第23話 名称

フード付きのマントを纏った女性が1人、北区へ繋がる橋の上を歩いていた。

草原と北区を隔てる川。それを横目で見た時足を止め小さく溜息を付いていた。

納得。といった様子を見せ、振り向き自分が歩いて来た道中を見渡す。正確に言うのであれば、自分が外に転移して来た場所を見ていた。


自分がここへ来れた仕組みの理解。

そして過去に起きた出来事、あの少年との初めての出会いを昨日の様に思い出す。

勝敗は自分の勝利、しかしあの少年は生きて居た。その理由をこんな形で自分が利用する事になるとは思いもしなかったのだった。


「はぁ・・。めちゃくちゃにも程がありますわ」


頭を抱えながらボヤき、再び足を運ぶ。

向かう場所は決まっていた、しかし当然予定や約束をしている訳では無い為、少し足取りが重くなってしまっていた。


ここへ足を運ぶのはいつぶりだろうかと。北区に到着して感慨に浸る。

本来であれば出来るだけ多く足を運びたかったはずだった。しかし自らの立場や環境、そして変わり行く時代がその意識を薄めてしまい、脳内の奥へ奥へと押し込まれてしまう。


「まさか、こんな事になって解消されるなんて思ってもみなかったかしら・・・ね」


北区を歩き続け周囲を見渡す。

王都の城下町、他の地域とは雲泥の差が彼女の目には映って居た。他の者達は何も変わっていない昔からそうだと言うかもしれない。

しかしここにしか居場所が無い者は違う、今にも建物が崩れるかもしれない。変らないと口にする物が如何に重要でそんな小さな違いが自身の身に降り注ぐのか、ここへ住む人々の苦悩は止まない。


誰も居ない建物の物陰に腰を落とす。

そしてまた大きな溜息を吐く。


自分は一体何をしていたのだろうか。

力も権威も立場も大いにあった。この王都アルバスにおいて知らない者は居ない程の知名度も手にしていたはずだった。

何をしてきたのか、何をしたいはずだったのか。

決して自分がやって来た事全てに間違いがあったと言うつもりは毛頭無い。王都の為に尽くして来たつもりだった、それは関節的に王都の一部であるこの北区の為にもなっていたはずなのだ。

そこに多くの悔いがあったとしても完全悪であったと断じるつもりはなかった。


それでも彼女はその身を縮めこまさせてしまった。

まるで幼い日の自分を投影するかのように、座り込み足を抱きかかえる仕草を不思議ととってしまっていた。

前までの自分はこの仕草が嫌いだった。まるで自分で自分を甘やかす無意味で生産性の無い物、はたから見たら誰かに助けを乞うかのような姿を嫌い、これから立場を弁えた自分自身にそれを見せてはいけないと禁じた物でもあった。


