第44話 色褪せる事の無い思い出と共に
最終決戦前夜。
インジュは明日に向けての作業を終え1人とある場所へ足を運んで居た。
そこは、インジュが初めて下水道で目を覚ました所。
「結局、何も思い出さないままだったな」
自分が倒れて居た場所に触れる。
目を閉じ、当時の事の思い出に浸りながら多くを考えていた。
身体は痛みで動かず、声を発する事すらもままならない状態。
心も体も全てにおいて衰弱していた時の人間というのは、簡単に死を受け入れる事が出来る。
だからこそ、再臨計画の話を聞いた時のインジュはそれを否定するという事が出来なかったのだ。
目を開き、あらゆる物が自分というたった一つの存在に多くのモノを与えるからだ。
それは、時に希望や安堵、喜びや優しさという、人であるからこそ感じ取る事の出来る目に見えない実感。
しかしそれと真逆の存在も同時に降り掛かる事を、インジュ自身がその身で味わった。
逃げ出したい、辛いのは嫌に決まっている、これが続くのであればいっそのこと・・・と。
インジュは口に出さないまでも感じ取っていた。
そんな想いを抱いた事のある者は、もっと多くいる事を。その存在が間違い無く、形として表れている事を。
それは、ゼッガとの戦い。自分が感染体と皆が呼んだ存在へと変わってしまった事で人知れず理解したのだ。
再臨計画の目的は回帰。
もしも、インジュが考えている回帰の本当の意味が正しかった場合を想像するとインジュはやるせない気持ちで押し潰されそうになっていた。
それは、みんなが望んでいる事なのか、と。
きっと全ての人類がそれを願っている訳では無いというのは承知している。
しかし、それが少数に決まってると断言する事も出来ない。
今という時間の流れは決して良い物では無いから再臨計画という手段が用いられている可能性を否定する事が出来ない。
「・・・・・・」
インジュは目を伏せた。
ディイという竜の存在に驚かされ、多くの情報が耳から入り正直なところ今でも全てをインジュは処理しきれていない。
けれど、その体験は多くの可能性を広げてくれた。
バイク呼ばれる物の乗り物に慣れるまで苦労した。
けれど、お陰で自分の限界や馴染む為のコツを覚える事が出来た。
警護団との共同戦線では、戦いはただ1人だけやれる物では無いという事をインジュは知った。
人が人と歩調を合わせるだけで、数以上の力が生まれる事を実感出来た。
感染体への変異は、未だに忘れる事の出来ない事象だった。
魔力を扱う、安易に魔力に触れるという事がどうゆう事なのかをその身で味わった事は、きっと今後も忘れる事は無い。
誰もがその事象を奇跡と呼んだ、感染者を人へと戻す事が出来た時は、今もなお目に焼き付いている。
みなインジュの行った奇跡により、暗く見えないで居た感染者との戦いに大きな光を見る事が出来たと口にしていたが、当時のインジュにとっては、それ以上にカルスという自分を信じてくれた者を助けれた事の方が喜びを得た。
そんなカルスとも良い思い出ばかりでは無い。王城での大事件、カルスがインジュを刺した事がきっかけであったのは、殆どの者は知らず、その事件からインジュは悩みという扉の様な壁にぶち当たった。
初めて北区の廃墟での戦い。そこではゼッガという友と呼べる存在に出会えた。
ディイという竜の息子である事なんてわかるはずも無く、ただ真っ直ぐな裏表の無い人であるという、第一印象は今も変わらない。
感染体へとなる前の戦いはインジュにとって大きな分岐点になったに違いないと今でも確信を持って言えた。もしあそこで弱音を吐いてしまって居たらきっと今の様な関係にはならず、最悪死んで居た可能性が高い。
ゼッガと共に見た夜空は、綺麗だった。改めて思い出すとそこは初めてゼッガと出会った場所なのでは無かっただろうかと、自然と笑みが溢れてしまった。
そして、インジュにとっての1番の出来事。
恐らく当分はそれ以上の出来事に遭遇する事は無いと思えるモノ。
ウィザライトによる魔力所持。それは夢の成就、インジュにとっての転機に違い無かった。
今まで戦えて来れたのは間違い無くウィザライトという唯一無二の存在があった為。魔力が使えないからという自分との決別からインジュの世界は大きく広がりを見せたのは、紛れも無い事実だった。
そんなウィザライトの初戦は、とある人物によって敗北に終わった事を知る者は少ない。
インジュを追い詰めた人物、それは運命の悪戯が仕組んだに違いない、下水道で共に暮らす事になった人物。きっかけの出会いは、自分と同じ様に捨てられる様にこの下水道で横たわっていた。
それがルジェだった。
当然最初は、あの時の敗北から緊張の糸が纏わりついていた自分を今だと恥ずかしく思える所が多々あった。しかし自分が何かした訳でも無くルジェという名前を自らに刻み込んだその姿は、インジュの瞳に多くを映した。
決してゼッガの様に特別な生い立ちがある訳でも無く、ただただ努力の賜物であるだけの人。その姿がインジュにとって眩しく、途轍もなく輝いて見えていたのだった。
そして最後は・・・。
「結局、帰って来なかったな・・・先生」
懐からとある紙を取り出す。
それは自分宛の一枚の紙。ルジェ達との打ち合わせの際にインジュが自らの目的地を提案した理由がその紙だった。
竜拝堂からの帰還時、先生の作業台の上に置いてあった紙。
『現王の下で』
紙に書いてあった内容はたったこれだけ。それが何を意味するのか、現王の下で何をすれば良いのかわかる訳も無く、その理由すらも想像出来ないでいた。
それでもインジュにはこの紙は、自分宛に書かれた物であると確信を持ってた。
きっとそれが、何かのきっかけになるに違いないはずだと。
だからこそ、インジュは胸を張って2人を説得し、現王の下に向かう事を了承してもらったのだった。
「頑張ります・・・。過去よりも・・今の未来よりも・・・」
魔力を使いたい。そんな願いを叶えたいと奮闘していた少年は、新たな願いを抱く。
その願いを叶えるのはあまりにも困難であり、インジュ自身その為の方法は想像すら出来ていない。明らかに妄言と呼ばれる愚行と思われに違い無い。
だからこそ、インジュはその願いを胸に抱き続ける。その瞬間、そのチャンスを見過ごさない為に。
それがインジュにとっての最終決戦へ向けての覚悟・・・。
・
・
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早朝の時。
眠りについた様に静まりを見せていた王都アルバスは、突如として叩き起こされた。
王都の人間では無い者に。
「王都の諸君。目覚めの時だ、世界を・・深き眠りにつきし歴史を今、呼び起こす時が来たのだ!!」
王城の頭上に、巨大な幻影が・・・ゲヌファーの姿が人々に投げかけ始めた。
王都の人々は次々と目を覚まし王城を見上げた。その行いに区域の違いは無い。何処に居ようと王都アルバスにいる限りその声は届いていた。
「太古の昔、我々人間と呼ばれる種族は、楽園にその身を寄せ合っていた。そこには貧困も差別も無い温かく平穏な世界だった。にも関わらず、今の我々はどうだ!? 争いが絶える事を知らず、力の優劣はその差を如実に表すばかり! みな目を覚ますのだ共に!!」
熱い演説は、留まる事を知らずヒートアップを見せていた。
ゲヌファーの言葉は、多くの者の耳に入っていく。それをどう自らに飲み込むのかは、当たり前に十人十色である。
しかし、その言葉に何かを感じる者は、少なからずいたのは間違い無かった。
「ぅぅぐぐッ!!! がぁああッ・・・!!!」
ゲヌファーの言葉に呼応するかの様に各地でその身を苦しませ、胸を掻き毟り、目から大量の血を流す者が現れ出した。
周囲に居た者は、叫んだ。何があったのかわからないまま、助けを・・・求めた。
「か、感染者・・!! 感染者だぁあああああー!!! ぐうぅうぅうううあぁああああ!!!!」
感染者。
その存在はこの世界において避けられない存在。その名の通り、感染者は感染者を生み出す。
今の人間では避ける事の出来ない災害以上の脅威。
「原点回帰の時だ。私が、このゲヌファーが!! みなを救ってみせよう! 形作って見せる、ここを新たな楽園に! 思い出すのだ! その身を委ねる事の安堵を、全てを任せられるその存在を!!」
ゲヌファーの言葉が熱くなればなるほどに各地で人が感染者にその姿を変えていった。
連鎖は止まらない、誰かが感染者へと変われば助けを求める者が新たな感染者へと姿を変えていく。
「願え・・・”神”の存在をッ!!!!!」
宣言が、遂に果たされた。
ゲヌファーは世界を楽園へと変えると、高らかに言い放った。
今という地獄を変えるのだと、その行いで更なる地獄へと王都を陥れようと、自らが新たな歴史を作り出すのだから何も問題は無いからと・・・。
「くそみてぇーな演説だな。目覚まし時計にしてはうるさ過ぎるだろ」
「目を覚ましたのは人だけじゃないみたいよ。見なさいあれ」
「大地が・・・光ってる」
北区の無人の高台。
インジュ達は、王城へと向かう為に下水道から北区の井戸へと転移していた。再臨計画の弊害か、前日から王城への転移が不能になっていた。
「はぁ・・あの時と同じですわね」
「え・・まさか、僕の時ですか」
「龍脈が喜んでやがるんだよ。”願い”を叶えようってな」
「・・・制御の効かない、魔力」
再臨計画が生み出そうとする存在、ゲヌファーの言う神を求めているのは人間だけでは無かった。
魔力を生み出す龍脈もまた、神という存在を求めて止まない。そうゼッガは告げていた。
想像を超える規模の計画である事を今更になって実感するインジュだったが、不思議と心は落ち着きを保っていた。
「インジュ、乗りなさい。今のわたくし達に出来る事をしますわよ」
「何したって始まっちまったもんは止められない。なら、やる事は決まってる。だろ?」
完全武装に新たに大斧を手に持つゼッガ。
そしてバイクに跨ってるルジェ。
2人もまたインジュと同じだった。こんな状況にも関わらず、小さな笑みに強く真っ直ぐな瞳を宿していた。
もはや迷う事は無い。
大きく息を吸い、インジュもまた劣らない程に高らかに声を上げた。
「ルジェさん、ゼッガさん・・・行きましょう!!!」
そして左手を空へ高く、高く、掲げた。
「ライゼーションッ!!!!」
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