女性恐怖症への処方箋

@WARITOSHI

第1話 顔合わせ

「以上が今年度ブランド展開に関するプロモーション概要になります。ご静聴ありがとうございました」

プレゼンを終了した桐島真由は一礼をして席に戻った。役員向け説明会が終了し、真由は後片付けをはじめる。そこへ上司の長田実がやってくる。

「お疲れ様。これで役員の決済も降りたし、後は詳細を詰めるだけだな」

「ありがとうございます。精一杯頑張ります」

「期待しているよ、じゃあ、イベント企画部との打ち合わせを設定してくれ。それじゃ、お先に」

「お疲れさまです」

真由はしっかりと頭を下げ、長田の後姿を見送った。桐島真由は二七歳。大手百貨店のバイヤー兼プロモーションを担当している。仕事が出来、容姿端麗で、会社内では一目置かれる存在である。

「これで長田さんに認められたかな・・・?」

真由はほのかに憧れを持っていた長田に認められたかが気になった。長田は真由の上司であり、良きアドバイザーでもあった。女子社員にも人気があり、長田が結婚していなければ、真由は周りの女子社員から、かなり冷たい視線を浴びただろう。また、長田は社内で愛妻家としても有名であった。愛妻家である点も女子社員から好感を持たれる要因でもあった。真由はイベント企画部との会議を調整すべく、イベント企画部へ出向く。日程調整を終えた真由はイベント企画部を出たところで一人の男性とすれ違う。お互い横目でチラッと見た程度ですれ違うが、真由は何かを感じ、振り返る。男性は席につくと真由の視線を感じ、真由を見つめる。慌てて目をそらす真由に対し、男性は笑顔を見せ会釈をした。真由も会釈を返し、そのままイベント企画部を後にする。真由は何故かその男性の笑顔が気になっていた。。


数日後、イベント企画部との打ち合わせに長田と出席した真由は、イベント企画部の出席者が来るのを待っていた。すると会議室にやってきたのは、先日、会釈を交わしたあの男性であった。

「今回のプロモーションを担当することになりました三橋です。よろしくお願いいたします」

三橋徹は二九歳、イベント企画部では優秀な担当者の一人であった。近づく三橋を真由はじっと見つめていた。長田は立ち上がり挨拶をする。

「長田です。こちらこそよろしく。こちらの実質窓口は桐島が担当します。桐島君」

長田に呼ばれ、我に返った真由は慌てて立ち上がる。三橋は真由を見て挨拶する。

「三橋です。これからよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

真由も慌てて挨拶をする。三橋は一礼すると自分の席に戻って行った。どことなく様子がおかしい真由に向かって長田は聞く。

「どうした?知り合いか?」

「いいえ・・・でも一度だけ見かけたことはあります」

「そうか、イベント企画部長の話じゃ、かなりのやり手らしい。まあ、お前も彼から盗めるものがあったら、しっかりもらっておけ」

「・・・わかりました」

真由は何故か三橋の動きに目をとられていた。理由はわからないが、この前、会釈をした時や今、挨拶をした時のどことなく寂しい表情を真由は感じ取っていた。


会議が始まり、真由が概要を説明する。その後、イベント企画部の概要案を三橋がプレゼンし始めた。三橋のプレゼンは内容も充実し、話し方も堂々としており、時折笑いを混ぜた素晴らしい内容であった。上司の長田も冷静に見つめることが多いが、三橋のプレゼンにはかなり引き込まれた様子であった。一連の会議が終わると長田は三橋を呼ぶ。三橋がやってくると、真由を見て長田が言う。

「桐島君、詳細を三橋君と詰めてくれ。三橋君、素晴らしい内容だったよ。後はよろしく」

「ありがとうございます。頑張ります」

「じゃあ、私は失礼するよ」

長田が去ると三橋は真由に向かって話す。

「それじゃ、はじめますか?」

「はい・・・何をですか?」

不思議そうに聞く真由に対して三橋は微笑みながら答える。

「打ち合わせです。他に何か?」

「えっ、いいえ・・・行きましょう」

真由は恥ずかしそうに歩き出した。


二人になった真由と三橋は詳細を打ち合わせていく。真由が投げかける意見や質問に対し、三橋は的確に回答をしていった。真由は知らず知らずに三橋の目を見つめていた。すると三橋は微笑を返す。その微笑に真由は何故か違和感を覚えずにはいられなかった。仕事が一段落し真由が時計に目をやると、もう夜の八時になっていた。三橋は時計を見た真由に向かって話し出す。

