第25話 襲撃
「また来るぞ!! 正面!」
セトナと別れ1人、ルジェは自らを付け狙う敵へと向かう。
全てを薙ぎ払う魔力の光線。妨げる建物は容赦無く破壊し、目標であるルジェに襲い掛かる。
建物をつたい上空で回避するルジェ。その身のこなしはそう簡単に真似出来る物では無くあのインジュでさえ舌を巻く程の物だと先生は驚いていた。
魔力が一切使えないインジュは、つい最近その魔力が使え学びを得ている最中でもある。
しかしルジェはインジュの逆の存在と言っても良い程に魔力の扱いに長けていた。
魔力から流れを感知し回避するタイミングは鮮やかであり、魔力を自らのどの部位に通して動かすか、先生は髪の毛一本からでも出来るんじゃ無いかと感心する程の物だった。
ルジェという人物を見誤ったつもりは無かった。
しかし先生は、問答無用で逃げるだけの指示をした事を少しばかり後悔をしていた。
「それで勝算は? 武器はお持ちかい?」
「まさか。どっかのお節介が忍ばせた金貨ならあるけれど?」
「弾いて飛ばして攻撃してみますか? 電撃と一緒に」
何を言ってるんだこの不審者はとルジェは冗談を流す。
とは言え先生の言う通りでもある、勝算という物を視野に入れての行動だったとは胸を張って言えない。
「んッッッ!!!」
敵からの光線は、時間が経つにつれ増す一方。
まだ接敵する距離はあるにはあるが、こちらから仕掛けるにしても何か名案が思い付く訳では無い。
考えを巡らせている中、再び光線が自らの横を通り過ぎた。
光線の傷跡が容赦無く残る。
誰も住んでいない廃墟、それでもこれは人が作った人工物であるのは変わらない。それがただゴミの様に破壊されている光景がまさに現実を見せている様だった。
「チッ・・・やっぱり、こちらから向かいますわ」
「んーーーわかった」
ルジェは動く。
このまま周囲を巻き込みながらの戦いにもならない戦いに嫌気がさし前進する。
建物から建物へ移るように前へ進む。このままいけば敵の面を拝める。自分をここまで追い込んだ化け物はどんな面をしているのか拝んでやると意気込む。
「ッ!? ちょっと・・これどうゆう!」
「これはま・か・・、少・・・て! い・・復旧す・・」
急停止したルジェ。敵を常に捉えていたはずの敵の位置、赤いアイコンが突然消えた。
そしてさっきまでやかましい程に五月蝿い先生の声にノイズが交じり聞き取れなくなる。
「・え・ぁ!!!」
何を言っているのかはわからない。しかしルジェはその意味を理解しすぐさま上空を見上げる。
黒い点が落下してくる。それがルジェの肉眼で何なのかを知らせるのに時間は必要としなかった。
「チッ・・!!!」
大きな舌打ちをしながらも即座にその場から高速で移動し回避した。
上空からの襲撃。
ルジェが居た場所は地面を瓦礫へと変え吹き飛ばしていた。
土煙で視界は遮られているが、敵に動きが無い。
警戒を怠らずにただじっとルジェは待ち続けた・・・。
「・・・何、”これ”」
敵の正体がルジェ目に映った。
これ。ルジェにはそう表現するしか持ち合わせていなかった。
真っ黒な外装。鎧とは一切違う装飾は一切無い姿。
それはただそこに立っていた、2本の足で。
人。普通ならそう思う形状をした存在、しかし外装は手足も頭から先の先まで隅々まで覆われ、まるでそれが生まれた姿と言いたげに不気味さを演出していた。
異質、言葉が詰まる程の異様な存在がルジェを追ってきた正体だった。間違い無くセトナと別れたのは正解だった、強がりの笑みをルジェは浮かべた。
「ぁーんぁー。ご機嫌よう、元王位継承3位の元・・ルージェルト殿」
「その声・・・ドクター、ドクター『ワクレギ』!?」
目の前にいる黒いモノからの声が、ルジェを刺激した。詳細は不明だが、恐らくは遠隔からの音声であり、黒いモノが直接喋っている訳では無い事をルジェは察する。
そしてルジェは改めて息を飲み込み気を入れ直した。
ドクター・ワクレギ。それはルジェが1番嫌いな存在である王位継承2位であるネゼリア、その側近であり、ルジェはいい年こいたオッさんの癖に気持ち悪くいつも視界に映る度不気味に思っていた存在だった。
ある意味で納得はしてしまった。こんな黒い化け物を作れる人間なんてこの世界にワクレギだけである事を。
「それで、わたくしに何用かしら? そんな物騒な物まで使って」
「いえいえ、これは出来立てでしてね。お恥ずかしながらついでに起動実験をさせて頂いたまでです」
白々しい物言いにルジェ嫌気が込み上げていた。
ワクレギが言っている事は正しいかもしれないが、自分の作った物をただ見せびらかしたいだけにルジェには思えたのだった。
ルジェがワクレギを敬遠していた理由を堂々と披露され顔に力が入ってしまった。
「本題・・本題ですか、がが、ぐぅふふ」
音声の不調?
