第19話 終わる常識神話、夢物語の始まり

これで終わり。そう決したインジュの前には見知った者が樹木の中から姿を現した。

すかさず攻撃をやめてしまったインジュは魔方陣を上空に展開し足場を確保し声を荒げるようにして語りかけた。


「カルスさん・・!!? カルスさん!!!! まだ生きて・・・!」


殴り掛かろうとした場所に突然カルスが姿を見せたのだった。

もはや体の9割以上は感染者として変異を遂げているが、顔の一部だけがまだ残り、インジュの前に姿を見せた。


「わタ・シ・・ごめ・いん・・ジュ・さン」

「助けますから!! 絶対に助けますから、諦めないで下さい!!」


樹木へと近付き直に触れるインジュ。何か出来ないかウィザライトも起動しありとあらゆる手段を模索する。


「わた・が・・・せイ・・で、ヨ・・わイせいで・・ごめんナサイ」

「違います!! 違うんです!!! 僕が全部、全部僕が・・!!!」


涙を流しながらも叫ぶインジュ。

全部自分のせいであると叫び続ける。カルスが感染者にならなくてはならなかった事、あらゆる事を吐き出すように懺悔を続ける。


「はぁはぁはぁ、絶対に助けま・・す! ぅぇ・・助けますがら・・!!」

「も・・ウ・・しテ・・下サイ」

「駄目だ!! 嫌だ嫌だ・・!! 助けます助けますからぁああああ!!!」


願いの叫び、それは境界線だった。

絶対に助けたいと諦めないインジュと、もう諦めてしまったカルスとの境界線。

インジュの頭の中にはカルスと出会った時の事が走馬灯のように浮かび上がる。最初に出会った時、本部に通してもらった事になった時、共に就任式を見ていた時。


薬を受け取った時。そしてルージェルトを庇ってくれた時。


「お願いだから!! お願いだ!! 頼む!! 頼むからぁああー!!!」


大声でただ叫び続ける。聞きたく無い言葉を聞かないようにする為に。

それでも、発せられた言葉が消える事は無い。


「消して・・下さい」


カルスの最後の言葉は届いてしまった。

そしてカルスの残りを取り込むかのように樹木の中へと消えていった。


「ぁ・・ぁああ・・!!!!」


言葉にならない言葉を発したと同時にインジュの頭上から木ノ実が1つ落下し、爆発した。

吹き飛ばされながらも左手を伸ばし続けるインジュ。魔方陣も消えただ落下するだけになるその時間があまりにも遅く感じられていた。


絶対に助ける。

意を決してウィザライトを起動して戦うと決めたのにも関わらずまた戸惑いを見せてしまった。

今も伸ばし続ける手は虚しく、無力である事を痛感するだけのモノへと成り代わってしまった。


「何も・・・何も出来ないじゃないか。怖がって、恐れて・・・意味なんてないじゃ無いか・・こんなの」


王城で見せた力。誰もが驚愕していた力。それはインジュ自身も感じていた物、制御も出来ないその力は人を傷付ける。だからこれまで躊躇してしまっていた、こんな状態になってまでも躊躇をしていた。

