第17話 制止を許さぬ激動
日は落ちまた登る。
それはこの星でも当たり前に起こる事で誰よりも平等に起こる事象。逆らう必要性を感じさせない程にそれは今を生きる生命にとって当たり前の物になっていた。
しかし当たり前とは時に変化し時に思い掛けない出来事を起こすきっかけでもあった。それは人の数だけ存在すると口にする者もいれば、それは決して揺らぐ事の無い物だと諭す者もいる。
誰もが持っているからこそ誰もがその全容を理解するにはあまりにも困難な物。
当たり前、常識、普通。
果たしてそれらの言葉の存在は今を生きる人々に何をもたらしているのだろうか。
今もなお想う内に霧が掛かっているインジュは、その答えを出さなくてはならない状態になる。その事態へのカウントダウンはもう始まってしまっていた。
「バルグ卿、貴方を逮捕します! 我々警護団は貴方の罪を黙認する事は出来ない!!」
インジュは聞いていた会見に身を隠し参加していた。会場は関所、多くの人々がバルグ新部長から先日王城で起きた事の事情を聞く為に参列していた。
しかしそこで起きたのは誰もが息を呑むような展開だった。壇上に上がったバルグがこれから会見を始めると言った時にそれは起きた。
次々と警備兵が壇上を取り囲むように姿を見せたのだった。
「貴様等、自分達が何をやっているのかわかっているのか!!? これは反逆罪だぞ!」
「反逆罪、それはこれを作ったあなた自身です!!」
「あれは! まさかカルスさん」
壇上ではカルスが先頭を切ってバルグに対峙していた。そして手に持っている物をバルグに突き付けていた。
参列している人々はみな目を凝らしてカルスが提示している物を凝視する。
「ここにいる皆さんならわかりますね、これを作ったのがバルグ卿である事を」
「それが何だと言うのだ。私の前職は薬精製の経営だ、そんな物を出されたところで何の罪に問われると言うのだ」
その薬はバルグが作った物、それはこの場にいる者達、そしてバルグ自身も認める。
しかしこの場にいる者達はそれが何の薬なのかを知らない。
カルスを見守るしか出来ず胸の中のザワつき、あまりにも嫌な予感を抑えられない者、その薬の正体を知っているインジュを除いて。
「これが・・・。これが飲んだ人間を”感染者”にする薬でも、そんな事が言えるんですか!」
カルスが口にした言葉は会場は湧かせ多くの言葉を行き交わせた。その真偽を問い掛ける者、バルグ自身に思いの丈を飛ばす者、そしてカルスの持つ薬に恐怖を覚え叫ぶ者。
会場の空気は更に一変し新たな空気を作り上げた。
インジュは、抑えられない不安を抱きながらもふと疑問に感じてしまった。
「どうしてみんな・・・逃げないの? もし何かあれば・・・」
カルスの提示した物の真偽はここにいる者にはわからないかもしれない、しかし提示したカルス自身がこの薬は人を感染者にする存在だと明かしたのにも関わらず、誰1人としてここから離れようとはしない事にインジュは更に不安を感じていた。
壇上では問答が続いている。
インジュの感じる不安は、次第に寒気と化し身体を震わせてしまっていた。目の前で起きている事に対し疑問に思う事は無いはずなのに。
「その疑問は、あまりにも複雑であまりにも簡単な物ですわ」
「ッ・・・! ルージェルト・・さん!?」
背後からの声に振り向こうとしたインジュにステッキを背中に押し当てた。それは振り向くなという意思表示であり、インジュもそれを理解し、振り向く事は止めそのままの状態で耳を傾ける。
「感染者になる薬、それが今目の前にあるというのに誰も逃げ出す事をしないのは何故か? 逆に問うわ、あなたは何故そう感じたのかしら? あの薬が本物だと知っていたとして、どうして逃げた方がいいと思ったのかしら「
「そんなの当然じゃないですか。もしここで感染者が生まれてしまったらどうなってしまうか誰だって」
「誰だって思うはず。それがあなたの限界なのよ」
限界。それはインジュの思考の事を指していた。
インジュの主張はあまりにも単純な物、ここでもし感染者が生まれでもしたらその被害は計り知れない。いくら警護兵達が警戒態勢にあったとしても被害を一切出さないなんて事は到底思えない。それがインジュの第一に考えた事。
しかしルージェルトは続けた。
人々が逃げない理由を。
「これは、”惑溺”そう呼ばれる物よ」
惑溺。それがルージェルトの答え、そしてインジュには理解し難い物だった。
「あなた、ここに集まった人達が今日までどうゆう思いで居たか考えた事はあるかしら?」
「今日まで・・・」
ルージェルトの問いにインジュが思い浮かべる光景は1つだった。
それは先日のカルスを警護団の本部に送り届けた時の光景。
「不安は積もって不満へと変わり、不満は次第に憎悪へと変わってしまう。それは人としての機能を著しく低下させる。考えるっていう機能を麻痺させる程にね」
「そんな・・・そんな事」
