第18話 我武者羅の反動
咆哮と悲鳴が行き交う。
突然変異を起こした存在は壇上から人々に恐怖を植え付けていた。
急速で成長する真っ白の樹木。
人の手で作られた物を次々と破壊し立っていた壇上すらも自らの根を張る為吹き飛ばした。
感染者。今その存在が会見場に集った人々の命を脅かす為だけにその姿を現した。
人々の願いを具現化したかのように・・・。
「何だこれは!!?逃げれないじゃないか!!!」
「どうにかしろよな警護団!!!」
「落ち着いてこちらに集まって下さい!! 離れられては危険です!!」
「いやああああああー!!! 来ないでぇええええ!!!」
樹木の根。
それはこの会場を囲う様に地中から逃げる者達を包囲していた。
「うぐごぉぉああぁっっ・・!! ガァアアアアアア!!!!」
強引に逃げようと駆け抜けた者達は次々と樹木の根に締め上げられその正気を吸い上げられるかのように干からび、命を散らしていった。
「人民の命を最優先だ!! 中央に誘導するんだ急げ!!!」
「ふざけるな!! こんな所に居られるかよ!」
「早くあの感染者を何とかしろよ!! 貴様等警護団だろうが!!」
警護団の大柄の男、以前カルスをインジュから受け取った男も会場に居た。声を大して叫び誘導を図るも指示は無駄に終わりさらなる混乱を招いて居た。
「想像通りですわね。スクスクと育つ様に願い込め蒔かれた種をただ見守る。それがどれだけの毒を秘めて居たとしても考えずに・・・あまりにも滑稽ね」
膝をついて絶望に耽るインジュに声をかけるルージェルト。
「そんな事言ってる場合ですか・・・! みんなを助けないと!」
「そう・・・」
感染者へ立ち向かおうしたインジュの足が止まる。
インジュは目を見開き振り向く。毅然としたルージェルトの姿を確認する為に。
「何を・・何をしてるんですか」
「何を?とは、どうゆうことかしら」
インジュは目を疑った。今も人々は危機に瀕しているというのにルージェルトは一切動きを見せようとしなかったからだ。
そんな固まるインジュに鼻で笑うルージェルトは口を開いた。
「ここにいる人全員がこれを望んだ、それを妨げるのは野暮というものよ。助けるなんておこがましくなくて?」
「本気で言ってるんですか・・・。ここにいる人全員に死ねって言ってるものですよそれ!!」
「別に死ねばいいなんて思ってないわ。最終的に感染者はわたくしが刈り取るでしょうし。それに・・・」
ルージェルトが一歩踏み出す。
そして唐突にインジュを片手で押し倒す。
一切の力も入れずに押されたインジュ。ルージェルトの行為が自分の思考に追い付かずただ情け無く地面に尻餅をついてしまっていた
「あなたも同じではなくて? 邪魔はしないわ。助けたいなら好きにすればいい、わたくしの力なんて借りずに自らの・・力を使ってね」
「・・・!」
言葉が出なくなってしまった。
助けたい、助けよう。その言葉とは裏腹にインジュは、自らの無意識を突き付けられた。
力を使え、ルージェルトの言葉の意味は単純明白。頭に浮かぶイメージは紛れも無く件のモノ、今も王城に残り続けている傷の正体。
「で・・・ぁ・・・ぅ」
インジュは立ち上がる。ユラユラとした足取りを強引に正すように。
目の前のルージェルトに目もくれずにインジュは踵を返す。
激しく揺らぐ瞳に映るのは、樹木へと変貌を遂げていた者。元は知人であった者の姿。
変わり果てたその姿から目が離せない。同時に今起きている悲劇を全身に浴びせられ激しい動悸に襲われるインジュ。
(何か・・何を・・何が・・何に・・何で・・何で)
あまりにも弱々しい一歩が踏み出される。もう一歩と、もはや抜け殻も同然に歩くインジュ。
「所詮は・・という事ね」
そんなインジュの後ろ姿に対し背を向けその場から距離を取るルージェルト。
ネゼリアの言葉は確かにルージェルトを動かした。しかしルージェルトにとって程度の知れたこと、そう解釈するに至った。
示された淡い希望は脆弱だった。
「インジュさーーん!!!!」
「・・・?」
自分の名前を呼ぶ声でまるで現実に戻ったかのような感覚で上を見上げるインジュ。
樹木から伸びる触手がインジュへ向けて襲い掛かる。
勢い付いた強烈な一撃が地面を吹き飛ばす。足を止めた事が功を奏したインジュはただ吹き飛ばされるだけで済んだが、地面へと叩き付けられた衝撃でようやく我に帰る。
「大丈夫ですか!!?」
インジュに駆け寄ってきたのは大柄の警護団。
差し出される手を取り、感謝を口にしながらインジュは立ち上がる。
お互い目が合ったその時、インジュは気が付いた。男もそれに気が付かれた事を察しすぐさま袖で顔を隠す様にを拭った。
「こんな事になってしまって本当に申し訳ない。言いたい事も全て聞き入れます、ですがどうか今は逃げて下さい」
「逃げろ・・・?」
「これ以上あなたを巻き込まない。そう奴と約束したんです! だから・・・!」
今も握る男の手は震えそして瞳が再び揺らぎを見せる。それがどうゆう意味なのかインジュは理解した。この騒動は全てを。
「もう・・大丈夫です」
こんな事になってしまったのも、全て自分が軽率な行動で起きてしまった事なのだと考え巡る。
「インジュ・・さん?」
カルスにあの薬の事を話さなければここまでの事態にならなかった。今目の前にいる男をも泣かせる必要もなかったはずだと。
「これ以上・・・」
今もなお響き渡る悲鳴、戦いが行われている音。見渡すとわかる地獄絵図。
一体自分は何をやっていたのだろう。
インジュの脳はハンマーで殴られるような痛みを味わっていた。戒めなのか、はたまた抑止なのか。今のインジュにその激痛の正体がわからないでいた。
それでも、現実で感じているモノ今起きている事に嘘偽りは無い。それだけは確かであることくらいは理解出来ている。
だからこそインジュは握り拳を作った。
(逃げる訳にはいかない・・・!)
