第10話 あなたが好きだから・・・

米国に出張した真由は、セミナーを終了するとメモを取り出す。ここに来ても真由は、三橋の所に行くか迷っていた。

「何を迷っているの・・・ここまで来て・・・」

真由は迷いを振り払うかのように頭を振り、地図の場所に向かった。三橋の自宅前で三〇分ほど待つと、足音が近づいてきた。真由はその方角を見ると、三橋が帰ってくるのが見えた。三橋も真由に気がつき、驚いた表情で見つめる。真由は笑顔になり近づくと、もう一人の姿に気がつく。三橋の横には妹の利恵が立っていた。

「お姉ちゃん!」

利恵は驚いた表情で真由に近づく。真由も驚いた表情で利恵を見つめると呟いた。

「利恵・・・来ていたの?」

「お姉ちゃんこそ、どうしたの?」

「ええ、ちょっと仕事で来たの・・・」

「仕事?ああ、海外出張ってここだったの?・・・まあ、いいか。三橋さん!」

その場で呆然としていた三橋も利恵に呼ばれ我に返る。

「ああ、桐島さん、出張だったんですか?」

「ええ、すいません。突然ご自宅に押しかけたりして・・・」

「いいえ、構いません。どうぞお入りください」

三橋は玄関を開けると二人を奥へ案内する。三人はその後、三橋の自宅で食事をする。その間、三橋と真由は何かそわそわして会話も進まなかった。その様子に気がついた利恵が不思議そうな顔をして言う。

「どうしたの?二人とも何か様子が変よ?」

「えっ、そんなこと無いわよ。三橋さん、こちらでの仕事は慣れましたか?」

「ええ、大分。でも、なかなか仕事が認められなくて・・・大変でもあります」

「認められないって?誰かに邪魔でもされているんですか?」

「いや、そういうわけではありません。私の力が足りないんでしょう」

真由は一瞬長田の言葉を思い出した。また、自分のせいで三橋が苦しんでいるのか心配になった。

「三橋さん。何かあったら私にも連絡してください、何か社内で邪魔があったら」

「えっ?」

三橋は不思議そうな顔をした。あまりにも真剣な顔で話す真由の姿に、利恵も真由の肩を叩いて話す。

「ちょっと、お姉ちゃん、どうしたの?そんなに真剣になって」

利恵に肩を叩かれ、真由は冷静に戻ると

「ごめんなさい・・・私、変なこと言っちゃったわ。でも、同僚として何かあったら相談してください、本当に」

「ありがとう。今度から相談させてもらいます」

真由の言葉に三橋も笑顔で答えた。


夜もふけて真由と利恵を三橋はホテルまで送っていた。真由は送ってくれた三橋にお礼を言う。

「今日はお邪魔しました。また送っていただきありがとうございます。三橋さんもお気をつけて、利恵、入るわよ」

「うん・・・」

利恵は何かを迷っているような顔で答える。

「どうしたの?」

「お姉ちゃんも聞いて、三橋さん!」

「どうした?」

三橋は不思議そうな顔で聞き返す。利恵は意を決して話し出す。

「三橋さん、私、三橋さんのことが好きです」

その言葉を聞いた三橋と真由は驚きの表情で利恵を見つめる。利恵は三橋を見つめたまま続ける。

「勿論、三橋さんが私を妹としてしか見ていないことはわかっている。でも、これから少しずつでも三橋さんに似合う女性に成長していくから。だから、今すぐに断らずに待って欲しいの。お願いします」

三橋は少し困った顔で思わず真由の顔を見つめる。見つめられた真由も三橋の答えが気になり見つめ返す。三橋の視線が真由にいっていることに気が付いた利恵は、真由を見つめ、

「お姉ちゃんも私と三橋さんとのこと、応援すると言ってくれたの。ねえ、お姉ちゃん」

利恵に言われた真由は慌てて利恵を見ると、思わず、

「ええ、そうね」

と、答える。そして三橋を見ると

「妹をよろしくお願いします」

と、一礼し、ホテルの中へ入って行った。三橋はしばらく黙ったまま、真由の後姿を見つめていたが、利恵を見て答える。

「君の気持ちはわかったよ。ありがとう。ただ、もう少し時間をくれるかな」

「わかりました。急にごめんなさい、それじゃお休みなさい」

「うん、お休み」

利恵は手を振りながらホテルの中に入って行った。姿が見えなくなると、三橋も歩きだ出す。三橋は真由が妹を応援することに同意したことが何故か気になり、外でたたずんでいた。


