02◆騙すな
翌日。
日曜日サイコー!ということで、学校がないホリデーを満喫するべく、すっかり昼まで寝る気でいた私。
しかしそれは、普通に生きていたらまず聞かないような“暴力的な声”により妨害された。
《おい、起きろや!》
思わずバキッと飛び起きる。
ガラパゴスケータイを折り畳むみたいにバキッと上体を起こしたので、心臓が人生至上最速にBEATINGだ!
男性の声だったが、まるでチンピラ…いや任侠のような、ひどく荒々しくて乱暴な挨拶だった。
今まで私を起こしてくれた霊は、男性でももっと優しかったような…というか、40代くらいのおっさんの声だった。それが今回は20代くらいの若者の声だ。
《本契約すっから、さっさと起きろ》
咄嗟に声がした方向、即ち左を見る。
そこには、正に燃えるような赤色をした髪がツンツンと尖っている、パンクロックな格好の男子が柄悪く座って居た。
相変わらず年齢不詳で、少年のようにも大学生くらいの青年にも見える。とにかく老いてはない。昨日と同じパターンだ。
昨日の経験からして、こいつも悪魔で間違いないだろう。
「えっと、あなたは…?」
《バドル。アガレス様の部下だよ》
「バドル?聞いたことないけど…wikimediaに載ってる?」
《載ってねェよ!アレに載ってんのは、ソロモンの野郎が本に書いた古参の悪魔だけだ。悪魔だって毎日生まれてんだよ》
そうなんだ…そう言われると妙に納得できるような…ていうか、悪魔に部下とか居るんだ。
確かにアガレスはwikimediaに載る程の有名な悪魔だし、力も強いから忙しいのかもしれないけど…流石に契約時に本人が居ないのは良くないんじゃない…?
《今日からはオレがお前の担当だから、よろしくなァ》
「担当?担当って何?」
《オサッシの通り、アガレス様は忙しい。ずっとお前の望みを叶えるために張り付いてるワケにはいかねェんだよ。代わりに部下であるオレが、お前のソバに居るっつゥこった》
「…じゃあ、あのイケメン来ないの!?アガレス自身がずっと張り付いてくれるんじゃないの!?」
そういえば、悪魔の甘言には惑わされるなとかよく言うけど、もしかしてこれがそういう…?
やだ私、騙されたの!?部下も割とイケメンではあるけど、全然タイプじゃない!私はワイルド系には興味がないのに!!
《悪かったなタイプじゃなくてよ!つゥかアガレス様、ホントはあんな姿じゃねェぞ》
「え、嘘」
《お前に取り入りやすいように姿変えてたんだよ。ホントはシワっシワの、ワニに乗ったジィチャンだぜ。ネットに載ってっから見てみろよ》
私は人生最速の手付きでスマホのキーボードを操作し、アガレスを画像検索した。
そこには、コラン・ド・プランシーという絵師が描いた、お世辞にもイケメンとは言えないお爺さんがバカデカいワニに乗っている絵があった。
《ま、実物の方はもっとイケてるけどな。コランのヤツ、絵柄が毎回独特過ぎんだよ》
「おい!!嘘ばっかりじゃねーか!!」
《オレ達は悪魔だぜ?嘘なんか当たり前だよ。特に契約に関しちゃとびきりの嘘を吐く。それに、お前手に入れる為にどれくらい前から張ってたと思ってんだ》
「え?張ってた?」
《半年くらい前から、シフト制で交代しながらお前のこと見に行ってたんだよ。アガレス様直々に見に行ったこともあった。それくらい、お前は特別なんだよ》
そう言われたら、何だか満更でもないような…
いやでもでも、私はあの色気たっぷりアガレスの所有物になれるという☆ご褒美☆に目が眩んだのもあって契約したんだよ!それが履行されないのは、ちょっと…ちょっとなぁ…
「あ、そうだ!確か昨日の時点ではまだ仮契約だったよね!?やっぱり契約の話ナシ!こんなに嘘吐かれちゃたまらんて!このタトゥーも消して!」
《それは無理だな。仮契約っつっても、あれで契約の工程の8割が終わってる》
「8割!?握手だけで8割なの!?」
《仮契約ってのは、周りでお前を狙う悪魔への1日牽制アピィルDAYなんだ。いつでもキャンセルできますよォっつゥモンじゃねェんだよ》
…なんそれ…全然そんなん聞いておまんがな…
《何せ、お前の霊能力がある程度育ったことで、色んな悪魔がお前に干渉出来るようになった。悪魔はいつだってお前の魂をつけ狙ってる。そこでキィプしてることを見せつけて、手を出させないようにした。それが仮契約だ》
ちなみに、それはタトゥーじゃない。“
印章とは、悪魔の名前に相当するもので、契約者に悪魔に対する支配力をもたらすものらしい。
…これが刻まれてる時点で、もうほぼ契約してるのと変わらないやないか…
《願いを叶えるとか、魂を貰うって話は嘘じゃねェ。契約内容には嘘を吐けねェからな。それに姿だって変えようと思えばいくらでも変えられるし。暇な時にはアガレス様を召喚することだって出来る。お前に今更不都合はないと思うぜ?》
「そ、そう?そっか…じゃあ、いいのか…いいのかなぁ…」
《アガレス様は優しい方だ。契約の流れだって、お前の為を思って考えてるし…》
その時、部屋の外からお母さんの呼ぶ声がした。
「桜ー!高校の資料届いたわよー!」
そうだった。
流石にそろそろと志望校を決めるために、色んな高校のパンフレットを取り寄せていたのだ。
部屋から出てタタタッと階段を降りると、下から2段目のところに大きな封筒を積んでくれていた。
拾い上げて高校名を見ると、一番上に見慣れない名前の高校の資料がある。
“国立神霊学園”…?
