第24話 慈悲
「いいいぃぃぃぃいぃぃいいはなしやねぇえええええええええええええ!!!!!!!!」
「ッ!!?? ビックリしたぁ・・・」
「おぉーインジュ少年、おかえりなさいな」
「はい、ただいま戻りました。大声出してどうしたんですかもう・・、何か出来たんですか?」
「そんなまさか! 成熟しきらない果実がふと下を、足元に生える発芽前の存在に気付くのだよ! その芽は果実なのか美しい花になるのか誰もわからない・・・しかし!! 芽はただひたすらにその身を咲かせる事に懸命にではないか! 結果など必要では無いんだ、果実になろうが花になろうが今は関係の無い話・・・今この瞬間、そう! 戻す事の出来ない時の歯車の中! その尊さは、一体果実にどう影響を及ぼすのか・・・素晴らしいとは思わないか」
あぁー・・・。と言葉にもならない声を出しながらインジュは口を開けたまま天井を見上げる。はたから見たら完全に阿呆の光景ではあった。
「僕は・・・僕はそんな尊い物がたくさん生まれて、長く続けばいいかなって思います」
「300点満点の答えありがとうインジュ少年。流石私の息子兼弟子だ」
「盗聴は程々にしてくださいねー・・」
完全にこれが日常化されて早い段階で慣れきったインジュ。
外出用の荷物を自分の作業台に置くと、すぐにさま様子を伺いに元自分の部屋へ向かう。
しかし1番最初に目にしたのは、扉前に置いてある一切手が付けられていない食事だった。
食べてないのか、と思ったら矢先。部屋からの気配が無い事に気が付いた。
「先生ー! ルジェさんは!?」
「家出ー」
「せ・ん・せ・い!」
「冗談冗談、外出中だ。恐らく今日は帰る事は無さそうだから君もゆっくり休みたまえよ。食事は私が後で美味しく頂くよ」
「はぁー・・・わかりました」
ルジェが外出。その事に色々な想いを巡らせながらインジュは休む為になのか自分の作業台へと腰を落とす。
チラ見する先生。妙なところまで似てしまったか何て思いながらも黙って作業台で新聞を広げていた。
「今朝の件、やっぱり先生の言う通りでした。及第点ではありましたがまだまだ爪が甘かったです」
「ははははは、理想は高くは非常に悪く無いが、気は落とすなよポテンシャルが落ちる」
ポテンシャル。
その言葉にインジュは改めて気合を入れる事にした。
お互いに決めた就寝時間までまだ時間はある、頭の中である程度の目処を付けて作業台に乗り出した。
(全く、良過ぎる弟子も考え物だ・・・。仕方ない、弟子に負けない為と、もう1人の娘の為に・・・あとちょっと頑張りするか)
新聞を折り畳み、先生もまた作業台に乗せていた足を下ろしたのだった・・・。
一切会話の無い空間、物と物がぶつかる音などが響くそんな不思議な時間を、2人は気持ち良く過ごすのだった・・・。
「盗聴は程々に」
「あははー・・」
それを最後にお互い決められた約束を破り就寝時間を超えるのは必然だった・・・。
・
・
・
協会で過ごした1日はルジェにとって驚愕ばかりの出来事だった。
子供達は問答無用で失礼な事を多くするのは当たり前、セオリーもモラルもへったくれもない、ある意味で常に前線で戦わされているかの様な緊張感を与えていた。
しかし、そのおかげなのか。自分でもビックリするくらいにぐっすり寝てしまっていた。
今まで自分で起床する日々を続けていたのにも関わらず、その日はセトナに起されてとてつもない顔だったと茶化されていた。
「ふふふ、ごめんなさいルジェさん。そんなに怒らないで下さい」
「別に、怒ってなんていないわよ! 早く忘れなさい」
2人は、並んで外出をしていた。目的は単純に買い出しである。
