第2話 どちらが本当

イベント当日、真由は慌しく商品の確認やスケジュールの確認をしていた。そこへ長田が現れる。

「桐島君!頑張っているな」

「長田さん、来てくださったんですね」

「当たり前だろ、ところで順調か?」

「ええ、あっ、昨日、イタリアの商品に発送不備があって、急遽、別のイタリア商品   へ切り替えました。でも、スケジュールには影響していません」

「えっ?商品の入れ替え?同じものなのか?」

「いいえ、色も形も違います。」

「それで、イベント企画部には伝えたのか?」

「あっ!」

「お前伝えてないのか?馬鹿!彼らは洋服に合わせた照明やその特徴の原稿を書いているんだぞ!すぐに行ってこい!」

真由は走り、三橋を探した。会場中を走りまわり、ようやく三橋を見つけた。

「三橋さん!すいません、ちょっと緊急事態で」

「どうしたんですか?」

「昨日、急遽商品の入れ替えがあったので、それを三橋さんに伝えるのを忘れてしまって・・・」

「えっ?昨日ですか?」

「そうです・・・すいません、もう間に合わないですよね・・・どうしよう・・・」

落ち込み、今にも泣きそうな真由を見て三橋は笑顔で答える。

「大丈夫ですよ、何とかして見せます」

「三橋さん・・・」

「ちょっと待っててください。商品の詳細はわかりますよね?」

「ええ、わかります」

三橋は各イベント協力会社の責任者を集めだした。全員集まったところで三橋は頭をさげて切り出した。

「皆さん、申し訳ありませんが、こちらの手配ミスで一部商品が変わります。変更点を整理したいのでどうかご協力願います」

すると周りのイベント会社からは当然無理だと言う声が相次いだ。その様子を真由は辛そうに見つめる。すると三橋は

「どうかお願いします。今回のイベントはある社員が自分一人だけの力で成功させようと頑張っているんです。その人は非常に努力家で、是非、その社員のためにも成功させてあげたいんです。どうかお願いします」

と、言って土下座までした。真由はその様子を驚いて見つめる。すると周りから、

「頭を上げてよ!三橋さん。わかった、協力するよ」

「三橋さんの頼みじゃしょうがないよね」

と、言って協力を受け入れてくれた。

「ありがとうございます。それでは入れ替わった商品の詳細はこちらの桐島から説明しますのでお集まりください、桐島さん、お願いします」

「あっ、わかりました」

真由は三橋を見つめながら感謝の気持ちで一杯になった。三橋は真由に笑顔を見せると自分も変更作業に取り組んだ。まもなくイベントは開催されたが、商品の変更部分についても問題なく進み、無事終了した。真由は三橋を目で探すが、終了後の撤収作業に追われ、その日は三橋に再会出来ずに終わった。


翌日、出社した真由を長田が呼ぶ。

「昨日はご苦労様」

「いいえ、すいません、不手際がありまして」

「ちょっと来てくれたまえ」

長田はそう言うと、バイヤー室を統括する役員への報告を行うために真由を連れていく。長田が一通り説明すると、役員が質問する。

「ご苦労様。ところで一部商品に変更があったそうだが、問題はなかったのかね?」

その質問を聞き、真由は一瞬ハッとするが、長田は平然と答える。

「問題はありません。現場では多少混乱しましたが、我々で解決しましたので」

長田の答えに耳を疑った真由は長田を見つめる。長田は真由の視線に気が付いていたが、敢えて無視していた。

「そうか、君がいたなら心配はあるまい。わかった。報告ありがとう」

役員が言うと二人とも一礼して役員室を後にする。帰り道、真由は長田に向かって

「何故、イベント企画部がミスをフォローしてくれたことを言わなかったんですか?」

と、聞いた。長田は歩きながら

「報告の必要はないと判断したからだ」

と、素っ気無く答える。すると真由は長田の前に立ち、詰め寄る。

「どうして必要がないのですか?私にはとても重要なことだと思いますが?」

長田は真由の肩に手をおき

「いいか、会社内は戦場だ。ミスをすれば、そこをついて、つぎつぎと足を引っ張ってくる奴がたくさんいる。すべて正直に話し合えるほど、会社というものは単純ではない。お前もそこは理解するべきだ」

