第1話 無垢なレールの始まり


昔々、まだこの世界に竜と呼ばれる存在が人と共存していた、昔の話。

竜は小さき人の知恵を尊び、人は竜の力を敬う。お互いはその存在を無下にする事なく、互いが意思疎通の出来る生命の友である。その事に誇りを思わせる程の関係を築いていた。


生命としての進化を共に歩む。


それが切磋琢磨する二つの種族の悲願であり・・・そして、火種になってしまった事は言うまでもなかった。


『降臨戦争』

全大陸を巻き込んだ人と竜の争い。己の力を存分に振るい人を蹂躙できる竜に対して人はあまりにも無力。

誰もがただの殺戮を震えて待つだけのはずだったが、人の知恵は竜の力に均衡を見せた。


「これもまた人と竜、互いの進化に必要な事」


人が口走ったのか、竜が想いに耽ったのか、はたまた見えざる存在が達観していたのか。

長寿である竜には時間があったが為にその意思の強さは計り知れない。それに対し、人はあまりにも短命でその移り変わる時代と環境に変化を投じられずにはいられなかった。

たった二つの違い、それが生じてしまうのは必然だった。

そして長い争いの中、それは生まれた。人でも竜でも無い存在。


その存在こそが『王』というモノだった。

対立してしまった両者を治めるのはあまりにも困難を極めていた。人も竜も見出す希望が薄れ、絶望を感じていた時に王はその姿を見せた。人の見た目をしていても決して人のみの味方はせず竜だけの味方もしない、そんな王が双方から弓引かれる立場であったのは当然だった。

それでも王は声を発した、王は行動を続けた、王は常に戦場に立った、次第にその全てが王を王とたらしめる事になったのは言うまでもなかった。


数え切れない程の全てを捧げた王の存在により、人と竜の間で一つの”契りを交わし”争いは幕を引いたのであった。


そして、人でも竜でも無い存在である王が降臨した事から『降臨戦争』そう呼ばれて数十年・・・。








「母様! この魔力って何!?」


インジュは再び夢を見ていた。一つ前に見た夢よりも更に過去。少年インジュがようやく読み書きができる様になった時期の過去の夢だった。


「ふーん! それはねぇー・・・これだー!」

「うわ~! 飛んだーー!! 本がぁー!!」


机の上で広げていた本が鳥のようにパタパタと浮かび生き物のように飛び出した。インジュは目を輝かせそれを追っている。そんなインジュの姿を見て母は笑みを浮かべた。


「凄い!凄い母様!! 僕も出来る!?出来るかな!?」

「えぇ出来るわよ、今は誰でも簡単に使える。昔は私達ダークエルフやエルフような適正を持った人だけが使える物だったけれど、今は時代が進んで色んな事に応用されているのよ」


母は得意げに話し始めた。「例えば」と興奮しているインジュにある物を上を指差して見せた。インジュが見た先にあったものは天井にぶら下がっている灯だった。


「これも魔力応用の一つ。どんな暗がりでも明かりを灯せる素晴らしい物なの。今見せたような物もたくさんの人達が考えて出来た物なの」


母は、しゃがんでインジュの頭を撫でながら笑みを満面の笑みへと変え語り掛ける。そんな母の顔をインジュは今でも忘れられない程に素敵な顔だった。


「インジュ、今は魔力が誰でも使える物で誰もがそれを上手く使って頑張ってるの。けれどね、この世界には魔力だけじゃないの。魔力よりももっと凄い物があるの」

「魔力よりも凄い物?」

「そう! それはね・・・!」

「それは・・・?」










「実験だぁああーー!!!!」

「ッ!!?!?!?!??」



夢は覚めた。覚めた夢の先、現実に戻されたインジュは再び身動きの取れない状態。気を失う前の状態では無く純粋に手足が鎖で拘束されているのだった。

最初に認識した物は、気を失った原因である完全防備の人物がまたインジュに近付いていた。


「なななななな、何ですか・・・!?」

「んーー?? ただの実験だよ~ん!」

「その右手に持ってるのは・・・!?」

「んーー!! ただの実験だよ~ん!」


仰向けに拘束されているインジュ。何とか抜け出そうと試みるも思うように力も入らず拘束を解く事が出来ない。更にインジュが拘束している鎖には魔力が込められている事に気が付き自身が完全に良好な状態でも逃げ出す事が出来ないとわかった。