北区には当然、表立ってのお店があるとは言えない。よって目的地は1番栄えている東区では無い、逆の西区へと向かっていた。
東区は警護団の本部がある場所。東西南北で隔てているもののほぼ各地域で成り立っている部分が多くある。その為、東区はどうしても1番栄えている事からか北区からの人間を毛嫌いする傾向があった。
しかしルジェとセトナが向かっている西区はそういった傾向も無ければ、北区からの拒みも他に比べて無く寛容である。
「付き合ってくれてありがとうございますルジェさん」
「そんな大層なものじゃないわ、彼処に居続けたら何されるかわかったもんじゃないからよ。それにわたくしはわたくしでやる事があるのよ」
意地っ張りの如く腕を組むルジェ。
そんなルジェに対しセトナはニヤリ顔で相変わらずフードを外さないままの顔を覗き込む。
「やりたい事、って?」
「それはー・・・情報収集にえーっと武具とか・・情報収集とか・・・情報収集とか」
「当てはあるんですか? あと・・・お金」
「ふっ・・舐めないで頂戴、わたくしを誰だと思っ・・・おも・・おも」
まるでセトナに見透かされているかの様に青ざめるルジェ。これでは本当にただの馬鹿では無いか。そんな事すらも気付けないルジェの顔は赤くなったり青ざめたりと忙しかった。
ついつい自身の持ち物をセトナに見えない様に弄る。
当然、あの下水道でインジュに見つけてもらってから何かを入れた覚えは無いし、こんな事になるからと持ち物を入れていたはずも無く・・・。
「あっ・・・」
貴金属がぶつかる音。小さくて硬い感覚。
幼少期から今の今までその感触に触れた事はあまりにも稀だった事を脳裏に流しながらも、わかる物。
「ほほほ、ほら見なさい! ちゃんとお金はあるわよお金!」
「えっ!? 金貨!? ぁぁ、なんかごめんなさい変な事言って」
言葉の知能指数が明らかに落ちてしまっている事を自覚するルジェ。
きっとあれもこれもあの馬鹿2人のせいだ。
『あれれれれれれれれれれルジェお嬢ちゃん、お金使っちゃったのおおおおおお????? 無駄遣いしてないでしょうねぇえー??? 何買ったかちゃんと見せなさぁあああい!!!!』
あの胡散臭い完全防備変態不審者の言葉が脳内で再生されてしまった。
幻聴では無いが、それはあまりにもルジェにとって大きなダメージを与えた。簡単に再現再生が出来てしまった自分の頭を一度大きくぶつけてやりたくなってしまった。
「あのー・・・ルジェさん。あまり踏み入る事はしないつもりですけど、もし悩みとかあるなら私に話して下さい、お力になるかわかりませんが。よかったら聞かせて下さい」
「あ、いや違うの・・・これは違うの本当に、悩みではあるけど解決とかそうゆう問題では無いの本当に」
またしても大きく肩を落として溜息を漏らしてしまうルジェ。本当にあんな事があってから今までの人生の中で間違い無く溜息の回数が跳ね上がっていたのがわかる。
出来れば吐いてばかりはいられないこの状況を整理したい気持ちでいっぱいなのにも関わらず。まるで拒んでいるかの様にも取れる感覚がルジェの思考を乱していた。
廃墟にも等しい景色が徐々に変わりつつある時。
ルジェは、大きく息を吸った。それは乱し続けている思考を一度落ちつかされる為。回らない頭を一度クリアにし言葉を選別する。
そして、後はそれを自らの口に乗せるだけ。
「ねぇ・・・セトナ」
「ん? はい」
立ち止まってセトナへと問い掛けた。セトナも自然と足を止め振り向く。
フードで見えないはずのルジェの目を見るように視線が向けられた。
「あなたは・・・好きかしら、この世界が」
あまりにも突拍子も無い質問。それは問い掛けたルジェ自身が1番にわかっている事。
しかしそれでも聞きたいという欲求が上回ってしまった。
セトナは目を見開いて驚いていた。
当然の反応である。つい昨日出会って間もない、マント姿でフードを被って顔をしっかり見せないわけもわからん人物。そんなのに急に世界がどうこう言われたら茶化すか質問の意味を問い返すのが当たり前だ。
「んーーー・・・」
そんなマイナスな思考を続けていたルジェの真剣な目に映ったのは、顎に手を当てるセトナの姿だった。
何故そんなに真剣に考えているんだ? 馬鹿にするか、お笑いの種にでもしてくれれば幾分か気が晴れるというもの。
しかしルジェにはわかっていた。それはさっきセトナが言った言葉通りなのだと。
悩みがあるなら話して欲しい、よかったら聞かせて、と。
つい、馬鹿コンビの小さい片方を思い出してしまう。
恐らく、よくも知らない人物だが、間違い無く目の前にいるセトナのような光景を生み出すはずだ。
ルジェは新たに悩みの種が生まれてしまっていた。
なんで、こんな事になってからというもの、こんな人間ばかりに直面するのだろうか。
(こんなにも・・・こんな人達が・・・どうして)
セトナはまだ考えている。
ルジェはまた、溜息を吐いた。いつもよりも静かに、そして小さく・・・。
「ごめんなさいセトナもう・・・」
それはルジェがセトナに声を掛けようと歩み寄った瞬間だった。
「逃げろルジェ嬢、これは幻聴じゃない、急げ」
「ッ!!?」
真面目なトーンの先生の声が耳に入る。
それと同時にルジェの視界には、突如立体画面が姿を見せる。その画面がこの地域のマップであり、青いアイコンが今自分達がいる場所である事を即座に理解する。
そして危機感を知らせるかのような赤いアイコンが、徐々にこちらに近付いてきていた。
「セトナごめん!!」
「え? あちょうわぁあああああああ!!!」
魔力をセトナを掴む手と自らの足へ注ぎ光らせ即座にその場から離れる。
再び視界の邪魔にならない所に移動している画面を確認する。
向かうべきルートの記載。それもかなり正確に書かれている。案内通りにルジェはセトナを引っ張りながら駆け抜ける。
「待て」
当然幻聴では無い先生の声。まるで脳に話しかけてきているかのような感覚、それは考えてみれば身に覚えのある物。しかし今のルジェにその事を言及している余裕は無い。
「で、相手は誰。警備兵? それとも警護団?」
「いや・・・思い当たる節が無い?」
「ちっ、使えないわね」
「ヒドゥイ」
とは言うもののルジェは驚いていた。
何だかんだで、長年の癖でもある周囲の警戒を怠っていた訳では無い、のにも関わらず自分の探知よりも先に警告を受けた事でここまで逃げ果せた事実をルジェは実感していた。
相手は不明ではあるものの、物凄い嫌な気配ばかりが漂った。
少しでも遅れれば戦闘状態は避けれなかったはず。
自分1人ならばいいが。
「はぁはあはぁ・・・!」
唐突な事で今も息を上げているセトナ。
ほぼ宙に浮いた姿でここまで引っ張られていたのだから無理も無かった。
ルジェの魔力でセトナを安全第一で運んだものの一般人であるセトナには刺激が強すぎたのは必然だった。
「ごめんなさいセトナ」
「ううん! 謝らないで下さい! ちょっとビックリしただけですから!」
無理に笑顔を浮かべるセトナに対し眉間に皺が寄ってしまうルジェ。
そんな状態のままルジェは再び画面を確認する。
赤いアイコンがフラフラとした挙動を見せていた。しかしそれは間違いなくこちらに徐々にであるが近付いている。
「あぁぁぁん、何なんだコイツ!! 感染者でも無いってなると何なんだ!!」
(分析しているのか知らないけど、早くしなさい! せめてセトナだけ・・・この子だけはどうにかしてくれませんこと!?)
