第8話 友情か?恋か?
「お帰り!お姉ちゃん」
利恵は帰宅した真由に元気に声をかける。
「・・・ただいま・・・」
真由は小さな声で答えると玄関に座り込んでしまう。その様子に驚いた利恵は掛けより
「お姉ちゃん・・・何かあったの?具合でも悪いの?」
と、訪ねる。真由はうつむいたまま首をふった。
「お姉ちゃん、何かあったんでしょ。話してよ」
利恵は真由の手を取り、優しく語り掛ける。すると真由は遠くを見つめて答える。
「私・・・何もかもが嫌になったわ・・・どうしたらいいのかしら・・・」
「・・・お姉ちゃん・・・一体何があったの?」
真由は利恵に無理に笑顔を作り話し出す。
「利恵・・・三橋さんって知ってるでしょ?」
「うん・・・三橋さんがどうかした?」
「彼ね、アメリカの子会社に出向になったの?」
「えっ?アメリカに行っちゃったの?」
「そう、私のせいで出向になったの・・・・私のせいで・・・」
「そんな・・・そんな・・・」
利恵は驚いた表情で呟いた。その後二人ともそのまま座り込んだままであった。
次の日、利恵は君江のもとに向かう。どうしても聞きたいことがあったからだ。
「利恵ちゃん、待った?」
「いいえ、すいません、お忙しいのに」
「ううん、気にしないで。あっ、コーヒー下さい」
二人は君江の会社近くの喫茶店で会っていた。
「それで、私に聞きたいことって何?」
君江が笑顔で聞く。利恵はうつむきながら話し出した。
「君江さん・・・三橋さんがアメリカに行っちゃったの知ってます?」
「ええ、知ってるわ、それが何か?」
利恵は君江の態度に驚き、
「君江さん!平気なんですか?」
と、声を高めて言った。驚いた君江は目を大きく開きながら聞き返す。
「利恵ちゃん・・・落ち着いて。どうしたの?」
利恵は何とか自分を落ち着かせて話し出す。
「自分の恋人が離れて行って平気なんですか?私だったらはそんなに平然ではいられないと思います」
「ちょっと待って、恋人って?」
「三橋さんと付き合っているんでしょ?」
君江はむきになって話す利恵を見て笑い出す。利恵は困惑した表情で呟く。
「何で笑うんですか?人が真面目に話しているのに・・・」
「ご、ごめん。利恵ちゃん、何か勘違いしていない?」
「勘違い?」
「そう。私と三橋さんの関係を」
「えっ?お付き合いしているんじゃないんですか?」
「違うわよ、何にも関係ないわ」
「そうなんですか・・・・付き合ってないんですね・・・」
君江の言葉に利恵は知らず知らずに安堵の表情を浮かべていた。その表情を君江は見つめ、聞き返す。
「ねえ、利恵ちゃん。あなた好きな人がいるでしょう?」
「えっ?私、別に三橋さんのことなんか何とも思っていないです・・・」
慌てて答える利恵に君江は微笑みながら
「そう?三橋さんのことが好きなのね。今、自分で教えたことに気が付いてる?」
「えっ?私、・・・」
「別に隠さなくてもいいわよ。三橋さん、良い人だものね」
利恵は顔を赤らめてうつむきながら話し出す。
「・・・私もわからないんです・・・『好き』って気持ちがどんなものか・・・ただ、三橋さんに会えないと思うと、胸が締め付けられるように苦しいんです」
君江は初々しい利恵を優しく見つめ、メモを取り出し、何かを書き出す。
「はい、これあげる」
「なんですか?」
「自分の気持ちを確かめるために会って来たら?三橋さんのアメリカの住所と電話番号。私も三島さんから教えてもらったの」
利恵は恐る恐るメモを受け取った。
三島は一人酒を飲み悩んでいた。三橋の手紙を読んで涙を流した真由の姿が頭から離れずにいた。真由が好きなのは三橋ではという思いが、自分の頭から離れずにいた。そうだとしたら自分はどうすればよいのかわからずにいた。するとその店に君江が入ってくる。君江は辛そうにグラスを空ける三島の姿を見つめた。一瞬辛そうな表情になるが気を取り直し明るく声を掛ける。