だからこそ考えてしまったのだった、それだけ凄いモノであるならもしかしたらと。

誰もが夢に見た奇跡に近しい行いが出来るかもしれない、だからウィザライトを起動した。だが当然のようにあの力が答えてくれるわけもなかった。


救いたい。

感染者を元に戻したいわけじゃない。

ただもう一度、ちゃんと自らの口で告げたい。言葉にしたい。声を発したい。

それだけの事。それだけの誰でも出来るような事を願うだけ。





『この世界には魔力だけじゃないの。魔力よりももっと凄い物があるの』


それは、インジュ最愛の母の言葉。夢でも見た言葉。

子供の頃に聞かされたその言葉の意味。理解していたつもりだった、しかしそれが今になって深くインジュの心に刻まれた。


だからこそ、インジュは強く願った。








そして、答えは帰ってきた。



「・・・ッ!!?」


インジュの前に現れたのは何時ぞやに見た画面。

忘れもしない、王城で制御出来なかった時に無慈悲に表示された画面。

書かれている内容は全く違う。あの時のような物騒な物では無い今インジュが求めている物、それが詳細に書かれた物が姿を現した。


インジュはそれが何なのかすぐに理解した。


「ぐぅう・・!!」


地上に激突する寸前に魔方陣を展開し着地する。

左手を振るう。その瞬間そびえ立つ樹木が光鎖によって覆われようとするが。


「グアアァアアアアアアア!!!!!」


感染者が素直にインジュの行いを無視するはずもなく迎撃に出る。

巨大な根をしならせインジュへ向けて襲わせる。


インジュわかっている感染者の攻撃が向かってくる事を。しかし今この体勢を崩してはならない。告げられた物には時間が必要であり、その間にインジュが動く事は出来ない。

故にインジュが攻撃を防ぐ手段は無い。


「こんのぉぉぉおおおおおおぉぉお!!!!!」


インジュと根の間に巨大な盾を持った者が割って入った。

後ろ姿でわかる、それは大柄の男。インジュに手を貸しカルスの為に涙を流した者だった。

だからこそ、インジュは声を出した。


「カルスさんを助けます!! 力を貸して下さい!!!!」


インジュの言葉に大柄の男は驚愕した。

それは言葉通りなのだろうか。それはインジュの言葉が聞こえた者の誰もが耳を疑う物だった。


カルスを助ける。

それはつまり、感染者を元に戻すという意味であると。


「ぐぅうぅ!! 本当に!!・・・出来るんですか!!?」


インジュを感染者から守る男が大声で問い掛ける。インジュと同じ様に誰もが聞こえる様に。


「出来ます!! やってみせます!!! だから!!」


大柄の男は笑みを浮かべた。まるで気でも狂ってしまったかのような感覚を味わっていた。

それはこの場にいる警護団、インジュの声を聞いた者全てが生んだ物だった。


「うおぉおぉーー!!!」

「時間を稼げばいいんだろ!!?」

「人民の守りは我々5班が担当を!!」

「”デド”副班長、お助けします!!!」

「助かる!! 絶対にこの方をお守りするんだ!!!」


警護団の瞳に光が取り戻され多くの言葉が行き交う。

デド副班長、それが大柄の男の名前であり、デドの持つ大盾に次々と警護兵が集まり支えていた。


「警護団の尻拭い・・・。またあなたに負わせて本当に申し訳ない。ですが、そのお言葉、勝手に信じさせてもらいます! 助けてやってくださいあいつを! カルスの馬鹿野郎を!!」


デドの言葉にインジュは目を見開いて全身に鳥肌を起こした。

今目の前に起きている物にさっきまで感じていた感情を吸い取られるかのような感覚がインジュを襲った。


自分を守ってくれる。協力してくれる。耳を貸してくれる。


「ぐあぁああー!!!」

「ッ! バインド!!!」


感染者の攻撃で1人の警護兵が吹き飛ばされてしまった瞬間、咄嗟に光鎖を放つ。

勢い付いた速度の体を光鎖で包み、地面への激突は回避させ軽傷で済ませる事ができホッと胸を撫で下ろしたインジュ。


「助かっ・・た?」


地面へ叩きつけられる事を覚悟していた警備兵はキョトンとした顔を浮かべていた。

それを見た警護兵達は不思議と気合を入れ直した。


「いくぞぉぉおぉお!!!!」

「「「おおおぉおおおおお!!!!!」」」」


警護兵達が一斉に突撃を始める。襲い掛かる根に対し魔力で向上させた武器で次々と無数にある根を迎撃していく。

洗練された動き、訓練された連携、そして何よりも声での掛け合い。

それら全てがインジュには強く光っているものに見えた。


「おぉぉらぁあああ!!!」


警護兵の突撃で力が分散したことによりデドは防いでいた根を大きく跳ね除けた。

そして支えに入っていた警備兵達がすかさず剣を抜き魔力を込め斬り刻む。


「くそおぉ! 仕留めきれない!」

「また来るぞ!!!」

「いや、そのまま攻撃を!! アブソリード・バインド!!!」


インジュは中断をさせる事なく襲い掛かる根に対して魔力を行使した。


「おぉ!!」

「今だ畳み掛けろ!!!」


巨大な根がインジュの光鎖で締め上げられた隙にデド達は一斉攻撃で根を消滅させた。


「よっしゃぁー!!」

「いけるぞ!! 俺達やれるぞ!!!」


それはあまりにも不思議なものだった。

準備に取り掛かったら何も出来ないはず。しかしインジュは先ほども咄嗟にバインドを発動させてしまった。そのことからいけると確信がありデド達に加勢した。

再びインジュは突然出たあの画面を呼び出す。

するとまるで更新されたかのように、何も出来ない項目は消えていた。少しの不安がインジュを蝕もうとしていたがそれを払拭する物がある事に気が付いた。


項目が消えた、そして同時に別の物が増えている。


「ぐぅう!! すまんやられ・・・あれ?」

「お前感染・・・してないのか!!?」


インジュの見た項目それが今実証されていた。

それは単純明快な物。その事象に警護兵達も驚きを隠せない様子を露わにしていた。


「感染しないぞぉおー!!!」

「本当に・・やれるぞ!!! 俺達は戦えるぞー!!!」


更に士気を上げる警護兵達。感染しない理由はわからない、しかしその起因はなんとなく察していた。全ての中心人物、デドが守った者、それがきっと答えであると。


あらゆる希望と期待が溢れていた。さっきまで見ていた光景が嘘のように広がりを見せていた。


インジュは一度目を閉じた。

失敗は出来ない、期待を裏切るわけにはいかない。もしまた王城のような事を起こしてはいけない・・・なんて重い感情はインジュには無かった。それは突如現れた画面も同じである。

