何ノ為の王達ヴェアリアス

三ツ三

【プロローグ】少年ダークエルフのインジュ


それはまだ少年が笑顔を絶やさず、大地を走り掛けていた戦争とは無縁の平和な時間。山の中、人という人が寄り付く事の無い山奥。

そこでは、二人の親子がひっそりと暮らしていた。


「母様! 今日はリザードを討伐してきたー!」

「まぁ”インジュ”一人で戦ったの!? 全くあなたはまた一人で無茶して!」


褐色の肌に長い耳を持つ母親が息子へお叱りの言葉と共にポコンっと頭に軽いゲンコツをする。まるで様式美の如く息子のインジュもゲンコツを受けた頭を抑えるもお互い笑顔を浮かべて合っていた。インジュは少しだけ反省の色を見せつつも今日のリザードの討伐方法、こんな攻撃をして来た、その道中で色んな薬草を見たなど、インジュは母親に今日あった出来事を余す事なく報告し母もまた笑みを浮かべながら楽しく聞いていた。


「今日のご飯は何ー!?」


インジュの話の締めくくりはいつも同じだった。食欲が旺盛というわけでは無い。ただただ母親の作る物が大好きであり。


母様が大好きというだけの何処にでもいる少年。それがインジュという少年なのだった・・・。










「ッ・・・!」


ゆっくりと目を開ける。視界に映るのは真っ暗な世界だった。

真っ先に感じた感触がインジュに”今”を知らせた。

体が重い。動かない。痛みが全身に隈無く行き届いている。あまりの感覚に現実という今を拒絶したくなる想いが溢れてしまうインジュ。


「ぅ・・・ぁ・・ぐ・・」


声もまともに発する事が出来ない。

自分は今まで夢を見ていたのだと。それに気が付くに数秒掛かった。現実に戻されてしまったのだと今一度目を閉じたインジュ。

過ぎた時間を戻せないのは誰もみな同じであるはインジュもわかっている。今という現実を直視し歩けば歩くほどに過去という思い出は輝きを増していくものだと。


だからこそインジュは母の言葉を思い出してしまった。「未来は明るく、そして尊い物」であると。


暗く、異臭が漂う場所で身動きの取れないインジュにとってはあまりにも残酷な言葉だったのは言うまでも無い。

それでも、インジュはその言葉に偽りがあるとは思っていない。当然だ。この世で最初で最後の最愛の人物。そんな人の言葉を偽りだと言い切る事はインジュには出来なかった。


それでも、インジュは口にしてしまった。


「助けて、かあ・・様・・・!」


目尻が熱い。溢れる涙が顔から流れ落ちていく。拭たくとも腕が動かない。泣き叫びたいのに喉が機能を失っている。言葉を発する事すらも許されなかった。

これが今という現実。インジュは見せられた夢の光景とは真逆の空間にその身を投じている。


何故こんな事になってしまっているのか。自らの思考へ働きかけても、その答えが帰ってくる事はなかった。

だったらやる事はもう限られている。衰弱しきっている体の力を抜いていく。それはただの屍の一つになる為の段取り。

それが何も出来ない今の自分に与えられた、最後の選択肢だった・・・。



水が滴るだけの静寂な空間。





「褐色銀髪少年!!!!」

「ッ!!?」


響き渡った大声にインジュの体はビクつき起き上がってしまった。これから死ぬであろう体に鞭が打たれたかのように上半身が起き上がった。

そんなインジュは咄嗟に声が聞こえた方向へ首を動かした。


「シュコォォォー。この反応、シュコォォォー。何だー、シュコォォォォォー。ダークエルフかなー?」


インジュの目の前には人型であろう二足歩行の生物?が立っていた。全身真っ白の完全防護服に身を包み、一切顔が見えない頭部全てを覆う黒いマスク。当然目も見えない得体のしれない”それ”からインジュは凝視されていると察した。


「シュコォォォォォー・・・!」

「ッ!?」


一歩ずつ完全防護の不審者がインジュに接近していく。男は手をワキワキしながらインジュに近付いていた。

だがインジュはその場から離れる事も、当然抗おうとする事も出来ないでいた。そんな中で一つの変化がインジュには起きていた。


(に、逃げないと・・・!!)


本能が拒んでいた。死を受け入れる事は出来た。けれどあれには、この身をここでそれに受け入れてしまったらマズイ。何が何でも抵抗しなくてはいけないと全身全霊が叫んでいる。

そしてワキワキした手がインジュに触れられそうになった瞬間。


(うわぁぁああぁあああああぁー!!!!)



衰弱しきった全身に全力で力を入れてしまったからか、インジュは白い目を向いて気絶してしまったのだった・・・。が、完全防護の男はお構いなく気絶しているインジュの首元に触れた。


「あらら、死んではいないが。ふむ、これは・・・"綻び"か。なるほどね」


水が滴る空間である”下水道”で物語は始まりを迎えるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る