武闘派第二王女の文通

水瀬真白

第1話 上

 “この手紙を書き終わった後、僕は異民族討伐に参加します。なので王女殿下とはしばらく文通ができませんことをご了承下さい。辺境では寒くなってきております、お体にはお気をつけて下さい。

                        ブルーノ・リヒテンダーより”



 きれいに綴られている文字を何度も見る。

 文通相手から手紙が来た。

 そして、その手紙を最後に一年が過ぎた。


「しばらくっていって…一年過ぎたわよ」


 異民族討伐は先日終わった。

 それなのに、手紙は一向に来ない。


「出しなさいよ……バカ……」


 強気な発言をしても、心はずっと落ち着かなくて。

 負傷者は多いと聞いた。そして、何人か行方不明の者も。

 その中には、文通相手の名前もあった。


「手紙なんか……出さなくてもいいから、帰ってきなさいよ」


 祈ることしかできない自分が歯がゆい。

 会いたい、会いたい、その気持ちでいっぱいだった。



 ***




 エリザベス・ノーストン、それが私の名前だ。

 ノーストン王国第二王女で、父上と母上、お姉様にお兄様、そして三つ下の妹の六人家族だ。


 私は幼い頃から快活な子どもで、王女なのにお兄様と一緒に混じって剣の練習をするくらい、やんちゃな子どもだった。

 王女がはしたない、と思うかもしれないがここで驚きの発見があった。


 私には剣の才能があったのだ。


 振り方や技をあっという間に自分のものにして、周囲の者を驚かせた。

 それが楽しくて楽しくて、私は剣に夢中になっていった。

 勿論、王女なので王女教育をした。

 歴史に語学といった学問にマナー、ダンスに刺繍と淑女にとって必要な教養を学びながら、自由な時間の多くは剣の練習をしていた。

 母上も王女教育で問題がなければ剣の練習を許してくれた。


 そんな私の日常に変化が訪れたのは十歳の頃。

 私の剣の師であるゲオルグが連れてきた男の子だった。


「ゲオルグ、その子は誰?」


 私がゲオルグにそう言うと、男の子がびくっ、と震えた。


「姫様、こちらは儂の孫のブルーノです。ブルーノ、エリザベス王女殿下だ。挨拶なさい」


 ゲオルグに前に出された男の子を見る。

 黒髪に、紺色の瞳を持つ男の子。


「ブ、ブルーノ・リヒテンダーと申します…王女殿下」


 リヒテンダー。ノーストン王国北西部に位置するリヒテンダー辺境伯の人間。

 現在の当主はゲオルグの息子だから、彼は辺境伯の息子ということだ。


「エリザベス・ノーストンよ。今日はどうしてここに?」


 辺境伯の子息が王宮に来るなんて珍しい。辺境伯領で何かあったのだろうか?