「どうしたの?一人で飲んで?」
「何だ・・・お前か」
「何よ!私で悪かったわね。どうしたの?会社でも元気ないし、何かあった?」
三島は一気にグラスを空けると、深いため息をついた。
「なあ山下・・・桐島さんが好きなのは誰なんだ?お前知ってるんだろ?」
「やっぱり真由のことね・・・そうだと思った」
君江もそう言いながらグラスに口をつける。
「俺・・・桐島さんに会えずに辛いんだよ・・・胸が締め付けられるように苦しいんだ。彼女好きな人が他にいるんだろ?」
君江はふと利恵の言葉を思い出した。君江と同じく三島も恋に苦しんでいる。君江は辛そうにしている三島を元気付けるように明るく話し出す。
「何よ!元気出しなさい!真由が誰を好きになるかは今後次第じゃない?頑張りなよ」
三島は黙ったまま君江を見つめ、ふっと笑いグラスに口をつける。
あまりにも辛そうな三島の姿を見た君江は三島の力になりたく真由を訪ねる。
「ごめん!遅くなって。話って何?」
真由が席につくなり尋ねる。
「真由、どうして三島さんに冷たいの?」
「えっ?冷たくしてなんか・・・」
「十分冷たくしているわよ!会おうともしないんでしょ。私、頼んだわよね、私に気を使わないでって。」
「君江・・・」
「・・・以前は三橋さんのことで苦しんでいるのはわかったけど・・・今は三橋さんのことを心配しなくて良くなったんでしょ?」
真由はじっと君江を見つめる。見つめられた君江はばつ悪そうな顔をして
「な、何よ・・・黙り込んで・・・」
と、目をそらし話す。真由は身を乗り出して君江に尋ねる。
「あなた、私が三島さんと会っても平気なの?」
「そ、それは、前も話したでしょ。私のためにわざと冷たくするのは止めてって・・・」
「本当にいいの??」
「・・・本当よ・・・」
真由は真剣な顔で君江を見つめたまま
「そう・・・でも、三島さんには会えないわ・・・」
と呟くように言った。
「どうしてよ・・・会うぐらい出来るでしょ?」
「まだ長田との関係は続いているのよ・・・まだ・・・」
「えっ、それってどういうこと?」
真由は寂しそうに笑いながら話を続ける。
「三橋さん、私のせいで出向になったの。私と三橋さんの関係を疑った長田が、出向の話を持ち出したみたいなの。それに出向先の上司は長田の息がかかった人物で、これからも私との関係次第で三橋さんに迷惑が掛かるかも知れない・・・」
真由の辛そうな顔を見て君江も辛くなる。君江は真由の肩を抱き
「そんなことがあったの・・・真由、でも、これ以上あなたが苦しむのを見たくない・・・だから、三橋さんのことは忘れて三島さんを見てみたら?」
と、君江は呟くが、真由は黙ったままであった。君江は続けて
「とにかく、気分転換でもいいから、友達として三島さんに会ってみたら?それくらいならいいでしょ?」
と明るく話した。
「そうね・・・わかったわ」
と、無理やり笑顔を作り答えた。
三橋は雑用をこなしながらも、自らのイベント企画案を作成していた。数日後、米国子会社の社長である清水が出席する定例会議に三橋は小峰とともに出席する。定例報告が終了し、会議の終わり間際に清水が
「他に何か報告事項があるものはいるかね?」
と、尋ねると、三橋は手を上げる。
「社長、実はイベント企画案を作成したのですが、発表してよろしいでしょうか?」
三橋がそう言うと、小峰は驚きながら
「馬鹿!社長は忙しいんだ、お前の話を聞く時間などない」
と、言って三橋を座らせようとする。すると清水は
「構わん。聞いてみようじゃないか」
と、言って三橋に笑顔を見せる。三橋は前に出て資料を配布し、自らのイベント企画案を発表する。初めは疑心暗鬼で聞いていた出席者各位も、次第に三橋のプレゼンに耳を傾けるようになり、社長の清水も興味を示す。発表が終わると清水は