と、言って真由の横を通り過ぎ歩き出した。真由はその後姿を悔しそうな顔で見つめた。長田と真由はその足でイベント企画部にも向かった。

「三橋君」

「長田さん、いろいろありがとうございました」

「いや、昨日は協力ありがとう。ところで商品の入れ替えについて、役員には私からうまく言っておいたから」

「ああ、ありがとうございました」

「それじゃ、また、これからもよろしく頼むよ」

「こちらこそ、ああ、桐島さんもお疲れ様でした」

突然、呼ばれた真由は三橋を見つめ、恥ずかしい思いで答えた。

「助かりました。いろいろありがとうございました、それで・・・あの・・・」

真由が何かを話し出そうとすると長田は真由の腕を引っ張り

「それじゃ、三橋君失礼するよ」

と、言って真由を引っ張って言った。三橋も笑顔を返し、自分の仕事に戻った。自分の部署に戻る途中、真由は長田に言う。

「長田さん、どうして本当のことを報告しなかったのですか?」

「いいんだ。時には自分をかばうことも必要だ」

「でも、三橋さんにはこちらのミスだったのに・・・謝るべきかと思いますが」

長田は立ち止まると真由の正面を向き

「桐島、何度も言うが会社の中は戦場なんだ。自分のミスを認めても何も特にならない。簡単に認めないことも重要なんだ」

と、言って戻って行った。真由はやり切れない思いに駆られた。


真由は翌日、三橋のもとへ向かったが、三橋は出張で三日後に帰社する予定になっていた。真由は三橋を待つ三日間が非常に長く感じた。三日後、三橋のもとを訪れると、三橋は変わらない笑顔で迎えてくれた。

「桐島さん!この前はありがとうございました」

「いいえ、こちらこそ。あの・・・急な出張だったんですか?」

「ええ、あれ、聞いていませんか?長田さんからの依頼で、急遽、出展セミナーの動向調査を依頼されたんですが?」

「えっ?長田さんが・・・」

真由は三橋の言葉を聞き、唖然とした。おそらく自分の部署、つまり真由自身のミスを役員に悟られないために、当事者の三橋をしばらく遠ざけたのだろう。真由は長田の用意周到な策略に疑問を感じた。

「どうかしました?」

気が付くと三橋が真由を覗き込んでいた。

「いいえ、それよりこの前はご迷惑をお掛けしました」

「いや、気にしないで下さい。よくあることですから」

「いえ、私の気が済みませんので・・・あの・・・一度、お食事でもご馳走させてください」

真由誘いに三橋は急に表情を曇らせ、

「それは遠慮しておきます。それじゃ、打ち合わせがありますので」

と、言って去って行ってしまった。真由は三橋の後姿を見つめていた。


残業を終えた三橋は出口へと向かう。すると、出口で真由が立っているのを見つける。三橋に気がついた真由が近づいてくると、三橋は驚いて聞く。

「どうしたんですか?桐島さんも残業ですか?」

「三橋さん、私のこと軽蔑していますか?」

突然の質問に三橋は驚く。

「そんなことないですよ・・・どうしたんですか?」

「私・・・三橋さんに助けられたことを感謝しています。そのお礼をしたいだけなのに・・・どうしてお礼をさせていただけないんですか?私を無能な女と判断されたからですか?」