「あっ……その……」


 口を開くけど聞き取りづらい。


「聞こえないわ。はっきりと言って」

「姫様、覚えていらっしゃいますか、強い子どもと対戦したいと」


 ゲオルグが彼の代わりに話してくる。確かに、年の近い修練教室に通う男の子たちと身分は明かさず対戦していた。

 ゲオルグの遠い親戚の子どもとして対戦して、皆に勝って嬉しかったけど、もっと強い子どもはいないのかと、ゲオルグに愚痴を言っていた。


「姫様のご要望を叶えるべく、この子を辺境伯領から連れてきました」

「彼が?」


 じっ、と見てしまう。正直、強く見えない。大人しそうだからか。


「弱そうに見えるでしょう。しかし、一度対戦してみて下さいな」

「……ゲオルグが言うのなら」


 ゲオルグには昔からお世話になっている。その願いを断るのは悪いため応じる。


「ほら、ブルーノ。剣を持ちなさい」

「でも…お祖父様……」

「手加減はしなくていいわ。ゲオルグに教え込まれているから弱くないわ」


 ゲオルグは数十年前、ノーストン王国と他国との戦争で勝利に導いた英雄だ。そのゲオルグに教えてもらっている私は弱くない。


「姫様もおっしゃっている。本気でいかないと姫様に怒られるぞ」

「わ、わかりました……」


 木剣を持って彼は構えたため、私も木剣を構える。

 じっと相手の様子を観察する。持ち方も普通だし、構えも普通だ。


「では――始め!」


 ばっ、と走って距離を縮める。驚いた顔を見せる相手の懐に入り込んで突こうとするも――避けられた。


「――――」


 早さには自信があったのに避けられた。驚いたものの、判断力は早いようだ。

 カァン、カァンッと剣がぶつかり合う音が響く。

 気弱に見えるけど、立ち回りもいい。洞察力もある。今までの子たちと違うと本能でわかった。

 カァン、カァンとぶつかるけど、そろそろ決着を着けたい。

 素早く移動して背後を狙う。どちらから木剣が来るかわからないはず――


「――――」


 カァンッと木剣を弾く音が響いたと同時に、手に痛みが走る。

 ……私が、木剣を落とした。

 私が持っていた木剣は地面に落ちている。


「勝者、ブルーノ」


 ゲオルグの声が私の耳に通る。…負けた。


「あの…ひ、姫様……」

「……」


 ブルーノという子は口を開こうとしているけど、声には出てない。


「その…申し訳ございませんでした……」


 やっと出てきた言葉は謝罪の言葉だった。


「申し訳ございません、ってなにが?」

「えっ」

「勝ったこと? 手加減でもしたの? それともズルでもした?」

「い、いえ! 決してそんなことはしていません!」

「なら謝ることなんてないわ。貴方は正々堂々戦ったんだから。堂々としなさいよ」

「それは……」


 私もそれはわかっている。彼はズルなんかしていないと。


「その通りだ、ブルーノ。お前はズルなんてしていないのだから堂々としなさい。謙遜すぎるのも悪いぞ」

「お祖父様……」


 目線を伏せて、はい、と小さく呟く。

 正直、意外だった。大人しそうに見えるのに強くて。


「ねぇ、どうして最後の右から来るってわかったの?」

「えっと…風を読んだのと、気配からわかりました」

「そうなの?」


 気配は極力押し殺していたのに気付かれていたとは。

 それからいくつか今の対戦で気になったことを尋ねてみる。

 話を聞いてみると、意外としっかりと答えていく。


「ふぅん。ねぇ、友達になりましょう」

「えっ?」

「姫様!?」


 彼は目を見開き、ゲオルグが声をあげる。


「彼のお話は剣の勉強になるもの。普段は辺境伯領に住んでいるのでしょう? なら手紙をやりたいわ」

「姫様、勝手に決めるのは…」


 ゲオルグが狼狽えながら私に言ってくる。確かに、勝手にやるのはダメかもしれない。


「わかった、父上と母上に聞いてみるわ。でも、許可もらったらやってもいい?」

「それは…まぁ…」

「えっと…へ、陛下が言うのなら……」


 ゲオルグが先に言い、彼が後からそう言う。


「約束ね。あぁ、あと――今回は負けちゃったけど、いつかまた対戦しましょう。その時は絶対勝つんだから!」


 ニコッと笑って宣戦布告した。


 そして、父上と母上から許可をもらったら私は彼――ブルーノとの文通が始まった。

 王宮と辺境で頻繁には文通はできないけど、楽しく、お互い色々なことを聞いて、書きあった。


 領地は夏は涼しく、冬は雪が降って積雪になること。好きな食べ物は鶏肉の香草グリル焼きにシチュー。領民の笑顔を見るのが好きで、争いが嫌いなこと。兄弟は弟と妹が一人ずついること。好きな季節は冬で寒いけど、弟妹たちと雪遊びをすること。

 他にも今日はなにがあったのかなど、色んなことを手紙で書きあって、気づけばブルーノのことをよく知るようになっていった。


 ブルーノに負けてから、王女教育の合間に私は彼に勝つために努力した。


「ローラン、ちょっと教えてほしいのだけど」

「エリザベス王女? どこでしょうか」


 ローラン・アンフェル。お姉様の乳兄弟で、お姉様の幼馴染。現在は妹の遊び相手にもなっているローランは剣の天才で、たまにアドバイスを貰っている。

 年上の彼のアドバイスは的確で、わかりやすいため、時折お世話になっている。


「体格差がある相手にはこう斬り返すべきかしら」

「そうですね。あとはこちらから斬り返すのもいかがでしょう」

「なるほどね」


 今まではゲオルグに教えて貰っていたけど、ゲオルグ以外の人からこうして指導されるのも新鮮だ。

 これも全て彼に勝つため、その思いで努力してきた。


 十歳で初めてブルーノと出会って、成人の十六歳の間に会ったのは十二歳の頃の一回のみで、ずっと文通のみで繋がっていた。

 そして、三回目の対面は私の十六歳の誕生日であるデビュタントだった。


「あっ…」


 一目でわかった。

 四年ぶりに見た文通相手は見た目が大人っぽくなっていた。

 背はすらっと伸びていて、夜空のような黒髪は綺麗に整えられ、紺色の瞳は優しい彼の性格をにじみ出していた。


 なぜか胸が高鳴っていた。

 あの人はブルーノ。剣に優れているけど大人しくて、弟妹思いで、優しくて、領民思いのブルーノ。

 なのに、胸が高鳴ってしまって。


 彼に女の子たちが集まる。

 女の子たちは頬を染めてブルーノに話しかけて、ブルーノは戸惑いながら応対していく。

 その光景に、不快感が走って。

 目が合うと、こちらへやって来た。


「エリザベス王女殿下。お誕生日おめでとうございます。リヒテンダー辺境伯の嫡男、ブルーノ・リヒテンダーと申します」

「ありがとう、ブルーノ様。大変そうね」

「こういうのは苦手で……。それにこんなに華やかなのは初めてです」

「そんな感じがするわ」


 十歳の対面は非公式で会ったから、初対面として挨拶していく。

 さきほどの女の子たちには戸惑っていたけど、私とは文通を六年間していたからか、普通に話せるようだ。


 それからも父親の辺境伯の名代として度々王都のパーティーに参加していて、話したりした。

 成人を迎えたことで本格的に父親の手伝いが始まったということで、風邪をひかないように初めて誕生日プレゼントを作った。

 作ったのはマフラーだ。寒い地域に住む彼に元気にいてもらいたいから。

 完成したマフラーはゲオルグに渡して受け取ってもらい、後日、感謝の手紙をもらい、一人喜んだ。


 互いに成人して会うことが増えたけど、私は王女。勿論、私の生活も大きく変化した。

 第二王女としてふさわしい所作と教養を身に着けて、王女の公務に参加するようになり、以前より忙しく過ごすようになった。

 それでも趣味の剣術は練習し続けた。ブルーノに勝つためだ。

 そのせいで私は剣に優れた王女と認知され、社交界では「武闘派王女」と認識されているとお兄様から言われたけど、気にしなかった。

 私は誰かに守ってもらうより、背中を預けあえる関係がいいから。

 いっそのこと、このあだ名で求婚者が減ればいいのに、と思っていたが王家の血筋は魅力的だからか、求婚者はそこそこいた。


 そんな中でも、彼との文通は、成人してからも続いている。

 父上に婚約者のことは尋ねられたが、今は保留にしてもらったからだ。

 婚約してしまったら、文通ができなくなる。

 今はまだそれが嫌で、頼み込んで彼との文通を続けていた。

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