「そう、だからこうやって解消の時を今か今かと待ち侘びている。それが惑溺の正体。ここに集う者達みなが先を顧みずに無意識に願っている事ですわ」
ただただ今の事に夢中になる。それは自分自身の負の感情を取り除く為。
不安を安心に変える為のモノ、そこに先は必要無い。今という心に宿している苦痛を取り除く事だけにその身を溺れさせている。
ルージェルトの言う答えにインジュは反論する言葉を持ち合わせていなかった。けれどそれを受け入れるわけにはいかないインジュもまたある意味で惑溺の想いを生んでしまっていたのかもしれない。
「ルージェルトさんはこれで良いんですか」
「良いも悪いも無いわ、ここにいる人々はみな王都アルバスに住む者達。王位継承の資格を持つわたくしがそれを切り捨てる事はしない。それは理を乱すも同義なのだから」
「理に・・・ぐぅ!!」
突然インジュに頭痛が走る。膝をついてしまう程の激痛がインジュを襲った。
膝をつくインジュに声をかける訳も無くルージェルトはまるで観察するかのように睨みを利かせていた。その原因は当然先日のネゼリアとの件が全てだった。
(この子が竜に関係しているというのなら私の仮説も・・・そして巫女様を)
今目の前にいるダークエルフの少年は何者なのか。そしてそれが何故降臨戦争の時に絶滅したはずの竜と関係があるのか。
これらの解明がルージェルトにとって惑溺。何よりも最優先にしなくてはならない事であり、ルージェルトの考える先、未来に必要不可欠な物であるのだと考えていたのだった。
頭痛に苦しむインジュと、考えを巡らせるルージェルト。両者は決して交わる事の無い想いを抱いていた。
2人がいる会場でそんなやり取りが行われていた事は人々は知らず今も壇上に釘付けになっていた。
そしてその逆も同じだった。
インジュとルージェルトの2人はお互いの事に目を奪われていた。その為に会場の空気を察する事が出来ないでいた。
崖っぷちに立たされていたバルグがその言葉を発するまでは。
「その薬が! 感染者になりうる証拠はあるのか!!?」
バルグの言葉は会場を一瞬で凍らせ静寂を作り上げた。
まるでその空気に当てられたかのようにインジュもまた目を見開いた。頭痛に苦しんでいる場合では無いと思う程にね。
「やめろ・・・」
小さく呟くインジュ。ルージェルトも同じように察し壇上には目線を送った。
証拠を見せろ。それを告げられたのは問題の薬を手に持つ・・・カルスだった。
「・・・・・・」
「出来ないだろ??? できる訳ないよなー!!? 貴様が持ってる物は、そんな物じゃないのだからなー!!! 証明してみせろ、それが!! 本当に飲んだら感染者になる薬なのかを!!!」
目を瞑るカルスに対し同じ様な言葉を続けるバルグ。
直接的な言葉を言う必要は無かった、それはインジュもルージェルトも察している未来、そして何よりもこの会場にいる者全てがカルスに注目を集めたのが何よりの証明に等しい。
そこには信じられない邪悪な空間が広がっていたのだった。
誰もがその答えのみを求めてここにいた、その答えの証明方法はたった1つ。
全ての人々の目線を受けるカルスは、手に持つ物に目線を向ける。
「やめさせないと!」
「もう手遅れ、無理ですわ、ここに集っている人を納得させるにはそれ以外無いのだから」
ルージェルトの静止を聞かずにインジュは壇上へ向かう。
人の群れをかき分け前へ進む、まるで期待の眼差しを向けているかの様にも思える者達。横目に映るインジュにはそんな人々が狂気以外の何もでも無いと思えていた。
それでもインジュは壇上へと向かう。止める為にやめさせる為に。
「やめて!! カルスさんっ!!!!」
静寂した会場にインジュの叫びが木霊する。
インジュは壇上にたどり着いてはいないが、カルス自身にその叫びは届いていた。
そしてカルスとインジュの2人の目線はお互いを認識した。
よかった、留まってくれたとインジュは笑みを浮かべた。
「ッ・・!!!!!」
しかしその笑みはすぐに絶望へと変わった。
インジュは思った、まさかと。笑みを浮かべたのは自分だけだった、目が合った時のカルスの表情が脳裏に再生される。
何かを決意した表情。
インジュの声を聞いた事による心情。つまりは・・・インジュ自身がこの舞台の進行を進める後を押しをしてしまった・・・。
「なん・・・で」
誰も答える事の出来ない問い。
「ガァアアアグウググウグウウウ・・・!!!!」
異変を来し出すカルス。
この場にいる誰もが望んだ事、そして誰もが恐怖を感じた瞬間だった。
「ゴアァアアアアアアアアァアアアアアー!!!!!」
「なんでぇぇぇえええええええええええー!!!!!」
感染者へと変貌を遂げるカルスの雄叫び、インジュの苦悶の慟哭。
そして会場に集った人々の悲鳴が入り乱れる。
そこには混沌とした舞台が完成してしまっていた・・・。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます