第10話 直線を乱すは、小さな石ころ


「私のーー!! ターーーーンだぁああー!!!」


一挙に多くの事があり、流石のインジュもクタクタな様子を隠す事が出来ず、そのままソファに横になってしまった。


「すみません先生、色々勝手してしまって」

「これ以上の成果を要求する程、私はまだ落ちぶれていないよ。この”錠剤”いやーもう調べる前からもう何か色々漂ってるのが見てわかるよ怖いー」


錠剤。それがあの時亡命者が口にしようとした物だった。何故彼らがそれを持っていたのか、それはわからない。だが、これを取り出した時の仲間達の反応から感じた物はあった。


それは・・・。


「うん! 凄い真っ黒!! 君の読みは正しかったという事だね」

「じゃあやっぱりそれが」

「間違いないねー。”感染者”になる薬だよこれ、飲んでみる?」


先生の冗談を無視しインジュはこれまで溜め込んで来た物を吐き出すかのような大きな溜息を吐いた。

マイナスからスタート。まだそれがゼロへと帳消しになっているわけでは無い、けれどこの一歩はあまりにも大きくインジュのこれからを繋ぐ道標になる事をインジュは確信した。


「あの! 近くで説明聞いて良いですか!?」

「近くでって・・・。休息も必要だろうに、それに狭いから立ちっぱなしになるけどいいんかね」

「はい! こう見えて結構頑丈なんで、無尽蔵なんで!」

「無尽蔵て・・・。まぁいいよ、君の思うようにしたまえ」


感謝の言葉と同時にインジュはソファから飛び出し、先生の後ろに付く。先生も見えるようにと少しだけ身体を逸らした。

インジュの目に映ったのは、有りとあらゆる器具に囲まれ魔力の光に当てられた錠剤。たしかに今回はこの錠剤、感染者に関する情報が間違いなく手に出来る物を調べるのが最優先ではある。だが、インジュの目に映る多く器具は不思議と高揚感に似た感情をインジュに植え付けた。


「あの、何かお手伝い出来ることありませんか?」

「え? 手伝い?」

「あ、いや!深い意味は本当に無くて。ただ見ているだけというのも、と言いますか。あーでも専門的な事はちょっとまだその・・・」

「んー別に気にして無いが・・・。なるほどインジュ少年はこういった物に心惹かれるということかね? わかるよーウィザライトのカートリッジリロードした時のインジュ少年を見た時から素養はあるとは思ってたからね~」

「素養、ありますか?」

「違っ・・・いやでもまぁ、こういった研究だったり実験だったりの素養は間違いなくあるだろうね。だって君、好奇心旺盛な方だろう?」


好奇心。その言葉にインジュは目を点にした。

そしてふと、昔の記憶が脳裏から現れとある言葉を思い出した。


「はい。そう・・・ですね、母様の影響だと思います。たしかに最初は魔力を使いたい一心で書物を見たり調べ物をしたり沢山の事をしたつもりです」


その結果は言わずとも知れていた。それこそインジュには魔力を扱うという素養がゼロだった。どれだけ調べようと、どれだけ時間を使い書物を漁ろうとも出来ない物は出来ない。自分のような者が例外中の例外だと、前例の情報が一切無い理由を考えれば考える度に暗い想いを積もらせるだけだった。

それでも、インジュは、手を止めなかったのだった。この時代で生きる中で魔力という要素は必要不可欠だから、その思いは間違いなくあったがそれ以上にインジュは自分が知らない事を知る喜びと楽しさを無自覚に得ていたのだった。


それを改めて実感したインジュは言葉に詰まった。行き過ぎた好奇心の先、それはあまりにも・・・。


「僕・・・」

「そこまでしおらしくせんでも良い、それにそれが時に悪い事に作用する事を考えられる君なら大丈夫さ」

「え、それって」

「あぁそうだ。正直君の好奇心なんて高が知れているという事だ」


先生は珍しく手を止め、座ったまま天井を見上げた。

下水道の一角、誰も知る事のなかった王都の地下。先生が開発したウィザライトで明かりを灯しているが、それまでは間違いなく真っ暗闇に覆われた場所であったに違いない。


「好奇心に果ては無い。何故なら時間は止まる事を知らないからね。時代もまた同じだ、進めば環境も変わり、産まれてくる人々もまた変わる。そうして世界もまたどんどん変わっていくだよね」

「変われば変わるほど・・・知らない事が沢山増えていく」

「そうゆう事。知ってるねぇー」

「いえ・・・その」


インジュは口から出そうになった言葉を飲んだ。


「だからね、きっとその想いというのは捨てるには惜しい物だと思うよ。誰もが平等に想えるはずの物だからね」

(平等に想える・・・はず)

「いやーそれにしても、やっぱり調子が狂うなー」


先生は一度大きく背伸びして気合いを入れ直し再び作業に戻った。


「ごめんなさい、手を止めさせてしまって」

「やめたまえやめたまえ、君は劣化した私の感性を取り戻してくれているのだよ。忘れてないだろ? 君と初めて出会った時の事。まぁ忘れてくれるとありがたいんだけどね」


先生が口にした事をインジュは理解した。今にも取って食われそうな状況、こうして問題無く会話が出来ている先生からは到底思えない出来事。その正体、それがインジュが恐れてしまう好奇心の一端だと。

反面教師、ある意味でそれがインジュの答えに結び付いた切っ掛けだった。


「先生!」

「ん?」

「やっぱり、何か手伝わせて下さい! 教えて下さい! せめて自分のウィザライトを自分で整備出来るくらいにはしたいです!!」


突然の意気込み、グイグイ来るインジュにたじたじになる先生は思考を巡らせていた。当然インジュの申し出を拒否する気は毛頭ない。

だが、今はそれ以上に。


「とりあえず了解だ、出来るだけマニュアルの様な物を用意しておこう。だがその前に、これを見てくれたまえ」

「え?」


先生がインジュに見せた物、それは錠剤の詳細データだった。

有りとあらゆる魔力が薬として作用し、その効力などの多くを先生は文字で起こしてくれていた。多くの魔力が凝縮され、普通に調べられてもただの薬と騙す為の魔力で作ったプロテクトのような物も含めて先生の手で露わに晒されていた。


そして、決定的な情報をインジュは目にした。


「これは!」

「そうだねー見た事あるよねー、つい最近・・ね」


ウィザライト整備に関する話はまた後日。インジュはすぐさまウィザライトを起動し魔力を使えるようにした。

そして遠隔通信で連絡を取るのであった・・・。








日を跨ぎ、インジュは外出をしていた。

人目に付かない場所での待ち合わせ。インジュはとある人物と待ち合わせをする事になっていたのだった。


「インジュさん! お待たせして申し訳ありません」


手を振りながら駆け寄ってきたのは、警護団のカルスだった。

インジュは警護団本部へ通信を入れ、カルスと連絡を取った。内容は当然、先日手に入れた薬、そして何があったのかの報告の為に呼び出した。


「急にお呼びたてしてごめんなさいカルスさん」

「いえいえ、それよりも例の物なんですが」

「はいこちらです」


懐から取り出したのは小さな袋。カルスは差し出された袋を息を呑み受け取った。

中身は白い一粒の錠剤、インジュが先に伝えていた物、飲み込んだら感染者に変貌してしまうという薬だった。


「偽装用の用のプロテクトは外れてあります。カルスでもその薬の詳細がわかるようになってます」

「・・・これが」


インジュに言われる通り、カルスは魔力を使って薬の詳細を見て感じ取った。

間違いなく、袋から覗いているその薬は異様な存在であり、インジュが言うようにこれを口に含んだらどうなるのか想像が付く代物だとカルスも察した。

カルスの手は震えを覚えていた。目の前にあるこれが本当に今まで不明瞭な存在である感染者の基となる物であれば、それが一体どうゆう意味を持つのか。

あらゆる感情がカルスに襲い掛かる。

インジュにも告げた、モーゼスと父親である班長。その二人が命を落とした理由が今目の前にあり、そしてその正体もまた明かされてしまったのだから。


「あの・・・これ」


薬の詳細の一つ。インジュと先生が決定付けた物、それにカルスは気が付いた。


「はい。それは・・・”家紋”です」


インジュは真っ直ぐに告げた。

家紋。薬には魔力で後付けされた家紋が存在していたのだった。その意味は、薬の所有権を示す物でもあった。

となれば、その製造元である証明にもなる代物だった。


「あの就任式・・・僕は同じ物を目にしました。カルスならご存知でしょう?」

「・・・はい、間違いありません。これは・・・バルグ新本部長の家紋です」


カルスの口にした言葉でインジュは確信の確証を得た。インジュと先生だけでもほぼ確定していた事ではあるが、カルスという第3者にその言葉を聞く事で更にインジュは自信を持つ事が出来た。


「インジュさん、これを・・・これからどうするんですか」

「はい、それをカルスさんにご相談したくて呼ばせて頂いたんです。僕はこれを公表するべきだと思ってるんです。今のこの王都の大きな問題である感染者、それを故意的に、私利私欲の為に利用している人間がいる。これだけの物が作られているという事は、王都は、感染者に関する情報を隠しているに違いないと僕は考えています」


真っ直ぐな瞳で熱弁するインジュ。カルスは治らない震えに抵抗しながらインジュの想いを耳にする。

曇り一つ無いインジュの言葉。王都アルバスでの現状を知り、今手にしている薬の存在を知ったら誰もが声を上げるのは明らか。


ただそれをインジュが一番初めに見つけ、そしてそれに加担するのがカルス自身であるという、だけなのだ。


「インジュさん、こちらで一度これを預かってもいいでしょうか」

「はい、もちろんです!」


袋を閉めてカルスは懐にそれを忍ばせる。ただの袋、たった一粒の薬が入った袋はあまりにも重く、懐からもその存在をカルスに自身に主張し続けていた。


「カルスさん!」

「・・・え?」


気が気じゃ無い状態でインジュに呼ばれたカルスの顔は穏やかとは言い難い物だった。


「本当に、ありがとうございます!!!」


暗い路地裏を照らす青空。カルスにはそんな感想しか頭に浮かばなかった。対になるような存在が目の前で光り輝いていた。

カルスは大きく息を吐いた。インジュという大きな存在を改めて実感する事で決心がついたのだった。


「あ、すみません。ちょっと連絡が」

「はい、お気になさらず」


カルスに背を向けるインジュ。

インジュに連絡したのは先生だった。用件は他愛の無い物だった為か、インジュは今カルスと話した内容を報告していた。


「そうか、警護団の力が借りられればかなり大きな」

「はい! ですからこれからの事をできれば」


意気揚々と話すインジュ。先生もまたその結果に笑みを浮かべている様子だった。

これから忙しくなる、それは間違い無い。だからこそ多くの事を準備する必要があると、カルスに会う前に二人は多くを語っていた。


そしてたった今、一つ前に駒が進む事により状況は大きく変わるのだった。


「そうですね、一度戻っ・・・」

「ん? どうしたインジュ少年・・通・・・が・・悪・・聞き取れ・・い・・・」


先生の声が遠退く。通信状況が急に悪くなった。

だけではない。


「んぅ・・ど、どうし・・・て!」


インジュの身体に激痛が走る。何が起きているのか、それは容易に察する事が出来た。

背中から刺された。ただそれだけの事。


「ぐぅ・・が・・あ・・!!」

「ごめんな・・さい。ほ、本当に・・ごめんなさい、インジュさん」

「カ、カルス・・さん!?」


横腹を突き刺したナイフが抜き取られる。同時にインジュは立つ事もままならずその場に倒れてしまった。

刺された。自分は今、共に協力しようと願った者。カルスという人物に刺された。

たったそれだけの事実をインジュの脳内は拒絶し続けていた。


「本当に、ごめんなさい・・・!!」



インジュが最後に目にした光景は、ただ謝り続けるカルスの姿だった・・・。

その謝罪は一体どうゆう意味なのか、何に向けて言っているのか、その時のインジュにはわからなかった。


ただその光景で目に焼き付いた物、それはカルスの震える姿と吹き荒れる雨の様に流れ続ける涙だった・・・。








何故カルスがインジュを刺したのか。

それは遡る事、インジュとゼッガが別れ、先生が手にした薬を調べていた同時刻。


「何ですのそのふざけた報告は!!」


その声は激昂したルージェルト物。場所は警護団本部の本部長室、今はバルグの一室。そこでセンナとバルグは主人であるルージェルトに通信で状況報告を行なっていた。


「あれだけ完璧にこなせと言ったわよね! センナ、あなたが向かっておきながらこの失態はどうゆう訳!!?」

「申し開きも御座いません。つきましては」

「もういいわ、帝国の人達は私の方で対応するわ。すぐにこちらに向かわせなさい!」


それを最後にルージェルトは一方的に通信を切った。

本部長室に静寂が訪れた途端、ようやく息をすることが出来たかのように大きなため息がバルグから漏れ出した。

しかし状況は芳しく無い事に変わりはない、そわそわと落ち着きないバルグは口を開かずにはいられなかった。


「セ、センナ殿! これから一体どうすれば」

「うろたえるな。この様な事態は想定の範疇、下手な事をすればそれこそ致命傷ではになりうる。我々の計画は決して失敗は出来んのだ」


センナはそれだけを告げ部屋を後にしようとするも、バルグの動揺が治ることを知らない。助けを求めるように引き止めるもセンナが足を止める事はなかった。


「あの方にもこの事は報告せざる得ない。亡命者は私がルージェルト様のもとへとお送りする。これ以上の痛手は許容出来ないはずだ、再発防止に努めろ」


その言葉を最後に、センナは本部長室から姿を消したのだった。


「何が・・・!!!」


バルグは怒りに任せゴミ箱を蹴り飛ばした。ゴミは無残にも飛び散った中、バルグの隠せない動揺に拍車がかかる一方だった。

ただの高みの見物を気取る王位継承3位、そしてその側近。二人の小娘に頭を下げなければならない状況、そしてようやく上り詰めた今の地位が揺らぎかね無い事態をバルグは感じていた。


「ぐぅぅ!! あれだぁ、あのダークエルフが・・!!!」


今にも脳裏に浮かぶインジュの顔、それがバルグを酷く歪ませていた。

感染者を放っている可能性、それをインジュという感染者が察し出している。ありとあらゆる想定はしている、当然その為の偽装も多く施している。

そんなはずは無い、いくらあのゼッガが味方をしてもこの地位を崩せるはずは無い。


それでもバルグの怯えは治ることを知らなかった。


『どうして知らないんですか?』


遠目からでも感じたモノ。その身体は小さく、そしてあまりにも幼稚な存在。にも関わらずその声と言葉、屈折の知らない表情と瞳はバルグを蝕んで行った。


「くそっ!!! あんなガキに、ガキ共にぃい!!!」


再び蹴られるゴミ箱。もはやその存在はただ蹴られるだけの物、中身は一切無く吐き出す事すらもないモノだった。

怒りと恐怖、知性を阻害する要素にバルグは悩まされる。


だが、転機は動く為に存在する物。

バルグをここまで追いやったインジュも多くの転機に見舞われ初めて至る事の出来た物。

それがバルグにも訪れるのは、不思議な事ではなかった。


「本部長、少しよろしいでしょうか」


それは一本の通信。本部長室用の通信器具からきた報告だった。


「今私は忙しい! 他の者に回せ!!」

「ですが、インジュと名乗る者からカルス警護兵へ繋いで欲しいと通信が・・・。通信周波に魔力の異常があり」

「そんな物を私に報告するで無い! それよりも・・・何だと?」


その一報を飲み込む事が出来たバルグ。その転機は、バルグを飛躍させるのであった。

冷静、とはまた違うモノがバルグを押し出した。すぐさまその対応を命じた。そして同時にカルスという警護兵の所在をおって連絡するように伝え通信を終えた。


「ふっ・・ふふふ、くくくくくっかっかっかっかっ!!!!」


不敵な声は誰も居ない部屋に響き渡る。

つい先ほどまで慌てふためき怒りに身を任せるだけの存在は、もうそこにはいなかった。


「あぁそうだ!! 私は運命にこれほどまでに愛されている!!! そうだとも! 私は・・・私はこんなにも優れているのだから!!!」


ただ誰も聞いて居ない場所で叫ぶように勝鬨を上げる。

当然それを聞く者は誰も居なかった、先ほどまで一緒に居たセンナや主人であるルージェルトにも・・・。

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