「はーーい、それじゃあー」


男の手が伸びた時、インジュは全身が力んだ。


そしてインジュの首元に何かが刺された瞬間だった。


「うぁあああああー!!!!」

「え?」


インジュの咆哮と共に大爆発が起きた。辺りに置いていた器具は吹き飛び、更にインジュ

拘束していた鎖は手枷から吹き飛び身動きが取れるようになった。


すぐさまインジュ立ち上がる。

全身の痛みが安息を訴える中、インジュは自身に鞭打ち、走り出した。


「逃げれた! はぁはぁ、何なんだよ一体!!」


等間隔で照らされている通路を走った。当然走っている場所はわからないしこの先に出口があるのかもわかっていない。

それでもインジュは今、止まる訳には行かなかった。とにかく止まらずに走り続ける、それだけに集中していた。


「出口!?」


背後からの気配は無い。それでも速度を落とす訳には行かない、このまま一気に外に出る。その想いで全力を振り絞った。


そして暗闇の世界から解放されたかのように光がインジュの姿を満たした。それと同時に水辺から上がる感覚を全身で感じ取っていた。


「ここは・・・王城の中庭?」


荒い息を整えつつ、その場で振り向き、上を見上げた。そこにはインジュが見知っている王城が姿を現した。


『王都アルバス』

インジュが見上げている『アルバス王城』を中心に城下町が広がっている。耳を澄ませば人々の音が伝わる程だった。

インジュにとって王都に住むようになって日は浅いものの、現在のインジュが寝床として与えられた場所であった。


再びインジュは安堵の気持ちを噛み締めていた。さっきまで居た場所が逆に夢だったのではと思えていた。一番最初に浮かんだのは当然あの完全防備の男の姿だった。


「本当に・・・何だったんだろう」


噴水の水の中。ここがあの場所と繋がっているのか、けれどインジュは自分が出て来たであろう場所、噴水の中心をチラ見するも、入り口らしきものは見当たらず本当にここが出入り口だったのか疑問に思ってしまった。

あまり良い想いはしなかった時間ではあるが、どうしてもインジュの頭から離れないで居た。

一体あれは何だったんだろうか。あの場所は? あの男は? 今インジュがいる場所は王城。つまり王城の関係者なのかもしれない。


無意識のうちに思考を巡らせて居た。まるで他の事を考えないようにするかのように・・・。


「誰だ! そこにいるのは!?」


人の声。それがインジュとって、本当の現実に呼び戻される事になる。


「その肌の色に銀の髪。報告にあった・・・”感染者”!」


鎧を纏った警備兵が一人、インジュを見つけ大声を上げた。その声色、様子、そしてインジュを見る目。それを受けた本人であるインジュ顔色が一気に豹変した。間違い無い事、それは警備兵がインジュに対して心配などの感情では無いということだった。


「ぼ、僕は・・・」

「大人しくしろ! なんでこんなところに、しっかりと処理されたと聞いていたのに」

「違います、誤解です! 僕は・・・僕は、感染者じゃないです!!」


インジュの言葉は警備兵には届いていない、これがインジュの本当の現実であり、夢では無い事実であった。

その事に気が付いた途端、インジュの全身が震え出した。


「こっちだ!! 感染者だー!!」

「ぐっ・・・」


足が後ろに下がるインジュ。警備兵は腰の剣に手を掛ける。

お互いがお互いの目を離さない。警備兵の額には汗が垂れ、緊張感が漂う。


(どうすれば、今は何も手元に無い。いや違うダメだ、手荒な真似は出来ない)


遠くからインジュのいる場所に何かが近付く音が耳に届く。音の正体は援軍、目の前の警備兵が呼んだ王城の兵士達。もし動くなら今対応しなくちゃいけない、時間が経てば経つ程に自身の立場が不利になっていくのは理解していた。


理解していたからこそ、インジュは動いた。


「抵抗はしません。だから、どうかお話しを聞いてくれませんでしょうか」


幼き体の少年であるインジュ。絞り出した答え、両手を上げ自身が無抵抗である姿勢を取ったのだった。


両手を上げるインジュに警戒しながらも警備兵は少しづつ近付く。感染者と呼ばれるインジュを前に警備兵は固唾を飲んでいた。口では抵抗しない、両手を上げて無抵抗であることを示しているも、それを鵜呑みに出来るような状況では無い、そんな表情を憲兵は浮かべていた。


「・・・・・・」


お互い言葉を発する事のない状況。警備兵は懐から拘束具を取り出す。両手を拘束する用の手枷だった。それをインジュの両手にはめればとりあえずの一安心。それで一段落とインジュの動きに集中しながら警備兵は、インジュに触れようとした・・・。


「ぐっ・・・!?」

「え?」


それは唐突だった。インジュに手枷を付けようと手を伸ばした警備兵の手が引っ込んだ。


「ぐがっ・・がぁあああああああ!!!!」


辺りは警備兵の絶叫が響き渡っていた。自らの胸を鷲掴みように苦し、目の前で一体何が起きているのか見当もつかないインジュはただその光景に圧倒されるしかなかった。


「がぁあああ!! ぐうぅぅ・・・ぅぅううう!!」

(な、何が起きて・・・。ッ!?)


グチャリと音を立てた瞬間、警備兵の背中が弾け飛んだ。そして血飛沫が辺り一面に飛び散る。


「だ・・・だ・・・!」


血みどろの警備兵がインジュを見る。口からの大量の血を垂れ流し、手を伸ばしながら言葉を発しようとしていた。


「だ・・ずげ・・・で」


それが最後の言葉だった。そして糸が切れたかのように警備兵はその場に倒れた。


「な・・・何が」


もはやそんな言葉を零すしか出来ないインジュ。自分を感染者と呼ぶ警備兵が突然苦しみ出し目の前で血塗れになって倒れた。頭はぐちゃぐちゃでまともな思考が出来ない。

それでもなお本能がインジュの足を動かした。


ここに居てはいけないと。


(逃げなきゃ!逃げなきゃ!逃げなきゃ!逃げなきゃ!)


あの場に留まってはいけない。血飛沫を受けたインジュに血塗れの男、そしてインジュは感染者と認識されている状況。保護を受けられるなんて状況じゃないのは一目瞭然。

だからこそ、今はとにかく足を動かす、動かし続けることがインジュにとっての最善だった・・・。







「感染者が出たって!?」

「あぁ、親衛隊の一人殺されたらしい」


インジュと警備兵で起きた出来事が王城に拡散されていた。とある感染者が王城に入り込み兵を一人殺した。


「しかもまだ感染者は逃走中らしいぞ」

「おいおい、警備兵達は何やってるんだよ。これだから”3位”様の部下共は」

「俺達が出張るような事にならなければいいがな」

「まったくだ」


意外にも危機感が全く無い様子を見せながら用を足した二人組の兵士はトイレを出て行った。

現状は警備兵を殺された一派が今も身を隠すインジュを探し回っている状況、しかし王城という中にも関わらずインジュを探し回っているのは一つの一派のみだった。


「はぁー・・・」


兵士二人が出て行ったと同時に息を吐いていたのはインジュだった。

今インジュがいる場所は、中心部である王城から離れた場所にあるトイレ地下の下水道である。外の明かりは一切入らず、聞こえるのは排泄物が流れていく水の音。そして耳に染み着き出すのは汚物等が交わる悪臭。


またインジュ一つ息を吐いた。目が慣れ微かに見える下水道の構造。無我夢中で逃げ出してきたとはいえまさかこんな場所に逃げ込むことになるとは思いもしなかった。


「誤解、解けるのかな。僕が感染・・・僕が感染者?」


ようやくの静けさから冷静さを取り戻し、インジュは自らに起こった事の整理に脳を動かした。

目の前で兵が血塗れで倒れ死んだからこんな所まで逃げてきた。訳の分からないところ出たと思ったら噴水のある中庭、そこで出会ったのが警備兵。目を覚ましたらその訳の分からない場所で身動きが取れない程に拘束され完全防備の男に何かされそうになった。


更にその前は・・・。


「その前・・・。ッ!?」


バッと頭を上げ辺りを見渡すインジュ。当然何か変わった物の無い下水道。

だが、今のインジュには変わった物が見えていた。


「なんで・・・なんで僕はこんな所に居たんだ」


頭に手を当てて思考を巡らせる。あの完全防備の不審者に出会う前。自分が目覚めた場所はこの下水道の何処かだと確信した。


「理由、経緯、きっかけ。何があったんだ。ぐぅっ!! 思い出せない? 違う、これはなんだ? 思い出そうとすればするほど・・・母様が」


自分が今必要する記憶を呼び起こそうとすればするほど、夢で見たような風景が頭に巡る。ただ一点、今のインジュが思い出したい場所だけが巡ってこない。まるで思い出してはいけないかのように。


「何が・・・何がぁあ!!」


次第にインジュは、当てていた手で叩くようになり、徐々にその手は拳へと変わり痛めつけるように自分の頭を殴るようになっていた。


「何が何が何が何が!何がーー!!」


インジュは息を荒げながら立ち上がった。そして振り向き先ほどまで自分が寄りかかっていた壁を直視する。

息を大きく吸い覚悟を決めていた。こんなことをしても思い出せる物も思い出せない、そんなことは百も承知だった。


だからなのか、だからこそなのか。


気が付いたら下水道にいる。知らない男拉致されてしまい。全力で逃げた先では兵に捕まり。その兵も目の前で死んだ。

そしてそんな事になってしまった原因を思い出す事の出来ない。


「んぅ!!!」


インジュの理性は、もはや限界に近しかった。


打ち付けられる顔面は、石造りの壁にぶつかる・・・。


「っっっっったぁああ!!!!?」

「え・・・」


インジュの頭がぶつけた物は壁ではなかった。勢い付けて打った衝撃を感じなかった。

またしてもだった、またしても何が起きたのか。

けれど今回は全く違う物。キョトンした表情を浮かべるインジュをよそに痛みをこれでもかと言うほどに訴える声が下水道で響く。


「痛み!!おぉお!!痛かったぁあー!!!」

「あ、あのすみま」

「なーーんてね!!! 全然痛くなかったりしてー!!」

「・・・は」


気を落としたり、冷静に分析したり自暴自棄になったら次は、頭の中が完全に真っ白になってしまった、そんな表情をこの少しの時間で変化させていた。それでもインジュにとってここまで起きた出来事は多くの意味で忘れる事の出来ない物になったのであった。

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