「シンレー?カミダマ…?なんて読むんだろ…こんなの取り寄せたっけ…」
《あ、お前そこ行くことになるから》
「え!?」
うっかり大声を出して驚くと、お母さんから「どうしたのー?」という声がした。
慌てて何でもないと答えて、階段をドドドド駆け上がり自室に戻る。
《まァまァ、資料出してみろよ》
いつの間にか姿を消して、声だけという低燃費モードになったバドルに言われるがまま、神霊高校とやらの封筒を開けて資料を取り出した。
すると、取り出す時に人差し指の先が紙に擦れて切れる。血がツプンと溢れた。
「うお血!?こんな出る程切った!?」
《よォし、血ィ出たな。その血でこの紙に署名しろ。アルファベットな。絶対血止めんなよ》
「えぇ…んな無茶な…」
《普通はミンナ自分で指切って血出すんだから、そうさせないだけ感謝しろ》
直後、どこからかふわりと風に乗って紙が舞い、手元に降りて来る。
正方形の付箋くらいのような紙に、手の平と同じ印章が描かれていた。
「えと、名前書くんだっけ…指で擦るの?」
《ほら早くしろよ!血ィ、止まんだろが!》
「ハイハイごめんん!!」
恐る恐る血の出た指先を擦りつけると、ざらついた紙面の摩擦で地味に痛い。血小板のおかげで既に止まりつつあるが、左から聞こえる怒号がうるさくて、なんとか『Sakura Kiyane』と名前を書き終えることができた。
《字ィ汚ね…まぁいィか。これで本契約は完了だ。晴れて契約成立だな》
「痛かった…痛くないって言ってたのに…」
《それは魂貰った後の話だろうが。…痛み、止めてやろうか?》
あ、そっか!
契約したんだから、こういうちょっとしたこともお願い出来るんだ!
バドルに力使ってもらうのは初めてだし、早速テスト代わりにやってもらおかな。
「うん!止めて!」
《おォ》
バドルが返事をした瞬間、みるみる内にヒリついた痛みが収まっていく。余韻すら残さず、まるで最初から切ってなかったみたい。
しかも指先を見てみると、綺麗に傷跡が塞がっていた。
特に魔法みたいなエフェクトが全然無かったのがリアルだなぁ…やっぱり便利だ悪魔って…
《んで、その高校だけど》
「そうだよ!この高校行くことになるって、どういうこと!?」
《資料見てみろ、そしたらわかる》
封筒から割と分厚めの資料を取り出す。ご丁寧に願書まで封入されていた。
パンフレットの表紙には、窓ガラス張りの綺麗な校舎の写真が載っていた。青く光を反射して中までは見えないようになっている。ビルみたいに角ばってはいるけど、ビルほどまでは高くない縦に長めの校舎だ。
高校名の下には、こんなキャッチコピーが書いてある。
「『信頼を叶え、人々を導く、確かな霊能力者を育てる』…?」
パンフレットを開くと、左のページ上半分にこんな文章が書かれていた。
_____我が国立神霊学園では、普通教育と個々の第六感を育て上げる専門教育を同時に行うことで、真に強力な、人々を導く霊能力者を養成しています。創立から7年が経ちますが、この7年間で世界に名立たる霊能力者・聖職者を多数輩出し、“神霊卒の霊能力者は信頼出来る”として、霊能力者の待遇・地位向上にも貢献しています。
____入学条件
①霊能力を持っていること。但し、自力で会得した後天的な能力ではなく、生まれつき・家系遺伝などの先天的な能力であること(覚醒した年齢は問わない)
②霊的存在と対話ができること(必ず双方で作用し合い、コミュニケーションがとれること)
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