第3話 誤解

三島の親友が三橋であることに真由は驚きを感じた。三橋も真由が現れるなど思ってもいなかった。

「何?二人とも知り合い?」

三島が不思議そうに聞いた。すると三橋が

「桐島さんは同じ会社の人だよ、それに一緒に仕事をしたばかりだ」

と、微笑みながら言った。

「そうなの?ああ、そう言えば桐島さんの名刺に書いてあった会社はお前と同じだったな。さあ、桐島さん、座ってください」

真由は三橋の横に座った。躊躇せずに三橋の横に座った真由を、三島は少し驚いた表情で見ていた。真由もその視線を感じ、場の雰囲気を変えようと三島に話し出す。

「でも、驚きました。三島さんの親友が三橋さんだなんて・・・」

「そうですか?こいつの尻拭いを俺がいつもしているんですよ」

「待て!俺がお前にいつ尻拭いをしてもらった」

「何言ってんだよ!こいつは無害そうな顔をして、実はかなり有害な奴なんです。その有害物質を私が頭を下げながら回収する日々です」

三島の冗談を三橋は笑いながら聞いていた。真由は三橋の様子を注意深く見ていた。やはり、自分の前では少し無口な感じがした。三橋がトイレに行くと真由は三島に尋ねる。

「三橋さんって昔から無口なんですか?」

「無口?あいつが?」

「ええ、前に女性の前だと緊張して無口になるって聞いたもので・・・」

「そうですか、あいつのその部分に気がついていましたか・・・あいつ、昔は、男性は勿論、女性の前でも堂々とした口調で話していました。ある事件が起こる前までは・・・」

「事件?」

「そう、その事件以来、あいつは女性を信じなくなった。自分の防御策として無口になったのでしょう」

「その事件って何だったんですか?」

「私も詳しく知りません、桐島さん」

「はい?」

「三橋のことが気になりますか?」

三島は真剣な顔で聞いた。真由は思わず目をそらしながら答える。

「そんなことありません。ちょっと不思議に思ったので・・・」

真由の答えを聞いた三島は笑顔に戻り、話す。

「あいつには内緒ですよ、今、話したことは」

「わかりました」

三橋が戻ってくると真由は三橋をちらちらと見つめる。―「一体何があったのかしら・・・」―真由は心の中で三橋への興味がどんどん膨らんでゆくのを感じていた。


「それじゃ、俺は帰るよ」

三橋は二人を残し、先に帰ろうとする。真由は少し困った顔をしていると、

「追いかけますか?」

と、三島に耳元で言われ、はずかしそうに首を振る。その様子を三島は見ると、

「ああ、お疲れ様!」

と、三橋を見送った。二人で残った三島と真由は妙に無口になる。

「今度は二人で会ってもらえますか?」

三島が沈黙を破るように聞いた。すると真由は三島をまっすぐに見つめ

「三島さん、私は二人では会えません。あなたが思い描いている女性像と私は、かけ離れています。ですから、ごめんなさい」

と、言って頭を下げる。三島は微笑みながら聞き返す。

「桐島さん、私のことを嫌いですか?」

「いいえ、そういうわけでは・・・」

「もし、恋人がいるなら、はっきりそう言ってくれたほうが私は楽なんですが・・・」

「私、恋人なんていません」

「それじゃ、好きな人は?」

真由は答えなかった。答えない真由を三島は見つめ

「そうですか。まだ、諦めないほうがいいみたいですね?私は焦りすぎたのかな?」

「三島さん、私はあなたとお付き合いできるような女性ではないんです。わかってください」

そう言って真由は店を出て行った。ひとり残った三島は

「何が問題なんだ・・・」

と、呟き、グラスを開けた。


真由に振られた三島は仕事も手につかない。そんな様子を君江は心配そうに見つめる。

「どうしたの?元気ないわね」

三島は君江をゆっくり見ると、ため息をつきながら話し出す。

「なあ、君の親友は何故、あそこまで俺を拒むんだ?俺、何もひどいことしてないぜ・・・」

「拒むって?」

「二人で会うことも出来ないって言うんだ・・・これじゃ何も始まらないよ・・・」

「理由は何て言ってたの?」

「よくわからないんだ、『自分はお付き合いできるような女性ではない』って、それだけ」

