第16話 もう一度チャンスを・・・
「えっ?田舎に帰るの?」
君江とランチを供にしていた真由が、君江の言葉に驚いて聞き返す。
「そうよ。もう、三島さんのことも諦めたし。もう、ここには思い残すことは無いわ」
「君江・・・」
「あっ、でも、真由とこうしてちょくちょくランチが食べられないのは残念ね」
寂しそうに笑う君江を真由は苦しそうに見つめる。
「君江・・・そのことを三島さんに話したの?」
「ううん・・・言ってない」
「どうして?」
「彼の心には私の居場所はなかったの・・・だから、いくら待っててもだめだと気が付いた・・・もう、きれいさっぱりと忘れるつもり。だから、彼には会わずに行くわ」
「本当にそれでいいの?」
「私にはこうするしかないの・・・」
君江は真由に寂しそうに微笑んだ。そんな君江を真由は辛そうに見つめた。
会社に戻った真由は君江の件を三橋に相談する。
「君江さん、三島のこと諦めちゃんだ・・・」
「そうなの・・・ねえ、どうしたらいいかな?」
「・・・協力したい。僕達がこうしているのも二人のお陰だからね」
真由は自分と同じ気持ちを言ってくれた三橋を微笑んで見つめた。
「三橋さん、ありがとう」
「お礼なんか・・・とにかく君とのこともあるから三島に会ってくる」
三橋は翌日、三島を呼び出す。待ち合わせのBARで待っていると三島が入ってきた。三橋は三島の姿を見て表情を険しくする。
「その女性は?」
三橋は三島が連れてきた女性を見て尋ねる。
「ああ、友達だよ。由美っていうんだ。さあ、座れよ」
三島は女性と肩を組んだまま座った。
「お前、いい匂いだな、香水何使ってんだ?今度、買ってやるよ」
「本当!」
「ああ、何でも買ってやる」
「嬉しい!じゃあ、バックで欲しいのがあるんだ。今度、一緒に買い物行ってくれる?」
「ああ、勿論だ」
三島と女性の会話を三橋は険しい表情で聞いていた。その様子に三島は気がつき、三橋に向かって話し出す。
「ああ、それで話って何だ?」
三橋は由美という女性に向かって話し出す。
「すいませんが、ちょっと席をはずしてもらっていいですか?」
「えっ?」
「大切な話が三島にあるんです。すいません」
由美は三島を見ると、三島は三橋に向かって強い口調で話す。
「別にいいだろ!お前と大事な話なんかあるか!」
「お前が聞きたくない理由はわかるが、こんなことしてお前の気が晴れるのか?」
三橋と三島はお互い睨み合う。すると、三島は由美に向かって
「悪いがちょっと席をはずしてくれ」
と、頼む。由美は二人の様子を見て居心地が悪くなり、離れた席に一人座る。
「三島、お前にきちんと言っておきたいことがある。俺は桐島さんを愛してる。付き合うことになった」
三島は三橋から目をそらしたまま答える。
「わざわざ俺にそんなことを報告する必要ない、俺には関係ないことだ」
「それじゃ、なんでこんなことしてるんだ?お前はあの女性が好きになったのか?」:
三橋の言葉に三島は小さく笑い、答える。
「相変わらずまっすぐな奴だな。ああ、お前の思っているとおり、俺はあの子を好きなんかじゃないさ、もう、俺は一人の女性を愛するなんて事はしない。そう決めたんだ」
「三島・・・どうしてそんなことを・・・」
「今まで自分のことを一番心配してくれていた女性の存在に気が付かなかった・・・そしてその存在に気が付いた時には、その女性は俺を見捨てていた。だから、俺はもう、一人の女性を愛するなんて事はしない。これからは一人気楽に生きていくのさ」
「・・・その女性は君江さんか?」
三橋の言葉に三島は一瞬凍りつく。しかし、すぐに我に返り三橋を見つめて答える。
「もう、いいだろ。由美ちゃん!こっちおいでよ」
「三島!」
三橋は三島を振り向かせると、突然殴りかかる。三島は驚いた表情で三橋を見つめる。三橋は辛そうな表情で三島に話し出す。
「かっこつけるなよ・・・何故、頭を下げてでも戻ってきて欲しいと言わない?何故、その人に自分の気持ちを打ち明けない?そんな情けない男だとは思わなかった・・・せいぜい一人で寂しく生きていけ・・・」
三橋はそう言うと店を出て行った。残った三島は三橋に殴られたところを抑えて考え込む。心配した由美が駆けつける。
