現実1

 僕を現実世界に引き戻した光は、窓に被せられたカーテンから滲み出ている。僕はそれを鬱陶しく思いながら、軋むベッドから降りた。机に置いてあった携帯を手に取ると、目覚ましが起動する前に起きたことを知った。僕は憂鬱を背負って身支度を始めた。

父さんと二人で暮らしている僕は、毎朝キッチンで前日に作り置きしておいたご飯の所在を確認する。父さんがそれを食べた形跡があるかの確認を僕は日課としている。昨日用意したさんまの塩焼きが乗ってあったお皿はきれいになっていて、台所で水を張っていた。僕はそれを見て、思考のソースを今日の晩御飯に割いた。今日の夜に作ったご飯が、父さんにとっての翌日の朝食になるからだ。父さんは帰宅時間が遅いため、晩御飯を外食で済ますのが常だ。外食が多い分、やっぱりメニューには気を使う。自分のためだけに考えるなら、きっと適当になってしまうのだろう。コンビニ弁当で十分だ。

朝食を食べて歯を磨き、制服を着ながら携帯でニュースを確認する。そうしているうちに家を出る時間はあっという間にやって来た。僕は思わず溜息を吐いた。

僕は朝の気怠げな雰囲気を浴びながら、見知らぬ学生やサラリーマンの背中に労いの言葉を密かに掛ける。あの人たちも、きっと今から学校や会社に行くのが嫌なんだろうな、という勝手な仲間意識の下で行われる僕の習慣である。

 さっきまでは他人を慮る気持ちがあった僕だけど、いざ学校にたどり着いてみればそんな余裕は霧散した。自分のことで精一杯だからだ。この状態に僕が陥るのは、高校生になってから日常的になっている。そしてその要因は、今朝見た僕の夢の中で登場した駿河と風花だ。僕は二人とは極力会話しないようにしているのだけど、何の因果か一学年七クラスあるうち、ちょうど同じ五組に僕たち三人が配置されたのだ。そもそも二人と同じ高校に進学すること自体想定外だった。おかげで僕は毎日肩身の狭い思いをしている。

 教室の前で、僕はいつものように一度目を瞑り、息を吐いた。小さく「よし」と呟いてから扉を開き、教卓前でだべっている朝練後のバスケ部員たちの横を通り過ぎ、窓際の一番後ろの席に座った。彼らの側を通る際、僕は思わず息を止めていた。そこには、駿河も混じっていたからだ。僕はただひたすらに地面に焦点を合わせながら自分の席に座ったため、駿河の表情は一切分からなかった。

 無事に着席した後も、僕は平穏に浸れるわけではなかった。いつも僕より少し遅れて教室に入って来る風花が、僕の隣に着席した。クラスが同じだけでも気苦労が絶えないのに、まして隣の席を引き当てるとは、前世で僕は大罪でも犯したのだろうか。

「おはよう」

 僕が脳内で独り言ちていると、風花が笑顔で僕に挨拶した。

「あ、お、おはよう」

「うん、おはよう」

 僕がたどたどしく返事するのを、風花は訝しむふうでもなく見届けた。やがて友達が風花の席を取り囲んだ。流石白雪姫の主演だけあって、人望が厚い。昔は僕と仲の良かった駿河と風花は、気付けばクラスの中心人物に成り上がっている。二人とも、自ら主演に立候補して配役が決定したのだ。その際、一切の横槍は介入してこなかった。本当に、お似合いだと思う。

 こうした一連のイベントが毎朝行われるのだから、それはそれは登校を憂鬱に感じるのも仕方がないといえる。しかも、毎回何かしらの劣等感を抱くというおまけ付きだ。僕は自分が惨めに思えて窓の外を眺める。すると、少しはそうした気持ちが和らぐ。

 僕にとっては救いともいえるチャイムが鳴って、授業が開始された。それから休み時間の始まりを告げるチャイム、授業開始の合図として機能するチャイムが数回繰り返された。それからやがて、ロングホームルームの時間がやって来た。話題は、間近に迫った文化祭に関する報告事項や劇にまつわる確認事などであった。

 担任の教師が黒板で劇の流れと、当日に必要となる物資の確認を行っていた。それから、真面目に聞いていた風花と、バスケ部仲間と談笑に興じていた駿河に教師は言った。

「姫乃さんと霧雨くん。白雪姫の衣装は本番の二日前くらいに出来上がるわ。そのときは、衣装係の琴平さんに確認を取ってちょうだいね」

「はい」

「うぃーっす」

 風花ははきはきと、駿河は気怠そうに答えた。

「ところで、二人とも劇の練習は順調そうかしら?」

 教師の問いに、風花は控えめな笑みを浮かべて答えた。

「セリフは一通り覚えることができたので、後は表情だったり所作だったりを、もう少し詰めていければと思っています」

「なるほど、流石ね。では、霧雨くんは?」

「あ、俺っすか? まぁ、セリフはちょいちょい飛びますけど、本番までには仕上げます」

「その言葉を信じているわ。先生も一番霧雨くんが、姫乃さんの王子様に相応しいと思っているから」

「先生! その言い方だと、二人がカップルみたいになっちゃいますよ!」

 誰かの指摘を受けて、教師は「あらやだ」と頬に手を添えた。

「白雪姫の王子様役として、霧雨くんが適任ね。訂正」

 教師の言葉に、教室中が湧いた。笑いと冷やかしの入り混じった歓声だった。

 隣の席を見ると、風花は恥ずかしそうに俯いている。風花もまんざらではないのだろうか。心のもやもやを感じ取った僕は、慌てて風花から目を逸らした。すると、一番教卓に近い席に座る駿河と目が合った。駿河ははっとしたような表情をして、慌てたように前に視線を戻した。

 後の時間は特に持ち出す話題もなかったため、教師も生徒も無為な時間を持て余しながらホームルームを終えた。放課後、いつものように風花に声を掛けられそうになって、僕は急いで教室を後にした。

 昇降口で下靴に履き替え、足早に校門を出ようとしたところで、背後から明らかに誰かが走って来る音がした。当然自分には関係のないものだと思って校門を出た僕は、だから突然肩を誰かに掴まれたことにかなり驚いた。恐る恐る振り向くと、風花が息を切らしながら僕を睨んでいた。

「今日ばかりは逃がさないから」

「……えっと」

「一緒に帰るよ。昔みたいに」

「……いや、えっと」

 どう断ろうかと言葉に詰まっていると、風花が有無を言わさないような表情をしているのを見て、僕は静かに頷いた。

 僕と風花は小学校で云うところの同じ学区内に住んでおり、住居も転移していない。つまり、僕と風花は帰る方向が同じなのだ。そしてここから最短かつ最安値で帰宅するのに、バスを使うのが効率的だ。

 僕と風花はバス停で無人の青いベンチに腰掛けて、しばらく無言の時間を共有した。僕が気まずい思いであちらこちらに視線を向けていると、風花が不意に口を開いた。

「久しぶりだね。こうやって一緒に帰るの」

 振り返って風花の表情を窺おうとしたけど、下を向いて俯く風花の顔は、長い横髪に隠されている。

「そう、だね。うん、本当に、久しぶりだ」

「どうしてこんなにも久しぶりだと思う?」

「え? そりゃあ、僕たちはもう高校生……」

 言い終わる前に、風花は僕の両頬をつねった。

「い、いひゃい。どうしたの? 突然」

「どうしたの? じゃないでしょ。梵がずっと私を避けてきたから久しぶりになっちゃったんでしょうが」

「……すみません」

「許しません」

 割と真剣な表情でそう言われたので、僕はどうしたものかとたじろいだ。すると、風花はクスクスと笑い始めた。

「許さないけど、こうやって梵と話せて嬉しいから、許してあげる」

「……どっちだよ」

「それで、どうして私を避けてたの?」

 単刀直入に訊かれて、僕は言葉に詰まった。

「……それは」

「あの時のことが原因?」

「…………そう」

「……何回も言ってるけど、あれは梵のせいじゃないよ」

「いや、あれは間違いなく僕の責任だよ」

「本人が梵のせいじゃないって言ってるのに」

「…………」

「現に私は生きてるよ。じゃあ何? もう一生私や駿河と仲良くしたくないの?」

「……できないよ」

「できないか訊いてるんじゃない。仲良くしたいかどうかを訊いてるの」

「…………したいよ。そりゃあ」

 僕は、過去の後悔を地面のコンクリート上でリバイバルした。風花の表情を窺うには、まだ勇気が足りなかった。

「じゃあさ、話しかけて来てよ」

 僕が罪悪感に浸っていると、風花は静かにそう言った。風花の言葉に、僕は顔を上げた。

「私が話しかけても、ずっと避けるでしょ?」

「……それは」

「駿河だって、梵に話しかけられるの待ってるよ」

「そんなわけないだろ!」

 風花の言葉に、僕は思わず叫んだ。風花の顔が自分の目線下にある。無意識のうちに、僕は立ち上がってしまったらしい。

「あの時、風花を置いて行った僕は罪深い。駿河はそんな僕を正当に評価した。僕に見せたあの表情。もう、駿河が僕を受け入れる余地はない」

 僕のせいで風花が入院していたとき、駿河は僕に言った。二度と風花には近づくなと。僕はそのことを思い出しながら叫んでいた。

 捲し立てたことで息が切れた。そんな僕を、風花は寂し気に見つめている。

「どうして風花は僕を許すことができるのさ。本来なら、君が一番僕を突き放すべきだ」

「……だって、梵が悪いわけじゃないもん。私、あの日から今日まで、梵を責めたこと一度もない」

「……どうして」

「じゃあさ、あの時、もし梵が私の側にいたとして、それで私の命が助かる可能性が変わったの?」

 風花は無表情で僕に言った。

「……それは」

「変わらないでしょ?」

「……でも」

「分かるよ。梵自身が自分を許せてないんだろうなってことは。でも、それで梵が私から離れることを選んだことの方が、よっぽど私を傷つけてる」

「…………」

「駿河が梵に何か言ったんだろうなってことも、なんとなく分かってる。でも、それでも、私はやっぱり、また三人で仲良くしたい。それでまた駿河に何か言われたら、私が説得する。今まで駿河に私が何も言わなかったのは、梵が駿河の意見に同意してるって思ってたから。梵が私の側にいない方がいいって思ってること、知ってたから」

 風花の言葉に、僕は全身から力が抜けるのを感じた。のろのろとベンチに座った僕は、僕にとっては空白とも云える中学三年間のことを思い出した。僕はずっと、二人から逃げ続けていた。それは風花に対する罪の意識によるものなのか、ただの意地なのか、もはや自分にも分からなくなっていた。

 僕は項垂れるように地面に視線を落としていた。もはや世界を直視するのが恐ろしいような心持ちだった。顔を上げることができない。また自分の身勝手な感情で二人と仲良くすることなどできるのだろうか、と頭を抱えそうになった。けれど、僕の両手と頭が接触することはなかった。というのも、風花が突然僕を抱きしめてきたからだ。

「……どうしたの、風花」

 平静を装いながら、けれど少し震えた声で僕は訊いた。

「また、三人で一緒に居よう?」

 風花の言葉に、僕は泣きそうになった。そして、思わず風花を抱きしめ返した。それはきっと、無意識のうちに涙を見せないようにするための行動だった。風花の体温を感じながら、僕はずっと不安だった気持ちが溶けていくような気がした。

