第30話 分岐
日が沈み、暗がりの真っ只中。人々が寝静まる時間の静寂が訪れるはずの日常。
2つの意思はぶつかり合う。敵を倒す為、誰かを守りたい為、自分の為、相手の為、何かの意思によるモノの為。
どれも2人には当てはまる事は無かった。少なからず、触れる箇所はあるかも知れない。きっかけや、要因と言った要素は含まれているかも知れない。ただわかっている事は、はっきりとした理由が無い事だけは確かだった。
「おぉぉらぁああああーッ!!!」
他人からの言葉で押し出され、踏み入れてしまった。
それでもなお戻る事なく足を動かしたのは事実であり、疑いようが無いモノ。
しかし踏み入れてしまったが故に見せられた、偽り無き光景。その光景が目に映り、多くを感じ、悩まされ、時には苦しみを覚えるのも含めて全部が自らの意思だった。そう豪語するのは早計では無いのだろうか。
見ていなかった、目を閉じていた、耳を塞ぎ、神経を無くし、遮断し続けたのが悪だと、断ずるのは横暴では無いだろうか。
「うぉぉああああああーッ!!!」
重い物を背負えば背負うほどに身動きが取れなくなり、下敷きになるのは必然。
行き先が見えていても押し潰され、見えているはずのモノに触れようと必死に手を伸ばそうと、決して重みが和らぎを見せるはずは無く、時が進むにつれ重みは増すばかり。
次第に地面に這いつくばる自分を置いて、見えない誰か達は次々と目的地へと進み続けている。
「「まだぁあーッ!!!!」」
ジタバタとみっともなく足掻きたい想いばかりが積もり続ける。
全てをかなぐり捨てたい、けれど見て見ぬ振りはしたく無い。何もかも投げ出したい、けれど必要なモノは手元に残しておきたい。
ただただはっきりしないという事だけがはっきりしている。
そんな2人を見守る者達もまた多くのモノを背負っているに違い無かったのだった。
「強情・・・強欲? まあどっちでもいいや。ネゼリアはどっちが勝つと思う?」
「突然の呼び出しに、久しぶりの外城。連れられて見せられてるのは子供の喧嘩。相変わらずデートという物を理解していないようねアストは」
遠目からアストとネゼリアは、戦いを傍観していた。
アストは2人の動きに関心を見せ、ネゼリアはつまらなそうに冷めた気持ちを見せていた。
「まぁデートっていうのは誘った側がアピールするだけのモノでは無いだろう? だから君に見て欲しかった、いや。絶対に君は見た方が良いと思ってね」
気の抜けた態度と真面目な態度。その両面を併せ持った表情のアストは、ネゼリアに向けて口を動かしながらも一切目を逸らさずに戦いを注視していた。
1つでも見逃してはならないという想いが珍しくアストから感じられていた。
「アスト、あの子をSに王位継承の資格を与えるか。それがこの戦いで決まると解釈して良いのかしら?」
「いや、断言するけどそんな事は無い。私も彼等と同じさ、この勝敗に興味は無い。どちらかの命が失われる事になろうとね」
アストは、そう言いながらも瞬きを忘れてしまっているかのように目を見開いていた。
勝敗。それはどちらかの命が失われる事で決まる結果に過ぎ無い、他から見たらあまりにも冷たく心の無い物言いに感じるであろうが、アストは本気それを思っていた。
しかし今にも自分もそこに混ざりたいかの様な高揚感をアストは隠しきれない程に膨れ上がっている事。それがネゼリアが唯一感じ取ったモノだった。
「”使い古された物”に興味は湧かない。かい?」
それはまるで先ほどのネゼリアの問いに対する答えにも聞こえる言葉だった。
一体に何を指して言った物なのか、アスト特有の比喩なのか。
ネゼリアは得意気に笑みを浮かべて答えた。
「それは一体、”どれ”の事を言ってるかしらね」
「ふふふ、君も強情だというのを忘れていたよ」
アストも返すように笑みを浮かべ最後まで見届ける覚悟を決めたかのようにその場に座り込んだ。
「いいわ、私も見届けてあげる。ただの息抜きの様な喧嘩に、何が生み出されるのか」
ネゼリアもまた決めたのだった。
