第40話 チョイス


ドラゴンズハート。

王城から竜拝堂へ攻めて来た理由。その名の通り竜の心臓を意味する存在。

竜拝教の長であるディイ大司教はその存在を迷信と答えたが、ディイの言葉が聞き入れられる事は無い。

故にディイが息子と呼ぶゼッガは、意を決した。友とも呼べるアストに対峙したのだった。

友であるからこそ譲れないのか、友だからこそ戦わないとならないのか。


そして、友である。友としてゼッガの隣へと並び立ったのは、インジュだった。



「アブソリード・フルバインドッ!」


作り出される光鎖が大広間の至る所から無尽蔵にその姿を見せ蜘蛛の巣の様な空間を作り上げた。そして一本一本が生き物の如く不規則な動きを見せインジュに対峙する者達へと襲い掛かる。


「・・・ッ!」

「これ程とは・・・けどね!」


側近騎士もアストも無数に広がる光鎖を凌ぎきる。

アストは隙あらば遠距離からインジュへ向けて牽制し、優位性を失わない様に立ち回っていた。


しかしそれは、視点を移す行為。


「逸らしてるんじゃねぇーぞ!」

「わかってはいる、さ!」


光鎖の猛攻を掻い潜る必要も無くゼッガはアストへ向けて突撃を掛ける。

インジュが後衛として光鎖を操り、前衛のゼッガが敵の隙を突く。

打ち合わせなど必要の無い互いを知っているからこそ言葉はいらずの陣形。

連携だけで言えば、即興で組む羽目になったアストにとっては分が悪い。

それでも、インジュとゼッガが相手取る者達は、そう簡単に思い通りにさせない。


「速い・・! けど!」


無数に生成される光鎖をそのままに、インジュはカートリッジを切り替えようと動きを見せた。

その一瞬の隙、虚ろな目をした側近騎士の目は見逃すはずも無く、一気にインジュとの距離を詰めた。


「カートリッ・・・くッ!!」


手が届く距離、カートリッジを懐に回収する暇など与えられなかった。側近騎士が身体を捻り大きく振り被った瞬間、インジュは目を見開きその瞬間に意識を集中させた。

その一瞬、インジュの一歩手前の地面から螺旋に回る光鎖現れ、側近騎士を迎撃する。はずだった。


(今の攻撃を避けッ!!?)


捻った身体を一回転させインジュの迎撃をかわす側近騎士。

あまりの身体能力に度肝を抜かれたインジュは、遠心力を更に乗せた攻撃。側近騎士の脚がインジュを吹き飛ばす。


壁へと向け吹き飛ばされたインジュは、衝突手前で左手に光鎖を生成し直角に移動し激突を免れるが、一度手にした好機を逃さんと側近騎士の追い詰める。


「この人・・・強いッ!」


地面へと降り立つ寸前、着地地点を読み切った側近騎士。

インジュの目に映るのは逆手に持ったゼッガに折られた剣を振りかぶる姿だった。


「まだ・・・!」


再び光鎖を生成し着地寸前に地面へと撃ち込む。その勢いを利用し降り立つはずの身体を再び宙へと飛び上がらせ、インジュは攻撃を躱した。


「くそが、何やってんだあいつッ! 真似て現れた癖に足引っ張りやがって!!」

「相変わらず、味方には厳しいんじゃないかな!?」


蜘蛛の巣の中を踏み台に高速戦闘を仕掛けていたゼッガを真似るかの様に、アストは高速で同じ踏み場を駆け巡っていた。

インジュの作った光鎖は以前ルジェが道として使った物と同じ物、容易に触れればすぐ様拘束される仕様の物。


しかし、アストは御構い無しに、光鎖にぶら下がるゼッガへ近付いていた。


「相変わらずなのはテメェーだろうがアストッ!!!」


ぶら下がっていた光鎖を弾力を利用する様にしならせ、勢いを付け、迫るアストへ向けて急速で突撃を掛ける。

互いの勢いが衰える事は無く激しい激音と共に衝突した。


「どうせお前の事だ、これもお決まりの”理に従って”ってやつなんだろうが!」

「わかってる貰えて嬉しい限りだよゼッガ! 今も昔もッ!!!」


鍔迫り合う太刀を斬り上げ、ゼッガを押し退ける。


「私が変わる事はないのさッ!!!!」


両手で強く柄を握り、上げられた太刀を振り下ろす。

咄嗟に防ぐゼッガの鉤爪をアストの一閃は全て打ち砕いた。


「くそッ・・・」

「彼との戦いからの完治はまだだったみたいだね!」


体勢を崩し落下するゼッガへ向け最後の一撃を叩き込む為、アストは太刀を構え直す。


宙に浮く2人。上にはアスト、下へ落下していくゼッガ。その光景が全てを物語っていた。

アストの言う通り、ゼッガのコンディションは完全とは言える物では無い。それはゼッガ自身が1番わかっていた事。


わかっていたからこそ、ゼッガは普段以上の思考を巡らせていたのだった・・・。


「何をッ!?」


手に握る太刀を突き刺す。それが最後の一撃と油断したアストの目には不可思議な光景が映っていた。


拳を前に突き出した。

ゼッガの拳には何かが握られていた。


「変わらねーと豪語するお前に見せてやるよ」


ゼッガは、拳を開く。”それ”を見せつけるかの様に。

その瞬間、周囲を囲んでいた光鎖が即座に動き出した。


「それは、まさか。”あの子”の!?」


自らの身体が拘束されながらもアストは目を見開いていた。ゼッガの持つ、インジュが切り替えた”カートリッジ”を。

ゼッガが拳に密かに忍ばせていたのは、インジュがカートリッジを切り替えようとした際に回収出来ずに地面へ落とした物。


カートリッジを握るゼッガは、光鎖の主人の如く自由自在に光鎖を操り出し慢心を見せたアストを拘束したのだった。


「余裕こきすぎだ馬鹿がッ! もう身動きできねぇーだろう」

「君は・・・君は、本当に・・・」


上半身を完全に拘束されたアストの表情はカートリッジを見た時から変わっていなかった。

アストの顔はまるで奇想天外の現象を見ているかの様な衝撃を受けていた。

それは、カートリッジを使っての騙し討ちに驚いていたのでは無い。


アストの言った言葉に返したゼッガの言葉が全てだった。


「意地で腹は膨れねぇ、プライドだけじゃあ叶えられねぇ。今も鬼ごっこ続けてるあのガキと馬鹿やってわかった事、いや思い出した事だ。ある意味・・・原点回帰だアスト」

「・・・・・・」


ゼッガの言葉はアストに届いた。

その証拠と言わんばかりにアストがゼッガを見詰めていた目線は外された。

険しく、眉間に皺を寄せるアストの表情をゼッガは、決意と覚悟を決めた鋭い視線で捉えていた。


「・・・原点回帰、か」

「アスト・・・!」

「原点に・・・そこから”進めない者達”は、どうすればいいんだい? ゼッガ?」


殺意に満ちた表情。

ゼッガが初めて見るアストの顔に言葉を失った瞬間。


大広間に爆音と共に壁が吹き飛んだ。

宙に吊るされているアストは爆発の煙の中へと消えて行った。


「何がッ・・・!?」

「ッ!?」


攻防を続けていたインジュと側近騎士の注意もそちらに向けられた。何かを察知してかインジュをずっと追い続けいた側近騎士が突如として距離を取り、爆発した土煙の方角へと消えて行った。


突如して起きた爆発。それは外からの衝撃だった。

大広間での戦いは、動きを止め殺伐とした空気が嘘の様に静寂に満ちていた。


そして、この場に居る者達全員がその原因をすぐに察知した。


とある戦いが、自分達がいる場所にまで来たのだと。


「助かったよ。一時はどうなる事やら」


いつもの調子に戻ったアストの拘束は解かれてしまっていた。

そしてアストの隣には。


「おふざけが過ぎるのでは無いでしょうか、アスト様。それにはっきりと申しますと助けたつもりはこれっぽっちもありません。私は・・・」


土煙が光刃により掻き消された。


「ルジェなんて言うふざけた名前の愚か者を処分するので忙しいのです」

「人様の名前にふざけたなんて、人を蹴落としておいて得ただけの地位で随分と偉くなったものねセンナ。いや、”昔と同じ”様にルージェルトって呼んであげた方がいいかしら」

