第16話 知らぬが花、映る泥沼

ルージェルトとの遭遇はカルスの介入により幕は降ろされた。

そんなカルスはインジュと話す事は出来ないでいた。それもそのはずで、ルージェルトが何も言わずに去りインジュの声を聞いたカルスはそのまま力尽きたかのように気絶してしまったのだ。


当然カルスをそのままにしておくわけには行かずインジュは気絶中のカルスを預ける為に警護団本部へ訪れて居た。


「騒がしい? 何かあったのかな」


王城と城下町を隔てている草原。その草原から城下町へ出るには関所を潜らなくてはならない、つまりその逆も同じであり、城下町から王城へ向かうにはその関所を通過する他無いのがどの地区でも同じ決まりが設けられている。

そしてインジュの目的である警備団本部は、この関所。正確には本部に関所の施設が合わさっているだけであり、それら全てを警護団本部と呼ぶ物だった。


そんな本部へ近付けば近付く程に人々の声が耳に入ってくる。最初は本部へ向かう事に抵抗を感じてたインジュ、しかしカルスをそのままにしておくわけにはいかない気持ちが勝る当然ですぐに行動に移した。もしまた騒動に巻き込まれてしまう恐れを懸念していたが、この騒がしさを目の当たりにし好都合と思ってしまったインジュだった。


「あの、すみませーん! 警護兵の方が・・・!」


大手を振るい自身の存在を関所に配置されている警護兵に伝えると、一人の大柄の男が駆け付けてくれた。


「何かあったのですか!?」

「はい少し、ですがルージェルトさn・・様が助けてくれまして。ただ彼が、カルスが意識を失ってしまい」


インジュ自身よりも大きな身体のカルスをここまで連れて来るのは少し骨が折れた様子を見せつつも大柄の警護兵にカルスを預ける。軽々しくカルスを抱きかかえる大柄の男を見て一息付くインジュ。


「あなた・・もしかしてインジュさんでありますか?」

「え・・・。そう・・です」

「やはりそうでしたか! カルスから話は聞きました! 我々を助けてくれたと!」


インジュはそっと胸を撫で下ろした。

自分の名前、自分の素性を確認された場合の状況で良い事があまり無い身のインジュとしてはただ聞かれただけで一々緊張が全身に響いてしまう、そんな悪い癖が出来てしまっていた。


「あのすみません、この騒ぎ。何かあったのですか?」

「あぁ、これはですね」


少しだけ考える男。きっと話して良いものかどうかの判断をしているのだろうとインジュは察した。

話せないなら問題無いと切り出そうとした時には、男と目が合い曇りの無い笑みを浮かべられインジュの問いに答えてくれたのだった。


「あれですよ、先日あった王城の」


男が目線を王城へ送りインジュはその意味察した。

今も修復作業中の王城、この騒ぎとどう関係があるのかは言うまでも無かった。


「王城で何があったのか、一体どうしたのか、大丈夫なのかって人々が説明を求めて押し寄せているんですよ。まぁ、その説明義務を怠っているのはうちではあるんですが」

「もしかして、まだ皆さんに何も言っていないんですか?」


インジュの問い気不味い顔を浮かべる。

警護団体は王都内部の治安を守る為の組織、王都民同士のいざこざの対応や外的要因から人々を守るのが主な仕事。

インジュは再び今起きている騒動に耳を傾ける。


早急に説明を求める。ただそれだけの事に声を荒げ警護団を非難する声を上げ続けていた。

当事者であるインジュ。またしても複雑な気持ちを抱える事になってしまうもインジュは下手な行動に出る事だけはやめようと心の中で誓っていた。


「インジュさんが気に病む必要はありませんよ」

「・・・・・・」

「はっきり言って、今の騒動は、完全にバルグ新本部長が原因なんですから」

「バルグ・・・それってどうゆう」


その名前が出されてインジュの心は酷く動揺した。

今回の主犯。その存在が一体どうなったのかインジュは当然知らない。


「説明放棄、本部長室に籠って怒鳴り散らかしてたりと情緒不安定らしいですよ。上から情報が降りてきているのかどうかすら、末端の自分達にはわからないっていう」

「そうだったんですね」

「はい、それで明日には会見を開くようで、そこで改めて説明義務を果たすとか何とか」


呆れて物も言えない。そんな様子をインジュに見せていた。

そして時間が来たのかと、遠くから別の声が飛んで来た。男を呼ぶ声だ。

大柄の男はすぐに戻る旨を大声で返した。


「ではインジュさん! 最近は本当に物騒ですのでお気をつけて!! カルスはしっかりとお預かりします! 改めてありがとうございました!!」


ビシッと踵を正し軽くお辞儀をしてその場から大柄の男は去っていったのだった。


無事にカルスを預ける事が出来た。不思議とただそれだけでも妙な達成感を感じていたインジュ。

それもそのはずだった。インジュにはありとあらゆる問題をまだその内に秘めている。決してその事に目を瞑っている訳では無いが、問題の消化に努める前に新たな問題がインジュへと降り注いでしまった。