君江は不思議に思った。何故、会うこともしないのか、その理由がわからなかった。

「私からも聞いてあげるから、元気出してよ」

そう言うと、君江は携帯電話を取り出した。


君江は真由と待ち合わせをする。食事を終えた後、君江は話を切り出す。

「真由、三島さんのことなんだけど・・・」

「三島さんがどうかしたの?」

君江は一瞬ためらうが、思い切って話し出す。

「何故、三島さんと会おうともしないの?」

質問を聞いた真由は黙りこみ、うつむく。そんな真由を見て君江は更に聞く。

「何か理由があるの?会う位なら構わないんじゃない?」

真由は君江から目をそらしたまま

「私は三島さんと会う資格なんてないのよ・・・」

と、呟いた。

「どういう意味?」

君江は驚いて聞き返す。すると真由は君江を見つめ、寂しそうに話し出す。

「私、上司から不倫の誘いを受けているの・・・」

「えっ?何でそんなことが?」

「・・・私、前の仕事でミスをしちゃって・・・その仕事の責任を上司がかばうかわりに自分と不倫関係を持つよう言われてるの・・・ねえ、そんな女が親友の友人と会えると思う?」

「真由・・・」

「・・・私、どうしたらいいんだろう?」

真由は言い終えると、うつむいてしまう。そんな真由に対し君江は辛そうに話す。

「そんなことがあったの・・・ごめん、何も知らずに責めたりして・・・」

「いいの、でも、本当に私どうしたらいいかな?」

真由は君江の顔を真剣に見つめて聞いた。君江は真由の真剣さに対応できず思わず

「仕事で成功するならそういうことも仕方ないんじゃないかな・・・とりあえず向こうの要求を呑んだ方が得策だと思う・・・」

と、答えてしまった。君江の答えを聞いた真由はしばらく君江を見つめたままじっとしていたが、やがて外を見つめ

「わかった。そうだよね、仕事を取るなら、それくらいしょうがないよね・・・ありがとう」

と、自分に言い聞かせるように言った。君江はその言葉を聞いて胸が痛んだ。


君江は真由と別れた後、自分が言った言葉に対し後悔する。何故、不倫を薦めるようなことを言ったのか・・・。親友の立場だったら決して不倫を薦めたりはしない。不倫を薦めたのは三島を真由に取られたくないと思う気持ちからであった。自ら三島を紹介しながら矛盾していることはわかっていたが、素直に二人を祝福できずにいた。君江は悩みなら帰宅した。


次の日、真由は出社すると長田を呼び出す。

「長田さん、この前の条件、承諾します」

「桐島君、本当か?」

「ええ、但し、長田さんが言ったとおり、あくまでもプラトニックを前提にということが条件です」

「わかった、とりあえずありがとう」

長田が真由の手を握ると、真由はその手をじっと見つめ、ゆっくりとほどき

「失礼します」

と、言って部屋を出て行く。一人残った長田はニヤリと笑いながらその後姿を見ていた。自分の席に真由が戻ると、そこに三橋が待っていた。真由は驚き、声を掛ける。

「三橋さん!どうしたんですか?」

「ああ、こんにちは、あの、今度のセールについて、企画を桐島さんと一緒にやるように言われたんですが」

「そんなんだ、桐島君」

突然、後ろから声を掛けられ、真由は振り向くと長田が立っていた。

「三橋君、また、よろしく頼むよ」

「はい、こちらこそ、よろしくお願いします」

長田はうなずきながら真由の横を通り過ぎる。すれ違い様に

「彼とうまくやりなさい・・・」

と、意味深に言って去って行った。真由は腹立たしい気持ちになり長田を見返す。

「桐島さん?どうかしました?」

三橋に声を掛けられ、真由は我に帰る。

「えっ?ああ、何でないです。それじゃ打ち合わせに行きましょう!」

「はい」

二人は会議室へと向かった。

その後二人は常に一緒の時間を過ごす。真由は休み時間も積極的に三橋に話し掛け、三橋の女性恐怖症を治すために協力した。三橋も真由と一緒の時間を過ごすことで真由に対する警戒心は薄れていった。ある日、会議の途中、真由は長田に呼び出しを受け、長田のもとに向かった。

