第29話 進む、歩く、止まらずに


少女は1人で立つ事を学んだ。

いつもの様に立ち上がるのでは無く、自らの足を自らが立つ地を踏み締める為に立ち上がった。


少女は1人で声を学んだ。

声を出し言葉を紡がなくては、人は人を呼ぶ事が出来ないと身に染みた為に、声を出した。


少女は1人で言葉を学んだ。

膨大な言葉という物を駆使しなくては、声を出そうと声を聞こうとその意味を為さない為に、言葉を紡いだ。


少女は1人で力を学んだ。

人として生きていく上で他人というモノは避けては通れないモノ、あらゆるモノを使い利用し戦う為に、力を付けていった。


少女は1人で魔力を学んだ。

その圧倒的なまでの存在は知れば知るほどに人生を変える物、願いの成就の為に、魔力を行使した。



『ここがお前の新たな家だ、励めよ』



少女は1人で歩く事を学んだ。

必ず辿り着くという意思と阻害を許さない自らの道を真っ直ぐと見据える為に、歩き続けた。


たった1つの願いの為に・・・ただ純粋に。どれだけ険しい道であろうと後ろを振り向く事無く、前だけを見据えて。




『私はルージェルトって言います! 貴女が・・・私のお姉様になるのですか?』



決して何があっても、身体が成長しようと少女は歩みを止める事は無かった。

追従を許さず、人の背中を見る事無く、前へ前へと。


多くの視線を背中から受けようと・・・前へ。









「・・・ッ」


ビックリしたかの様にルジェは目を覚ます。

ぼやけた思考を整理し、自分が夢を見ていた事に気がつく。

幼少期から成長期を超えた自身の夢。

周囲を見渡し、自分はまたあの下水道に戻ってきた事を思い出すと同時にここへ来てから夢をよく見るようになった事に大きなため息を吐く。


「こんなにも眠いのは一体いつぶりかしら」


物心ついてから今の今まで無心での熟睡は避けてきたつもりで生きて来たからか、反動が今になって襲い、鉛の様に身体が重く感じられていた。


ふと重力に逆らう事をやめる様に力を抜く。

まだ声を発する事も立つ事さえ疎かな昔の自分を思い出してしまっていた。

ただの抜け殻。中身は飛び立ち消えたのか、それとも最初から何も無かったのか、はたまた誰かに抜き取られたのか。


馬鹿みたいな事。そんな反論が最初に浮かびまだ自分は自分である事を確認出来てしまい、ルジェは小さく鼻で笑ってしまっていた。


「はぁ・・・」


それでもいいかも知れないとルジェは再び瞼をゆっくりと落とそうとする・・・。






「「どわぁああああああああーッ!!!!」」

「・・・はぁ」


まるで狙っていたかの様に大声が自室まで響き目が冴えてしまったルジェ。

現実逃避すらも許されないこの状況に絶望しながらもベッドから起き上がる。

しかし、ベッドから出る事も無く起きるつもりも無い。

まるで起き上がった事に意味を見出そうとするかのように周囲を見渡す。


「ぎやぁああああああああー!!!!」

「消火!消火!消火ぁあああー!!!」

「ライゼーションッ!」

「馬鹿それは違ぁーう!!!」


騒音は止まる事を知らずただただルジェの頭を悩ませた。

頭痛がする訳でも頭が痒い訳でも無く、ルジェは自らの頭をグシャグシャと乱しまくっていた。

当然そんな事で気が紛れる事は無い。

あまりにもグシャグシャな髪型の自分が視界に映ってしまい、ルジェは鏡へと視線を向けた。


病人の様にベッドと身体が合体した様な姿。

髪の毛はたった数日手入れを怠っただけでこんなにも変わるのだと嘲笑いたくもなるほどに酷く。


それ以上に、ルジェは自らの顔を見て、嘲笑うつもりの気力さえも失ってしまっていた。


「・・・昔の、私・・か」


鏡に映った髪の間から覗く瞳に光が一切無く、表情が人形の様に固まっていた事に気が付いてしまった。

一度は馬鹿な事と否定したはずのモノ、それが何故か今鏡に映されていた。

自らの頬を触れるも、正気を失ったかの様に本来動くはずの事を忘れたモノが感触として伝わってくる。


ルジェは考えを巡らせた。

まともに動いていると思っている思考を、回転させた・・・。


「ぁぁ・・・これダメなのね、もう」


外の騒音に対して何も感じなかった事に納得がいってしまった。

身体が思う様に動かない事にも納得がいってしまった。

自分は過去にこの現象を知っている。名前があるのかは知らないし知りたくも無いと思ったモノ。



抜け殻をただ動かしているだけに過ぎない存在。

それが今の自分だと、理解してしまったのだった・・・。








時の流れは平等であるが故に残酷だと、多くの者が知っている。

時間が遅く感じたと口にする者もいれば、早く感じたと言う者も等しく同じ時間を過ごしている事に間違いは無い事実。


真っ暗闇を進み、時間が無いかも知れないと大切に思う者。

これ以上の時間を拒絶するかの様に止まる者。


そして、ただひたすらに時間が進む事に恐怖を覚える者も、同時に存在した・・・。


「あぁー・・クソが」


ゼッガは1人、夜空を見上げていた。

一体どれだけの時間をそうしていたのであろうか。そんな事を考える事も無く建物の上で寝転びながら見上げていた。


その時をただ待つかの様に。


「どうしててめぇー等の星ってそんな光ってんだ? てめぇー等から見えるこの星もちゃんと光ってるんだろうな?」