ルジェは違う事を知っていた。ある種の発作だと。
「どうしててて、あなた私のへへへ兵士の追跡を免れて居たのですかかかかか????」
口調が滅茶苦茶、絶対にそれは本題では無いと察するも気を緩めずに黙ってワクレギの言葉を流す。
「完璧だったはず・・まただやっぱり”なんかいる”んですよねぇー。あの子供・・ダークエルフの時もそうだだだだだだ」
協会のあの子供に見せてやりたい気持ちが浮かんだ。あれこそが本当の情緒不安定と呼ぶ物だと。
しかしルジェはワクレギの言っている事を理解した。
なんかいる。そのなんかの正体に心当たりがルジェにはあった。
突然通信が途絶えたあの不審者の事を言っていると。
「ぁー・・・失礼取り乱しました。本題と言いますか」
空気が一新する。
それは誰もがわかる時間の流れが動く瞬間の物。
「ふへへ・・・おわかりでしょうに・・!!」
黒いモノが動き出す。
前に掲げられた手が光り輝く。魔力が瞬時に注がれルジェへ目掛けて放たれる。
禍々しい光りの光線。こんなにも予備動作も無く放っていたのかと避けながらも考えてるルジェ。
ここまで近ければもはや警告サポートも意味を成さない。自分1人でも判断はつく。
「フレグランススワロー!!」
ルジェの周囲に光鳥を展開する。
いつぞやのインジュへ向けて放った物と同じ物、しかしあの時とは断然違う。出し惜しみをしている余裕が無い事をルジェは理解している。
もはやこの一撃で終わらせる勢いで魔力をふんだんに利用し大量の光鳥を生成する。
「行きなさいッ!!」
敵は一切避ける様子を見せない。
であれば、まだ戦い用はある。
全ての光鳥を一点集中で全て叩き込む。
「無駄ですよ!!」
敵にルジェの攻撃は物理的に届いているはずだった、しかしどれだけの光鳥をぶつけようと怯みすら見せない黒いモノは、大きく一歩踏み出した。
黒いモノの足から真っ直ぐにルジェへ向けて地割れが襲い掛かる。
すぐさまルジェは攻撃を中断し横へ大きく飛んで避ける。
しかし逃げた先には、敵が待ち構え、ルジェを殴り付け大きく吹き飛ばした。
「ぐ・・ぁッ!!!」
建物の壁を貫きそのまま中へとぶち込まれるルジェ。
激突した衝撃が一気に全身を破壊した。
たった一撃。不覚を取ったわけでは無い。ただあまりの早さに反応が出来なかっただけ。
おかげか、ルジェは確証を得られた。
「あれは・・ぐぅぅ・・人間じゃ・・・無い」
ただ形が人間に酷似しているに過ぎない。
異常なまでの魔力、全てを拒絶するの固さ、そして常識ではあり得ない速さ。全てにおいてあの存在は常軌を逸していた。
「ぐぅうぅ!!」
完全に当たりどころが悪過ぎた。この状態での戦闘は到底考えられない。人外を相手に考えるならばなおのさらだった。
それでもルジェは歩いた。腹部の内出血を手と魔力で抑え、バランスの取れない体を壁に擦り付けながらも、建物内の階段を進む。
「んぅ・・くぅぅ・・・それでも、まだ!」
勝算は、最初から存在しなかった。
しかし見えた物はある。
ルジェの取る道。あってないような選択肢をただひたすらに思い浮かべる。
それが出来れば自分の勝ち。そう自らに言い聞かせるしかなかった・・・。
ルジェが吹き飛んだ建物前。黒き人外の存在はその建物を見上げていた。
北区には珍しい大きな建物。降臨戦争時の軍事支部の1つ。
ルジェがそこから出た形跡は無いと把握し、ワクレギは黒き人外経由で魔力探知をする。
「ふむ、小賢しい真似を。腐っても元王位継承の資格を持った者という事ですね、往生際が悪い」
外からルジェの魔力を追って探すも見つからない。
ワクレギが探知出来た物は、多数のルジェと同じ魔力の反応であり、どれが本物のルジェなのか見定める事が出来ないでいた。
「建物ごと全てを壊させるのが目的か、まぁいいでしょう。お遊びに付き合ってあげましょう」
ワクレギは指示を出す。建物の中へ向かうように。
「ん? おや、反応が鈍い・・・。微調整、少しだけ見直しが必要ですか」
黒き人外が右足を引きずっていた。
右足だけでは無く、ルジェを殴り飛ばした腕もまた妙な違和感を覚えさせていた。
ワクレギがルジェに言った実験は嘘では無かった。実際にワクレギにとってこの戦闘での得られる情報というのは次に繋げられる物であった。
相手があの元ルージェルトであればなおのこと、自らが進んで協力する道理もあるというものだった。
そしてまるで何も無かったかのように黒き人外は再び歩き始め、建物の中へと入っていく。
「ふん、子供騙しを。時間稼ぎのつもりですか」
ワクレギが最初に視界に入れた物。多数あるルジェの魔力反応の正体。
