第43話 先と前の積み重ね
竜であるディイの会合により、インジュ達は降臨の真の目的を知る事が出来た。
それは回帰。そうディイは口にした。何故その様な発想に至ったのか。
争いが絶えないと悟ったからか。価値観の相違。人と竜との共存の果ての答えなのか。
あらゆる理由が交差する中でルジェは現実逃避と口にした。
それは過去のきっかけに発したモノでは無く、現在に向けて向けられたモノだった。
今を生きる者達が回帰を目論む理由。
ルジェはただその言葉だけが浮かび、口にしたのだった・・・。
「ったく、なんだここ。こんな所、人が住む様な場所じゃねぇーだろ」
「すみません、一応これでも、かなり綺麗になってる方なんです」
竜拝堂地下でのディイとの会合を切り上げたインジュ達は時間が無いと下水道へと帰還していた。
多くを知る事が出来たからこそ、一度落ち着く必要があるという事では戻ってきたのだが。
当然インジュ、ルジェ、ゼッガの3人には時間が残されていない。
「あれ・・・先生? ただいまお戻りましたよー先生ー」
「出掛けてるんでしょ。それよりも時間が無いわ、今後の事を話し合うわよ」
「・・・はい」
先生の不在。いつもであれば帰宅した時1番に声が聞こえるはずだった。インジュは誰も居ないはずの作業台を見つめていたが、インジュは気持ちを切り替えルジェのもとへと向かった。
大きなテーブルに置いてある見てもわからない残骸を大胆に払い除け、大きな紙を広げた。
ルジェが広げたのは、王城の見取り図。
知り得る限りの情報が書き記されている物を基に打ち合わせを始めたのだった。
「再臨計画の阻止。それは私達の共通事項でしょうから今更言うまでも無いでしょうけど。話し合うのはその為の詳細よ」
ルジェはゼッガを睨む様に見た。もはや睨む事に意味は無く、ただの癖でゼッガを見る時に眉間に皺が寄ってしまうようになってしまっただけであった。
「そうゆう事か、なら・・・俺はここだ」
ルジェの意を察したゼッガは、広げられた見取り図のある場所を指差した。
そこはルジェも見覚えるある場所、王位継承すら立ち入った事の無い場所。存在だけは知っているが出来れば近付きたくなかった場所だった。
「どうせワクレギの野郎が作った器具にでもあるんだろ」
「ドラゴンズハート。その奪還って事ね、貴方が言いたいのは」
「あぁ、こんな事を聞くって事はお前はどうせ・・・」
最後まで言われる前にルジェは自らの目的地を指し示した。
そこは、ワクレギの場所とは違った意味で近寄り難い場所。
「わたくしは巫女様を助けるわ。これ以上、あいつらに任せておけないわ」
「巫女様・・・。ディイさんが言っていた、”魔力の元締め”」
それはルジェが最後にディイに聞いた内容の物だった。
王城に住むとされる巫女様。その存在は、魔力を扱う事の出来る今の世界には必要不可欠の存在だった。
魔力という力を扱うには本来であれば相応の努力と才能を有する必要があった。
しかしそれはもはや過去の事。インジュ達が生きる現代において魔力は、誰しもが分け隔て無く扱おうと願えば誰もが使える力だった。
だが、それは同時に、人々にとって必要不可欠な存在というレッテルを貼らざる負えないまでに増長していた。
「巫女って人の不調が・・・最近の感染者を生み出してしまう原因。それがルジェの考えなんですよね」
「えぇ、その通りよ。ここへ帰ってくる途中でも小規模だけど、まだ感染者は生まれているわ。今は警護団で何とかやりくり出来ているみたいだけど・・・」
感染者の件は巫女に関係しているはず。にも関わらず王城の人間達は訳のわからない事を始めようとしている。
その事にルジェはただただ腹を立てていた。ルジェが1番に慕う巫女が酷使されているのであれば、もはや自分の手でどうにかしなくてはならない。
ルジェはその決意を密かに秘めていた。
だからこそ、竜のディイに尋ねたのだった、巫女という存在は自分が思っている通りのモノなのか?
