第12話 企画を出せ!

ホテルで真由に逃げられた件で長田の怒りは頂点に達していた。真由が出社すると会議室に真由を呼び出す。

「桐島君、とんでもないことをしてくれたね?」

「何のことでしょうか?」

「とぼけるな!こんなことしてどうなるかわかっているのか?君が私の言うことを聞かなければ、三橋君の立場はどんどん悪くなることを理解していないようだね」

真由は青ざめながらも、しっかりした口調で答える。

「何故、三橋さんを苦しめるんですか?私に問題があるなら、私に罰を与えればよいではないですか?」

「君は私の言う通りにならないとわかったんだ。だから、こうするしかない。頭の良い君なら僕が要求していることはわかるだろう?」

真由は三島に言われた『もっと自分を大切にして欲しい』という言葉を思い出す。

「あなたの脅迫によるセクハラには応えられません。私の意思でもないのに、長田部長と深い関係になるつもりはありません」

「そうか。それでは君の思いやる相手がどんなになってもいいんだな?」

「長田さん・・・三橋さんは関係ありません。だから・・・」

「もう帰ってよい」

真由はこれ以上何を言っても無駄と判断し、会議室を出て行った。長田は怒りに震えながら席に戻る。席に戻ると早速、小峰に電話をかける。

「小峰か?長田だ」

「長田さん?ちょっと待ってください」

小峰は何かガサゴソしてから再度電話に出る。

「なんでしょうか?長田さん」

「三橋へ何か仕事を預けて失敗させろ!」

「と、言うと?」

「あいつを立ち直れなくさせてやる・・・」

「あの・・・どうしてそこまでやるんですか?」

「お前は知らなくて良い!」

「でも、そこまでやるには私にも覚悟が必要です。長田さんの真意を知れば、より一層協力できると思います」

「うーん、それもそうだな。三橋は俺が今ものにしようとしている女と怪しいんだ。だからそっちへ俺が引き離した。三橋をどうするか俺の手にある内は、その女は俺の言うことを聞くようになっている。だが、今回、俺を裏切ったから見せしめに三橋を落とすことに決めた。だから、強烈にあいつを落とし込んで欲しい」

「あの・・・その女性はもしかして、この前来た桐島さんですか?」

「よくわかったな。どうだ、良い女だろ」

小峰は長田が不純な動機で自分を利用していたことに腹がたったが、ここはあくまでも冷静を保ちながら答える。

「わかりました。出来る限りご協力いたします」

「頼んだぞ」

長田は電話を切ると真由を見つめ、ニヤリと笑った。小峰は電話の録音ボタンを解除するとすぐにパソコンに携帯電話を繋ぎ始めた。


「入りたまえ」

社長室をノックする音に清水は答える。すると小峰が怒りに満ちた表情で現れた。

「社長、この前、ご指示された長田からの指示を録音したものです」

小峰は怒りを抑えながら清水の席にICレコーダを置いた。

「小峰君、どうかしたかね?」

「社長!私が馬鹿でした。長田から理由も聞き出しましたが、あんな不純な理由のために私を利用していたなんて・・・申し訳ありません。今後は一切、長田に協力はしません」

小峰の切実な表情を見て、清水は保身から出た言葉ではなく、本音であると確信した。

「わかった。これからはしっかりやってくれ。今までのことは水に流す。このデータは私が預かっておくよ。ありがとう」

小峰は清水の許しの言葉に感激し、一礼すると部屋を出て行った。清水はICレコーダを再生し、内容を聞く。全て聞き終わった後、首を何度も振ってその内容にあきれ返った。


小峰が自分の部署に戻ると、雑用をこなす三橋のもとへ行く。

「三橋君、その仕事はもういい。この前の企画案について少し話を聞かせてくれ」

「えっ?本当ですか?」

「ああ、本当だ。今まで雑用ばかりでよく耐えてくれた。これからはもっと違う意味で頑張ってくれたまえ」

「そうだとも」

突然、小峰の後ろから声が聞こえると、そこには清水が立っていた。清水も三橋の前に近づき

「早速だが、前回の企画案を掘り下げて、再度、私に報告するように」

と、三橋の肩を叩きながら言った。三橋は清水と小峰の顔を交互に見つめ答える。

「わかりました。すぐ作業に入ります!」

三橋はようやく仕事らしい仕事が出来ることに嬉しさを感じ、早速作業に取り掛かった。


その後、清水は原案を小峰と共に煮詰めていき、一週間後、清水へ報告する。

「今回のイベントの概要は、アメリカの有名デザイナーと新人デザイナーの共同企画で作成したデザインを新たなブランドとして発表します。そして、そのブランドの知名度をあげるべく、新作映画の衣装協力として提供し、映画での広告を利用した立ち上げを実施します。詳細は資料の・・・」