それはルジェが魔力で生成したフレグランスワロー、光鳥だった。
ルジェの敵が自身をどう探知しているのかわかれば対応は必然。そしてそれは上手く通用していると言っても過言では無かった。
ワクレギは眉間に皺を寄せて光鳥を自らが踏み潰すかのようにして消滅させた。
「隠れんぼは、やめませんか? さっさと出てきて下さいよ。こう見えて結構忙しいんですよ僕は」
建物全体に聞こえる音量でワクレギは通信越しに愚痴をこぼす。
「なら・・はぁはぁ・・・さっさとおかえりになられてはいかがかしら、わたくしも・・ぅ、お買い物の途中でしたのよ」
ルジェの声が返ってきた。
その瞬間に声がした方角へ向けて魔力の光線が飛ばされる。
しかし壁を貫通し命中したのは、またしても光鳥だった。
「ふふ・・へへへ。楽になってはいかがですか、重かったでしょうに王位継承という重役から解放されたのですから」
「貴方こそ、素敵な玩具が完成したのですから。余裕の出来たはずの時間を言葉の勉強に当ててはいかがかしら? どれ程の知識をお持ちか存じ上げないですが、程度が知れていますわよ」
ワクレギは再び、光鳥を消滅させていた。
黒き人外は階段で上へと登っていく。ルジェの痕跡を追うようにして。
「ふへ・・へへへへ」
着々と上へ進んでいく。まるで見えているかのように。
当然ワクレギはただ意味も無く進んでいる訳では無い。とある物、魔力では無い別の物を追うようにして進んでいた。
「ならば、教えて頂けませんか? 言葉遣いというもの・・・を!!!!」
とある個室。その出入り口を吹き飛ばした、中へと入って行った。まるで確信があったかのように。
「ようやく見つけましたよ。謀反者さん」
ワクレギの思惑は当たっていた。
部屋の隅には口から血を垂らし、腹部を抑え、息を荒らしているルジェの姿があった。
「はぁはぁはぁ・・・意外に、早く来られたのね」
「それはもちろん、これまで流血などした事の無い貴女だ。そんな状態なのですから、気を回せなかったのも頷けますよ」
口から垂れているルジェの血が点々と出入り口からここまでの道程を示してしまっていた。
「・・・情け無い限りね。わたくしが、貴方に・・そんな玩具に負けるなんて」
「玩具・・・? ふへへ、冥土の土産に教えてあげましょう」
完全に敗北を諭したルジェにワクレギは、黒き人外にとある指示を送る。
すると突如自らの腕を引き千切って見せた。
真っ黒の外装から見えるのは、真逆の色の白色。
ルジェはそれを注意深く凝視した。
「まさか・・・これはッ!?」
「そう、貴女の想像通り・・・元”感染者”ですよ」
まるで血の様に垂れ流される白い液体。ワクレギは得意げに説明をした。この正体の事を。
感染者を特殊な器具で圧縮し液体状に変化させ、この真っ黒の外装へと閉じ込めた。
外装は身を守る役割以外にも感染者の新たな器としての役割を与えた物、そして外装から出た物はルジェへ向け実演している通り、消滅していくのだった。
「これぞ新たな傑作、僕が作った。”感染兵”ですよ」
感染兵。それが黒き人外の正体と名前だった。
そして感染兵は再び千切った腕をまるでパーツの着脱の如くはめたのだった。
「こんな物作って、一体何をしようというのよ。帝国を滅ぼそうとでもする気かしら?」
「帝国? 何を今更。これも全てネゼリア様との目的の為・・・それ以外に何があるというのですか」
ネゼリアの為だとワクレギは答えた。感染者の対策組織を作りながらも感染者を利用する。それが本来の目的であった事を今になりルジェは知り得てしまった。
そして先日の警護団会見の時をルジェは思い出した。
新しく着任したバルグ。そのバルグがあの薬、人を感染者へと変える薬を作っていた。
ルジェにとっては部下の部下としか思っていなかった小物のバルグ。それがまさかあのネゼリアと繋がっていた可能性が高くなった。
「・・・違う、まさか”わたくし以外”。という事は」
「おや、今頃になって気付いたのですか。全く”あの者”にも困った物です。処分の仕方というのを心得ていない」
これでもうお終い。そう言いたげに感染兵をルジェに接近させる。
感染兵の右手に魔力が集まる。これを今から誰にぶつけるのか、そんなものは言うまでも無い。
そして手のひら、集束した魔力を倒れ込んでいるルジェに向ける。
これで終わり、だと。
「そうね・・・。心得は大事ねッ!!!」
ルジェが息巻いた瞬間、それは起こった・・・。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます