第31話 アンサー
「怖いよぉー」
「大丈夫、きっと大丈夫よ」
北区の教会。セトナは怯える子供達なだめていた。
実際にはインジュとゼッガの戦いの被害は先生の魔方陣によってほぼゼロに等しい。
それでも衝撃や音だけは、住民に恐怖として与え続けているしまっている。
戦いが始まり数時間の時間が過ぎてもなお終わりが見えないモノ、事情も状況も不明なモノに人々はただ怯えて過ごすほか無かった。
「ッ! こら2人共! 危ないから戻って来なさいッ!!」
なだめていた子供達を老婆に任せ、セトナは外にいる子供2人のもとへと向かった。
教会の外に出てすぐに駆け寄り2人の手を取ろうとしたセトナは動きを止めた。
2人の子供は起きている騒動の方角をただ見ていた。
まるで何かに惹かれ魂が抜けたかの様に、瞬きもせずにジッとその場で佇んでいた。
「なぁ、何が起きてるんだ」
「わかんない、けど・・・」
「・・・うん」
2人は呟く様に言葉を発した。
セトナもまたハッとなり2人を優しく抱き締め、諭し、教会の中へと戻るのだった。
教会の中へ戻るまで、2人の子供は、お互い強く手を握り会っていた事を、セトナが知る事は無かった・・・。
・
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一体何が?
これまでも多くの事態にその疑問を投げかけ続けて来たインジュ。
謎を謎として残し続けながらも何とかここまでやって来れた。当然、自分だけの力でなんて微塵にも思っていない。
多くの偶然と多くの人達のおかげで自分はここに立っていられるのだからと。
しかし、今のインジュには、その言葉が出てしまうほどの状況におかれていた。
何か予想だに出来ない事が起きたわけじゃない。感じてしまった疑問の答えなんてモノはわかりきっている中で、そう思ってしまうほど。
対峙する相手が強過ぎた。ただそれだけの話だった。
「ぐぅぅッ!!!」
インジュはウィザライトのカートリッジを取り替えた。
わかっていた。本気のゼッガを相手にすると決めた時から、それと戦う事を1番最初に考えるほどに理解していたつもりだった。
王城で自分を助けてくれたゼッガ、その時のゼッガは間違い無く全力を見せていた。
大斧を外殻として、自らの一部へと変貌させたモノ。その力は囚われていた自分にもわかるほどに強力だった。
強力だとわかっていたからこそ、インジュは少ない時間をその対策の為に準備を進めていた。
それでも左腕一本が犠牲となったが、インジュの中では左腕だけで済んだとも考えていた。
だとしても。
「エレメタル・ファイア・・・!」
新たなるカートリッジをウィザライトに装填する。
インジュの左手が赤く燃え滾る。前方に構え炎を纏った光鎖を撃ち込む。
これがインジュの準備。少ない時間で開発した新たな力だった。
先生の資料を読み漁っていた時に見つけた属性と呼ばれる魔力の特殊要素を取り入れた代物。
ウィザライト本体では無く、カートリッジ式で多様性を重視するという点はインジュの発案であり、今すぐに自分でも出来る事として開作り上げた。
「いっけぇええぇえー!!!」
炎の光鎖が次々とゼッガを襲い、爆炎を撒き散らかす。
ゼッガが攻撃を弾こうと爆発を起こし、ゼッガを炎で包み込む。
「・・・くっ!」
「エレメンタル・・・サンダー!!」
再びカートリッジを取り替える。
装填されていた赤色のカートリッジはウィザライトから飛び出し放物線を描く様にインジュの懐へと戻った。
そして新たに紫色のカートリッジが装填された瞬間、左手のウィザライトが纏っていた炎は雷へと姿を変えた。
「これでぇええええッ!!!」
目にも止まらぬ速さで雷の光鎖はゼッガへ襲い掛かる。
対象を貫き通すかの如く、インジュの放った光鎖は全て直撃しゼッガの身動きを鈍らせていた。
「くそがぁああああー!!!」
両手を広げ、外殻の爪を地に引きずりながらインジュへと接近する。
インジュはその場から動こうとせずゼッガを迎え撃とうと構える。
鉤爪が振り上げられ完全にインジュを捉えたとゼッガは確信し振り下ろした時。ゼッガは目の前で起きた現象に驚愕した。
鉤爪でインジュを切り裂いたはずが、ゼッガが切り裂いたのはただ”水”だった。
「ッ!!?」
そして水を裂いただけの鉤爪はそのまま地面へと叩き付けられるはずだった。しかしゼッガはその感触を感じる事無く体勢を崩していた。
何が起こっているのかとすぐさま足元に視線を落とすと、そこは底の無い湖の様な場所へと変貌していた。
エレメンタル・ウォーター。
インジュが構え狙っていたのは、水色のカートリッジを使った物。ゼッガを水没させようとしたカウンターだった。
「舐めんじゃ・・・!」
全身を水の中へと浸らせる訳にはいかないと、すぐさまゼッガは抜け出そうと魔力を込めた。
しかし、瞬時に込められた魔力を使いその身を飛び上らせようと踏ん張ったはずの身体が、動かなかった。
ゼッガはすぐに気が付いた。自らに体内に残っていた物、それは水に浸る前の雷。
あまりにも微々たる物だと油断していた。インジュが貫き通した雷は水に浸った瞬間にその姿を増長させゼッガの動きを鈍らせるだけで無く、水の中へと追いやったのだった。
ゼッガは水の中で一度体勢を整え周囲を見渡す。微かにインジュもこの水の中にいる気配を感じていた。
インジュの考えは、理解出来ていた。だからこそゼッガはこの先の事がわからないでいた。
炎、雷、水。3つの属性を活用し自身を捕えたのはわかるが、今の状況、水の中にいる自分へどう攻撃を仕掛けてくるのか。
炎は無駄になるはず、雷は自身も巻き添い受ける可能性がある、であれば水の属性が濃厚。
そしてその問いに答えるかの様に大きな揺れと共に渦が発生した。
勢いが増し続け、ゼッガ自身が身体の自由が効かなくなったと感じたその瞬間。
「いっけぇえええええええええーッ!!!!」
渦が巻かれる逆方向からインジュが猛スピードで水中を駆け抜けてきた。
「アブソリードッ!!」
完全に反応が遅れてしまったゼッガは、現れたインジュの左手を見て驚した。
ウィザライトに纏わせていたのは、炎でも雷でも水でも無い。
ただの巨大な”岩の塊”だったのだ。
「グランドスパイラルッ!!!」
高速で回転した岩がゼッガを押し潰す。
「うぅぅおおおおおおおおおお!!!!」
インジュの勢いは止まりを知らず、作り出した水中の領域を飛び出した。
ゼッガを回転する岩の先端に捕えながらあらゆる物を突き抜けていく。
壁や建物、多くの物を巻き込みながらインジュは突き進んだ。
これが本当の最後だと、これが準備してきた全て。自分がゼッガへぶつけられる全て。
ゼッガの強さは身に染みる以上に感じていたからこそ考え抜いたモノ、従来の攻撃では歯が立たない事は目に見えていた。であればこそ、ウィザライトという与えられた器具を全面に押し出す方向性で息を付かせずに全てをぶつけようと。
「これで・・・終わりに」
ゴールは見えた。
先生が張っている結界状の見えない壁。そこにゼッガを叩き込むだけ。
これで終わり。
インジュが口にしたモノの意味は単純なモノである。
ゼッガを殺す。
その結果だけが残ってしまうと脳裏に過る。
わかっていた事ではあるが、望んでいた訳では無い。
お互いの全力。
今この瞬間ではその価値を見出す事は出来ないかもしれない。その可能性に賭けてしまう事でしか、ここまで互いに鎬を削る事は出来なかった。
だからこそ、互いにその結果を受け入れる覚悟は、出来ていた・・・。
「・・・あばよ、インジュ」
「ッ!!?」
それが最後の言葉。
その意味は完全に真逆の物だった。
「そん・・・な」
ゆっくりと崩れ落ちていく。時間がゆっくりに感じられるほどに、インジュは、見ている光景を受け入れる事が出来なかった。
左手に纏った巨大な岩の塊が、崩れていく。
「・・・・・・」
伸ばしきった左手はゼッガの胸に止まる。
言葉が出ない、頭が回らない。
ただ目に映る事実という光景を受け入れる事に全神経が注がれてしまっていた。
見上げた先で、インジュは息を飲んだ。
「よく・・・わかった、助かった」
全てを悟ってしまったかの様な、凍える程の冷たい瞳。
「待って・・・くだ」
もはやインジュの言葉は届く事はなかった。
返されたのはゼッガの瞳と同じ、冷たくも無慈悲なモノ。
「ぁ・・・ぁあッ」
ゼッガの爪が腹部を貫く。
しかしインジュは自分が貫かれた事すらも気付かないほどにゼッガの目をずっと見ていた。
その意味をインジュは知っていた。その瞳と、流れる涙の理由も。
「・・だ・・・や・・」
「先に行け。全部終わったら・・・また、すぐに追い付いてやる」
「・・・や・・だッ!」
「もう・・泣くな。お前はもう、そんな顔しなくて」
「いやだぁあッ!!!!」
互いに流す涙の意味は互いに理解しているモノだった。
こんなにも必死に、こんなにも全力で、こんなにもはち切れる想いを抱いたとしても。
光は、ただ光のままだった・・・。
「あああああああああああああッ!!!」
慟哭と共に左手を振り下ろす。
自らを貫いている物に叩き付けた左手は、呆気なく・・・粉々に砕けた。
それは、インジュにとって何よりも大事で、誰よりも望んだ物。
あまりにも呆気なく、簡単だった。
夢は所詮は夢でしか無く、ただ儚く砕け散った。
「行かせません・・・絶対」
あらゆる想いが込められた、2つの涙は地面へと零れ落ちた。
それは何者も叶えられないと悟ってしまった物。
夢が叶い強大な魔力を扱えようと、王位継承という資格を持とうと。
誰にも真似出来ないモノを得ようと、叶うはずが無いと悟ったってしまった問いに。
「これは・・・」
世界が答えたのだった。
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