その日の自分とは・・・。もう存在しない者の話だった。


だからこそ口にする。


「馬鹿みたい・・・」


更に体を縮める。顔も埋めてしまう程に縮こまっていた。

震える事も無く、流す涙も無く・・・あの日の自分を重ねるように。


このまま消えて無くなりたい、その場の光景に溶け込むように・・・。







「あの・・・大丈夫ですか?」


人の声。差し出される手。

彼女の耳に入った声にビクついて反応してしまった。

聞こえたのは自分と同じ女性の声、恐らく自分と同じくらいの声質。けれど決定的に違う物が彼女の心を震わせた。


「良かったらこれからみんなと昼食なんですが、一緒にいかがですか?」


その言葉の意味。そんなくだらない事を考える自分が嫌なってしまう程に、語りかけてくる声はあまりにも優しく、嘘偽りの無い心からの声掛けだった。


甘える。そんな言葉が頭に浮かぶ。

このまま顔を上げず、ただじっとしていれば帰ってくれるだろう。

そんな選択肢を考えていると、自分の身体がまるでそんなくだらない事を考える必要は無いと言うかのように意思とは違う反応を起こしてしまう。


「んっ・・・!?」

「ふふふっ」


腹の虫がなってしまう。一体何年振りの働きを見せたのか。違う意味で顔を上げられなくなってしまった。


もはや言い訳も出来ない様な状況。

ここへ来る前に部屋の前に出された食事を取っておかなかった事をこれほど後悔してしまうとは夢にも思っていなかった。


「ほら行きましょ!!」

「ぇ・・あっちょっと!」


強引に手を引かれ引っ張られた。

もはや抗う気すらも失せてしまった彼女は、見ず知らずの女性に手を引かれその場を後にしたのだった。




ご飯をご馳走すると言った女性に引かれ続け到着したのは、大きめの教会だった。当然廃墟も同然ではあるものの、雨は凌げる程度には建物としての原型は整っていた。


道中何度引っ張られる手を振りほどいて逃げようかと考えてはいたものの、握られている手を振り解く事は、何故か出来なかった。


「あぁっ!!! セトナお姉ちゃんお帰りなさい!」

「もうご飯出来てるよ!早くぅー!!」

「お帰りなさい、セトナさん。おや? お客さんとは珍しいですね」


セトナと呼ばれる女性、それが自らをここまで引っ張って来た者の名前であると冷静に把握していた。つもりだったが、内心は声を上げたかった程に驚愕していた。外見では人気が一切無い壊れた教会の様に見えたのにも関わらず、セトナが教会に招き入れた途端に次々と子供達がその姿を見せたのだった。


