現実3

 目が覚めてから約二日が経った。正確に云えば、三日前の午後に意識を取り戻したらしい。その時のことはよく覚えていない。母さんから事情を聞いて知ったことだ。

 どうやら、僕が学校の帰りに乗ったバスが事故に遭ったらしい。そのショックで僕は気を失い、病院に搬送されたそうだ。命に別状はないらしい。

 ベッドから起き上がるときに身体に少しの痛みが走るけど、日常生活に支障が出るほどではない。食事もトイレも一人で済ますことができる。お医者さんによれば、意識を取り戻すのに時間は掛かったものの、あれだけの事故でこれほどの軽傷とはまさに幸運だそうだ。ただ、様子を見るためにしばらくの間は入院しておかなければならないらしい。

 僕はベッドで上体を起こした体勢で窓の外を眺めた。逆の方向を見れば、無機質な病室が目に入るだけだ。

 しばらくそうやってぼーっとした状態でいると、背後からドアが開く音がした。振り返ると、駿河が複雑そうな面持ちでこちらを見据えていた。

「……風花はまだ、目を覚ましていないらしいな」

 駿河は、落胆したようにベッド脇にある椅子に腰を下ろした。駿河は無言で項垂れた。しばらく経つと、駿河は睨むように僕を見上げた。

「お前のせいじゃないだろうな」

「……何のこと?」

 わざとらしく訊き返した僕に腹が立ったのか、語調を強めて駿河は言った。

「お前のせいで、風花は目を覚ましていないんじゃないのか?」

 駿河は努めて平静を保とうとしているのか、息を荒くしながら肩を上下させている。

「雪山でもそうだったらしいけど、そうやって責任を全て人に押し付けるのはどうかと思うよ。駿河だって、あの時風花の側を離れたじゃないか」

「違う。俺は梵に風花の側に居るように任せた。だが、風花を一人にして離れた。そこに正当な理由があろうとなかろうと、風花を一人にしたことには変わりない。それに、俺が戻って来ると信用していなかったから、風花を一人にしたんだろ」

 駿河は余計な火種にけれど耐えた。怒りが爆発しそうになるのを必死で堪えている様子が窺える。

「そんなことは、今はいい。それより、お前、風花に何かしただろ」

「何のこと?」

「風花が目を覚まさないのは、お前が何かしてるからじゃないのか?」

 血走ったような赤い目で睨まれ続けると、流石に不快な気持ちが湧いてきた。僕も少し苛立ちながら、駿河に言った。

「言っておくけど、僕には風花みたいな能力はない。風花の夢に干渉する力を持ち合わせているのは、むしろ駿河の方だろ」

 僕が言うと、駿河は悔しそうな顔をして立ち上がった。

「どうしてお前は、肝心なときに風花を守れないんだ」

 駿河は俯きながら小さくそう呟くと、病室から出て行った。僕は思わず溜息を吐いた。

「ごめんよ、風花」

 届かない謝罪を口にしてから、僕はトイレに行こうと病室のドアに手を掛けた。すると、外から叫び声が聞こえてきた。

「うちの娘が、風花が目を覚まさないんです!」

「そう言われましても」

「お願いします! 何でもしますから、どうか風花を目覚めさせてください!」

おそらくは廊下中に響いている絶叫に、僕は思わず握りこぶしを作った。

 ドアから離れた僕は、両耳を手で塞ぎながらベッドに潜り込んだ。それでも聞こえてくる叫び声に罪悪感を覚えながら、僕は必死に目を閉じた。このまま眠ってしまいたかった。そして、眠った先に見る夢の内容を、僕は知っている。

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