「減らず口を・・・!」

「まあ、一回待とうか・・・ルージェルトちゃん」


今にも飛び出そうとするセンナをアストは止めた。

新たな名をその身に宿すルジェとセンナ改めルージェルト。

壁が吹き飛んだ理由である2人の介入が、再び静寂から殺伐とした空気へと引き戻した。


「ふざけろドリル頭! てめぇのせいでアストの馬鹿野郎をやり損ねただろうがッ!!!」

「あなたもはやその呼び名の意味を理解しないまま使ってるんじゃないでしょうね!? 目腐ってんじゃなくて!!?」

「まぁまぁ2人とも」

「はっ! どうせ旧友の仲とか男くッッッッッっさい! 理由で拱いてたんでしょうが!? そうなのでしょインジュ!?」

「え?い僕!?あいや僕は必死で、詳しく見てな」

「そのままそっくり返してやるぜ馬鹿女! あんな雑魚、今のてめぇなら瞬殺だろうが! その何とかライトってので!! そうだろうがインジュ!!?」

「うー確かにルジェさんの方が僕よりも上手く扱え」


「貴方はどっちの味方なのッ!!?」

「おめぇはどっちの味方なんだッ!!!?」


「えぇーー・・・」


殺伐とした空気。

違う意味での空気が漂う羽目になってしまう事に、3人と対峙するはずの者達は、険しい表情のまま様子見を続けていた。


「チッ! 最近溜息ばかり増えたけど、舌打ちまで戻って来そうですわ」

「くそがぁ、何でよりにもよって、てめぇなんかと手組まねぇとならないんだよ」

「3人で力合わせて、乗り切りましょう!」

「必要無くてよ、わたくし1人で十分ですわ。だからインジュはこの負け犬の方に手を貸してあげてちょうだい」

「え」

「足引っ張りはてめぇの方だろうが。また邪魔されたら面倒なんだよ、わかるよなインジュ、おめぇはそっちだ」

「え」


「インジュなんていりませんわッ!!!」

「インジュはいらねぇーんだよッ!!!」


「・・・泣きたい」



もはやルジェとゼッガの問答のおかげで一向に盤面が進む気配が無い。

それを見てなのか、センナを制止したアストが一歩前へと踏み入れた。

その瞬間、空気が一瞬で張り詰めた。

いがみ合っていただけの2人の表情が急激に変わった。

その光景を見て、アストは不敵な笑みを浮かべた。そうなのだと、これが自分の知る2人、本来の2人。

インジュというきっかけが生んだ、考えられなかった奇跡に、アストは笑みを浮かべずにはいられなかった。


「はっきりと申し上げますわ。まだ戦うというのであれば」

「今度こそ容赦しねぇって事を覚悟しろよな」

「それは・・・この場で雌雄を決するという事かな?」


アスト、ルージェルト、側近騎士が構える。

雌雄を決する。その言葉通りに捉える者達の決意は揺らぐ事は無い。


そしてそれは3人。

インジュ、ルジェ、ゼッガも同じ。

引かないのであれば、互いの存在を賭けろと言うのであれば。

しがらみを振り切り、相対する覚悟は出来ている。


意思と意思のせめぎ合い。そこに些細な疑問が入り込む余地は無かった。

竜拝堂の大広間で、この戦いに決着を付ける。

ただその事だけに全身全霊を捧げ尽力する事こそが、今この場に集った者達の主張。



立ちはだかる扉を吹き飛ばしてでも、先を見据えたいが為に・・・。





「そこまでだよッッッ!!!!!」



そんな子供染みた主義主張を一声で収めたのは。


この竜拝堂の主である大司教のディイだった・・・。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る