第41話 導き先の訪れ


ある種の最終決戦。

アスト筆頭の王城側勢力。それに対峙したのはインジュを中心に集まった者達。元王位継承の資格を持っていたルジェ、そして戦場となった竜拝堂の主である大司教ディイの息子であったゼッガ。


両者は互いの強さを理解した上でその身を戦いへと投じていた。

横暴の阻害、きっかけはその対応であっただけかもしれないが。3人、特にインジュにとっては大きな進展を見せる事になる。


その為の第一声。

大司教として座するディイの声だった。


雌雄を決した者達は総じて動きを止めディイへと視線を移したのだった。

大司教の威厳。全員が動き止めた理由として、この場に居ない者達であれば、それだけで納得するかもしれない。だが、その咆哮にも感じられたディイの声を浴びた者達の感想はそんな物では無いと本能が理解していた。


(今のは・・・一体)


インジュは左腕を掴んだ。震えを抑える様に、飛び出そうな何かを押さえ付ける様に。


「急にうっせぇーんだよババア! 大人しく見てろ!」

「ゼッガ、あんたは黙ってな」


大広間の奥。祭壇と思える場所へディイは移動した。


そして片手を差し出した瞬間、祭壇を中心に光の波が大広間を満たした。


「魔力・・違う。この光は何?」


インジュもルジェも、見た事も聞いた事もない衝撃を受けて居た。

あまりにも圧倒されてしまっていた。

何が起きているのか、ディイは何をしようとしているのかを、この場にいる者達は知る由も無い。

光の波を存在を知り、噛み締めているゼッガ以外は。


「ババアお前・・・」


溢れ出る光りがディイの手へと集まり出した。

竜拝堂のあらゆる場所にある魔力がディイの手に吸われていた。

吹き荒れる強風がインジュ達の身を震わせながら、その時を待たせて居た。


ディイが何をしようとしているのか。戦いをやめろと告げた理由。


今まさに”その存在”が姿を見せるのだった。



「あれが、あれが・・・! ドラゴンズハート!!!」


ゲヌファーが1人、ゆっくりと祭壇へと歩み寄って居た。

まるでその姿に魅了されているかの様に、理性を失った表情を浮かべながらも、ゲヌファーはディイが手に持つ光り輝く球体から目が離せないでいた。


「あんたらの目的はこれなんだろう?」


ディイは手に持った球体をゲヌファーへ向けて雑に放り投げた。

目の前には目的の物、ドラゴンズハートが。ゲヌファーはそれを両手で抱える様に受け取ると目を見開いた。


あらゆる思考が頭の中を駆け巡った。


「はっははは・・・これが、これで、これをぉ!!!」


この場にいる全員の目がドラゴンズハートを手にするゲヌファーへ向けられる。

それはもう、戦う意味は無いという事を同時に告げられた宣言

同義。


アストは目を閉じ溢れていた戦意をゆっくりと落ち着かせ太刀を仕舞う。


「では、私達はこれで失礼致しますよ」

「・・・待ちなさいアスト」


踵を返したアストを止めたのは、ルジェだった。

振り返る事無く、アストはその場で止まった。


まるで、それを待って居たかの様に。


「再臨計画・・・、明日の朝には始まる。出来れば、邪魔は・・・しないでもらいたい、かな」


告げられた時限。

それを最後にアスト達は撤収を始め、すぐさまその場を後にして行った。


「・・ぐッ!」

「おいッ! ババア!!!」


アスト達の姿が見えなくなった時だった。戦いの最中でも悠々とした態度を持ち続けて居たディイが胸を押さえその場に膝を付いた。


いち早く駆け付けたゼッガに続き、インジュとルジェもしゃがみ込みディイを心配した。