であれば、巫女の救出はルジェにとって最優先事項であると。
「はっきり言って、巫女様の今の状況が見えないから何も言えないけれど・・そこは何とかして見せるわ」
あまりにも不明瞭な部分が多いが、今動かなくては間違い無く取り返しのつかない事態になってしまう事はわかっていた。
この機会しか無いと、ルジェは強く瞳を輝かせていた。
「ルジェさん」
「ん? 何かしら」
「きっと大丈夫です、確証なんて無いですが・・・絶対に上手くいきます」
強く、決意を持った姿勢を見せていてもインジュは諭した。
今のルジェならば大丈夫であると、だからいつもの様に胸を張ってほしいと。口に出さずともそのインジュの想いはルジェにしっかりと届いていた。
「イチャイチャしてーのはわかるがよ。インジュ、お前はどうするんだ? 俺達どっちかの援護か? それとも」
「僕は・・・」
ゼッガの問いにインジュは、左手を強く握った。
インジュは2人と同じ様に指し示した。
「ここって・・・」
「おいおい、聞いていいかインジュ。ここは」
「はい・・・僕は、”現王”に会いに行きます」
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ゼッガが指差した地点。再臨計画の中核とも言える場所。
計画の進捗は最終段階へと以降されようとしている最中、その場に姿を現したのはアストだった。
「あら、まさか貴方が見送りに来るとは思っても見なかったわ」
巨大な器具の前に佇んでいたネゼリアは振り返り、アストを歓迎した。
「下劣な道を選んでも、薄情になる必要性はないだろう?」
まるで日常的な空気を出している様に悠々と喋るアストにネゼリアは笑みを浮かべざるおえなかった。
ネゼリアの隣に何も言わずに、アストは同じ様に巨大器具をゆっくりと見上げた。
「これが君の積み上げて来た象徴・・なんだね」
「そうね。一体何でそんな事を思ったのかすらも覚えていないけれど」
「礎・・・。きっとそう思う人も多いのは間違い無いだろう」
「何かしら? まさか止めに来たとでも言うつもり? これは礎なんかじゃない」
ネゼリアの想い、目的。
それが目の前の器具に施されている。
どれだけの事をしようと、どれだけの者達に蔑まれようと、ネゼリアはただ自らの願望の為、今この場に立っていた。
「私は・・ようやく”孕む”事が出来るのよ。生命の誕生、この星に生まれてしまったモノの責務。何も生み出す事の出来ない私に残された唯一の務め」
ネゼリアは深く噛み締めながら諭した。この星に生まれた生命としての真の責務と。
生まれた物は、新たに生命を生み出す為に務めなくてはならない、そうネゼリアは語る。
「吸血鬼、サキュバスって色々言われて来たけれど、ようやく解放されるのよ私は」
「ただ奪うばかりでしか自らの存在を維持出来ない。そんな存在が生命を生み出す事は叶わず・・・か」
小さく思い出すかの様にアストはネゼリアに告げた。
そんなアストの言葉に目を大きくして驚くネゼリア。それは先ほどの理由、自らが忘れたと言い放った物の一つであった事にネゼリアは鼻で笑った。
「帝国将軍様が、呪詛の様に繰り返してる言葉通りなら、神と呼ばれる存在が身籠もるのか・・それともただ世界を滅亡させるだけになるのか、アストはどう?」
「私かい?」
突然の問いにアストは頰に指を当てて考える。
この計画の先、あまりにも曖昧な計画の達成のあかつきにもたらされる事は何なのか、誰もその先を知らないのだった。
それもそのはず。
計画の主導は表立っているゲヌファーの様にも思えるが、事実は裏で暗躍していた、生み出すというだけの目的を持ったネゼリア自身であったのだから。
生み出されるモノに興味を持つ事などネゼリアには無かった。
「私の見解は・・・変わらないよ。これも全て理の為なのだから」
「ふっ・・相変わらず面白く無い男よね。貴方」
期待した自分がまるで馬鹿みたいだと呆れたネゼリアに対し、アストは続けて笑みを浮かべた。
「その答えはきっと・・君が”本当に望む”モノから出される。それだけは断言出来るさ」
「へぇー・・・言う様になったわね、名ばかり王子も成長したって事ね」
再びネゼリアは上を見上げた。目線は目の前にある巨大な器具では無く、微かに窓に映る景色。
ネゼリアが目にしているモノは比喩なのか。そこに見える物は間違い無く存在するモノ。
アストは言った、ネゼリアが本当に望むモノが出すと。
記憶の片隅。ただの気まぐれで動いただけの玩具だと考えていただけの存在が、目に映る景色に重なっていた・・・。
「・・・今、貴女は、どう自らを名乗っているのかしら」
儚くも引き返す選択肢を持たない現実。
止まりたい訳でも進みたい訳でも無い、ただただその場に立っているだけの思惑というのはきっと、孤独に似た想いを寄せるはめになる。
吸血鬼やサキュバスと多くの名で呼ばれ続けたネゼリアにとって、その思惑はあらゆる意味を自らに痛み付ける様に刻み込まれていた。
終わりある生命は、終わりの為に生み出すのか。生まれたからこそ新たに生み出すのか。
その意味を、その理由を、長い時間を生きるネゼリアでも見出す事は出来なかった。
もはや納得する必要性なんて皆無。であれば、もはや何を言われようと何かを生み出す事の出来ない欠落した己を世界の一欠片としてはめ込む事でその意味を為そうとした。
それでその身が消えようとも、再び永遠の時を彷徨うはめになろうとも。
積み上げて来た重荷を、下ろさなくてはならなかったのだった・・・。
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もはや最終章の幕が下される寸前にまで時は進み続けていた。
誰もが来る日の準備に時を懸命に費やす。
ただ野望の為に。
そこに悪も善の介入する余地は無い、自らが行いたいと決心したままに動くだけ。
衝突は免れない。交差し、凌ぎを削り・・・その先にある誰も見る事の無いモノを目にしたいが為に。
そしてそんな中、とある森の中を1人の男は歩いていた。
「・・・? 何だいゼッガ、忘れ物でもしたか? それとも怖気付いて帰ってきたってのかい?」
その森は、ゼッガの母である竜のディイが寝床にしている場所。
誰も入る事の出来ないはずの空間。
しかし男は、その場に居た。ディイへ向けて歩き続けた。
真っ白の完全な防護服を全身に着込み、真っ黒なマスクを付けたまま。
「ッ!!?」
ようやくディイもその存在に気が付き重い巨体を反転させた。
近付く気配。警戒心は無かった、それは何故か。答えは単純なモノ。
それ以上の感情がただ込み上げてしまって居ただけだからだ。
「忘れ物・・・その通りだな。ディイ・・の妹」
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