「わかってんだが・・・くそっ!」
ヤケクソ気味に吐き捨てたと同時にまたルートが表示される。ルジェも確認しその安全性と意図をしっかりと考慮に入れ即座に精査しそのルートに同意する。
「セトナごめん、ちょっと我慢してね」
「ぇえ!? は、はい!!!ぃぃぃいいいい!!!!」
お姫様抱っこ。これが1番に効率が良いと判断しルジェは抱きかかえすぐに走り出す。
そして同時赤いアイコンも新たな動きを見せる。
「くそっやっぱりそうか。君の魔力を感応して動いてやがる、とんでもねぇ”モン”作った馬鹿がいたもんだな」
「無駄口は聞きたく無いありませんわ! もう一度この周辺の情報しっかりと洗い出して頂戴。抜けがあったら絶対に許さないわよ!!」
「わかってますってば、じゃじゃ馬娘」
画面が更新された。それはルジェが口にした情報の全て、それ以上の物が一気に表示され始める。
崩壊危険性のある建物をレベル毎に表示、人が通れそうな抜け道の抜選、建物の高さを色で表現、ネズミ一匹の足跡痕跡など、ありとあらゆる情報が視覚的にしかも直感的にわかる様に画面が一新した。
改めてルジェは一体あの不審者は何者なのかと頭を抱えたくなるが、今はその技術が自分の味方になっている事を幸運に思う事だけを考えた。
「避けろ! 4時の方角からだ!!」
先生の焦る声が耳に響く。
言われるがままに右足で思いっきり地面を蹴り左へ急速で曲がった時。強烈な魔力の反応がルジェ達の背後から襲い掛かる。
「ぐぅッッッ!!!!」
一寸の狂いも無い直線的な光線がルジェが走っていた道目掛けて姿を現わす。
人1人分の距離、禍々しい光線は辺り一面を破壊し尽くしその存在を見せ付けた。もし先生の警告が遅れていたら、無かったら。間違い無く2人は周囲の瓦礫と同じ様に吹き飛んでいた。
照射し続けられた強烈な光線は、上空へと射線がずらされる事で終わりを見せた。
しかしこの攻撃をしたモノの正体はわかっている。
赤いアイコンを再び睨み付けるルジェ。当然の様に諦める事を知らなずにこちらに接近しつつある。
先生のルート通りに逃げ続ければ追い付かれる心配は無いはず。
だが、逃げながらも目に映るモノがルジェの顔を歪ませた。
そして、ルジェはルートから外れる様に物陰に隠れた。
「セトナ。良く聞いて」
「ルジェ嬢まさかっ!」
セトナをゆっくりと降ろし、ルジェは自らのフードに手を掛ける。
本当なら見せたくも無かった、もしかしたら一生見せないでも良いとも少なからず思ってもいた。
それでもルジェは、それを選んだ。
「あなたは1人で逃げて。物陰から出てたらすぐに北区の方角へ走りなさい」
「ル・・ルジェさん・・・!」
「よくて? 相手の狙いは間違い無くわたくし・・・巻き込んで本当にごめんなさい」
セトナとルジェの目が初めて向き合う。
真剣な眼差し、誰にも負けない程に真っ直ぐな瞳をしたルジェ。
そんな今のルジェの提案を断れるはずも無かった。そして何よりも2人に許された時間はほぼ無い。
「わたくしが出てから2秒後に飛び出してわかったわね、行くわよ」
「待って下さい!!!」
今すぐにでも飛び出そうとしたルジェの手を取る。
セトナも時間が無い事、命の危険がある事は重々承知している。故にその言葉をルジェに告げなくてはならなかったのだ。
「絶対! また会えますよね!? 約束・・して下さい!!」
セトナの全身は震えていた。握られている手からルジェにも十二分に伝わった。
セトナの向ける恐怖心。それは一体どちらなのだろうか。ルジェは一瞬目を閉じ考えたが、すぐに前を向き直す。
一刻も争う展開だから、だから・・・今その言葉を返せない。あんまりにも屁理屈過ぎる事は重々承知していた。
あらゆる思考が巡る。
だからこそ、ルジェは前を見据えたのだった。
「・・・行きますわよッ!!!」
ルジェはセトナに何も返す事無く走り去った。赤いアイコンへ向けて、セトナと別れ・・・逆方向へ。
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