「何か御用でしょうか?」

「仕事は順調かね?」

長田は書類を見ながら真由に聞く。

「ええ、順調に進んでいます。来週にでも仕入れ業者との契約が出来そうです」

「そうか、ではもうひとつの契約も遂行してもらおう」

長田が書類から真由に目を移し聞いた。真由はその言葉を聞いて厳しい表情で話す。

「わかりました。私は何をすればいいのですか?」

長田は緊張して答える真由を薄笑いしながら答える。

「今晩夕食をともにしよう。十九時に連絡するから来てくれたまえ」

「わかりました。失礼します」

真由は一礼すると部屋を出て行った。


三橋は外出から戻ると、真由が会社から出て行くのが見えた。声を掛けようと近づくとそこに長田が現れ、真由の肩を抱き歩き始めた。真由は慌てて長田の手を振り払い、歩き出す。三橋はその様子を不思議そうに見つめた。

「あの二人、何かあるのかな・・・?」

三橋は呟くと会社へと戻っていった。


翌日、三橋は真由との打ち合わせ場所に向かう。その途中で真由が歩いてくるのが見えた。三橋は声を掛けようと思うがとどまる。真由の様子が非常に落ち込んでいるように見えた。三橋は気を取り直し、精一杯明るく声を掛ける。

「桐島さん!」

「ああ、三橋さん、こんにちは」

真由は先ほどの暗い表情を隠すように笑顔を見せる。

「桐島さん・・・何かありました?」

「えっ?どうしてです?」

「いや、何か思いつめているような表情だったから・・・」

真由は一瞬うつむくが、笑顔で答える。

「そんなことありません。さあ、打ち合わせに行きましょう!」

真由は元気に歩き出す。三橋はその後姿を不思議そうに眺めていた。打ち合わせ中、三橋は真由の様子が気になってしょうがなかった。会議にもほとんど集中できていない状態で、時折遠くを見つめてさびしそうな表情をしている。三橋は思い切って話し出す。