「すいません。私のせいでこんなに時間が掛かってしまって・・・」

「いいえ、今日一日で随分解決したことが多いです。三橋さんのお陰です」

「とんでもない、それじゃ、今日はこの辺で。また後日、打ち合わせしましょう」

「わかりました」

三橋が後片付けをはじめると、真由はどうしても彼の素顔が知りたくなった。すると真由は思い切って語り掛ける。

「あの・・・、この後、食事でもどうですか?」

「えっ?」

三橋の驚きのリアクションに、真由は慌てて手を振りながら続ける。 

「いや、この後のことも考えて、もう少し親睦を深めたいなと思いまして・・・別に深い意味は無いんです」

真由の言葉を聞いた三橋はじっと考えていた。たまらず真由は荷物をまとめて、

「嫌だったらいいんです。突然すいません・・・」

と、言って帰ろうとする。すると三橋は真由を見つめ

「わかりました。夕食一緒に行きましょう、では、片付けて下で待っていますので」

と、言って部署に戻っていった。真由も急いで部署に戻り、何故か化粧室で念入りに化粧を直してから待ち合わせに向かった。


「お疲れ様です!」

真由が三橋のグラスに自分のグラスを合わせると、三橋も微笑んでグラスを上げる。その後、一方的に真由が話をして、三橋はそれを黙って聞いている時間が流れた。真由は心なしか仕事中と雰囲気が違う三橋の様子が気になった。

「あの・・・具合でも悪いですか?」

「いえ、平気です。どうしてです?」

「いや、三橋さん、仕事している時と何か雰囲気が違う気がして・・・あんまり気乗りしていないのかと思いまして・・・」

三橋は真由を見つめるとグラスを置いた。真由は慌てて

「ごめんなさい・・・私、何か気になることを言いました?」

と、謝る。謝る真由に対して三橋は真剣な顔をして質問する。

「桐島さん、何故、今日、誘ってくれたんですか?」

「えっ?その・・・ただ、親睦を深めたほうが良いと思ったので・・・」

「それでは、仕事の延長で誘ったと?」

「いや・・・まあ、そんなところです」

「そうですか、いや、これがあなたにとって仕事の延長なら私も気が楽です」

「・・・どういう意味ですか?」

「特に深い意味はありません、すいません、変なこと聞いちゃって・・・」

真由はどことなく三橋の異変に気が付いたが、あまり深入りしないことにした。

「いいえ、私こそ変なこと言ってすいません。お互い仕事を成功させるために頑張りましょう」

「そうですね」

その後も真由が一方的に話す形式で時は流れていった。


別れた後、三橋は考え込んでいた。真由が自分を誘ってくれたことは三橋自身嬉しかった。真由は男性から見て魅力溢れる女性である。そんな女性が自分を誘ってくれたことを嬉しく思った。しかし、真由の前でどうしてあんな態度しか出来なかったのか考えてしまう。いや、真由だけではなく、女性の前では三橋はどうしても一歩引いてしまう。

「まだ引きずっているのかな・・・」

三橋は空を見上げ呟いた。


次の日、真由は出社すると、昨日の三橋のことを考えていた。『仕事の延長なら私も楽です』と、言った三橋の一言はどんな意味があるのだろう。普通、仕事の付き合いで楽になるとは考えられない。何故、自分との付き合いが仕事なら楽なんだろう。

