第13話 目を覚ませ!

「お帰りなさい!」

アメリカから戻った三橋を同僚が歓迎する。

「ありがとうございます。これからも誠心誠意頑張りますので、ご支援の程、よろしくお願いいたします」

三橋が皆に挨拶すると拍手が起きる。

「さあ、これから期待してるぞ。頑張ってくれたまえ」

長田が三橋に握手を求める。三橋も笑顔で握手に応えた。その光景を真由は冷めた面持ちで見つめていた。同じ部署に三橋がやって来たことは正直、真由も嬉しかった。だが、自分が余計なことをすれば、長田は何をするかわからなかった。そのことを考えると、真由自身どうすればよいかわからなくなっていた。

「桐島さん!よろしくね」

突然、三橋から声を掛けられた真由は、驚いて三橋を見つめる。

「そうだ、桐島さんにお礼をしないと」

「お礼?」

「そうだよ。アメリカで入院した時、看病してくれたお礼。ごめんなさい、遅くなって。是非、夕食でもご馳走させてください」

真由は内心すごく嬉しかった。しかし、遠くで長田が二人の様子を見ているのが目に入ると、真由はわざと冷たい話し方で答える。

「そんなこと、もう忘れて下さい」

真由の言葉に三橋は不思議そうな顔をするがすぐに笑顔で話す。

「それじゃ今度、また誘います。約束ですよ」

三橋は自分の席に戻って行った。真由は今すぐにでも三橋との約束を取り交わしたい気持ちで一杯であった。しかし、その本音を言うことはこの先ないことを知っていた。


数日後、三橋は利恵に連絡を入れ、会う約束をする。突然の連絡に利恵は驚き急いでやってくる。

「三橋さん、いつ日本に戻ったの?」

「数日前。本社に戻ったんだ」

「えっ?それじゃ、もうアメリカへ戻る必要ないのね?」

「そうだよ」

「本当?嬉しい!だって、もう私、貯金ほとんどなくなって、アメリカに行くどころか、日々の生活にも困ってたくらいなんだから・・・」

三橋は利恵の言葉に微笑みながら答える。

「今日はアメリカで君に助けてもらったお礼に、君が行きたいところに連れて行ってあげるよ。どうかな?」

「勿論!行く!これってデートよね?」

三橋は無邪気に喜ぶ利恵を見て、心が温かくなるのを感じた。

二人は遊園地に向かい、利恵のなすがままに三橋はついて行った。盛りだくさんのデートを楽しむと、三橋は利恵を静かなBARに連れて行く。大人のムードたっぷりの状況に利恵は緊張と興奮を感じていた。

「三橋さん、お洒落なところ知ってるんですね?」

「僕も友人から聞いたんだよ。利恵ちゃんお酒飲める?」

「大丈夫!飲めますよ」

利恵の表情から背伸びをしていると感じた三橋は、軽めのお酒を注文する。案の定、利恵は一杯飲んだだけで真っ赤な顔になっていた。

「三橋さん・・・これって強くないですか?」

三橋は微笑みながら答える。

「そうだね。それ一杯飲んだから帰ろうか」

「えー、もう帰るの?」

「またいつでも会えるだろ。さあ、立って」

利恵は少しおぼつかないが立ち上がり、外に出て行った。三橋がタクシーを拾うと利恵を乗せる。

「一人で帰れる?」

「大丈夫です。今日はありがとう。またね、三橋さん」

「ありがとう。それじゃ」

タクシーの中から利恵は手を振りつづけていた。三橋も手を振り返した。すると突然、肩をつかまれる。振り向くとそこには三島が立っていた。

「ちょっといいか」

三島は厳しい表情のまま人気の無い公園へと向かった。三島が立ち止まると、三橋は不思議そうに話し掛ける。

「一体どうしたんだ?」

「お前、何故、利恵ちゃんと会ってるんだ?」

三橋に背を向けたまま三島は話し出す。

「ああ、彼女、俺のことを好きだと言ってくれたんだ」

「それで?」

「俺も彼女を見てると心が温かくなるよ。いい子だよ」

「利恵ちゃんと付き合うのか?」

「・・・まだ、はっきりと決めてはいないが・・・」

三島は三橋の言葉の途中で突然振り返り、三橋の顔を殴った。突然殴られた三橋は倒れこみ三島を見返す。

「・・・一体どういうことだ?三島!」

「俺が聞きたいよ!三橋・・・お前何やってんだよ?まだわからないのか?目を覚ませ!」

三島は目に涙を浮かべながら話を続ける。

「自らを犠牲にしてまで、お前を守ろうとしている女性がいることに何故気が付かない?その女性を好きになっている俺の立場も考えろ!もう少し回りをしっかりと見てみろ!」

「三島・・・」

三島はそう言うと走って去って行った。しばらく倒れこんだまま三橋は考え込んでいた。―「確か三島が好きな女性は桐島さん・・・桐島さんが俺のために犠牲になっている?桐島さんは確か誰かのために不倫をしている?それが俺のため・・・」―三橋は全てを知るべく、ある人に連絡をつける。


