第4話 あなたのために・・・

三橋に嘘を言わざるを得なかった真由は日々落胆していた。会社での三橋は普段どおりであったが、何か一線を引いた付き合い方をしているように真由は感じた。真由が自分の部署に戻ると、長田から呼ばれる。

「三橋君とはうまくやっているか?」

「仕事上、何も問題はありません。それが何か?」

「いいや、頭のいい君だから、深入りすることもないと思うが・・・」

長田が真由を見て不敵な笑みを浮かべて言った。真由は長田から目をそらし、黙ったまま座った。すると、長田は立ち上がり真由の肩に手を乗せ言った。

「今夜、二人で食事に行こう。いいよな?」

長田の誘いに真由は無表情に長田を見て答えた。

「わかりました。もう、行ってもいいですか?」

「ああ、それじゃ、帰りに出口で待ってるよ」

「失礼します」

真由は一礼すると部屋を出て行った。真由の心には投げやりな思いが溢れていた。三橋をかばう行動をしたのに、三橋から軽蔑されている自分が嫌になった。自分はもうどうなっても構わないといった気分になっていた。


「ご馳走様でした」

真由は約束どおり長田と食事をした。店を出て真由がお礼を言うと、長田は真由の肩を抱き歩き出す。

「これくらいはいいよな?」

長田が微笑みながら聞くと、真由は無表情のまま歩き出した。長田は真由の表情を気にせず歩き出す。

「・・・桐島さん?・・・」

長田と真由の姿を偶然通りかかった三島が目撃する。三島は呆然と二人の様子を見つめていた。


次の日、三島は昨日見た真由の姿を思い出していた。自分とは会えないと言っていた理由が、付き合っている人間がいたためだと思っていた。三島はやり切れない思いで一杯であった。もし、付き合っている人がいるなら、素直に言ってくれればよかったのにと考えていた。

