地面に叩き付けられた。
もうスイッチをオフにしてしまった俺の身体は思うように力を出す事が出来ない。
ワーウルフの巨大な口が近付いてくる。綺麗に生え揃った牙が向けられる。
死ぬ瞬間がスローモーションになると聞いた事があるが、本当だったみたいだ。
最前衛の透と凛上が俺を呼ぶ声が耳にしっかりと入ったのは理解出来た。
ただ、理解出来ただけで今の俺には抵抗なんて出来ない―――。
「・・・あれ」
目の前にあったワーウルフの口が消えた。
いや口だけじゃない、顔面まるごと消えていた。
そして俺を抑え込んでいた腕諸共、黒い霧に消滅していった。
俺は今だに仰向けで立てないでいた。
そんな俺を覗き込むように一人の男が視界に入ってくる。
「本倉か・・・サンキューな」
俺を助けてくれたのは本倉だった。"本倉 将弘"クラスで唯一俺があまり話した事が無い男だ。
他のクラスメイト達からは金持ちのボンボンで貧乏人の俺達を見下してるとか、そんな噂を良く耳にしていた奴だ。
だが、実際は違う。俺はこいつの良い所をちゃんと知っている。
「悪い本倉、ちょっと手、貸してくれ。情けない様だ、腰抜けたみたいでさ」
震え続ける手を俺は上に掲げる。
本当に情けない限りだ。よくわからん白昼夢なんていう物に頼ったバチが当たったって所か。
本当ならみんなチート染みた力があるのにも関わらずヒーローにでもなろうとしたのが運の付きだ。
実際俺は、こうやって本倉に助けてもらった訳で―――。
「・・・え?」
俺が掲げていた手が・・・払われた。
払ったのは・・・。
「喋るなよ・・・刻越の"偽物"」
俺の事を睨み付ける、本倉だった。
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