「今日はここに泊まるでしょ?」

真由がユニットバスにお湯を足しながら利恵に聞く。利恵は部屋に入ると真由に向かって話し出す。

「お姉ちゃん、本当に三橋さんとのこと応援してくれるの?」

「どうしたの?さっき言ったでしょ」

「うん・・・でも、ちょっと気になって・・・」

真由は利恵を抱きしめながら

「私のことは気にしないで、頑張りなさい」

と、言って利恵の頭を撫でる。だが、真由の顔は寂しげであった。


翌日、お昼に三橋の会社へ利恵が現れる。

「利恵ちゃん、どうしたの?」

「うん・・・私、今日、帰らないといけないの。お姉ちゃんと違って、お金ないし、学校にも行かないといけないから・・・」

「そうなんだ。利恵ちゃん、来てくれるのはすごくうれしいけど、無理しちゃだめだよ。今度、日本に帰ったら僕が会いに行くから」

「本当?約束ですよ!その時を楽しみに待ってます」

「わかった。ところで、お姉さんは一緒に帰らないの?」

「うん、お姉ちゃんは一日休暇を貰って、明日、帰国するみたい」

「そうなんだ、ハックション!」

「三橋さん、風邪?」

「いいや、たいしたことないよ。大丈夫」

「そうですか・・・それじゃ、飛行機に遅れちゃうから、私、もう行きます」

「ああ、気をつけてね」

利恵は手を振りながら走って行った。三橋は今日、一日アメリカに残った真由の存在が気になった。

「桐島さん、どうしたんだろう・・・」

三橋はしばらく考え込むと、あることを決心し、仕事に戻った。


真由は観光を楽しんでいた。もともと休暇を取らず帰国しようと思っていたが、昨日の利恵の言葉を聞いて、すぐに日本に帰る気がしなかった。ゆっくりと景色を眺めたり、ショッピングや食事を楽しんでいた。今の自分にはこんな時間が必要と感じていた。


三橋は仕事を終えると急いで真由のホテルに向かった。しかし、真由の名前で部屋を呼び出すと不在との返事であった。時計を見ると十九時であった。三橋はメモを取り出し記入すると、真由宛てに伝言をフロントに頼んだ。


真由がホテルに戻ると、ふとと時計を見つめる。

「もう、こんな時間なのね」

時間は夜の二二時になっていた。フロントで鍵を預かると一通のメッセージを渡される。

「利恵かしら・・・」

真由はいぶかしげにメッセージを見ると、驚いた表情で読み、慌てて外に走り出す。真由は近くの公園まで来ると辺りを見回す。すると一人の男性が震えながらベンチに座っているのが見えた。

「三橋さん!」

真由が叫びながら近づくと、三橋が震えながら立ち上がる。真由が目の前に立つと三橋は微笑みながら話し出す。

「メッセージ読んでくれたんですね」

真由は心配そうに三橋を見つめながら答える。

「ずっと待ってたんですか?メッセージの時間から、もう三時間近くなるじゃないですか」

「えっ、そんなになります・・・ハックション!」

「もう、こんなに震えて・・・」

真由は三橋の体を手でさする。

「大丈夫ですよ。これくらい」

「とにかくどこか温かい場所にでも行きましょう」

真由が三橋の腕を引くと、三橋はその手を掴み、

「桐島さん、教えて下さい」

と、真由をベンチに座らせる。真由は困った顔をしながらも一緒に座る。

「桐島さん・・・僕のアメリカ出向にあなたが責任を感じていると聞きました。それはどういう意味ですか?」

「そんなことより、体を温めなきゃ・・・」

「答えてください・・・桐島さ・・・ん・・・」

三橋はそう言うとグッタリと真由の膝の上に倒れこむ。

「三橋さん!どうしたんですか?三橋さん!」

真由は必死に呼びかけ、三橋の体をゆするが返事が無い。真由は三橋の額に手を当てると、ものすごい高熱であった。真由は三橋をその場に寝かせ、自分のコートをかけると、救急車を呼びに走り出す。


病院に運ばれた三橋に真由はずっと付き添う。医者からは風邪が悪化して、もう少しで肺炎になるところだったが、しばらく安静にしていれば大丈夫だと言われた。三橋の寝ているベッドの横に真由は座ると、恐る恐る三橋の手を握り締める。

