第22話 再起

王都アルバスの王城。

次々と険しくうだつの上がらない表情で王城から出ていく選定者達。そんな方々をアスト、そしてネゼリアはお見送りをしていた。


「ふぅー。これで最後。結局選定会議は延期、これも君の思惑通りなのかい?」

「どうかしらね。思惑通りと言えば思惑通り・・・けれど釈然としない気持ちはあるわ」


選定者達全員を見送った城門で2人はまるで互いの腹の内を探るように会話を始める。

王位継承3位の謀反。それは選定者達にとってあまりにも大きな意味を持った物だった。


基本的に旅に赴いている王位継承1位のアスト。

王城に基本的に篭りっぱなしの王位継承2位のネゼリア。

結局今日の選定会議に出席する事が無かった王位継承4位。


民衆、当然選定者を含めた者達からしてみれば第3位であるルージェルトという存在の大きさは計り知れなかった。

経済的影響力、その確固たる能力は誰もが認める物であったが故に、選定者は頭を悩ませて行ったのだった。


「んーー・・・やっぱりあの子が鍵になるんだろうか」


わざとらしく腕を組み、首を傾げるアスト。

あの子、その言葉にネゼリアは小さく眉間に皺を寄せた。


「まさか貴方。あの子供を、”S”に、なんて考えてないでしょうね」


エス。

ネゼリアから出た言葉にアストは笑みを浮かべる。

そしてアストの鋭い目付き、その真意は長い付き合いのネゼリアでさえ計り知れないと思わせる物だった。


「ふっ・・・ふふふふ。良いわ、素敵かもしれないわねそれ」

「そうだろう? けれどわかっているよねネゼリア。僕達・・・いやこの王都にはあまり時間が残されて居ない」


アストは王城へ向けて歩き出した。それ以上を口にする必要は無いと言いたげに。


「理に従う為」

「理に従い続ける為に・・・でしょ」


お互い声が聞こえなくとも言葉は通じ合って居た。


理。

その意味と必要性。

王位継承上位の2人の意思は何があろうと変わる事は無い。


お互いの目的が一切違う物だとしても・・・。







多く、更に大きいあらゆる思惑が混在している王都。

それは王都のみならず世界やこの星の命運を左右すると言っても過言では無いモノ。


ダークエルフのハーフである少年インジュ・・・そしてルージェルト改め、ルジェもまた、その中心に携わっている事に本人達はまだ気付く余地すらなかった。



「こんこーん、ルジェさーん起きてますー?」


ルジェが狸寝入りをしてから数時間。インジュは自分の部屋にノックをしていた。当然のように自分の部屋をルジェに明け渡す羽目になった事は特別咎める事は無く、寧ろ食事を持ってくる程に親身になっていた。


「ここに置いておきますね。食べ終わったらここに置いておいていいですから、無理しないで下さいね。落ち着いてからまた話しましょう、もし欲しい物があれば」

「うっさい!!!」


「・・・ごめんなさい」


まるで引きこもりの息子を心配する母親の様な光景がそこには広がって居た。

落ち込んだ表情を浮かべながらインジュはトボトボとその場から離れて行ったのだった・・・。


「どうだった?」

「取り合ってもらえませんでした」

「ガチの反抗期やんけ、マジで草生えそうで笑えんけど笑うわ」


大きなソファに寝そべりながらインジュの買ってきた朝刊を見ている先生、完全に古き良き?休日のお父さんスタイル。それを横目にインジュも空いている椅子に腰掛ける。

大きなため息を1つ吐き、童顔の顔が不思議と老けているように見える程にしょぼくれていた。


「まぁーそう気を落とすな少年、女の子というのはいくつになっても難しい生き物なのだよ。男の子の私達の様にどんな時でも我が道を突き進むだけなんて行かないのが女の子という物らしいからね」

「母様も同じ事言っていた様な気がします・・・」


更に肩を竦めるインジュ。

しかしこのままではと顔を叩き気合を入れ直し、立ち上がった。


インジュが向かった先は、いつも先生が作業をしている場所から少しだけ離れた作業台。

あの一件、感染者を治す事が出来るようになってからのインジュは先生に用意された作業台で日々鍛錬を続けていたのだった。


ウィザライトの開発を。


「それにしても、ここ数日どうも感染者が増えてきたらしいなー? 新聞にも載ってるけど、ここ一週間の感染者出現の数が倍以上に増えてるらしいよ」

「僕もデドさんから聞きました。治す事が出来るようになったからと言っても正直・・・」

「感染者の根源が分からなくちゃ根本的解決にはならない。バルグとかいう奴もあれから行方不明となっちゃー難解極まれりだねー」


バルグ。あの一件から行方不明になり警護団からも指名手配を出されているのにも関わらず未だにその手掛かりを掴む事が出来ないでいる。

人を感染者にする事が出来る薬、それを作っていたのは間違い無く奴だ。もしバルグを捕まえる事が出来れば、感染者に関する情報が手に出来るかもしれないと誰もが思うが現実はあまりにも上手くいかない。