三橋と小峰はそれぞれの役割について詳細を清水に説明した。清水は黙って聞き、最後に二人に話し出す。

「よくやってくれた。但し、この企画はかなり困難が予想されるぞ。やり切れるか?」

三橋は小峰を一度見ると、小峰もうなずく。そして

「必ず成功させます」

と、力強く答えた。清水もうなずき

「わかった。私も出来る限りの協力はする」

と、笑顔で答えた。

早速三人はイベントへ向け取り掛かる。清水はその人脈を生かし、有名デザイナーの協力を取り付けようとしていた。小峰は映画会社へ出向き、衣装協力の営業を必死で行う。三橋は若手デザイナーの公募と、デザイナーの選抜を実施していた。三人はともに協力し合い、イベントの準備は順調に進み始めた。


その頃、本社では、長田の役員昇進が決定した。功績として認められたのが、真由と三橋が必死に成功させたイベントであったことに、真由は歯がゆい気持ちで一杯であった。各部署から長田のお祝いに人が集まる光景を真由は冷めた目で見ていた。気が付くと長田が目の前に立ち微笑みながら話し出す。

「あまり喜んでいないようだね。でも、これからは君も不自由しなくなる。君にとっても不利なことではないと思うがね」

真由は無表情のまま頭を下げ、答える。

「昇進、おめでとうございます」

長田は微笑みながらうなづき、

「これからは忙しくなるが、前回の約束は守ってもらうからな」

と、言って歩き出した。

真由は長田のような人間を少しでも尊敬していたことや、そのような人物が出世するこの会社、そして長田のせいで今もアメリカで苦しんでいる三橋を思うと何もかもが嫌になった。真由は会社帰りに君江を呼び出す。