「どうしたの?」

突然声を掛けられ、振り返ると君江であった。

「元気ないじゃない?何かあった?」

三島はため息をひとつこぼすと君江に話し出す。

「なあ、桐島さんって恋人いたんだな・・・」

「えっ?どうして?」

「昨日、男の人と肩を組んで歩いているのを偶然見たんだ・・・恋人がいるならそう言ってくれればいいのに・・・」

君江は三島の言葉を聞いてあることを思い出した。

「それって、恋人ではないと思うわ」

君江の言葉に三島は不思議そうな顔をして君江を見つめる。

「どういうこと?」

「私、以前、真由に相談されたの。彼女、仕事のために上司と不倫をしているのよ」

三島は驚きの表情をし、君江の肩を掴み聞きなおす。

「なんで?どうしてそんなことをしてるんだ?」

「詳しくはわからないけど・・・でも、私、彼女に仕事のためならしょうがないって言っちゃたの・・・」

三島は君江の肩からゆっくり手を離し、うつむきながら

「どうしてそんなこと言ったんだ?彼女の将来を考えてもそんなこと言うべきではないだろ!」

君江はうつむいたまま何も言えなかった。君江も自分の言ったことが間違いだと気付いていた。でも、自分の気持ちの中でそう言わざるを得なかった思いがあった。

「・・・そうよね・・・私って最低」

三島は君江の姿を見て冷静になり

「ごめん・・・言い過ぎた・・・」

と、優しく言った。君江も微笑み三島に答える。

「ううん。いいの。でも、私も真由を助けたいの。三島さん、彼女に不倫なんかやめるよう説得して」

「俺が?でも、彼女、会ってもくれないんだぜ・・・」

「そんな簡単に諦めないで。お願い、彼女を救ってあげて。それに、このことは三橋さんにも話したの・・・」

「三橋に?」

「ええ、私のした過ちを二人で止めてあげ。無責任なのはわかっているけど、あなた達なら真由を説得できると思うから」

君江の真剣な目を見て三島は考え込む。だが、三島の心はどうするべきかはわかっていた。


三島は真由の会社前で真由を待つことにした。自分がどれくらい真由を説得できるか、わからなかったが、何もせずにはいられなかった。すると、真由が会社から出て来る。

「三島さん・・・」

三島に気がついた真由は驚いた顔で三島を見つめる。三島は笑顔で近づき、話し掛ける。

「久しぶりだね。ちょっと時間あるかな」

「ええ、少しなら」

真由は周りを気にしながら答えた。そんな真由の姿を悲しそうに三島は見つめた。


二人は近くの公園のベンチに腰をかける。三島はどう話を切り出すか迷っていた。すると、真由の方から話をし始めた。

「お元気でしたか?」

「ええ、私は元気です。でも、あなたは元気なさそうですね?」

「そんなこと無いですよ。どうしてです?」

笑顔で話す真由の姿が、三島にとって逆に痛々しく感じた。

「桐島さん・・・あまり無理しないでね」

「無理って?」

「いや、いろいろと・・・人生、生きていく中でいろいろ大変だと思うけど、仕事だけが人生じゃないから」

真由は三島の言葉を不思議そうに聞いていた。真由の様子など気にせず、三島は話し続けた。

「俺が何を言っても説得力ないと思うけど・・・でも、君の辛さや悲しみを少しでも汲み取って上げられればと思うんだ・・・何かあったら話して欲しい」

三島の真剣な表情に真由は驚いていたが、笑顔になり答えた。

「三島さん、心配してくれてありがとう。でも、大丈夫。私なんかどうなってもいいのよ」

「えっ?どういうこと?」

真由は今までの笑顔とは一変して無表情で遠くを見つめ、話し続ける。

「私、たまに思うの、自分の気持ちが相手に見えればいいのにって・・・言葉で言わなくても想いが伝わる・・・それって難しいわよね・・・」

三島は黙って聞いていた。真由も我に返り、笑顔で三島に話し出す。

「ごめんなさい。変なこと言って・・・私、帰ります。心配してくれてありがとう。それじゃ」

三島は真由の後姿を見つめていた。真由の言葉を聞いて、三島は何も言えなかった。何を言ってあげれば良いのかわからなかった。


三島は真由に何も言えなかったことを何日も後悔していた。何か行動をしようと思った三島は三橋に電話をする。

「三橋か?三島だけど」

「どうした?」

「今日、付き合ってくれよ」

「うん、今、外出先だから、これからお前の会社に向かうよ」

「わかった。近くに来たら連絡くれ」

電話を切った後、三島は決意する。三橋にも真由の相談をするつもりだった。


二人が店に入ると一人の女性がカウンターで飲んでいるのが目に入った。その女性はかなり酔っているようだった。

「大丈夫かな、あの子?」

三島がその女性を見つめると、三橋はその女性を見て驚く。

「あの人・・・桐島さんじゃ・・・」

「えっ?」

三橋の言葉を聞いて三島は立ち上がり女性を見つめる。確かに真由であった。真由の生活は荒れはじめていた。毎日、飲んで帰ってはつぶれる日々であった。この日も真由は店で酔いつぶれかけていた。三島が真由のもとに行こうとすると、三橋が腕を捕まえ引き止める。

「何故止める?」

「いいから、ほっておけ」

三橋は無理やり三島を席に着かせる。三島もとりあえず席について真由の様子を伺っていた。三島は真由が気になってしょうがなかった。そんな三島の様子を三橋は黙って飲んで見ていた。すると、真由は立ち上がり帰ろうとする。真由の足取りはふらつき、とても一人で歩けないような状態だった。三島は居ても経ってもいられず、真由のもとに駆け寄る。

「桐島さん!」

真由はゆっくり顔を上げ、三島の顔を見つめる。

「あら、三島さん・・・良くお会いしますね・・・」

「どうしたんですか?こんなに飲んで」

「いいの、いいの。私なんか・・・三島さん一人?」

「いいえ、三橋と一緒です」

三橋という言葉に真由は一瞬冷静になる。ゆっくりと顔を上げると三橋の顔が見えた。

「三橋さん・・・」

真由は小声で呟くと、我に返り、敢えて明るく

「三橋さん!元気?」

と、叫んだ。三橋は無表情のまま近寄り、

「帰りましょう。タクシー拾いますから」

と、言って三島と共に真由を外に連れ出す。タクシー乗り場まで真由を運ぶと、三島の携帯が鳴り出す。

「もしもし?はい、三島です。えっ?これからですか・・・」

三島は会社から電話を受けていた。そして苦渋の表情をしながら電話を切る。

「三橋、悪いが会社に戻らないといけなくなった」

「そうか・・・わかった。あとは俺が何とかするから、大丈夫だ」

三島はやり切れない表情を見せ

「すまん、頼んだぞ」

と、言って走って行った。真由と二人で残された三橋は真由の肩を抱き、立ち上がらせる。真由は酔った表情で三橋を見つめ話し出す。

「三橋さん・・・人の心が読めますか?」

「えっ?」

「読めないわよね・・・私の心なんか見えないでしょ・・・」

真由はそう呟くと三橋にもたれかかった。三橋はタクシーに真由を乗せ、自分も乗り込む。車中、真由は三橋の肩にもたれたままずっと眠っていた。三橋は真由の顔を見つめるが、すぐに前方へと視線を戻した。何とか真由の自宅まで連れて行き、真由をベットに寝かせる。三橋はコップに水を入れ、ベッド脇にコップを置いて

「桐島さん、帰りますから、鍵をかけてくださいね。あと、水も飲んでください」

と、言って立ち上がる。すると突然、真由が三橋の腕を掴む。驚いて三橋が振り返ると真由は真剣な顔で三橋を見つめ

「行かないで・・・」

と、呟く。三橋は真由の手をゆっくりほどく。すると、真由は再度、三橋の腕を掴み

「お願い・・・一人にしないで・・・」

と、せがんだ。すると、三橋は真由を見ずに

「せがむ相手が違うんじゃないのか?君の不倫相手でも呼べよ」

と、答える。その言葉を聞いた真由は一瞬ビクっとなり、三橋の腕を放した。三橋はゆっくりと歩き出すと

「あなたに私の気持ちなんかわからないわよね・・・私の苦しみが見える?私がどんな思いでいるかなんてわからないでしょ!」

と、真由が呟く。三橋は立ち止まり振り返ると、真由の目からは涙がこぼれていた。三橋は驚き

「桐島さん・・・」

と、呼びかけるが、

「ごめんなさい。帰って下さい」

と、真由は一言言って布団に入り込んだ。三橋は何も言えずに部屋を出て行った。

真由の家から三橋が出て行くの一人の女性が目撃していた。

「誰かしら・・・」

つぶやいたのは真由と一緒に暮らしている妹の利恵である。利恵は家の中に入ると真由の部屋を覗き込む。真由は布団を被り小さく震えていた。

帰り道、三橋は真由の言葉が気になった。何故だか真由の苦しみは自分に責任があるような気がしてならなかったからだ。


「本当に大丈夫だから」

真由は笑顔で君江に答える。ここ数日、体調を崩し、会社を休んでいた真由を心配した君江が駆けつけてきた。

「だめよ!無理しちゃ、だめ!」

「わかった。おとなしくしてるわ・・・」

そう言うと真由はベッドに横たわる。その姿を辛そうに君江は見つめた。

「ねえ、こんな時なんだけど・・・何故、不倫なんか続けるの?」

真由は天井を見つめたまま、黙り込む。君江は続けて話す。

「こんなに苦しんでまで何故、頑張るのよ?」

君江の言葉に真由は無表情のまま答える。

「仕事のためよ・・・仕事の」

「嘘!」

君江は語調を強めて言った。

「なんで本当のことを言わないの?私にはわかるんだから」

真由はゆっくりと君江を見つめ笑顔を見せる。

「他に何があると言うの?考えすぎよ」

真由の言葉を聞いた君江はやり切れない思いになる。

「私には本当のこと話せないのね!親友だと思ってたのは、私だけ?」

「そんなことないわ・・・あなたは親友よ」

「だったら本当のことを話して!」

君江の真剣な眼差しを見て、真由の心は動かされる。そして真由はゆっくり話し出した。

「・・・わかったわ・・・でも、馬鹿な女だと思わないでね・・・」

君江は黙ってうなずく。

「前、話した仕事の失敗は、三橋さんと一緒にやったイベントなの。失敗の原因は全て私にあったのに・・・それなのに上司はその失敗を彼にもあるとして、彼の責任を追及しようとしたのよ」

「上司って、あなたが尊敬する長田さん?」

「そう・・・今まで尊敬していたって感じ・・・長田は三橋さんへ責任追求をしないかわりに、自分と付き合うよう要求してきたの・・・三橋さんは私の失敗を見事リカバリーしてくれたのに・・・彼へ責任を負わせるなんて、とても出来なかった・・・」

「それじゃ・・・三橋さんのために不倫を・・・」

「・・・そういうことになるわね。でも、長田とは一緒に食事したり、お酒を飲んだりしているだけ。今のところは・・・」

君江は真由の言葉を聞き、胸が苦しくなった。

「真由・・・三橋さんにも話したほうがいいんじゃない?」

「だめよ!それはだめ!」

真由は起き上がって君江に答える。その様子を見た君江は微笑みながら聞く。

「あなた、三橋さんのこと、どう思っているの?」

真由はうつむきながら答える。

「別に・・・同僚としてしか見てないわ・・・」

「だったら、どうして彼をかばうの?」

真由は少し沈黙した後、答える。

「どうしてなんだろ・・・私にもわからない。彼を初めて見た時、仕事は本当に出来るし常に前向きな人だと思った。でも、どことなく、寂しそうな人だとも思ったわ。昔の出来事のせいで、女性に対して恐怖心があるためだとわかった後、私は彼の苦しみを和らげてあげると約束したの・・・それなのに女性の私のために、彼が苦しんだら余計に女性に対する恐怖心を助長させてしまう・・・だから、彼には迷惑を掛けたくないのかも・・・」