「桐島さん、あの・・・今日、何か予定ありますか?」

「えっ?どうしてです?」

「いや・・・もし、よければ食事にでも、ご一緒していただければと思って・・・」

うつむきながら話す三橋を見て、真由は驚きの表情から微笑みに変わり答える。

「もしかして、誘ってくれてるの?」

「ええ、まあ・・・でも、変な意味ではないですから・・・安心してください、と、言うか・・・無理だったらいいんですよ」

真由は三橋を見つめ

「ありがとう。食事に連れて行ってください。別に変な意味があっても構いませんよ」

と、敢えておどけて答えた。三橋も笑顔になり

「それじゃ、帰りに出口で待ってます。ああ、会議に行きましょう!」

と、言って、打ち合わせ場所に向かう。真由も微笑みながらついて行った。


「お待たせしました!」

真由が待ち合わせの場所に現れると、三橋は緊張気味に

「いえ、行きましょう」

と、言って二人は歩き出した。その姿を偶然、長田が目撃する。

「ははーん、そういくことか・・・」

長田は不適な笑みを見せると会社へ戻っていった。


真由は食事中、明るく話し続けた。三橋はその話を黙って聞いていた。食事が終わり三橋は気になっていたことを話し出す。

「桐島さん・・・あの・・・」

「どうかしました?」

「桐島さん、何かありました?」

「えっ?どうしてですか?」

「いや、最近、桐島さん元気なさそうだったんで・・・何か心配事でもあるのかと思って・・・」

真由は三橋が自分を心配してくれていたことに驚いた。そして、その気持ちが何故かとても嬉しく感じた。

「それで今日、誘ってくれたんですか?」

「ええ、ちょっと心配だったんで・・・」

三橋はうつむきながら答えた。そんな三橋の姿を真由は微笑みながら答える。

「ありがとうございます。桐島さん、大分改善しました?」

「えっ?」

「女性恐怖症です。普段から女性を心配出来るようになったんだから、改善したでしょ?」

「そうですね、あまり考えていませんでした・・・」

「気にならなかったことが改善ですよ、あっ、でも、私を女性と見ないでって言ったからかな?」

「そ、そんなことないですよ・・・立派な女性です・・・」

三橋は慌てて答えた。

「ありがとう。これからも私でよかったら誘ってください。三橋さんが克服するまで」

三橋は真由の顔を見つめた。そして、

「ありがとう。感謝します」

と、自然に笑顔で答えた。


「それじゃ、今日はご馳走様でした」

真由が帰り際に言うと、三橋はじっと真由を見つめる。真由は不思議そうに三橋を見つめ返す。すると三橋は真剣な顔で聞く。

「桐島さん、何か心配事があるなら私にも話してください。勿論、あまり役に立つかわかりませんが・・・私もあなたの役に立ちたいですから」

三橋の言葉に真由は驚いていた。じっと見つめる三橋の目に、真由は吸い込まれるように三橋に近づき

「・・・私・・・」

と、呟いた。しかし、すぐに我に返った真由はうつむく。そしてすぐに笑顔になり

「ありがとう、でも、本当に大丈夫ですから・・・それじゃ、失礼します」

と、言って歩き出す。三橋はその後姿を辛そうに見つめていた。


次の日、三橋は真由の部署の前を通る。自然と真由を探す自分がいることに気が付いた。すると長田と一緒に真由が前方から歩いてきた。

「三橋さん?」

真由は驚いた顔で三橋を見つめた。

「こんにちは、ちょっと通りかかったもので、特に用事はありませんので、失礼します」

三橋は慌てて歩いて行った。その様子を真由は不思議そうに見つめていた。

「桐島君、ちょっと良いかね?」

長田は真由を会議室へと呼んだ。

「君は三橋君と関係があるのかね?」

長田は二人きりになるなり質問する。

「どういう意味ですか?」

真由は怪訝な顔で聞き返す。

「いや、昨日、君達が二人で歩いていくのを見かけてね、お付き合いでもしているのかね?」

「何故、そんなことを長田さんに答えなければいけないのですか?」

真由が聞き返すと、長田は微笑みながら話す。

「何故だかわかるだろう。君は僕との関係を約束したんだ。その関係を優先させることを忘れないように。それにあいつも君に気があるんじゃないかと思って」

真由は怒りを必死に抑えていた。そして軽く深呼吸をしてから

「三橋さんとはなんでもありません。長田さんが誤解しているだけです。もう、話すことはないので失礼します」

と、言って部屋を出て行った。長田はゆっくりとタバコに火をつけた。


三橋は真由のことが気になってしょうがなかった。すると携帯電話がなる。

「三橋か?三島だ、元気か?」

「三島か・・・どうした?」

「なんだよ、俺でがっかりしたみたいな声をして、ところで今夜、空いてるか?」

「なんで?」

「たまには飲みに行こうぜ、じゃあ、いつもの所で十九時に待ってるから」

「おい!もしもし?」

三島は電話を切っていた。

「全く勝手な奴だ」

三橋は苦笑しながら携帯電話をしまった。


「おう、こっちだ!」

三橋が店に現れると三島が手を上げ呼び寄せる。すると三島の隣には女性が座っていた。三橋が驚いてその女性を見ていると、三島が紹介する。

「ああ、こいつは山下君江、俺の同僚」

「ちょっと、こいつって何よ!」

君江は三島を睨みつけて言う。

「はじめまして、三橋です」

三橋が挨拶すると君江も笑顔で答える。

「こちらこそ、山下です。君江って呼んでください」

「はあ・・・」

三橋は知らず知らず構えてしまった。そんな三橋の様子を三島は見て君江に話し出す。

「山下、こいつは女性恐怖症なんだ。だから、あまり馴れ馴れしくするなよ」

「あれ、もしかして私が三橋さんと仲良くなるのを妬いてるの?」

「馬鹿言うな!誰が妬くもんか」

二人のやり取りを三橋は苦笑して見た後、席につく。その後、三島と君江の漫才のようなやり取りを三橋は黙って聞いていた。すると君江が

「ところで真由のことはどうなってるの?」

と、三島に聞く。

「どうって、会ってもくれないんだから・・・何もあるわけ無いだろ」

三島の答えを聞いた三橋は驚きながら君江を見つめる。君江は不思議そうに三橋を見つめると三橋は恐る恐る君江に尋ねる。

「君江さん・・・『マユ』って言いましたけど、それって・・・?」

「桐島真由です。ご存知ですか?」

君江の言葉に三橋は驚いた。すると三島が君江に向かって話し出す。

「ああ、三橋は真由さんと同じ百貨店に勤めているだ。桐島さんと一緒に仕事もしているそうだよ」

「そうなの?彼女、私の親友なんですよ!三橋さんと三島さんが友人なのも何か面白い偶然ですね」

君江は笑顔で三橋に答える。三島も笑顔で聞く。

「でも、お前が桐島さんの知りあいだとは驚いたな・・・今でも一緒に仕事しているのか?」

「最近少しな・・・ところで今日はどうしたんだ?」

「桐島さんのことを相談したくてな。今、桐島さんにアタックしようとしているんだけど・・・会ってもくれないんだ・・・」

「何故?」

「わからん・・・彼女、会う資格が自分にはないってそれだけ。お前、何か知らないか?」

「プライベートまでは知らないよ・・・」

「彼女、誰か付き合っている人でもいるのかな・・・」

三島が呟くと君江は一瞬ビクッとする。その様子を三橋は見逃さなかった。


「それじゃ、私、帰ります」

君江が言うと歩き出した。

「どうする、もう一件行くか?」

三島が聞くと三橋は

「ごめん、今日は帰るわ」

と、言って走り出した。その姿を三島は不思議そうに眺めていた。


「君江さーん!」

君江は後ろから呼ばれ振り返る。すると三橋が走って近寄ってきた。

「三橋さん、どうしたんですか?」

「はあ、はあ、すいません、ちょっとお話があります」

「えっ?」

不思議そうに見つめる君江を、三橋はじっと見つめた。


二人は静かなバーにやって来た。君江は不思議そうに三橋に質問する。

「どうしたんですか?」

三橋はうつむいたまま黙っていた。その様子を不思議そうに君江は見ていたが、あることを思い出し、軽く吹き出してしまう。

「あの・・・」

今度は三橋が不思議そうな顔で君江を見つめる。すると君江は笑顔で話し出す。

「ごめんなさい、いや、三島さんが言ってたこと、本当だったんだなって思って」

「三島が?」

「ええ、女性恐怖症のこと。呼んでおいてずっと黙っているから、どうしたのかと思いました」

「すいません」

「いいえ、それより私に何かご用ですか?」

三橋は意を決して話し出す。

「あの・・・君江さんは桐島さんの親友ですよね」

「そうですけど・・・」

「桐島さんに何かあったんでしょうか?」

「と、言うと?」

「最近、何か考え事をしている感じがするんです。本人にも聞いてみましたが、何も無いって言うばかりで・・・でも、ふと寂しそうな顔をしていることが多いような気がします」

君江は三橋をじっと見つめた。三橋は何か悪いことでも言ってしまったように恐縮する。すると君江は笑顔になり答える。

「真由のことを聞きたかったんですね?もう、ちょっと残念!」

「えっ?」

「だって、急いで私を引きとめたから、もしかして私への告白かと期待しちゃった・・・」

「あの・・・すいません」

うつむいて謝る三橋に君江は笑顔で話し続ける。

「冗談です。でもどうして真由のことそんなに気にするの?」

「・・・今、仕事を一緒にやっているんです。それに彼女には恩返しをしたくて・・・」

「恩返し?」

「ええ、見てのとおり私は女性の前だとうまく話せません。今も上手に話せませんが、これでも大分改善したんです。それは全て桐島さんのお陰なんです」

「真由があなたの女性恐怖症を和らげたの?」

「そうです。桐島さんは自分を女性と思わず何でも話して欲しいと言って・・・」

君江は真由に不倫を薦めてしまった事実を思い出した。今では親友を不正な道から戻してあげたい気持ちで一杯であった。それに真由を真剣に心配している三橋の言葉を聞いて、自分も真由のために何かしなければと思い始めた。

「三橋さん、これから話すことを信じてもらえます?」

君江の真剣な顔を見て、三橋も真剣な顔でうなずく。

「真由は今、不倫をしているのよ」

君江の言葉に三橋は衝撃を受けた。

「不倫・・・どうして、そんな・・・」

「私も詳しい理由はわからないの、ただ、一つだけ言えるのは彼女が望んで行ってはいないということ・・・」

「では、何故、そんなことをしてるんですか?」

「私がわかるのは、彼女が仕事で生きていくために必要だと判断しているということだけ・・・それ以外は何も知らないの・・・」

三橋は力が抜けたように座りなおす。その姿を君江は辛そうに見つるが、意を決して話し出す。

「三橋さん、あなたにお願いがあるの」

三橋は黙ったまま君江を見る。

「私の責任でもあるの、私・・・仕事のためなら仕方がないと薦めてしまったの・・・でも、言ってから後悔している」

「どうしてそんなことを・・・」

三橋はそれ以上の言葉が出なかった。

「お願い、彼女を助けてあげてください。真由に恩返しをしたいなら尚更のこと、彼女をどうか正しい道へ戻してあげて」

三橋は黙ったまま下を向いた。今すぐにでも真由のもとに行って、話を聞きたがったが、その感情を抑えた。


次の日、真由が出社すると三橋が待っていた。

「三橋さん、おはようございます。どうしたんですか?」

三橋は真剣な表情で真由の顔を見ると、一枚のメモを真由に渡し、去って行った。真由は呆気に取られ三橋の後姿を見ていた。真由は席に戻りメモを見ると、今日の夜にこの前の店で待っていると書かれたメモであった。真由は回りに気付かれないようにメモをしまった。


真由が店に付くと三橋は既に来ていた。真由はいつもと様子が違う三橋に少し戸惑いながら席につく。

「どうしたんですか?急に呼び出して・・・」

三橋は飲み物に一口口をつけると、真由を真剣に見つめ話し出す。

「桐島さん、私、昨日、君江さんに会いました」

「えっ?君江に、何故?」

「三島をご存知ですよね?君江さんは三島の同僚だったんです。それで偶然に会いました」

「ああ、そうですよね・・・世間って狭いですね」

真由は微笑んで言ったが、三橋の表情は硬いままだった。すると、三橋は一息ついて話し出す。

「私、君江さんから聞きました。あなたが不倫していることを・・・」

真由は驚いた表情で三橋を見つめる。三橋は続けて言った。

「私、あなたが最近、元気が無いので君江さんに相談しました。すると、あなたがそんなことをしているなんて・・・驚きました」

真由は黙ったままうつむいた。三橋も肩の力を抜き、自分を落ち着かせるようにして

「どうしてです?何故、そんなことをしているんですか?」

と、尋ねる。真由は黙ったまま、答えなかった。三橋は続けて話す。

「君江さんもあなたに不倫を続けるように薦めてしまったことを後悔しています。しかも、あなががその不倫を望んでいないと言っていました。元気がなかったのも原因はそこにあるのではないですか?」

真由は三橋を見つめ返し真剣な表情で答える。

「どうして答えなきゃいけないんですか?」

「えっ?」

「何故、三橋さんにそんなことまで答えなきゃいけないんですか?」

三橋は何も言えなかった。真由は今までに見たことがないような悲しい瞳で三橋を見つめていた。三橋は出来る限りの勇気を持って自分の気持ちを話し出す。

「君に恩返しをしたいと思っていた。だから、君が苦しんでいるのを助けてあげたかった。だから・・・」

「三橋さん、私、好きだから不倫しているんです。三橋さんの勘違いですよ」

三橋は驚いて真由を見つめる。真由は先ほどとは変わって笑顔で三橋を見ていた。

「本当ですか?」

三橋は思わず聞き返す。

「本当です。だから、そんなに心配しないで下さい。あと、会社の人には内緒ですよ」

真由は努めて明るく言った。そんな真由の姿を本橋は見つめ、立ち上がり

「桐島さん、僕はそんな恋愛認めない。例え、好きな相手であろうと、それは許されるものではない」

と、言って勢いよく店を出て行った。その拍子に机の上からスプーンが床に落ちる。残された真由は三橋が落としていったスプーンを拾おうとしゃがんだ。スプーンを手に取ると、真由はそのまま震えるように泣きだした。

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