真っ直ぐに自分を見つめる真由に対し、三橋は無言のままであった。

「・・・私のこと許してくれないんですか?」

と、真由が尋ねると三橋は何も言わずに真由の横を通り抜ける。真由はうつむきじっとしていると

「桐島さん、お腹すきません?食事に行きましょう!」

と、言って真由に笑顔で言った。その言葉を聞いた真由は笑顔で振り返り

「わ、わかりました。行きましょう!」

と、言って三橋の横に並んで歩き始めた。


店に付くと三橋は以前と同じく無口であった。真由はどうしても疑問に思っていたことを質問する。

「あの・・・ひとつ聞いてもいいですか?」

「ええ」

「三橋さん、急に無口になった気がするんですけど、何か理由でも?」

質問を受けた三橋は驚くが、うつむきながら答える。

「そうですか、すいません・・・」

ばつの悪そうにしている三橋を見て、真由は慌てて

「いや、悪いわけじゃなくて・・・ただ、仕事の時、あれ程堂々としていらっしゃるのに、何故かなと思っただけで・・・」

と、言った。すると三橋は真由の目を見て答える。

「実は、女性の前だと緊張するんです。仕事中は仕事と割り切れるんですが・・・どうも、プライベートで女性と二人になると・・・」

「緊張?何故、緊張するんですか?何か理由でも?」

三橋は何も答えない。すると真由は笑顔になり語り掛ける。

「わかりました。もう聞きません。誰でも苦手なものはありますよね」

「桐島さん・・・」

「三橋さん、これからは私を女性と思わないで接して下さい。そうすれば緊張しないでしょ」

「そんなこと・・・失礼じゃないですか・・・それに、それだけの理由では・・・」

「えっ?他に理由が?」

「いや、何でもないです」

真由は不思議そうに三橋を見つめるが、笑顔に戻り、話し出す。

「ともかく、今後は友人としてあなたの女性恐怖症が治るよう協力させてください。いいですよね?」

「ありがとう。桐島さん」

三橋も微笑みながら、答えた。


翌日、出社した真由は三橋のことを考えていた。緊張すると言っていたが、仕事で接している自分にそんなに緊張するだろうか?何か別の理由があるのではと思い、考え込んでいた。長田は考え込む真由の姿を見つめていた。三橋と会ってから真由の考えが変わってきていた。これ以上三橋から影響を受けるのを恐れ、あることを思いつく。

「桐島君!ちょっと来てくれ」

長田から呼ばれた真由は会議室へと向かう。長田は真由に背を向け話し出す。

「ちょっとまずいことになった・・・」

「どうしたんですか?」

長田はゆっくり振り返り困った表情のまま話し出す。

「この前のイベントで間違った商品を送付した会社が、使用しなかった洋服の代金も支払えと要求してきてね。当然、こちらは突き放したんだが、役員に直接、直談判したみたいなんだ。たとえ使用していない商品でも、既に受け取りを済ませた時点でそちらの確認は終了したはずだとごねてね。それにイベントについては問題なかったと主張している。何故、商品の入れ替えがあった時点で相談しなかったと役員が言い出して・・・」

「どうして・・・今になってそんな・・・」

「それで私に責任の所在を明確にしろと言ってきた・・・困ったものだ」

長田は腕を組み考え込む。そして真由の全身を見て話を続ける。

「でも、私には君をかばえないことはない、条件次第では・・・」

「条件?」

「言いにくいんだが・・・私と社外での付き合いをしてもらえないかね」

真由は驚きの顔で長田を見る。長田は一歩近づき真由の手を握り語りかける。

「君も僕に好意を寄せていることは知っている、大人同士の関係で済まそうじゃないか」

真由は握られた手を離し、

「長田さん、別に隠す必要はありません。私の責任だとはっきり言ってください」

と、答え、歩き出す。すると長田は真由の背中に向かって叫ぶ。

「責任が三橋君にも及んで構わないのかね?」

長田の言葉に真由は振り返る。

「三橋さんに何の関係があるのですか?」

長田は微笑みながら近づき

「君達二人で今回のイベントは担当してきたんだ。君一人の責任だと言っても上は納得するかね?」

と、言って真由の肩に手を乗せる。今回の責任を真由が自分の責任と認めたら、長田が言うように役員はイベント企画部にも責任があると判断するだろう。また、そのことが三橋の耳に入れば共同作業であった自分にも責任があると判断するかもしれない。真由は長田の手を見つめ

「私にどうしろというのですか?」

と、声を震わせて答えた。その言葉を聞いた長田はニヤリと笑い

「さすが話がわかるね。そうだな、まずは一緒に食事をしたり、飲みにいったりしようじゃないか、プラトニックにね」

と、言って真由の手を握る。真由は長田を睨み返し

「こんなことして、奥さんに申し訳ないと思わないのですか?あれだけ奥様を大事にしていらしたのに・・・」

真由の言葉に長田は不適に笑い答える。

「妻とは今では口も全く聞かない状態だよ。会社では愛妻家としていたほうが評判がいいからしていただけだ」

長田の本音を聞いた真由は愕然とするが、冷静になり、

「少し考えさせてください。お願いします」

と、答え、長田から離れる。

「わかった。ゆっくり考えるといい。但し、君に選択の余地はないし、私からの提案を受けたほうが、君にとっても今後の会社生活でプラスになると思うよ」

真由は黙って会議室を出て行く。その後姿を長田は不適に微笑みながら見ていた。


真由は自分の席に戻る途中、無意識にイベント企画部の前に来ていた。廊下から三橋の姿を見つめる。三橋はパソコンに向かい作業をしていたが、視線を感じ廊下を見る。真由は三橋と目が合い、慌てて会釈し走り去る。

「桐島さん!」

三橋は廊下に出て真由を呼ぶが、真由の姿はなかった。三橋は不思議そうな顔をして、また席に戻っていった。真由が自分の部署に戻ると既に長田は席についていた。長田に目を合わせないよう真由は席につく。今までに感じたことが無いくらい、居心地の悪さを感じた。