目を閉じても感じる。警護兵の人達の戦いの音を、そして魔力の流れ、龍脈の鼓動を。

インジュがする事はたった1つ。


ただ、”こたえ”てくれたモノに対して尽力するだけだった。


「いけます!!!」


インジュは再び天に向け左手を掲げ、巨大な魔方陣が強烈な光と共に大地に姿を現わす。


「ッ! 後退だ!! 急げ!!!」


デドの号令で次々と各班長も声を荒げた。

負傷した者も含め次々とインジュの背後に避難を開始する。

後退を始める者達に対し感染者は攻撃を止めた。もはやそれどころでは無いと本能が拒んだ。

それもそのはず感染者も人民も、共に戦った警護兵も、その光景に目を奪われていた。


「綺麗・・・」


誰かが口ずさんだ。

インジュから出る魔力の光、止まる事を知らずに溢れ出る光の粒子が会場全体を優しく包み込む。


もはやそこに絶望を感じる者は誰1人いなかった。


「すぅー・・・」


インジュは大きく息を吸った。

準備は整った。整えてもらった。多くの警備兵達が力を貸してくれたから出来た事。自分1人じゃあ到底出来なかった事。


誰もが夢に見た行い・・・それは奇跡。

この場にいる者全員はその目に焼き付ける事になる。

今から行われる奇跡を、歴史的瞬間を。


「リ・ライゼーション!!!!」


インジュの言葉と共に辺りの光りはその輝きを増した。

誰もがその眩さに目を覆い背けるしか出来なかった。

しかしインジュは最後まで目を見開きその瞬間まで気を許す事は無かった。


魔力の光りは次第に樹木を枯らせ始めた。

上と下、高く伸びた枝と地の底まで伸びた根から徐々にその姿を塵に変えていき感染者の消滅が伺えた。

もう感染者の脅威は無くなる事が確定した。だがその結果だけでは当然足りない。

ここまで尽力してきたもの、その求めている本当の結果以外は受け入れられない。その事を誰よりも求めているのはインジュであった。


そして・・・。


「ッ!!」


インジュは走った。ただただ走った。

もたついてしまいながらもインジュは走る。誰よりも早く向かった。


「終わっ・・た?」


光りが収まりこの場にいる全員が戦いが終わった事に安堵した。

同時に目で映ったのは元は壇上があった場所、感染者がいた場所へと走るインジュの姿。

涙を垂れ流しながら、本当にただの子供のように走るインジュを全員が見守っていた。


「はぁはぁ・・はぁはぁはぁ!」


息が上がることも御構い無しにインジュは走り続けようやく目的地に到着した。

そして両手を空に上げゆっくりと落下していた”者”をゆっくりと抱きかかえる。


「・・・生き・て・・・る」

「は・・い!・・んぅ!! 戻って・・来れたんですよ!! カルスさん!!!」





インジュがカルスを受け止めた瞬間。拍手喝采が起きたのだった。


感染者が人に戻る事が出来た。

自分達はあまりにも酷い目にあった。

しかしそれを払拭するかのように、手を叩いた。


我を忘れる程に、あの時のように惑溺していたのだった・・・。




























「やはりそうか・・・」


拍手喝采の会場を下水道から先生は1人、立体画面越しに見守っていた。

もしインジュがこのまま何も無く死んでいくようだったら手を貸すつもりで居たが自力で切り開いた事に喜びを感じて居た。

そして同時に先生は肩を落としていた。

感染者を人に戻す。そんな事は自分では、出来ない事だった。しかしインジュは自らの作ったウィザライトを使ったものの、その奇跡的な異業を成し遂げた。


それが先生の肩を落とす原因、とある懸念を確証へと変えたモノだった。


「綻びは・・・絶えず今を蝕む。侵食は止まることを知らず伝染し未来を閉ざす・・・」


画面を閉じ、先生は椅子から降りて見上げる。

目に映るのは龍脈還元器。


「私も、燻るだけではいられないか・・・そうだろう、アルバス」

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