「誰この人・・くせぇー!!!?」

「なっ・・・!!」

「本当だぁー!! なんかすげぇ臭いするー!」


子供達の反応はあまりにもド直球の物言いだった。

改めて自分が居た場所を思い出すと子供達が言っている事にもつい納得してしまう。


同時にあの場所にいた2人の人物を思い出す。

如何にもそういった事に気を使うような人物で無い事にもまた大きな溜息を漏らすのだった。


「こらおよしなさい。そんな事を言う子にはご飯あげませんよ」


ここの長、と言っていいのかわからないが。老婆の1人が子供達を叱り付けていた。

それでも、と。鼻を抑えながら訴える子供達。頭に浮かんだ汚物の巣窟で笑い合うようなあの2人がまたしてもチラつきついムキになってしまった。


「これなら問題なくて・・!?」


右手を勢い良く振るう。

その瞬間、マントが靡くと同時に光の粒子が周囲に現れ、綺麗に弾き飛んだ。


あまりにも一瞬の事で子供達はポカーンと口を半開きになり、もはや臭いとかどうとかなど気にする事も無く見惚れてしまっていた。


「ふんっ、これでどうかしら」


改めて自分の鼻で臭いを確認する。間違いなく取れている。

この程度の事、魔力でどうとでもなる。その事を実演しついつい鼻を高々と伸ばしてしまっていると。




「「「・・・・・・」」」


静寂が訪れていた。この場にいる者全員から凝視されてしまっている。


「だぁーっっははっはははははははっ!!!!」

「ッ!!!?」


変な高笑いが耳に入りついつい背後を見るが当然誰も居ない。

もう一度静寂の光景に目線を戻すと、誰1人として変な馬鹿高笑いに反応を見せていない事に違和感を覚えながらも疲れているのか、ただの気のせいかと割り切った。


そして、止まったかのような静寂は動き出す。


「すげぇえええー!!!」

「本当に臭く無くなった」

「それどころか、教会の臭いも消えてねぇー!?」

「寧ろなんか・・良い香り・・する」


喝采が上がっていた。

彼女に取っては全く凄い事をした覚えはこれっぽっちも無いというのに絶賛され続ける事に戸惑いを覚える。


「ねぇねぇねぇ!! 何処から来たの!!?」

「セトナお姉ちゃんとお友達なんですか?」

「他に何が出来るのぉ!!?」

「香り・・ありがとう・・ございます」

「名前なんて言うのぉおお!!?」


臭いが無くなり一斉に駆け寄られ足元がおぼつかない程に子供達の勢いは凄まじかった。

子供達の力。ただでさえ今の自分に整理がついて無い事が多いのにも関わらず純粋無垢な質問攻めをくらい頭の中は混乱するのは当然だった。


「はい!! そこまで! 続きはご飯を食べた後ね!」

「「「「はーーーーーーい!!!!」」」」


セトナが手を叩き、子供達を食卓へと誘導してくれたおかげで助かった。

またしても溜息が出てしまい、肩も大きく落としてしまった。


「お姉さんも・・早く・・・行こ」

「え・・あ・・・う、うん」


全員自分から離れたと思ったら、ボロボロの縫いぐるみを抱いている少女は手を取っていた。

もはや拒否権なんて彼女には無く、黙って少女にひかれるまま子供達が向かった食卓へと向かうのであった。

食卓への出入り口の陰でセトナがその様子を見て笑っていことに気づく事なく・・・。


寡黙な少女に連れられて賑わいを見せている食卓へと連れていかれ、皆と同じように席に座る。


「はい! じゃあ」

「「「「いただきまーす!!!!」」」」


食事の開始の合図。

大きなテーブルの中央にはスープが入った大きな鍋、各自にパンが1つ分配されている。

子供達はパンを片手に分けられたスープを美味しそうに頬張っていた。

そんなみんなの光景に衝撃を覚えながらも自分もパンを手に取る。


「これ・・えっと・・・こう」


隣に座る寡黙の少女がパンをちぎって食べ方を教えてくれていた。

別に食べ方を知らない訳では無い。と思いながらも少女の真似をして同じようにして食べる。


パンを口に入れ、スープを一口。


「・・・・・・」


正直な想いは心だけに留める事にした。

しかし、不思議なモノが自分の中に生まれた事を実感した。

美味い不味いの話では無いはず、けれどその正体に手が止まってしまう程に何かを感じたのだった。


「それでお姉さん。お名前なんて言うんですか?」

「え・・・!?」


唐突な質問に我に帰る。名前を聞かれた、その返しは普通ならば誰でも出来る簡単な物。しかし脳裏に浮かぶのは自分が言った言葉、子供達では無く、あの臭いの原因の住人達に言ったモノ。


「どうしたのー?」

「あっ! わかったキオクソウシツってやつだ! 俺知ってるー!」

「えっ!? そうなんですか!?」

「あらま大変!」


子供特有の付けた知識を使いたがる行動。

セトナも老婆も、その言葉を真に受けたかのような顔で見る。


子供達の会話もヒートアップを続けている。

セトナを再び見てもただただ心配そうな表情で見つめてくる。さっき言った食事の後という話は何処に行ったのだ問い正したくなったが、寸前で収めた。


「お姉・・さん?」


純粋無垢な瞳が刃物の如く心を切り裂いていく。

しかし考えれば考える程に自らの状況がぐちゃぐちゃと整理がつくはずの無く取っ散らかる。


「ル・・・!」


つい声を出した。

その瞬間、やかましい程に賑やかだった食卓に静寂がまたしても訪れた。

誰もが手を止め、耳を澄まし、その声に集中した。


「・・・ジェ」

「えぇえええー!!!? 何ぃいー!! 聞こえないんですけどおおおおー!!!」


「わたくしの名前は!! ルジェよ!!! 何か文句ありますの!!?」



ついつい立ち上がって高々と告げてしまった・・・ルジェ。




「・・・はっ!」


我に帰りゆっくりと席に戻る。

もはや顔が真っ赤になり過ぎてどうにかなってしまいそうになる。

またしても幻聴相手にに馬鹿みたいな反応をしてしまった事に疲れがピークせいで完全に調子がおかしくなっていた。


「知ってる俺!! ジョウチョフアンテイってやつでしょ!!! 痛っ!!」

「黙ってなさい馬鹿!」


あまりにも陽気な知識が豊富な男の子がまたおちゃらけていたが、その隣に座っていたの他の子よりも大人びた女の子に頭を引っ叩かれ、黙って着席していった。


「ルジェ・・お姉さん・・・!」

「う・・・うん」

「ルジェお姉さん!」


一瞬静まり返った食卓は、ルジェの隣に座っている少女がルジェの名前を呼ぶ、ただそれだけで解いてくれたのだった。


そのおかげで子供達の歯止めが一気に外れた。食事そっち退けでみなルジェの事を見て、ルジェに対し、ルジェだけに、言葉を投げかけ続けたのであった・・・。

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