「待ってて下さい、今治療回復を・・・!」

「いや、大丈夫だよ。少しだけ立ち眩みしただけさ。そんな事より」


ディイは大きく息を吸い立ち上がった。

そして同時に祭壇へと目を向け、進んだ。


全員がその場で、ディイの動向をただじっと見つめて居た。

再びディイは祭壇へ向けて、手をかざした。

すると、祭壇が奇妙な音を立てながら動き出したのだった。


あまりに唐突な事にインジュはただ目を点にする事しか出来ないでいたが、心は底では多くの想い無意識の内に渦巻いて居た。

胸騒ぎが激しく、祭壇が動いた先に現れた”階段”を凝視していた。


「ゼッガ・・わかってるだろ」

「・・・くそ、わかったよ」


不服な顔を浮かべ続けるゼッガに鼻で笑うディイは、現れた階段の中へとその姿を消したのだった。


「お前ら、どうするんだ。こっから先、知らなくてもいい事を押し付けられるが」


背中で語るかの如く、ゼッガは2人に顔を見せずに声を掛けた。

その言葉は止めている様にも聞こえる。しかしその言葉の裏を感じ取るにはあまりにも容易だった。


そんなゼッガの大きくも何処か孤独を感じさせる背中を見ている2人には、引き返すという選択肢は無かった。


「行きます・・・。行きましょう。きっと行かないといけない」

「ふっ・・そうですわね。相変わらず、行き当たりばったりも飽きてきた頃ですわ」


2人の決意。ゼッガを挟む様に2人は隣に並んだ。

その思い切りは、返事を返さないゼッガにとって多くのモノを与えた。

そんなゼッガの肩が小さく下がった事に、気付く者は誰も居なかった。


視線を向ける地下へ続く階段。

当然の様に真っ暗闇に覆われ、何も見えない光景が続いて居た。

それでもインジュはその先にある何かに大きな不安を抱えながらも小さな好奇心が疼いていた。


その好奇心こそが、きっとまだ見ぬ扉の鍵になるとは、この時の3人はまだ知る由も無いが。


必ず必要になるモノであると、心の奥底で確信していたのだった・・・。







インジュ達3人が竜拝堂の地下へ進んでいる時。


王城ではアストが告げた再臨計画と呼ばれる準備が進められていた。


「あら、意外ね。思ったよりも早く達成出来たようね」

「そうだね・・・。まぁきっと大司教はこうなる事を察していたのかもしれないね」


アストとネゼリアが言葉交わす王城の大広間では、多くの感染兵が作業を続けていた。

設定された指示を着々と確実に進めている様子はあまりにも異様な光景。

それもそのはずだった。アスト達がいる場所には、2人以外の人間が誰1人として居ないのだから。


「竜拝教に忍び込ませた工作員、殺してしまってよかったのかい?」

「えぇ、もうこれ以上の感染者は必要無いようですし。何よりもう増やせないでしょう? あの子達が」


感染者を増やす。その言葉がネゼリアの口から出た事にアストは何かを感じる事は無かった。

再臨計画には感染者が必要だった。

バルグ、そして竜拝教を利用して自らの手で感染者を生み出して居た。


「私が居ない間に、こんな事までやってる何てね。帝国から来た彼も利用されてると気付いていないだろうし、恐れ入るよ」

「あら、今頃になって怖気付いたのかしら? なんて貴方には1番程遠い言葉ね」

「感染者、その特性を利用して魔力の大量搾取。人徳から見ればあまりにも外れている考えだ」

「人徳なんて、私には似つかわしく無いと思わない? けれどそうね、強いて言うなら。もっともっと大きな視野で見ればこれが理に必要な事。それがわかってて貴方も首を縦に振ったんでしょう?」