2人の戦いの行く末。アストの言葉に細やかな期待を胸に・・・見守る事を決めたのだった。
戦いの雄叫びがこだまし、地震にも似た衝撃が北区を震撼させていた。
何事かと自分の住処から顔を出す者達も多くいた。
そんな北区の住人が目にした物は、あらゆる瓦礫が飛び交い、激しい音が響き渡る光景だった。そしてみな同じ事を考え恐怖していた。
だが、その恐怖はすぐに安心感へと変えられた。
自分達が住んでいる方角へ大きな瓦礫の塊が飛んで来るのが見え、声を上げようとするした直後。
見えない壁がその塊を遮ったのだった。
「はぁえー、子育てって本当に大変なんだねー。近隣住民への配慮もしないといけないとか対応力の化身だな」
2人の戦いの邪魔にならない様に動いていたのは、当然先生であり、2人の戦い前からをずっと画面越しに見ていた。
こうゆう結果になる事は自らが息子なんて冗談も含めた物言いで話す者の遅い帰宅時に察していた。
理由を聞かないのが先生の常ではあったが、不意に聞いてしまい、返ってきた言葉に驚愕してしまったのも今でも先生は信じられないでいた。
『わからないです! わかんないから・・・わかりません!!』
そんな無意味にも等しい言葉の羅列、繰り返したされては、と先生の頭の中は一気に真っ白以上の真っ白へと変わる。
そしてそんな先生を無視して自分の作業台へと急行し、あらゆる事を質問攻めされ続け、気が付いたら出掛けていた。
わからないと言っておきながらも晴れやかな顔で出て行く風景が頭から離れないでいた。
「なるほどなー。箸休めのつもりが、息抜きのつもりが、気持ちの整理のつもりが、ただの休憩が・・・全てにおいて全力疾走」
時代が進めばあらゆるモノは変わっていく。変わっていけば時代もまた追従する様に変わっていく。
以前自分で諭した言葉に先生は白目を向くかの様に実感していた。
「殴り合いは知ってる、話し合いも知ってる。けど命の奪い合いは知らないかなー。もうお爺ちゃんついて行くので必死じゃよもう〜・・」
それがまるで時代の移り変わりを見たと言わんばかりに先生は肩を落とした。けれどマスクで見えない顔には別の何を浮かべていたのだった。
「でも確かに、ここは凄い分岐。ターニングポイントなんだろうねーきっと。少年が死ぬのか、狂犬君が死ぬか・・・」
計り知れない想いを胸に先生は作業台に目を落とした。
2人の結末は当然誰も想像出来るものでは無い、先生もその1人である。
今の2人は力が拮抗しているから。そんな優劣を決める様な無粋な事を先生は考えていなかった。本当にどちらが勝ってもおかしく無い要素があまりにも多すぎる為に、いつぞやの逃走劇の様な力のみで語られる領域でも無ければ、想いが強い方がなどロマンチックな話でも無い。
この結果から繋がる未来が見たい・・・。
そんな独りよがりの妄想にも近い願望を胸に先生は1人、その為だけの準備を進めるのであった。
「あッ! 洗濯物上がったぁーッ!!!」
・
・
・
響き渡る音、吹き荒れる強風、震撼する衝撃、荒れ果てる光景。
壮絶な戦いが続く。静まりを見せる事はありえず、激しさは増すばかり。
相手が一歩前へ踏み込めば自分は二歩前へ。遅れを出したら取り戻すだけで無くもっと早く速度を上げ相手を追い抜く。
気を許す訳にはいかない。相手はまたすぐに追い抜いて来る。
動きを止めず駆け抜けながら、相手を食い止める。
食い下がる対象はもはや目の前のモノだけでは足りない、ありとあらゆるモノを眼前に捉え、耳を広げ、鼻を研ぎ澄まし、流れる血の味を噛み締め、全てをその手元に乗せて。
先の見えない未知の扉に手を掛ける為に・・・。
「散れぇええええッ!!!!」
辺りの建造物全てを破壊尽くすが如く、ゼッガはインジュを建物へと吹き飛ばす。
「ぐぅッ・・・!! まだぁあ!!!」
ただ黙って吹き飛ばされるだけにはいかなず、ウィザライトから光鎖をゼッガへと撃ち込む。直撃を免れる、その為にも大斧を振り払ったはずのゼッガの手足は分裂した光鎖により身動きが取れなくなる。
吹き飛ばされながらもインジュは全力で光鎖を引っ張り回す。