気が滅入ってしまった。

しかしそれでも、改めてインジュは顔を上げた。上げる事からまず始めた。


「明日・・・会見」


これからの予定を口に出し、騒動と関所を背にその場を立ち去ったのだった。







「あら? 呼んでもいないのに貴女がいらっしゃるとは」


インジュがカルスを警護団本部へ送り届けた日の夜。

王位継承2位であるネゼリアの応接間。ネゼリアが用事を済ませ部屋に入ると、そこにはとある人物が腰を下ろしネゼリアを待っていた。


「時間が惜しいので手短にお願いしますわ」

「あらあらルージェルトさん、いつもよりも随分と血気盛んだこと。お紅茶くらいは」

「必要ないわ!!」


応接用の机を叩き付けながら立ち上がるルージェルト。

肩を下ろすネゼリア。そのまま壁にもたれ掛かりルージェルトの話に耳を傾ける。


「あの子、インジュとか言う子。一体何者なの」

「何者・・・お伝えした通り感染者よ」

「ふざけないで」


ある意味の予想通りの回答にルージェルトは空気を震わせる。周囲の魔力に干渉し輝かせ始めた。


「本当に血気が凄い事。喧嘩をしたいのなら他でお願いしたいのだけれど」

「何度も言わせないで、ふざけた事を聞きに来た訳じゃ無いのよ。時間は惜しい、実力行使も視野に入れる程にね」

「そう・・・それは大変」


鼻で笑うネゼリア。しかし大きく息を吸い何かを決めた素ぶりを見せた事でルージェルトは少し落ち着きを見せる。


「アストの所で話した通りではあるのよ。あんな子を私は知らないって」

「だから!」

「たしかに。あの子は感染者では無い可能性はある、けどあなたも見たでしょう? あの子の異業。あんな事が出来る人を私は知らないわ、王位継承の資格を持つ者すらね」


先日の王城の出来事。ネゼリアの口にしている事に偽りはなかった。

インジュが放っていた魔力の光、誰もが思うその脅威性はネゼリア自身も警戒していたのだった。

だが、それは件のインジュの話。ルージェルトの聞きたい事はそうでは無い。


「で? さっさと教えてくださる? 貴女が言った、褐色肌の銀髪のダークエルフについて」

「ふふふ、まったく話の順序というものを学んだ方がいいですよ」


ルージェルトが本当に聞きたい事とネゼリアが知っている事。長年犬猿の仲であった2人が情報のやり取りするのは困難であるのは当事者同士わかっていた事ではある。

ネゼリアは魔力でティーポットとティーカップを呼び寄せ紅茶を入れ始めた。時間が無いと最初に宣言しているのにも関わらずルージェルトの事情を御構い無しに自らの喉を潤す。


これから何を話すのか、頭の中で考えながらネゼリアは息を整えた。


「貴女は、”竜”についてどれだけ知っている?」


ネゼリアが出した内容、それはルージェルトが考えていた物とはあまりにもかけ離れていた物だった。

一瞬目を見開いて驚くルージェルト。目を伏せ一度ネゼリアの言った事を自身に落とし込むが、ネゼリアの思惑に至ることは出来なかった。


「・・・降臨戦争の事を言っているのかしら」

「そうね、その竜の事。今はもう一匹もこの星に存在しない生命。その竜は一体どうなったのかご存知?」


竜の存在の問い。降臨戦争においての人類の敵、それが今を生きる人々の常識であり誰もが知っている事。

竜の全滅、それが降臨戦争の終息を告げた事象。人類の勝利が決まった。普通であればネゼリアの問いはルージェルトを馬鹿にしているような質問だったが、ネゼリアもルージェルトもそんな気は無いと両者理解しているのだった。


「それが今の貴女に伝えられる全て、これ以上を望むというのなら」

「よくわかったわ。やっぱり貴女が多くを知っているという事はね」

「ふふふ、素敵よ。それでこそ」


これ以上の情報、その性質をルージェルトは感じ取った。自らが培って来た知識や情報では辿り着く事が出来ない事を理解したのだった。


インジュと竜。その2つには関係あるとネゼリアからほのめかされた。

来たくも無かった訪問。ルージェルトは思わぬ形の結果を得ることができた。納得のいく結果では無かったが今は引き下がる選択をするルージェルト。

言い包められたとも思う中、部屋の出入り口へ向かう。


「ネゼリア、貴女がそう言うのであれば、あの子の処分指示はお断りさせてもらいますわね」


最後の最後に告げるルージェルト。それにどれだけの意味があるのか、もしくは間違っている可能性も否定出来ない中でルージェルトはインジュに手を下さないということ選び宣言した。


「本当に素敵よ、貴女がこれからどうなるのか。楽しみでしょうがないわ」


ルージェルトが部屋を出た静寂した中ネゼリアは優雅に紅茶を嗜む。

そして指を一本動かしとある物を起動させた。


「あなたも少しは節操というもの」


応接間の一角が開き、隠し部屋の姿を見せた。ネゼリアはいつものように不敵な笑みを浮かべながら隠し部屋を見る。

グチャグチャと鈍い音が部屋中に響く。そしてこの世の物とは思えない異臭と光景。


光り1つ無い部屋の中で1つだけ人影が音を響かせていた正体。

辺り一面血みどろに染め上げられ、人の内臓が無造作に転がっている。そんな光景を見慣れたかのようにネゼリアはただ何も言葉を交わすことも無く終始見守っていた・・・。


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