ネゼリアは意地の悪い顔を浮かべていた。

長い付き合いでもあるアストの考えをネゼリアは、わかっているつもりだった。

アストという人物が人徳の外にある計画に黙って手を貸すのは、それが自らが決めたモノに反して居ないからであると。


「その通り・・だね。陰ながら成功を祈ってるよ」


陰ながら。

そんな言葉の意味を告げる事無くアストはその場から姿を消した。

ネゼリアはそんなアストを見る事無く、その場に座り込み、ただ計画の準備が着々と進んでいる光景を眺めて居た。


「成功を祈る・・貴方には視えているのかしら、この結末を」


アストの言葉がネゼリアに重くのしかかっていた。

この計画はネゼリアにとってあまりにも大きな意味を持っていた。他の者達が考えうる以上のモノであり、決して理解もされないであろう野望に近しいモノ。


長く、多く、あまりにも濃密に計画してきたモノ。それが今、果たされようとしている。


にも関わらず、ネゼリアの顔は一向に浮かないままでいた。

その理由は、自分自身がわかっていた。


「来る。貴女は絶対に来てくれるのでしょう・・・」


計画の成就がネゼリアの長年の目的。

しかし今のネゼリアの瞳には、あの光景が強く根付いていた。


数日前の、北区での光景。

誰もが目にしている方とは逆の、立ち向かおうとした者の姿。

あの日以来、その尊ぶ姿だけが、頭の中を占領していた。


そしてネゼリアは想いに耽る。あの姿のまま自分の前に立ち塞がるイメージが増長を続け、ネゼリアはその身を奮い立たせざる負えなかった。


計画の成就よりも、その光景を目にしたいかのように・・・。







王城では計画遂行の為、着々と準備が進められている中。

インジュ達はディイが向かった竜拝堂の地下を進んでいた。

インジュのウィザライトで明かりを点けなくては進めない程の暗闇。どれだけ進んでも岩壁に覆われている光景が続くばかり。


ゼッガは慣れている様子を見せながら淡々と進み、ルジェは警戒を続けながら進んでいる中、インジュは1人とある既視感を覚えながら進んでいた。


明かり1つ無い暗闇。

ただそれだけだというのに、何処か安心感を感じてしまうほどのモノがインジュの足を進めていた。


「ここだ」


ゼッガが足を止め、インジュとルジェも目の前を凝視する。

目の前にあるのは、今まで見て来た岩壁と変わらないただの行き止まり。

インジュとルジェはただ回りを見渡すが当然何かがある様には思えないただ岩壁の行き止まりであった。


「いいか、ここから先、絶対に離れるなよ。でないと」

「そうゆう言葉は意中のお方にしてくれませんこと?」

「はっ、なら試しに離れてもいいぞ。どうなるか知らないからな」

「それってつまり・・・」


ゼッガの言葉に固唾を呑むインジュ。それと同時にその言葉の真意を理解した。

今から向かう場所。そこは恐らくゼッガの様な特別な人間しか向かう事が出来ない場所であり、そしてゼッガが今と同じ様に誰かを招き入れた事が無いという意味でもあった。


「行くぞ」


間髪入れる事無くゼッガは始めた。

しゃがみ込み地面に手を当てた瞬間、インジュとルジェは脱力した。何かが2人へ作用した訳では無い、ただその現象を認識するのに脳が追い付いていない、そんな様相を見せていたのだった。


「え・・え? あれ」


まるで思考停止で数秒時間が止まり、ようやく動き出したかのような感覚が2人を襲った。

気が付いた時、目の前に広がる光景はさっきまで自分達が居た場所とはあまりにも真逆な物だった。


「何ですの・・ここ?」


不思議と警戒心は無くなっていたルジェはただ惚けてしまっていた。


上を見上げれば青空と白い雲が混ざり合った景色が。

空気を吸い込めば風が運んで来た花々の香りが。

耳を澄まさずとも小鳥の囀りや水のせせらぎが。

開いてしまっている口には自然を感じさせる物が。


ありえないはずの空間。別世界へと踏み入れてしまったのかと誤解を招いてもおかしく無い。

そんな温度差が2人の時間を一瞬止めてしまった原因であった。


そして、とある声が全身に響く事で、ここが目的地である事を思い出されたのだった。


「よく来たね、あんた達」


その声は間違い無くゼッガの親であるディイの物だった。


「・・・ッ!?」

「なッ・・なんで」


インジュとルジェは、目を見開かざるおえなかった。そんな2人を見ていたゼッガはやっぱりと溜息を吐いた。

声の主は間違い無くディイである。

しかし、目の前に突如として現れたのは大司教の姿とは全く違う物であり、インジュもルジェも初めて目にする存在であった。


「ディイさん・・・”竜”ッ!!?」



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