「大丈夫?三島さん?」
由美がハンカチを傷口に当てると、三島はその手を振り払い由美に呟く。
「悪いが帰ってくれ」
「三島さん・・・」
「頼む・・・一人にしてくれ」
由美は黙って立ち上がり帰って行った。三島は店を出て一人とぼとぼ歩き出す。一歩一歩歩くごとに君江の言葉がよみがえってきた。三島は知らず知らず涙を流していた。しかし、その涙を拭おうとはしなかった。
真由は君江の自宅へと向かっていた。君江が田舎へ帰るまで、なるべく時間を作って会おうとしていた。君江のマンションが見えて来ると、一人の男性が君江の部屋を見つめているのを見かける。
「・・・三島さん?」
真由は咄嗟に物陰に隠れ、三島の様子を伺う。三島は君江の部屋から目を落とすと
「もう遅いよな・・・今更何を言えるんだよ・・・」
と、呟き帰って行った。真由は三島がいなくなると君江の部屋に入っていく。
「真由?散らかっているけど入って」
「もう荷造りしているんだ。いつ帰るの?」
「明後日」
「明後日?そんな急に?」
「うん・・・思い立ったら吉日って言うでしょ。早くここからいなくなりたいの・・・」
その言葉を聞いた真由は辛そうに君江を見つめ、君江の肩に手を掛けながら話す。
「君江・・・本当はまだ、三島さんのこと忘れていないんじゃない?」
君江はうつむいたまま何も言わなかった。真由は続けて話す。
「まだ、間に合うわよ。きっと、彼も君江がいなくなると知ったら後悔するはず」
真由の言葉を聞き、君江は微笑みながら真由を見つめ答える。
「もう大丈夫よ。彼も私のことなんて、時間が経てばすぐ忘れるわ。だから、このままでいいの」
真由は君江が無理に笑いながら話す姿を見て、黙ってうなずくしかなかった。
「わかった。それじゃ、何時の電車で行くの。私、見送りに行くから」
「一〇時に東京駅を出発する電車よ」
「わかった。じゃあ、九時に東京駅で待ち合わせしましょう」
真由も無理に笑顔を作りながら言った。
翌日、真由は会社で三橋を呼ぶ。
「三橋さん、三島さんの様子どうだった?」
「うん・・・かなり荒れてたよ。あんな三島見るの初めてだ。多分、君江さんのこと気になっていると思う」
「そうなの・・・私もそう思うわ」
「どうして?」
「昨日、君江の家に行ったら、三島さんが君江の家の前にいたの。声は掛けられなかったけど、寂しそうにして帰っていった。だから、本当は君江に会いたかったんじゃないかなと思って」
「そうか・・・あいつ、意外と晩生だからな」
「三橋さん、君江は明後日、田舎に帰るの」
「明後日?そんなに急に?」
「うん、君江もまだ三島さんのこと忘れていないのよ・・・だから、早く離れようとしているんだわ・・・」
「そのことを三島は知っているの?」
真由は黙って首をふる。
「ねえ、明後日の九時に三島さんを東京駅に連れてきて」
「それはいいけど・・・どうするつもり?」
「最後のチャンスを二人にあげなきゃ・・・」
真由は腕を組み、考え込む。
翌々日、真由は東京駅の君江と待ち合わせした場所に向かう。
「君江!」
「真由、ごめんね、忙しいのに」
「そんなこと気にしないで、三〇分くらい大丈夫よね?」
「うん」
君江は笑顔で答えた。しばらくすると真由の携帯電話な鳴る。
「もしもし?はい、桐島です。ええ・・・今ですか・・・わかりました、すぐに連絡します」
真由は困った表情で携帯電話をしまうと、君江に話し出す。
「ごめん、ちょっと電話してくるから、待ってて。必ず待っててよ、いい?」
「わかったから、早く電話してきて」
真由はレジの女性に何かメモを渡すと喫茶店を出て行った。君江はその後姿を不思議そうに見つめた。
三橋は携帯電話をしまうと、後ろから声を掛けられ振り向く。
「何だよ、こんなに早くから?この前殴った相手に何の用だ?」
三橋に呼ばれた三島は眠そうに立っていた。
「まあ、そう言うなよ。この前は悪かった。大事な話があるんだ」
三橋に引っ張られて三島は歩き出した。二人は喫茶店に入ると、三島はある人を見て驚く。三島が見る方向を三橋が見ると、そこには君江が座っていた。
「君江さん!」
三橋に呼ばれ君江が顔を上げる。三橋に笑顔で手を振った後、隣にいる三島を見て君江も驚いた表情に変わる。
「君江さん!どうしたんですか?」
三橋は偶然を装い、君江の席に向かう。
「三橋さん、お元気でした」
「ええ、あれ?何やってんだよ。座れよ、三島」
少し離れた場所で気まずそうに立っていた三島に三橋は声を掛ける。三島はゆっくり席に近づき三橋の隣に座る。三島と君江は二人ともギクシャクした様子で黙り込む。すると三橋の携帯電話が鳴り出す。
「三橋です・・・はい、東京駅にいます。えっ?今からですか?・・・・わかりました。これからすぐに出ます」
三橋は電話を切ると、三島に向かって話す。
「三島・・・すまん。急用が出来た。悪いが話は今度な」
「おい・・・帰るのか?」
「ああ。君江さん、すいません。失礼します」
三橋は急いで喫茶店を出て行った。残された三島は困った顔で三橋を見送る。振り向くと君江と目が合い、思わず二人とも目をそらす。すると、君江は吹き出し、三島に話し出す。
「二人とも演技が下手ね。あれじゃ嘘だって誰でもわかるわよ」
「二人って?」
三島が不思議そうな顔で聞き返す。
「あなた達が来る前、真由がそこにいたの。でも、今の三橋さんみたいに急に電話で呼び出されていなくなったわ。同じ時に同じように呼び出されるなんておかしくない?」
君江の話を聞いた三島も微笑んで答える。
「どうやら俺達ははめられたようだな」
「そうみたいね」
二人とも笑い出し笑顔を見せる。すると、三島は君江の横に置いてある荷物に気が付き尋ねる。
「その荷物・・・どこか行くのか?」
「ええ、ちょっと旅行にでも行こうと思って」
「・・・そうか。いつ戻ってくるんだ?」
「そうね・・・すぐに戻ってくるから。元気でいてね」
「ああ・・・」
三島はそれ以上の言葉が出なかった。うつむく三島を君江はいとおしそうに見つめる。君江は涙が出てくるのを必死に抑え、立ち上がる。
「ごめん。もう行かなくちゃ・・・」
「そうか」
「それじゃ、元気でね」
君江は足早に喫茶店を出て行った。残された三島は頭を抱えたまま座り込んでいた。
「すいません・・・三島さんですか?」
突然声を掛けられ顔を上げると、店員が一枚のメモを持って立っていた。
「あの・・・これ、あなたが一人で残っているようだったら渡して欲しいといわれました」
三島はメモを受け取ると、中をゆっくり広げる。
『三島さん。真由です。余計なお節介かも知れないけど最後に忠告します。君江はこのまま田舎に帰って戻ってこないつもりです。今、君江を行かせたら二度と会うことは出来ません。これが最後のチャンスです。君江をお願いします。一〇時出発のひかりです』
三島はメモを読み終えると、急いで駅のホームへと向かう。新幹線のホームで三島は君江の姿を必死に探す。すると、ちょうど電車に乗り込む君江の姿を目撃する。
「山下!」
三島は大声で叫んで君江のところへ走る。君江も呼ばれて電車を降りると三島の姿を見つける。三島は息を切らせて君江の前に立つ。
「どうしたの?慌てて?」
「・・・行くな!行かないでくれ・・・もう一度だけチャンスをくれ・・・俺みたいな男はお前がいないと生きていけない、だから側にいてくれ・・・」
思いがけない言葉に君江は驚く。しかしすぐに微笑みながら答える。
「そんなことないわ・・・もうあなたに私は必要ないもの。これからは相談役になれないけど、独り立ちして頑張ってね」
君江の言葉に三島は黙ったまま首を振り答える。
「そうじゃない、そうじゃないんだ!」
「・・・どういうこと?」
君江が不思議そうに三島を見つめると、三島は君江に真剣な顔で伝える。
「俺は独り立ちなどできるはずがない・・・相談役としてじゃなく、俺の大切な人として側にいてほしい、一生側にいて欲しい・・・」
三島の言葉の意味を悟った君江は涙を流す。そして三島の胸に飛び込む。
「しょうがいないな・・・わかった、私がずっと側にいてあげる・・・」
三島は君江をきつく抱きしめる。その様子を三橋と真由は微笑んで見つめた。
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