君江は微笑みながら真由の手を握って答える。

「わかったわ。本当のことを話してくれてありがとう。私・・・あなたに謝らなければいけないわ。あなたに不倫を薦めるようなことを言ってしまって・・・」

真由は君江に微笑みながら

「あなたが謝る必要なんかないわ・・・全部、私が決めたことなんだから」

と、言って君江の手を握り返す。

「ごめんね・・・でも、親友からの忠告、あまり深入りしないでね、お願い」

「そうね・・・わかった」

真由は微笑んで君江に答えた。

「ただいまー」

妹の利恵が学校から帰って来た。。

「利恵!」

「お姉ちゃん、大丈夫?」

利恵はそう言うと姉の全身を見つめた。桐島利恵は二一歳の大学生である。姉にも似て美人であるがおしゃれっ気がなく、いつも地味な存在であった。優しい性格で真由にとってはかわいい妹であった。

「そんなに心配しなくても大丈夫」

「そんなことより寝てなきゃダメでしょ!今日、私が元気になる食べ物作ってあげるから。あれ?こちらは?」

利恵は君江を見て言った。君江は利恵にゆっくり近づいて話し出す。

「利恵ちゃん、忘れちゃったの?君江よ!」

「えっ?君江さんなの!久しぶり!」

利恵は君江に抱きつき、再会を喜んだ。

「利恵ちゃん、随分大人っぽくなったわね、私も初めは誰かと思ったわ」

「私も君江さんだとわからなかった。随分と・・・落ち着いた感じだったから」

「利恵ちゃん、それって年を取ったと言いたいの?」

君江は利恵を軽く睨んで答える。

「違うわ!・・・でも、そういうことになるかな・・・」

「こいつ!」

君江が利恵に拳骨をすると、利恵は下を出してはにかんだ。はしゃぐ二人を見て真由が苦笑しながら

「あの・・・ここに病人がいることをお二人忘れているようですが・・・」

と、言った。君江と利恵は恥ずかしそうに見つめ合い、吹き出した。


しばらくして君江は帰宅の準備をした。玄関まで来ると利恵が見送りにきた。

「君江さん、ありがとうございます」

「ううん、また来るから」

「あの・・・お姉ちゃん、具合どうなんですか?」

「見たとおり元気よ、何か気になる?」

「いえ・・・なんとなく元気が無いように感じたから・・・何かあったんじゃないですか?」

君江は利恵に微笑みながら答える。

「そうね・・・真由は今、ある男性のことで悩んでいるみたいなの。だから、元気付けてあげて」

「男性?」

「うん、多分その男性のことを好きなんだと思う。利恵ちゃんも応援してあげて」

「誰なんですか?」

君江は黙って首を振った。

「そこまではわからないわ・・・それじゃ、またね」

君江が出て行くと、利恵は真由の所に戻る。眠っている真由をじっと見つめると

「お姉ちゃん、好きな人がいるのか・・・」

と、呟き、真由の側に座った。


妹の看病もあって真由は元気を取り戻した。真由は久しぶりに外の空気が吸いたいと思い、利恵を昼食に連れ出す。

「利恵、ありがとう。でも、学校、大丈夫?」

「大丈夫よ!これでも成績良いんだから」

「そうなの・・・偉いわね・・・」

真由は微笑みながら利恵を見つめた。君江からの話を聞いてからか、利恵は真由のどことなく寂しそうな表情を感じ取っていた。

「姉さん・・・元気出してね・・・」

「えっ?何?もう大丈夫よ」

「そうじゃなくて・・・心のほうも・・・」

「心?」

「姉さん、どことなく寂しそう・・・何かあったんでしょ?」

「どうしてそう思うの?」

「好きな人に振られたりでもした?」

真由は一瞬ビクッとするが、微笑んで答える。

「そんなこと無いわよ、好きな人なんていないから」

利恵は黙って真由を見つめていた。真由が何か隠していることを利恵は感じ取っていた。


真由は会社に電話した後、自分のシステムノートを開こうとした。すると以前、三橋が真由に書いたメモが入っていた。真由は一瞬そのメモを見つめて黙り込む。その様子を利恵は目撃する。