返ってくる事の無い問いを口ずさむ。

星の輝きは、この星に居てはわからない物。星を出る事でしかその本当の価値がわからないのかも知れない。


だから今のゼッガには、この星の輝きはわからない。

もしかしたら、そんな事ばかりが脳裏をよぎり考えてしまう。それはゼッガ自身が今も思っている事であるからか。


この星はきっと濁り、今自分が見ている星々に比べて漆黒の夜に輝きを見せないままその存在を見せないままなのでは無いかと。


認めたく無い。

この星の事は自分の母親からたくさん聞いて居た。時間が許す限りずっと聴き続けていたい。

自分はどうやって生まれたのか、生まれるまでのどんな事があったのか。降臨戦争の事も、母親が知っている事を全て教えてもらった。


だからこそなのか、ゼッガには生まれたこの星が何かによって光りを失いかけていると思う様になってしまっていた。

その輝きは決して、自分が得意とする力だけではどうする事も出来ない問題。ならばもっと学を学んでいればよかったのか? きっと両方を持ち合わせたとしてもあまりにも困難であるとわかる。


では何が必要なのか。

今の自分に必要なモノ、まだまだ長い時間の波に身を置く者としてその答えをゼッガは欲していた。

きっとその答えは、正しいモノのか間違っているモノなのかは誰にもわからない。過ちとして歴史に名を刻み、この星の命運を左右するほどに発展する可能性だってあるかもしれない。


考えが纏まらない程に巡りめぐる。

今までの考え無しに走ってきたツケの代償と思う程にゼッガは考え続けた。


「光ってる星・・・か」


数日前の事を思い出す。

ゼッガが偶然に出会したモノ、北区で見た光景。


1人の少年が戦っている姿。

人々を守ろうと必死になって戦う姿にゼッガは息を止めたのだった。たった1人で感染者に立ち向かう者の姿はゼッガに多くを想わせた。


帝国兵との戦に明け暮れる毎日。人間同士の殺し合いにウンザリしていた日々を送り続け何も思わないはずは無かった。

倒しても倒しても、次々と湯水の如く敵は襲ってきた。

だから、殺す様にした。すると反応が一変し多くの者が自分を恐れる様になったのは当然だった。

それでもいい、これでいいのだと、自分に言い聞かせる様に、また多くの人を殺し続けた。


解決策なんてわからない。帝国に住まう者全員を皆殺しにすれば済む話なのではと考えない訳では無かったが、それを実行する事は無かった。

何故なら、帝国が潰えて終わる。という事は無いとゼッガは知っていた。

母親から聞かされたお話、降臨戦争の出来事を思えば答えはわかっていた。


だから全身を血塗れに染め上げようとゼッガはただ1人、明ける事の無い戦いを続けていたい。


きっと誰かが終わらせてくれる。

母親から聞いていた話の様に。

自らの手を止めてくれる”王”が現れる事を微かに願い・・・。









「きっと、輝いてます。きっと・・・」


ゼッガはただ自らの願いに飢えていた。

たった1人の子供にその眩さを感じてしまう程に。

あの日見た、今見る星の輝きにも劣らない、眩しさが今も忘れられないでいた。


「何を根拠に」


意地悪く返すゼッガ。

その自らの問いに、淡くて脆く、薄く小さい、あまりにも儚いモノを感じながら、返答を待った。


「母様が言ってました。どれだけ暗闇が広がろうと意味は無い、何故なら、たった1つの輝きが全てを照らすのだから。って」


根拠を提示しろと言ったはずなのにも関わらず、その答えは親からの言葉だった。その事にゼッガは鼻で笑ってみせた。


「僕もそう思います。だって今この瞬間、この時間があるのはきっと・・そのたった1つの輝きのおかげだと思うから」


それ以上言うなと、言いたげにゼッガはゆっくりと立ち上がった。

目を瞑り、顔を上げ再び星を見上げる。


何が必要なのか。その答えはもうそこまで来ていた。


ゼッガの隣に人影が1つ。ゼッガと同じ様に夜空を見上げる。

お互いの瞳に映る景色は一緒のはず。しかしそれは全く違うモノ、何を想い、何を感じ、何を見据えているのか。

ただ夜空を見上げているだけだというのに、こんなにも違いが多々ある事にゼッガは考えさせられた。


あと少し。本当にあと少しな気がする。

見えているはずなのに捉えられない、触れれるはずなのに届かない。

ゼッガは1つだけわかった。

そんなモノを今の自分は求めようとしているのだと・・・。







「「ッッッッ!!!!!!」」


だからこそ拳を握り振り被った。

互いの見ているモノは同じであると示すかの様にぶつかる。



「俺のババアが言ってたぞ」

「ッ?」

「あと一歩届かないなら、殴り付けてみろってな。それが壊れる様なら、その程度なのだと”わかる”はず、だってな」

「僕も・・・母様もそう言っていた気がします。だからこそ・・・」


ゼッガの拳が押され始める。


「手加減は絶対にしてはいけないって!!!!」



先を見据える。

その為にも今を・・・。目の前のゼッガを・・・。

揺るぎない目で捉え続けるインジュの拳は、ゼッガの顔面を殴りつけたのだった・・・。






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