「ちょっと飲みすぎじゃない?」

かなりのピッチで飲みつづける真由を見て、君江は心配そうに話す。

「大丈夫・・・これくらい・・・」

「もう、やめなよ!何、自棄になってるの?」

「別に・・・私なんかどうなってもいいのよ」

君江は真由の辛い理由がなんとなくわかっていた。

「真由、そんなに辛いなら三橋さんのこと忘れて、長田との関係も解消したら?」

真由は何も答えず一点を見つめたままであった。君江は続けて

「それがだめなら、いっそのこと会社辞めて、三橋さんのところに行ったらどう?」

と、真由に厳しく問いただす。真由は小さく微笑みながら答える。

「そうね・・・いっそ何もかも捨てて、三島さんの胸に飛び込もうかな・・・」

「真由・・・」

「君江、あなたこそ自分に正直に生きてるの?何故、自分の気持ちを正直に三島さんに言わないの?」

真由の言葉に君江は何も答えられなかった。真由は瞼に涙を浮かべながら続けて言う。

「あなたは自分の気持ちを正直に言える状況じゃない・・・それなのに何故言わないの?自分の気持ちを言えるのに・・・言えるのに・・・」

真由はそのまま帰っていった。残った君江は真由の言葉を真剣に受け止めていた。そして、今の真由を救えるのは、三橋しかいないことを悟った。


三橋の仕事は順調であったが、その分毎日のように遅くまで残業をしていた。今日も深夜に帰宅すると、玄関で利恵が待っていた。三橋は慌ててかけより利恵の前に立つ。

「どうしたの?来るなら連絡くれればいいのに・・・待ったでしょ?」

心配する三橋を利恵は微笑みながら見つめ、答える。

「大丈夫。三橋さんを待っている時間も、私にとって幸せだから」

利恵の言葉を聞いた三橋は利恵を見つめる。そして利恵を部屋の中へと入れる。

温かい飲み物を差し出し、三橋は利恵の前に座る。

「どうしたの?急に来たりして?」

「ううん、別に・・・用事がなきゃ来ちゃだめ?」

「そんなことないよ・・・」

「それならいいでしょ・・・」

三橋はいつもと様子が違う利恵を見て、何かあったと悟った。

「何かあったんだろ?」

利恵は黙ったまま首をふった。

「とにかく、もう一度、私の気持ちを三橋さんに伝えとこうと思って・・・私、三橋さんを日本で待ってるから」

利恵の言葉に三橋は黙り込む。しかし、今の正直な気持ちを三橋も話し出す。

「利恵ちゃん・・・今は正直言って考えられない。仕事も順調に滑り出したところだし。だから、君の気持ちにすぐには返事できないよ。そんな男を待ってられる?」

「それでも待つ。私は三橋さんが振り向いてくれるまで待ってるから・・・今日はそれを言いたくて来たの。それじゃ私、ホテルに帰る」

「送っていくよ」

「いいよ。すぐそこだから。近くて安いホテルを見つけたの。偉いでしょ?」

三橋は微笑みながら素直にうなずいた。

「わかった。じゃあ、すぐそこまで送る」

二人は無口のままホテルが見える所まで来た。すると利恵は立ち止まり話し出す。

「お姉ちゃん、あれから来た?」

「桐島さん?いいや。あっ、まだきちんとお礼を言ってなかった」

「お礼?」

「こっちで入院した時、お世話になったんだ。今度きちんとお礼すると伝えてくれる?」

「・・・うん。わかった。それじゃ」

利恵はホテルへと歩いて行った。真由と三橋にそんなことがあったことを利恵は知らなかった。利恵は悔しい気持ちで一杯になった。


三橋の企画したイベントがついに実現する日が来た。映画の発表会と一緒に衣装提供として新ブランドが大々的に発表される。映画自体が非常に前評判が高いこともあり、新ブランドへの質問が相次いだ。しかも、新ブランドには署名デザイナーとの共同企画ということもあって、大々的に報道された。三橋の所属する会社も一躍有名になり、この新ブランドのアメリカでの売上も予想をはるかに越えた結果となった。この子会社の活躍を本社が聞きつけ、清水に本社復帰の要望が入ってきた。

「わかった。こちらの商談が一段落したら戻るよ。但し、一つ条件を出してもいいかね?」

「条件?」

人事部長が聞き返す。

「一緒に戻したい人物が二人いるんだ。その社員も本社へ私と一緒に戻して欲しい」

清水は微笑みながら答えた。

本社内でも米国子会社の活躍を受け、清水の本社復帰が役員会で議題として出された。人事部長は清水が今度のイベント成功の立役者である二人の社員も本社復帰をさせて欲しい要望があったことを説明する。

「その二人は、小峰有一と三橋徹です」

人事部長が名前を挙げると、長田は驚いた表情で人事部長を見つめ、意見する。

「しかし、いくら功績があったとはいえ、すぐに本社へ戻すのはいかがでしょうか?」

「人事部としては二人の功績は認めています。ただ三橋君については出向して間もないことからいかがかと思いましたが、清水社長の強い要望がありましたので・・・三人の本社復帰を了承したわけであります」

「今回の功績はあくまでも清水社長の功績であって、あとの二人は他の雑用をやったに過ぎません。ですから、私は二人の復帰は反対です」

執拗に反対する長田を人事部長は不思議な顔で見つめる。すると社長が最後の判断をする。

「今回のイベント成功はあくまで出発に過ぎない。今後、日本のマーケットへの展開を考えれば、実行部隊であった二人を戻すことに異論はない。清水役員の条件どおりに進めてくれたまえ」

この一言で三人の本社復帰は決定された。長田は苦虫をかみ締めたような顔で納得した。


外出から戻った真由に同僚の女性が声をかけてくる。

「真由、聞いた?」

「何を?」

「今度、清水役員が本社に戻ってくるんだって。さっきイベント企画部で話を聞いちゃった」

「清水さんが?」

真由は唯一の味方である清水が、アメリカから戻ってしまうことに焦りを感じた。

「あっ、それと他に二人、えーと、小峰さんと、あと、あの人!」

「誰?」

「ほら、真由が前、一緒に仕事した、イベント企画部の・・・ほら、名前何だっけ?」

「・・・三橋さん?」

「そうそう、三橋徹ってその人でしょ」

「本当に三橋さん?本当?」

真由は同僚の肩を両手で掴みながら詰め寄る。同僚は不思議そうに真由を見つめ答える。

「本当よ。真由と一緒に仕事した人だって覚えてたんだ」

真由は喜びのあまり同僚に抱きついた。真由は、三橋がアメリカから戻ってくることが、こんなにも嬉しく感じることを不思議に感じた。しかし、その様子を長田が見ていた。長田は真由を自分の部屋に呼びつける。

「御用でしょうか?」

「そんなに嬉しいか?」

「何のことでしょうか?」

「まあ、いいさ。三橋が戻っても、俺にはいくらでも彼を苦しめることが出来るからな」

真由は長田を睨みつける。すると長田は不適な笑顔を見せ

「俺の直属部下にして、たっぷりといじめてやる。それが嫌なら、俺の言うとおりにするんだな。よく考えたまえ」

真由は『何故そんな・・・』といった顔を見せ、何かを言おうとしたが思いとどまる。そして、何も言わずに部屋を出て行った。真由は部屋を出ると一人たたずみ呟いた。

「・・・私が会社を辞めるしかないかな・・・」

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