「ごめんなさい、三橋さん・・・また、苦しめてしまって・・・」

そう言うと、三橋の手を両手で握り締めながら声を殺して涙を流す。


翌日、真由は三橋の会社に出向き、小峰に三橋が高熱で入院したことを告げる。すると小峰は子馬鹿にした表情で独り言のように話し出す。

「大の大人が風邪ぐらいで入院するなよな。全くいい迷惑だよ」

その言葉に真由は怒りを感じ

「もう少しで肺炎になるところだったんですよ!それをただの風邪だなんて、あまりにひどくなりませんか!」

と、強い口調で小峰に叫ぶ。圧倒された小峰は驚いた表情で聞き返す。

「いや・・・あなたは一体誰なんですか?」

「私は本社バイヤー室の桐島です」

「えっ、バイヤー室って、あの長田部長の・・・」

「とりあえず、しばらく三橋さんは休暇しますので、了解してください」

真由はそう言うと部屋を出て行く。ちょうど部屋から真由が出て行った姿を、清水が目撃する。

「桐島君?」

真由は清水に気が付かずに会社を出て行き、三橋の病院へ向かった。

真由が出て行くと小峰宛に長田から電話が来る。

「長田だ、三橋の様子はどうかね?」

「長田さん、今日、三橋が肺炎で入院しました」

「入院?」

「ええ、そのことを伝えに長田さんの部下の桐島って女性がさっき現れて伝えていきました」

「何?桐島?」

長田は驚いてその報告を聞くと、とりあえず電話を切った。

「やはり三橋に会いに行ったか・・・」

長田はこの先どうするかを必死に考えていた。


真由は三橋の元に戻ると、必死に看病する。何時間も横に付き添い、三橋の表情の変化を見逃さないようにしていた。やがて看護婦がやってきて、少し休むように言われると、初めて時計に目をやった。

「もう、二一時なのね・・・」

真由は立ち上がると、病院内の公衆電話から会社へ電話する。

「もしもし、桐島ですけど、長田部長お願いします」

しばらく経って長田が出る。

「長田です」

「桐島です。部長、急で申し訳ないんですが、明日、もう一日休暇をいただきたいんですが?」

「・・・理由を聞いてもいいかな?」

「友人がこちらで入院しまして、その看病で休暇をいただきたいんです」

「その友人とは『三橋君』のことかね?」

真由は一瞬驚くがすぐに冷静になった。小峰から伝わったのだと推測したからだ。

「そうです。三橋さん、こちらで誰もまだ知り合いがいないみたいで・・・だから、一日だけ看病したいんです」

「君は私に三橋君には会わないと言っていなかったかな?」

「・・・すいません。その件については何も言い訳できません。ですが、お願いします。明日一日だけ休暇を下さい。お願いします」

「・・・わかった。休暇は認めよう。但し、戻ったら話がある。それだけは覚えておくように」

「わかりました」

真由は電話を切った。帰国して長田からどんなに罰を受けようとも、今、真由は三橋をこのままにして帰ることが出来なかった。三橋の病室に戻ると、真由は一晩中三橋の側を離れずにいた。


翌日、三橋が目を覚ますと、傍らで眠る真由の姿を見る。三橋は静かに起き上がると、真由も気が付き慌てて起き上がる。

「三橋さん!目を覚ましたんですね?大丈夫?」

真剣に心配する真由の姿を見て、三橋は微笑みながら答える。

「桐島さん・・・ずっと看病してくれてたの?」

「・・・ええ、でも、たいしたことなくてよかったです・・・」

真由がうつむき照れながら言った。

「桐島さん、本当にありがとう」

三橋は心からお礼を言った。真由ははにかみながらうつむく。三橋は一旦うつむくと意を決したように質問をする。

「桐島さん・・・ひとつ聞いていいですか?」

「ええ」

「僕の出向に責任を感じているから、無理していませんか?」

真由は何も答えず黙っていた。三橋は首を振りながら話し出す。

「ごめんなさい・・・嫌な言い方しましたね。今のは忘れてください。でも、もし、あなたが私に責任を感じているなら、それはやめて下さい。責任なんか感じないで下さい。お願いします。僕のことなんかで苦しまないで欲しい・・・」

三橋の言葉を聞いた真由は必死に涙を堪えた。そして、無理に微笑みながら答える。

「わかりました。三橋さんも今は、私の事なんか心配しないでゆっくり休んでください。さあ、横になって」

「わかりました。それじゃ、もう少し休みます」

三橋はそう言うと目を閉じた。すると、三橋はしばらく黙っていたが、急に瞼をとじたまま話し出す。

「桐島さん・・・まだいてくれるんでしょ・・・」

「・・・まだいますよ。だから安心して眠って下さい」

真由の言葉に三橋は微笑んで眠りにつく。真由は三橋が完全に眠りについたのを見て、帰り支度をする。そして三橋の前に立ち、独り言のように話し出す。

「私は、あなたを愛しているのかも・・・いえ、愛しています。でも・・・私はあなたに何もしてあげられない・・・むしろ迷惑ばかりかけてしまう。だから、あなたの側を離れるしかないんです・・・勝手なことばかり言ってごめんなさい・・・」

真由は首に巻いたマフラーをたたむと、三橋の枕もとに置く。そして静かに病室を出て行った。

翌日、三橋が目を覚ますと、辺りを見渡し真由がいなくなったことに気が付く。三橋は何故と言った表情で悔しがると、枕もとにマフラーが置いてあることに気が付く。三橋はマフラーを手に取ると、自分が真由に渡したマフラーであることに気が付く。三橋はマフラーをきつく握り締め、考え込んだ。

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