「ちょっと変わっているのかも?」

「どうしたんだ?」

長田が声を掛けてきた。

「あっ、おはようございます」

「昨日は遅くまで残業だったのか?三橋君とはうまくやれそうか?」

「ええ・・・そうですね」

「なんだ、何か問題でもあるのか?」

「いや、仕事については何も問題ありません。ただ、昨日、仕事の後、食事に行ったんですが、三橋さん、仕事中とは雰囲気が全く変わったんです」

「いきなり君を口説いたとか?」

長田は少し怪訝な顔で聞いた。真由は苦笑して答える。

「そんなんじゃありません。ただ、仕事中とは別人みたいに無口で・・・何か、私と距離を置こうとしていると感じたんです」

「あまり気にすることじゃないんじゃないのか?お互い仕事の付き合いなんだから。ある程度距離を置くのは当たり前だろ」

「そうですね。今まで出会ったことが無いタイプなので、ちょっと戸惑っただけです。それじゃ、私、失礼します」

「ああ、まあ、あまり気にするな」

長田は真由の後姿を複雑な顔で見送った。


長田は三橋と仕事の打ち合わせを実施していた。昨日と変わらず仕事をこなす三橋を見て、長田は真由が言った言葉の意味がわからずにいた。

「長田さん、イベントのスケジュールとしてはこの通りでいいですか?」

三橋に言われ、長田は我に返り答える。

「ああ、問題ないよ、各スケジュールの詳細は桐島君と詰めてくれたまえ」

「わかりました。それでは失礼します」

三橋が帰る仕度をしていると、長田が声を掛ける。

「三橋君、昨日、桐島君と食事をしたのかね?」

「ええ、二人とも遅くなったので・・・それが何か?」

「いや、君が仕事中とは何か雰囲気が違って見えたと桐島が言っていたので・・・今日見る君は、昨日と何も変わらなかったから、桐島の考え過ぎかなと思って・・・」

三橋は一瞬うつむき考えるが、すぐに笑顔に戻り答える。

「そうですか、桐島さんに伝えてください。仕事はしっかりやりますので、安心してください、と」

「ああ、わかった」

「それじゃ、失礼します」

三橋は部屋を出て行った。長田は一人残り何かを考えていた。


イベントの準備は順調に進み、前日のリハーサルも終了した。真由は三橋と二人で残り、最終確認をしていた。

「はい、どうぞ。これで全部終了ですね。あとは本番を迎えるだけ」

真由は缶コーヒーを三橋に渡しながら言った。

「ありがとう。全て確認したので、大丈夫、うまくいきますよ」

「三橋さんのお陰です、このイベント成功させたら、私のキャリアもアップ出来たと思うし」

「今までだって十分、会社に貢献しているじゃないですか?」

少し驚いた表情で言う三橋に対し、真由はうつむきながら答える。

「そんなことないです。今までは長田さんのお陰です。私は彼の言うことを忠実にやっただけ・・・だから、今回は私が全てやってみたかったの・・・必ず成功させたい」

うつむきながら言う真由に、三橋は何か言おうとするがやめて、立ち上がり

「大丈夫です。必ず成功しますよ!」

と、笑顔で言う。その言葉を聞いた真由も笑顔で答える。

「ありがとう。何か自信が出てきました。それじゃ、明日もよろしくお願いします」

「こちらこそ」

真由は三橋と別れた後、帰宅の支度をする。すると、アシスタントの女性が慌てて真由のもとにやってくる。

「桐島さん!大変です。イタリアの商品が手違いで別のものが送られてきています」

「えっ?何で今になって?」

「すいません。箱を見て中身を確認せずにいたので・・・今、発注したものと違うとわかって・・・」

「何やっているの!それで、他は大丈夫なの?」

「他は問題ありません。どうしましょう?」

真由は必死で考えた。ふと長田の机を見るが、既に長田は帰宅していた。

―「どうするの?だめよ、自分自身で解決しなきゃ・・・」―真由は心の中で呟いた。そして

「国内のメーカーにイタリア製の商品で取り扱えそうなものをピックアップして、そして明日用意できるか確認をとって」

と、アシスタントに指示する。

「わかりました」

アシスタントは急いで電話をかけた。真由はこの危機を何とか自分の手で乗り越えようと必死であった。

幸運にも、イタリア製の商品で使用可能なものを探した結果、明日使用できる商品の手はずを整えられ、真由たちはひと段落する。本番をスケジュール入れ替えなしで対応できるようになった。

「お疲れ様、では、明日もう一度確認してね」

「はい。すいませんでした」

アシスタントは真由に謝ると帰っていった。真由も疲れ果て、その場に座り込んだ。

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