「真由!こっち」

真由は自分に手を振る女性の姿を見つけ走り寄る。

「ごめん、君江。待った?」

「大丈夫、さあ、行こう!」

山下君江は真由の腕を掴み歩き出す。君江は真由の親友で総合メーカーに勤める二七歳。いつも明るく、真由の世話役で真由にとってはかけがいのない友達であった。

「ねえ、私、本当に何でもないから。いいよ、合コンなんて・・・」

「何言ってんの!電話じゃ自殺するんじゃないかって、心配するほど落ち込んでたじゃない」

君江からメールをもらった真由はすぐに電話をした。長田との一件後であったため、真由はすべてに自棄になっていた。その様子を心配した君江が今夜、合コンを設定したのであった。

「真由、合コンっていっても男性は一人だから。でも、すごくいい人だからね。あと、私に遠慮はいらないよ。彼とは恋愛関係にはならない間柄だから」

「君江・・・今はそんな気分じゃないの」

「まあ、そう言わず会ってみて」

二人は待ち合わせの店へと向かう。

「お待たせ!」

店に入ると一人の男性が立ち上がった。

「紹介するね、私の親友で桐島真由さん。こちらは同僚の三島和夫さん」

三島は笑顔で真由に頭を下げた。三島和夫は三橋と同じ年の二九歳。君江と同じ会社に勤めている。高身長で端正な顔つきであるが、非常に人懐っこい笑顔が特徴的な男である。

「はじめまして、三島です」

「桐島です」

「さあ、座ってください。飲み物なんにします?」

「私はビール!」

君江が答えると

「お前に聞いてない、桐島さん、何にします」

「じゃあ、私もビールで」

「わかりました」

三島は注文を告げると、じっと真由を見つめた。その視線に気が付いた真由は不思議そうに尋ねる。

「あの・・・私の顔に何かついてますか?」

「いや、すいません。ちょっと意外だったもので・・・」

「意外?」

「ええ、山下が連れてくる女性と聞いていたので、もっと元気な女性だとばっかり思っていました」

すると君江が三島に肘内をして会話に割り込む。

「ちょっと、どういう意味?私が野蛮だと言いたいの?」

「そんなこと言ってないだろ!ただイメージが違ったから言っただけだよ」

二人のやり取りを見ていた真由は微笑み

「私、暗そうですか?」

と、尋ねる。すると三島は両手を振り

「そんなこと無いですよ。魅力的な女性です」

と、答えた。すると君江は呆れた顔で話し出す。

「気をつけなさい。この人爽やかそうな顔して女性を手玉にとるタイプだから・・・」

「おい!イメージ悪くなるだろ」

「あれ、今まで何人女性を泣かせてきたの?数えようか?」

君江が指で数え始めると、三島はその手を抑え、真由に向かって苦笑いをする。

「こいつの言うこと信じないで下さい。それより本当にこいつと友達なんですか?」

真由は知らず知らずに笑顔になり、答える。

「勿論です。それに私、そんなにおとなしい女性じゃないですから。本当の姿を見て幻滅しないで下さいね」

「そんなことしませんよ、とりあえず、新しい友人に乾杯しよう」

三島がグラスを差し出すと真由と君江もグラスを合わせた。その後も三島と君江の漫才のような話は続き、真由は笑いながら聞いていた。途中で真由がトイレに行くと、三島は君江に尋ねる。

「桐島さん、彼氏いるの?」

「さあね。私もわからないわ」

「そうか・・・じゃあ、本気で口説いても構わないんだな?」

三島の言葉に一瞬、君江は躊躇するが平気さを装い答える。

「真剣ならどうぞ、但し、遊びだったら許さないから」

「わかってるって」

三島はそう言うと立ち上がりトイレの方へと向かった。すると、トイレを出た所でうつむく真由の姿を三島は見つける。声を掛けようと近づくと、真由の目から一粒の涙が流れ落ちた。三島は慌てて物陰に隠れ、真由の様子を見ていた。しばらくすると、真由は涙を拭い、席に戻っていった。