「なかなか面白い企画だね。以上で終わりかね?」
「はい・・・」
「そうか、それでは以上で会議は終了する」
と、言って離席しようとする。すると小峰がすぐさま三橋の腕を掴み、清水のもとに近づく。
「申し訳ありません。勝手なことをしまして」
小峰は三橋の頭を抑えながら頭を下げる。すると清水は三橋の顔を見て言う。
「そうだ、君の名前を聞いていなかったね」
三橋は顔を上げると
「三橋と申します」
と答える。
「三橋君か・・・わかった。小峰君、気にせんでいいよ」
清水はそう言うと会議室を後にした。三橋は自分の部署に戻ると小峰に散々怒られる。そして今度同じようなことをしたら、上司命令違反として罰則を与えると伝えられた。三橋も意を決して発表した割には、社長の反応が今一だったことに落胆する。深夜、今日発表した企画案を呆然と見つめた後、三橋は机に企画書を置き帰宅する。三橋が部屋を出て行くと、清水が入ってきて企画書を手に取る。一通り読み直すと微笑みながら去って行った。
三島は真由から呼び出され、待ちあわせ場所に来ていた。今までなら心がときめいていたが、今は何かが違っていた。
「お待たせ」
真由が三島に声をかける。
「やあ、久しぶり」
三島は引きつった笑顔で答えた。二人はカウンターでお酒を飲んでいた。いつもより無口な三島に真由は違和感を感じて聞く。
「三島さん・・・今日、元気ないですね。何かありました?」
真由が尋ねても三島は一点を見つめたままであった。真由は不思議そうな顔をして、グラスに口を付ける。すると三島はグラスを置き
「桐島さん、何故、今日僕と会ってくれたんですか?」
と尋ねる。
「何故って・・・昨日、君江に会って・・・あなたが元気ないと聞いたから・・・」
真由がしどろもどろに答えると、三島はフッと笑い
「山下がどうしても会ってやれって言ったんですね・・・そうでしたか」
と、呟く。真由は何も言い返せず黙っていた。三島は続けて
「でも、いいです。あなたと会うことが出来たんだから・・・」
と、少し投げやりな口調で話す。すると真由は三島を見つめ
「三島さん、これからは友達として会ってくれませんか?」
と告げる。三島も真由を見つめ返して答える。
「桐島さん、あなたに好きな人がいるなら、そうはっきり言ってください」
三島の言葉に真由は黙ったまま目をそらす。三島は続けて
「桐島さんの好きな人は・・・三橋なんでしょ?」
と、尋ねる。真由はうつむいたまま何も答えなかった。
「どうなんです?空港でのあの涙・・・あれは友達を見送った涙じゃない。僕の言っていること間違っていますか?」
三島の言葉を黙って聞いていた真由は、ゆっくり顔を上げ、三島を見つめながら話し出す。
「三島さん・・・もし、そうだったら、あなたはどうするの?」
三島は真由の物静かであるが、重い一言に一瞬だじろぐ。真由は黙ったまま三島を見つめた。三島は真由の視線から目をそらし答えた。
「勿論、もし、そうであっても、あなたを諦めませんよ・・・」
三島の答えを聞いた真由はしばらく黙ったまま、三島を見つめるが、フッと笑い、
「冗談です、そんなことありませんよ」
と、明るく話す。
「桐島さん・・・」
三島が再び何か話そうとすると、真由は三島の言葉を遮り、話し出す。
「三島さんの気持ちには感謝しています。でも、あなたが私を心配してくれている通り、あなたのことを心配していつも見守っている人が他にいるんじゃないですか?もう少し回りをよく見てください。それじゃ」
真由はそう言うと一人帰っていく。残された三島は真由の言っている言葉の意味がまだわからずにいた。
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