「よし! 出来た」

「おっ、流石に早いね。どれどれ」


新聞を綺麗に折り畳み机へ置くと背伸びをしながら先生はインジュの作業台へと足を運ぶ。

インジュは完成した物を先生に渡し、その感想を待ち望んだ。


「ふむ・・・んーー」

「どうですか?」

「いいんじゃないかなうん。ただ魔力が乏しい人でも扱える様にって事と量産に関しての予備知識も視野に入れながらのコスト削減、携帯し易い様な・・は量産時でいいとして」

「はい・・・恐れ入ります」


またしてもインジュは肩を落としてしまうのだった。

先生が今手にしている物、それはインジュが先生に教授してもらった物。


インジュ製のウィザライトだった。


「とは言え出来は上々、点数86点。見せて来たまえよ」

「えっ!!? 本当ですか!?」


落ち込んだ花が再び煌びやかに咲き誇ったかの様にインジュの表情が一変した。


「うむ、お父さんを信じたまえ」

「ありがとうございます!! 早速皆さんにお届けしてきます!!!」


バタバタと出掛ける準備を済ませるインジュ。

冗談と共に掲げたサムズアップ完全に無視され転送器へと向かって行った。


「何度も言いますが、思ってない訳では無いですからね、先生!」


その言葉を最後にインジュは転送されていったのだった。


インジュが居なくなり無駄な静寂が訪れ、ゆっくりとサムズアップ姿を解く先生。

あまりにも多くの意味で小っ恥ずかしくなり、ついマスクの上から顔を隠してしまう先生、そんな様子をインジュは当然知らない。


がしかし。


「何見てんだよ恥ずかしいわぁああー!!!」

「急に大声出さないでもらえるかしら」


つい気を抜いてしまった。

この下水道にはもう1人いる事を失念してしまっていたのだった。


「はいごちそうさまね! 食器は自分で洗ってね!! もう!お母さんは2人の面倒で忙しくて大変なんだからもう!!」

「もう本当に頭痛くなるわあんた達」


あまりにも大きなため息を吐くルジェ。

インジュが声を掛けても出てこなかったルジェが出て来た。

つまるところの意味は、単純な物だった。


「あなたなの?」

「何よ!! お小遣いは先週上げたばかりでしょもう!! 贅沢言わないの!!」

「あの子にあんな力を与えたのは」

「・・・・・・ふぅ」


冗談パートはここまで。そんな事を言うかの様に先生は無言で自分の作業台へと向かう。

自前の紅茶沸かしを起動させすぐに完成した物をルジェへ向けて宙に浮かし渡した。


ルジェもまた拒む事無くそれを受け取り、まるで先生に対抗するからのように椅子を魔力で引き寄せた。長年そうやって来たかのようにスムーズに座る様は、改めて良い所のお嬢様を彷彿とさせた。


「ルジェ嬢。君がどう真偽を付けるかなんて初対面の私にはわからない。したがって私は私の言葉で君の質問に答えよう。答えは、NOだ」


先生の言葉を聞き一度目を閉じるルジェ。

一息付こうと出された紅茶を口にする。味は嫌いでは無い物だった。


紅茶を覗き込む自分と目が合った。その顔は”以前”の自分では考えられない物であり、今のルジェにとって”昔”を思い出させる物でもあった。


「あの力・・・私にも使える?」

「んんーーー・・・YES」

「誰にでも使える物なの?」

「YES」


質疑応答は単純な物だった。

あの力というのは当然、感染者を治すという力の事であり現状ではインジュただ1人が使える力でもある。

誰もがその力を欲するのは当然の願望であり、そしてそれはルジェにとってある意味で危惧する存在でもあったのだった。


「もしあれが・・・ただの人間に当てられたらどうなるの?」

「あー・・・やってみる? えい!」

「ちょッ!!!!」


突然先生は人差し指から光線放ち、ルジェに当てる。

唐突の事で紅茶を零し、椅子を倒し慌てふためいてしまった。


仮にルジェに当てられている光線があの力と同じ物であればルジェの疑問は晴れる。


「・・・ふむ、何も無いみたいだね。あはっ!」

「貴方ねぇー!!!」

「でも満足したかいこれで。害を及ぼす”モノ”では無いってね」


あはははと笑いを上げる先生にムッとするルジェ。しかし心の奥底で不思議とホッとしている自分が居たのは確かだった。

害を及ぼす”モノ”では無い。その2つの意味をルジェは当然理解していた。


改めて大きなため息を吐きながら倒してしまった椅子を直す。

もう一度同じ方向へ向き直そうとするルジェの目の前には紅茶の入ったポッドが浮いてあった。


「おかわり・・・飲みたまえよ」


耳に入る言葉は何気無い、本当に他愛の無い物だった。

ルジェは不思議と注がれるだけの光景を見入って居た。


注がれた紅茶を再び見る。


また・・・自分の顔が映ってしまっていた・・・。


変わり果てた、自分と目が合う。




「美味い??」

「別に・・・!」


小さく誰にも気付かれないように、慎重に・・・鼻水を啜ったルジェだった・・・。

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