「あれ、三島さんに会わなかった?」

君江が不思議な顔で真由に言う。

「えっ?会ってないわよ。どうして?」

「いや、トイレの方に言ったから、あなたを口説きに言ったのかと思って」

「誰が口説きに行ったって?」

戻った三島が君江の耳元で話す。

「きゃ!もう、びっくりするじゃない!」

「何言ってんだよ。あまり人をナンパ師みたいに言わないで欲しいな」

そう言うと三島は真由の方を見た。真由は笑顔で話を聞いていた。その後、三島は何故か真由の様子が気になってしょうがなかった。


「今日はありがとうございました。楽しかったです」

真由は三島と君江に頭を下げた。

「真由、また飲みに行こうね!」

「うん、それじゃ、失礼します」

真由が三島に会釈をすると、三島も慌てて

「ああ、どうもありがとう」

と、言って手を振った。その後、君江とも別れた三島は考えながら歩いていた。あの時見せていたさびしげな表情、そして涙を流していた訳・・・三島は真由のさびしげな表情が忘れられなかった。


「桐島さーん」

真由がタクシーを拾うとすると、後ろから名前を呼ばれ、慌てて振り返る。すると、三島が走って近寄ってきた。

「三島さん、どうしたんですか?」

息を切らせてたたずむ三島に真由は聞いた。すると、三島は真由に向かい話す。

「家まで送るよ」

「えっ?そんな・・・大丈夫です」

「いいから送らせて」

自分の腕を掴んだ三島の手を真由はゆっくりほどき、

「三島さん、本当に大丈夫ですから・・・一人で帰りたい気分なの、ごめんなさい」

そう言って真由は歩き出す。すると、三島は真由の前に歩みだし

「わかった。無理にとは言わないけど、よかったら連絡先を教えて下さい」

と、真剣な顔で訴えた。真由は三島をじっと見つめ尋ねる。

「何故?」

「何故って・・・また、あなたと会いたいから・・・」

「三島さん、私、今は男性と二人で会いたいと思えないの・・・失礼なこと言ってすいません」

真由が歩き出そうとすると

「それなら自宅まで行きます」

と、言って真由の行く手を両手を広げふさぐ。三島の真剣な表情を見て、真由は名刺を取り出し三島に差し出す。

「はい、私の会社の名刺です。これでいいですか?」

三島は名刺を受け取ると

「ありがとう、君の携帯番号を教えてもらうのは、今度にするよ」

と、言って微笑む。

「それじゃ、さようなら」

真由も微笑を返し、車に乗った。二人のやり取りを君江は複雑な表情で見ていた。


数日後、真由の会社に三島から電話が入る。

「お電話変わりました、桐島です」

「桐島さん?三島です。この前はありがとうございました」

「いいえ、こちらこそ。どうしたんですか?」

「今日、お時間ありませんか?」

「えっ?」

「いや、今日お会いしたいと思いまして・・・」

真由は苦笑しながら答える。

「三島さん、この前お話したとおり、二人で会うつもりはないですから・・・」

「そうですよね、二人じゃなければいいですよね?」

「それ、どういう意味ですか?」

真由は不思議そうな顔で聞き返す。

「実はそう言われると思って、私の親友も一緒なんです。もし、よろしければ山下も誘って四人で会いませんか?」

真由は用意周到な三島の行動に苦笑する。

「わかりました。それじゃ、この前のお店に行きます」

「ありがとう、じゃあ、待ってます」

真由は電話を切ると君江に電話する。

「ああ、君江?今日、三島さんと会う約束したんだけど、君江も来てくれる?」

「三島さんと?」

「そうなの、でも、向こうも一人連れてくるって言うから、君江も来られないかな?」

「ごめん、私、今日はだめなんだ・・・一人で行ってきなよ!」

「そうなの・・・困ったな・・・」

「大丈夫よ、三島さん軽く見えるけど、変なことはしないから」

「うん、わかった。じゃあ行ってみる」

「ごめんね。それじゃ」

君江は電話を切ると帰る仕度をした。三島のためにここは一歩譲ることにした。

真由が帰る仕度をしていると長田が近づいてきた。

「どう?決心はついたかな?」

「もう少し時間を下さい」

真由は表情を曇らせ答えた。

「そうか、それじゃ、お疲れ様」

長田はそう言うと部屋を出て行った。真由はため息をつくと部署を出る。何気なくイベント企画部へと向かい、廊下から三橋の席を見ると、三橋は帰宅した後であった。真由は少し残念そうにしながら、待ち合わせの店へと向かった。

真由が店に入ると三島が手を振って迎えた。席に近づくと三島は一人の男性を紹介する。

「桐島さん、こちら、私の親友で三橋徹です」

「はじめまして、三橋で・・・」

立ち上がり、挨拶をしようとした三橋は真由を見て驚く。真由も同様に驚きの表情で呟く。

「三橋さん・・・」

二人はお互いの顔を見つめ驚いたままたたずんでいた。

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