「駿河も、梵と話したがってるよ。梵が居なくなってから、ずっと心配してた」

「……うん」

 粘土のように、一度崩れた輪郭を元に戻すことはできない。昔あった三人仲良しという構図は、もはや存在し得ない。けれどそれでも、僕はまた、どんな形であっても二人と関係を築きたい。ずっと本心の奥底に嵌めていた言葉が、次々に浮かび上がってきた。風花はしばらくの間、僕が背中を揺らすのを見守るように抱擁を続けてくれた。

 やがてバスが来た頃には、お互いに冷静になってみてとんでもないことをしたものだと、二人して赤面していた。僕は風花に何度も謝り、その度に風花は顔を赤くして「私がしたことだから」と首を振った。

バスは徐々に減速してバス停前でスプリングを解放して空気が抜ける音がした。ガスの臭いが僕たちをかすめた。

 僕と風花は後部座席に向かった。別の高校の制服を着た男子生徒と、スーツを着たサラリーマンが座っているだけで、僕たちは存分に後部座席を占領することができた。

 僕たち以外に乗客が居ないことを確認した運転手は、アナウンスをかけてからバスを発車させた。心地良い揺れを感じながら、僕と風花は久しぶりに夢の話をした。僕と風花、そして駿河を繋げるきっかけとなった夢の話だ。

「そういえば、梵は今でもあの能力はあるの?」

「絶対夢感? うん、あるよ。なんなら昨日も見た」

「へぇ。どんなの見たの?」

「……僕たち三人で、一緒に下校する夢」

 僕が言うと、風花はニヤニヤしながら肘を小突いてきた。

「やっぱり梵も私たちと一緒に居たいんじゃん」

「まあね」

「素っ気ないなぁ」

「逆に、風花や駿河もまだ健在なの? 能力は」

 僕が訊くと、風花は頷いた。

「あるよ。ああいうのって小さい頃までしか使えなさそうなのにね」

「風花は見たい夢を見れるんでしょ? どんな夢見るの?」

「ん? あー、昨日は宝くじに当たった夢見たよ」

「うわー、夢がないなぁ。昔は巨大なショートケーキに飛び込む夢を見たとか言ってたのに」

「あはは、ピュアな頃の私だ」

「でも、ケーキは食べれなくて泣いたって話してたよね」

「うん、寝る前に詳細を思い浮かべないといけないから。昔は見たい夢を思い描いてる途中で寝ちゃってたから、中途半端な夢ばっかり見てた」

「じゃあ、今は結構リアルな夢見れるんだ」

「うん。流石に何十年もその能力使ってたら、勝手も分かってくるよ」

「なるほどね。でも、あまりにリアルだと、起きたときに夢と現実を混同しない?」

「めっちゃする! だから、起きてあれが夢だったんだって気付くと、いつも絶望してる」

「羨ましいような、余計なような、変な能力だね」

「うん。しかも、たまに夢の設計を間違えて大変な思いするときがあるんだよね。梵みたいに明晰夢を見れるわけじゃないから、本当に焦るし軌道修正できない」

 風花はその時の記憶を思い出したのか、身震いしている。どういう夢を見たのかについては、掘り返さない方が良さそうだ。

「駿河は他人の夢にダイブする能力だよね。昔はともかく、今他人の夢に潜り込めるのはまずくない? ほら、年頃だし」

 僕が懸念を呈すると、風花は苦笑いしながら頷いた。

「駿河って、顔さえ知っていればその人の夢に潜れるでしょ? 私と一緒で、寝る前に強くその人の顔を思い浮かべながら眠れば、その人の夢に潜れる。だから、道ですれ違った綺麗な人の夢に潜ってるんだって」

 風花は困ったように言った。その夢の中で何が行われているかについては、考えないことにしよう。それにしても、見ず知らずの男が突然夢に出て来るなんて、きっと駿河に魅入られた人たちはさぞ怯えていることだろう。駿河が他人の夢にダイブする時間に制限があることがせめてもの救いだ。