地面を蹴り走り出す。
背後からインジュを制止する声が耳に届くもインジュが止まる事はなかった。
(僕は・・僕は・・・!!)
唇から血が流れるほどに強く噛み締めながら前へ進む。向かう場所はたった1つ、彼の下、カルスの場所へと駆け抜ける。
出迎えるのは樹木から生まれる触手に似た根が自らに近づけまいと襲い掛かる。
「ぐぅうう!! うううううう!」
地を吹き飛ばす程の強靭な根を間一髪で避けインジュは自分の手に収まらない程に大きな根を掴み全力を注ぎ引き千切った。
「グォォォオォォオアオオオオ!!?!??!?」
樹木から悲鳴のような叫びが響く。
再びインジュは前へ前へと向かう、当然インジュが危険な人物であると感染者である樹木も理解し迎撃に出る。
「ッ!? これは」
樹木から何かが放たれた。魔力に似た光りは無いただの”木ノ実”。
インジュは迎撃の為にすかさず地面に落ちていた剣を取り木ノ実を両断したが。
「うあぁああぐうう!!!」
両断した瞬間に木ノ実は爆発した。握っていた剣は粉々に砕かれインジュは吹き飛ばされるが寸前で受け身を取り大事には至らなかった。
しかし、これが引き金になってしまう。
木ノ実がインジュに効いた事が起因となったのか、葉の無い枝から次々と木ノ実が生成され出す。
「逃げろぉぉおおおおおお!!!!」
木ノ実が作られた意味を理解し誰かが叫んだ。そしてその回答と言わんばかりに辺り一面に一斉に木ノ実が投下されていく。
「ぁ・・やめっ!」
大地が揺れ、爆撃音が響き渡る。
あれだけ騒がしかった騒動が嘘の様に静寂を作り上げた。
「なんだよ・・・これ」
辺り一面が火の海と化した。絶望、それをこの場にいる全員がその身で味わっていた。
人のパーツが至る所に落ちている。血は黒く焦がされた別の何かへと変貌していた。見る者全てにそれがどの部位だったのか認識出来ない程に。
悲鳴を上げ助けを求めていた者、そして警護団の者達も次々とその膝を地面に落とす。
自分達はここで死ぬんだと。
それでもたった1人だけ足を止める事はなかった。
「ぐぅぅぅ・・ぉおおおおおおおおおおおお!!!」
雄叫びの様に発せられた叫びは全ての者の視線を奪った。
褐色肌の銀髪の少年。誰もがダークエルフだと認識した。
少年は左手を高く大空へ向けて掲げる。すると魔力が次々と左手に集まっていく。
人々は目で追った、まるで絶望の淵に煌めくたった1つの希望を見るかの様に。
そして魔力はその瞬間、主人のその言葉を聞きたいが為に集まり続けその瞬間を待つのだった。
「ライ・・・ッ」
避けていた言葉。
しかしその言葉を告げなくては自らに力は無いただの子供。それはあんな騒動を起こした今も変わる事のないモノ。
こんな状況でも無意識にその言葉を拒んでしまう自分がいると同時に苛立ちを感じる。
あんなにも求めていたその力。
時間は止まることを知らない、時代や環境もまた同じで人々も次々と変わっていく。まるで自分を置いていくかのように、それを今その身で味わう事になるとは思いもしなかった。
だからこそ、インジュは変わろうとしていた。
それが・・・必要な事だと思ったから。
「ライゼーションッ!!!」
あるゆる感情が入り混じる言葉。その感情に必要性は無く魔力は輝いた。
インジュを中心に魔力が飛び散った。
そして樹木の感染者が悲鳴を上げる。
「一体何が・・」
人々は我に帰るように辺りを見渡す。するとさっきまでの自分達を閉じ込めていた根が魔力の鎖、光鎖で締め上げられているのが目に入った。誰もが見て理解した、あの光鎖が動きを封じている事に。
当然、感染者も気付いていない訳が無く、すぐさま木ノ実の生成を始め爆撃を開始する。
「トップセレクト「ソード」!!」
生成した一本の光鎖をウィザライトから抜き取る。真っ直ぐに張った鎖、先端は先ほど拾い壊した物に酷似した剣そのもの。
両手で握る光鎖の剣に魔力を込める。そして大きく薙ぎ払う。
爆発の雨。そんな事を思った者は多かった。
インジュが振るった剣で放たれた木ノ実は破壊され地上に届く前に全て爆発したのだった。
辺りは一気に爆発の煙で視界が見せない。
しかし、1つの人影は感染者へ向けて突撃していた。
「ぐぅぅうぅぅううあぁ!!!!!」
枝分かれする位置に到達したインジュ、雄叫びを上げながら振りかぶる左手は強大な魔力を帯びていた。その力を持ってこの戦いは終わりにさせる。
それがインジュの決意。これ以上の被害は許されない。
最後の一撃。
これで終われる・・・。
「ゴメ・・な・・さイ・・・イん・じゅ・サン」
「ッッッ!!!??」
当然姿を見せたそれに対しインジュは目を見開いた。そして同時に左手の魔力を消してしまった・・・。
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