共に足場が無くなった2人は、建物を壊す様にその身体を激突させた。
「くそッ、させっかよぉー!!!」
ダメージの余韻に浸る暇無く、ゼッガは覆い被さる瓦礫の山を吹き飛ばし駆け抜ける。
ゼッガの目に映るモノ、光り輝く魔力。
「早く・・・もっと」
目を閉じ左手を前に突き出しその瞬間に意識を集中するインジュ。
最大出力での攻撃。その為の時間はゼッガの攻撃を受けて距離が出来たモノで十分稼げた。
「今だ・・・!」
目を開き、あとは左手を空高く掲げ溜め込んだ魔力を放出するだけ。
そのはずだったインジュの左腕は掴まれた。
「ッ!」
気配も無く、接近された痕跡も一切残されていなかった。本気のゼッガの接近速度は桁違いのモノだった。
左腕を掴んだゼッガは片手でインジュを持ち上げ、掴んだまま駆け抜け出した。
配慮なんてモノは最初から存在なんてしない。それを証明するかの様にインジュの左腕は間違った方向へと力を掛けられ始める。
「がぁああああああああああぁぁあああー!!!」
ゼッガは全力疾走でインジュを引きずり回し駆け抜ける。
壁があれば擦り付け、瓦礫があれば叩き付け、人形を乱暴に扱うかの様に品性の欠片も無い戦いを続ける。
「何ッ・・! くそッ!!!」
完全な優勢だったはずゼッガは、それを捨てた。
自分から剥がし取る様にインジュを放り投げる様に叩き付けた。
「てめぇ・・何しやが・・・がはぁッ!!!」
口から血を吐き出したゼッガは、大斧を地に転がし胸を抑えながら膝をついた。
内臓からの攻撃なのか、吐血の理由が思い至らずに混乱するゼッガ。
すぐさまインジュの行動を思い出す。
左腕を掴んだ時、壁に擦り付けた時、どれもインジュに怪しげな行動は無かった。
そしてゼッガは気が付いた。
自らの首元を切り裂く。すると見えないほど小さい光鎖が消滅していった。これが原因であった。
いつこんな物を付けられたのか、タイミングは至ってシンプル。インジュを吹き飛ばした時の苦し紛れで伸ばし、共々建物を撒き散らかした時だった。
不自然にも時間が掛かるような強力な攻撃をぶつけようとしたのも、目を逸らさせる為。
「がはぁッ! ぐぅぅうう・・・!」
光鎖はもう消滅させたはず。しかし毒にも似たインジュの策略は間違い無くゼッガの全身に巡っていた。
全身の中から悲鳴を上げている事を理解し始めた時。ゼッガは顔を上げた。
「はぁはぁ・・ぁはぁ・・・ぅ・・」
左手をブラブラとさせ、個性である褐色肌と銀髪は真っ赤な血に染まり、息はもはや呼吸しているかすら怪しいリズムを刻み続け、それでもインジュは立ち上がり、ゼッガのもとに歩いてきた。
「ぐぅぅぅ・・・あぁああああああ!!!」
ゼッガは雄叫びを上げながら立ち上がる。
相手はまだやれると意識が朦朧としている中立ち向かってくるのにも関わらず、自分は膝を付いている訳にはいかない。
「あぁあああああああああああッ!!!!」
誰に向けるでもない獣の咆哮。
地面に転がっていた大斧が光り輝き、宙に浮く。
朦朧としていたインジュの意識が正気を取り戻すかの様にその光景を目の当たりにし、釘付けになっていた。
全身全霊が告げている。痛みなんて感じている暇は無いと。
一度だけ見た事のあるモノがフラッシュバックされる。
記憶で過ぎったモノが今再び、インジュの目に映ろうとしていた。
そして告げた。あれは止めなくてはいけないと。
「んんんッ!!! 止める、やらせるかぁああー!!!」
使い物になる訳の無い左腕を光鎖で強引に繋ぎ合わせ、インジュは駆け出した。
左腕に回している魔力以外の全てを注ぎ左手へ集約させる。
地面を蹴り、飛んで光を纏う大斧に向けて拳を振りかぶる。
「ッ!?」
振るわれたインジュの拳は、無慈悲にも空を切るだけに終わってしまった。
勢いの余り過ぎたインジュの身体はそのまま地面へと倒れ込んでしまう。
そしてその瞬間をただ見ているだけし出来ないでいた。
「行くぞインジュ! てめぇーを・・・俺はッ!!!」
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