それからの会話でも、意外にも風花と普通に話せていることに気付いて、僕は思わず笑いが零れた。そしてなんとなく泣きそうになった。

しばらく二人でバスに揺られている最中、ふと気になっていることを風花に訊ねてみようと思った。風花は、駿河のことが好きなのか、ということだ。僕が居なかった三年間も、風花は駿河と今まで通り交流を持っている。さらに駿河は風花のことが好きときた。駿河の気持ちは今も変わっていないはずだ。もしかすると、二人は既に付き合っているのかもしれない。僕の知らない二人の歴史に何が刻まれているのか、僕は確認したくて仕方なかった。

僕は乾いた唇を舌で湿らせてから、口を開いた。

「あのさ、風花」

「なに?」

 素朴に訊き返してきた風花に、僕は質問をしようとした。けれど、僕は慌てて口を噤んだ。このまま答えを聞くと、自分が冷静でいられるか保証できないからだ。

 僕の様子に風花は首を傾げた。

「どうしたの?」

「え? あ、いや。やっぱりなんでもない」

「えー、なにそれ」

「ごめん」

「まぁいっか」

 風花は特に気に留めるふうでもなく、窓の外を眺めた。僕がほっと息を吐いていると、風花は不意に口を開いた。

「ところで梵は彼女いるの?」

「…………は? いない、けど」

「そっか」

 当然だけど、風花は高校生だ。昔見ていた小学生だった風花とは違う。窓に自分の顔を映す風花の横顔が、どこか大人びて見えた。今まで同じ学校に通っていたくせに、僕は風花の姿を見るのが怖かった。そのせいで顔をまともに見るのが久しぶりになったことで、昔の記憶と照らし合わせてみてその違いが浮き彫りになっている。昔、混じりっけなくただただ純粋に遊んでいた頃とは違うような、どこか複雑な表情を帯びている。あの頃とはまるで異質なそれに、僕は思わずどきっとした。

 風花も変わったんだな、としみじみ思っていると、風花が突然こちらを振り向いて言った。

「私ね、梵のことが好きなんだ」

 風花の表情には一切色がない。無表情で、まるでロボットが内蔵された言葉を羅列しているように思えた。

「……えっと?」

「昔からずっと、梵のことが好き」

 風花があまりに冷静に淡々と告白してくるせいで、僕は余計に混乱した。

「え、でも、三年間も喋ってなかったのに?」

 自分のことを棚に上げて、僕は風花に訊いた。

「確かに、変だよね。未だに梵が好きなんて。でも、忘れられなかった」

風花は寂しげに微笑を浮かべて俯いた。僕は突然のことに動揺して何を言うべきか分からなかった。ここで僕も好きだというべきなのか、駿河のために首を振るべきか。そもそも本当に風花は僕のことが好きなのか。

様々な思考が脳内で渦巻いて、僕は眩暈がした。けれど、告白してきた女の子を放っておくわけにはいかない。気まずそうに俯く風花に、僕は口を開いた。

「僕は」

まさにそのとき、突然バスの車体が大きく揺れ出した。驚いた様子の風花と目が合って、僕は咄嗟に風花を抱きしめた。それから揺れる身体に抵抗して運転席を窺った。運転席には、ハンドルから手を離して座席から身体を投げ出している運転手の姿があった。

「運転手さん!」

 僕が全力で叫んだ瞬間、バスは他の車とぶつかって耳を劈くような音を出しながら窓の外の景色を回した。状況が呑み込めないけど、おそらくはバスが横転しようとしているのだろう。三半規管がかき回され、経験したことのない揺れに身体は追い付かない。それでも風花だけは守らなければと、風花に覆い被さったまま僕は車体の振動に耐えようとした。けれど、もう一度大きな音がした後、僕は後部座席から放り出された。経験したことのない痛みを感じながら、僕は意識が薄れていくのが分かった。暗くなっていく視界の中で、風花が額から血を流して倒れているのが目に入った。

「ごめん」

 きっと、声も出ていなかっただろう。

僕は海の底に沈んでいくような感覚を覚えながら、意識を手放した。

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