「姉さん・・・」

「あら、利恵、もうお風呂出たの?」

利恵に声を掛けられた真由は、慌ててメモをしまいながら答えた。

「うん・・・姉さんも入ってきたら?」

「そうね、私も入ってくるわ」

真由が風呂場に行くと、利恵はシステムノートをそっと開く。そこに入っていたメモを利恵は見つめた。

「三橋・・・さん」

利恵はメモに書かれた名前を呟くと、元通りメモをしまった。


三島は真由が不倫をしていることを知ってから居ても経っても居られなかった。仕事を理由に不倫を要求している真由の上司を許せない気持ちで一杯だった。

「何をくよくよしている!お前に何が出来る!」

三島は立ち上がると自分に言い聞かせた。じっと外を見つめると、三島は上着を持って出掛けていった。


「長田部長、お客様です」

電話を受けた女性社員から長田は呼ばれる。

「誰だ?」

「三島さんと言う方です。桐島さんのお知り合いでご挨拶にと言っていますが?」

「桐島君の?そうか、わかった。降りていくと伝えて」

長田は真由が何も言っていなかったことを不思議に思いながらも受付へと向かった。長田が受付へ確認すると一人の男性が立っていた。長田は近づき声を掛ける。

「三島さんですか?長田と申しますが」

三島は振り返ると無表情のまま答える。

「はじめまして、桐島さんの友人で三島と申します」

「桐島のご友人・・・それで、私に何か御用でしょうか?」

「ちょっと二人でお話出来ませんか?」

長田は三島を得たいの知れない人物と見て、少し怪訝な顔をして、

「ご用件を先に言ってくれますか?」

と、答える。三島は長田にゆっくり近づき話す。

「桐島さんとの不倫の件でお話があります」

三島の言葉を聞いた長田は三島を驚いた顔で見つめた。


長田は会社の会議室へと三島を案内する。

「君、誰も入らないように伝えてくれ」

お茶を出しに来た女性に長田は伝えると三島の前に座る。

「さて、何をお話しすれば良いのでしょうか?」

「長田さん、あなた自分がどんなことをしているかわかっているんですか?」

「と、言うと?」

「上司という立場を利用して、不倫を要求するなんて卑怯だと思いませんか?」

長田は黙って聞いていた。三島は興奮するのを何とか抑えながら話す。

「仕事を理由に女性との関係を持とうなんて・・・同じ男として呆れます」

じっと話を聞いていた長田は足を組みなおし、話し出す。

「私が彼女の弱みにつけて一方的に関係を持とうとしているとおっしゃりたいんですね」

「何か違っていますか?」

三島は睨みつけるように聞いた。長田は不適に笑いながら答える。

「あなた、根本的に間違っている。確かに私が仕事の責任をかばった、彼女はその見返りに私との関係を了解した。お互い納得して行っていることだ。それのどこがいけない?」

「それじゃ、彼女もあなたとの関係を了承しているとでも言いたいんですか?」

「その通りです。ビジネスと一緒だ。お互いがお互いのために契約をする。それが間違っていたなら契約なんてあり得ない。違いますか?」

「あなたの家族のことはどうなんですか?」

「それを言ったら、桐島も同罪だ。彼女も私に家族が居ることは知っているのだから。それに大人の関係なんだ。そんな青臭いことを理由に非難は止めて欲しい」

三島は悔しさで拳を握り締める。この男は不倫を何とも思っていない。こんな男といくら仕事のためとはいえ、何故、真由が付き合っているのか理由がわからなかった。

「私からのお願いです。どうか不倫を辞めて下さい。お願いします」

三島は何とか冷静を保ち、長田に頭を下げる。しかし、長田は微笑みながら立ち上がり扉を開ける。

「どうぞお帰りください。これ以上話をすることは無いですから」

三島は長田を睨みつける。長田は平然とした顔で三島を見返す。これ以上この男に何を言っても無駄だと感じた三島は立ち上がり、部屋を出て行こうとする。すると長田は三島に向かって、

「そうだ、あなたの間違いをもう一点教えますよ。桐島は仕事のために私との関係を持とうとしているのではない、ある男性のためにそうしているんですよ」

と、一言言った。三島は驚き振り返って

「男のため?どういうことですか?」

「その男に仕事で迷惑を掛けたくないということでしょう。その男を好きな証拠です」

「その男性は誰です?」

「さあ?知りません」

と、言って長田は三島の横を通り抜けて行った。三島は呆然とその場で立ちすくんでいた。


帰り道、三島は考え込んでいた。長田に会い不倫をやめさせることが目的であったが、今の自分の頭の中は、真由が誰のために不倫をしているのかが気になっていた。長田の言う通り、好きな相手でなかったらそんなこと出来ない。そこまでして守るべき男性の存在が真由にいたことにショックを受けていた。

「一体誰なんだ・・・」

三島は呟きながら空を見上げた。

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