第11話 純白を汚す盲目
どれだけの時間が過ぎたのか、インジュはそんな感覚を巡らせる事が出来なかった。止まった時間に閉じ込められるかのような圧迫感でいっぱいだった。
「・・・ッ」
当然のように言葉は発せれない。巡らせようとする考えもまた思考に反映されない。夢にも似た空間と感覚。見覚えのあるようで初めて味わうその感覚。短いようであまりにも長いその時間は・・・目覚めと共に終わりを告げた。
「んっ・・ぁ・・くぅ」
目を開くとそこは暗闇の世界。まるで時間が巻き戻ってしまったかのような錯覚に陥るもそんな事が無い事をインジュはすぐに理解した。
あの時に比べて全てがはっきりとしているからだ。そうはっきりとわかる、痛み。刺されたという痛みがその身と心にも走らせていた。
一度心を落ち着かせて辺りを見渡しインジュは眉間に皺を寄せた。
見覚えの無い空間、いつもの下水道では無い、異臭もそこまでしないところを考えるとインジュは思い至った。
「独房・・・ですよね、繋がられてるし」
右手だけ上げられるように手枷で拘束され、両足共に鉄の鎖が付いた足枷で身動きが取れない。
だがあまりにもその一点だけが異様さを感じさせた。
それは、左手。今もまだインジュの手から離れる事無くはめられているガントレット。先生から授かったウィザライトだけが丁寧に机の上に置かれるというあまりにも異質な状況にインジュは戸惑いを隠せないでいた。
「捕まった・・それはわかるけど。んっ!! ダメか、完全に固定されてる」
インジュは左手を思いっきり机から引き剥がそうとするも不自然な程にビクともしない。これも魔力の一種に違い無かった。であれば魔力で、ウィザライトの力でどうにかしようと起動しようとした時だった。
「おやおや、お目覚めのようですね。たしか・・・インジュ君だったかな?」
「あなたは・・・バルグ本部長!」
「くくくっ、その呼び名もすぐに変わるかもしれませんがね。まぁ君には関係の無いことですがねぇ」
独房の扉から姿を見せたのは不敵な笑みを浮かべまるで勝利を確信しているかのような表情を向けるバルグだった。
「ぐっ!!!」
「あぁーー!!!愉快だ愉快だ! どうした? あの時の威勢はどうしたのだダークエルフ?? 随分と早い敗北じゃないのかい?え??」
インジュの銀髪を掴み、あれほど嫌っていた瞳を自らの顔に近付けバルグは己の全てを曝け出していた。
あれからどれだけの時間が経ったのかはわからない、それでもバルグがこの瞬間の為にどれだけの手をこまねいていたのか、容易に想像が出来る。
「何か言いたまえよ、さぁ!!」
「・・・あの人」
「何?」
「あの人に何をしたですか!! カルスさんに・・お前は何をしたかって聞いてるんですよ!!」
カルス。その名前にバルグはわざとらしく今思い出したかのような素振りを見せインジュを更に挑発しようとしていた。
「あんな者の心配よりも自分の心配をしたらどうかね?? これから君がどうなるのか?とか、命乞いでもいいぞ? 聞き入れる事はないがねぇ!!」
「いいから答えて下さい!! あの人に!」
「黙れッ!!!」
銀髪を掴んでいた手が離れた直後にインジュの頬は大きく殴られた。
それでも、暴力を振るわれる程度ではその真っ直ぐな瞳を曇らせる事は出来ない。むしろ余計にバルグという人物を更に捉えるようにインジュは目は鋭さを増した。
「くっ、くくくっ。お前如きが何だって言うんだ、ただのガキ風情が何をそんなに・・・」
インジュは黙ってバルグを見入った。
まるで冷静さを欠いた人物を見ると自らの心が落ち着きを取り戻すかの如く、インジュは逆に思考を巡らせる。
そして一つの疑問が浮かび上がった。
「あなた、僕の髪なんて触れて大丈夫なんですか?」
「なんだと?」
「感染者。だから僕はこうして縛り上げられて捕まっているはずではないんですか? なのにあなたはまるで・・・」
「ふざけるな!! またそうやって、嘲笑おうとしても!! 無駄なんだよ!!」
再びバルグは暴力でインジュを言い負かす。何発もの打たれる拳に流石のインジュの身体も悲鳴を上げるかのように血を吐いてしまった。血が飛び散ったと同時にバルグの暴力は止んだ。
そしてバルグはまた不敵な笑みを浮かべた、飛んだ血を見た事で。
「くくくくくっ!! どいつもこいつも能無しばかりじゃないか。こんなくくっこんなただのガキに良いようにされて馬鹿みたいでは無いか。あのカルスという平民も同じだ」
「ッ・・・!」
「あぁそうさ簡単な事さ、奴はねー。君を・・・裏切った。ただそれだけの事なんだよ」
裏切った。
その言葉だけで全てをインジュは理解した。壮大な物であると、ただ自分が偽られた、そんな単純なことだけでは無いと。
「少しだけ脅しをかけただけでころっとだったよくくくっ! まさに傑作だったよあの表情は! ちっぽけな正義感で出来た関係が終わるその苦悩に歪む表情、君が感染者だという後押し! それだけでもう・・笑いと喜びに堪えるのでくくっ、大変だったよ!?」
「・・・カルス・・さん」
「ただただ愉快だよ。そして、おかげで思い出したよ。”人を扱う”とはこうゆう事なのだと! 私に笑みを与えるくれる存在であると!!」
「ふざ・・けるな」
バルグの高揚感は留まりを知らず、溜まりに溜まった鬱憤をこの独房で吐き散らし続けた。
誰に宣言をするのでも無く、インジュに語り掛ける訳でも無く。
「それ以上・・・やめ・・て」
今にも耳を塞ぎたい。聞けばどれだけ自分が愚かな事をしてしまったのかを認識してしまう。
それはただの過ち。カルスという何の関係も無い優しさにあふれた人を自分は巻き込んでしまった。今も苦悩に苛まれているに違いない、そんな物を抱かせてしまったのは紛れもなくインジュ自身だった。
取り返しのつかない事。先生の交わした時間を思い出してしまい更なる深みにインジュを誘った。
『それが時に悪い事に作用する事を考えられる君なら大丈夫さ』
その言葉の意味は理解していた。決して全てが正しいとは思っていなかったから考えられた事。
故にインジュは、知る由も無かった。
こんなにも悪い事というのは苦しい物なのだと、汚物を口から吐き出すだけでは治る訳もない苦しみ。後悔の念ばかりが感情を支配するこの悲しみを。
前へと進む道が見えず、見る事を許されない現実。バルグはカルスがインジュを裏切ったと高らかに宣言していたが実際は違う。
インジュ自身が裏切ったのだった。カルスが抱く期待に・・・。
「君のお友達はまさに! まさに私が思い描いたような”モノ”だったよ!!」
「黙れえええええええええええええええ!!!!!!」
全てを吐き散らしたのはバルグだけではなかった。
それはインジュの爆発した感情に答えたかのような現象だった。
独房が突如爆風と共に崩れ落ち出した。
バルグは運良く爆風で外に投げ出されていた。
「なななな、何が・・何も出来ないはず! 何も出来ないって言ってたはず! なんで!」
「ダマ・・・レ」
倒壊する独房からゆらゆらとその存在が近付いてくる。
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