「ごめんなさい。待ちました?」

君江が急いで現れた。

「ごめんなさい・・・こんなに遅く・・・」

三橋は恐縮そうに謝った。君江は未だにあまり話さない三橋を見て微笑む。

「それで、私に聞きたいことって何ですか?」

「山下さん、本当のことを教えてください。桐島さんが何故、僕のために不倫をしているのか?その相手は誰なのか?どうして僕をかばう必要があるのか?」

三橋は混乱したように話し出す。君江は真剣な表情に変わり答える。

「そう・・・そこまで知ったの・・・私もあなたに本当のことを言おうと思ってたの。そうじゃないと、このままじゃ真由はダメになるわ」

「本当のことを話してください」

「あなたと一緒にやった仕事のミスを、上司の長田は真由が長田の愛人になることを条件にミスを帳消しにしたの。勿論、真由は自分のミスを帳消しにするためじゃなく、そのミスをあなたの責任にすると脅されて、仕方なく従ったの。そして真由があなたをあまりにもかばう姿を長田が気になりだして、あなたをアメリカに出向させたの。しかも真由が言うことを聞かないと、向こうでの上司が自分の言いなりだと真由を脅して。彼女、あなたがアメリカで苦しんでるいることに、とても責任感じてたわ。でも、自分は何もしてあげられないと言って・・・とても苦しんでいたの」

三橋は君江の言葉に驚きを隠せず、胸を抑えた。

「お願い。真由を助けられるのはあなただけなの。助けてあげて」

三橋は君江に一礼すると走り出した。今まで何も知らずに真由の不倫を非難していたこと。何も知らずにアメリカで仕事だけに没頭していたこと。そして今も真由が苦しんでいることを助けてあげていないこと。三橋は急いで真由の家に向かった。


玄関のチャイムが鳴り、利恵が出る。すると三橋が血相を変えて立っていた。

「三橋さん?どうしたの?」

「桐島さんは?今いる?」

「お姉ちゃんに何か用なの?」

利恵は少し不機嫌に答える。

「利恵ちゃん!重要な話があるんだ。彼女どこにいるんだ?」

「お姉ちゃんは今いないよ。今日は友達の家に泊まるって言ってたもん。私、知らないよ」

利恵の言葉に三橋も冷静になり、

「そうか・・・ごめん」

と、言うと帰っていった。利恵は静かに玄関を閉め、振り返るとお風呂から出てきた真由がバスタオル一枚の姿で立っていた。驚く利恵を真由は不思議そうに見つめ聞く。

「どうしたの利恵?誰か来たの?」

「えっ・・・うん。三橋さんが来たの・・・私に会いに・・・」

「三橋さん?利恵に何か用だったの?」

「お姉ちゃん・・・ごめんね、黙ってて・・・私達、付き合うことになったの」

「えっ?」

真由は利恵の言葉に衝撃を受ける。しかし、努めて冷静を保ち

「そうだったの・・・そう。よかったわね。うまくやりなさい」

「お姉ちゃん・・・」

「何か、バスタオル一枚で立ってたら寒くなっちゃった。もう一回お風呂入ってくる」

真由はお風呂場に入って行った。残された利恵は深い罪悪感に浸っていた。湯船に入った真由は呆然としていた。しかし、三橋のことを考えると知らず知らず涙がこぼれてきた。


次の日、出社した真由のところに三橋がやって来る。

「桐島さん、ちょっと話したいんですけど」

「すいません。すぐに会議なので」

真由は三橋と目を合わせずにそのまま出て行った。真由は誰もいない会議室に一人入って行った。真由はため息をついて考え込む。三〇分ほどすると会議参加のメンバーが入ってきた。真由は頭を切り替え、会議の準備に取り掛かる。

会議が終わり廊下を歩いていると目の前に三橋が立っていた。

「今、時間ありますか?」

三橋が真剣な顔で聞くと、真由は目をそらし、

「急いでいるので」

と、言って三橋の横を通り抜けようとする。三橋は真由の腕を掴み歩き出す。

「ちょっと・・・三橋さん・・・」

三橋は黙ったまま真由を会議室へと連れて行く。会議室で二人になると、真由は黙ったままうつむく。

「桐島さん、何故、僕を避けるんですか?」

「避けてなんかいません」

「避けているじゃないですか!今朝だって会議までは時間があったはずだ。なのに僕の話を聞こうとせず、行ってしまったじゃないですか」

「本当に急いでいたんです。それに話すことはありません。ああ、一言だけ。そう言えば利恵と付き合うことにしたんですって?妹をよろしくお願いします。それだけです。私、失礼します」

真由が歩き出すと、三橋は真由の腕を掴んだまま話出す。

「桐島さん、僕、全て知ってます。あなたが僕のために不倫していることも・・・すいません、今まで気が付かなくて・・・」

「どうしてそのことを・・・」

真由は驚いて三橋を見つめる。三橋は続けて話す。

「だから、もう止めて下さい。僕のためにあなたが犠牲になる必要なんかないでしょ」

「だめです。私と一緒にいるところを長田が見たら、あなたに何をするかわかりません。長田はいまや役員なんです。あなたの処遇を変える力を持っています。だから、私に関わらないで」

三橋の手を振り解いて歩き出した真由に、三橋は語りかける。

「どうして僕のことをそんなに心配してくれるんですか?そんなに・・・」

三橋の言葉に真由は立ち止まり、振り向く。その目には涙が溢れていた。その姿を見た三橋は驚く。

「どうして?・・・決まっているじゃない!あなたが好きだから・・・あなたを愛しているからに決まっているでしょ!」

「桐島さん・・・」

三橋は真由に掛けより抱きしめる。真由は三橋の背中に手を回そうとするが、思いとどまり、三橋を突き放し去って行く。残された三橋はその場に座り込む。真由はトイレに駆け込み、声を殺して泣き続けた。


その後、三橋は呆然と廊下を歩いていた。すると清水が三橋に気がつき声を掛ける。

「三橋君!どうしたのかね?」

清水に気が付いた三橋は一礼すると、思い切って話し出す。

「清水さん、ちょっとお話があるのですが」


「話は何かね?三橋君」

清水の部屋に来た三橋は真剣な顔で話し出す。

「ご相談があります。今からお話するのは本当の話です。信じてください」

清水も真剣な顔で三橋を見つめた。

「実は、私の同僚である桐島さんが、私をかばって長田役員に不倫を強要されています」

「君をかばって?何故だ?」

「以前、桐島さんと一緒に行った仕事でミスがあったんです。その責任を私に押し付けると長田さんから脅されて、やむなく応じているようです」

「つまり、君に被害が及ぶのを桐島君は恐れて、長田の脅迫に応じているということかね」

「そうです。お願いします。彼女を説得して下さい。私のためにそのような脅迫の乗らないで欲しいと。私に責任が及んでも構いません」

清水は三橋の真剣な顔を見て、本気だと感じた。

「わかった。この件は私に任せてくれたまえ。私も一応手を打っているつもりだが、しばらく時間をくれたまえ」

「清水さん・・・」

「だから。君は桐島君を頼む。いいかね?」

「わかりました」

三橋は一礼すると部屋を出て行った。清水は電話を取ると

「小峰君を呼んでくれたまえ」

と、秘書に告げる。


三島は真由と三橋の間を取り持ったことでやり切れない思いで一杯であった。三島はその思いを消すべく酒に溺れていた。つぶれた三島を偶然、友達と飲みに来た君江が見かける。三島は酔って女性客に絡んでいた。君江は他の席に着くと、三島の様子が気になってしょうがなかった。

「ねえ、君たち、かわいそうな僕と一緒に飲もうよ!」

三島は嫌がる女性客に絡みつづけた。

「何?あれ。最低だね」

君江の友達が三島を見て言う。君江は我慢できずに立ち上がり三島に近づき、目の前に立つ。すると三島も君江に気がつき話し出す。

「おう・・・ちょうどいいところに来た。お前も飲めよ」

「何してるの?」

「何って、遊んでいるのさ・・・」

すると君江は突然、三島に平手打ちをする。突然の出来事に三島は正気に返ると、君江は三島を見つめ厳しい口調で話し出す。

「何やってるのよ!情けない。こんなことして気が収まるの?」

三島は殴られた頬を触りながら答える。

「いいんだよ。自分の好きな人と他の奴の橋渡しをして後悔するような馬鹿な男にはこうするしかないんだよ・・・俺にはこうするしか・・・」

「それのどこがいけないの?」

君江の言葉に三島は不思議そうに君江の顔を見上げる。

「そのことが馬鹿だったら、私も馬鹿な女だわ・・・私も同じ事をしているから・・・でも、しっかり生きなきゃダメ!それでも」

君江はそう言うと出て行った。三島は再び、君江に殴られた頬を触り考え込む。

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