第29話 出やがったのですぅ~! 洗剤を撒くのですぅ~!


 カランコロン♪――とお店のドアを開け、


「ただいまー」


 と私。そんな私の頭の上で、


「ふぅー、ひどい目にあったのですぅ~」


 とルリ。いやいや、それはこっちの台詞セリフである。

 いつも和奏わかな口煩くちうるさい。


 まあ、彼女なりに心配してくれているのは本当なので我慢がまんしよう。

 旅行から帰ってきて、落ち込んでいた私をはげましてくれたのも和奏である。


 事情を話すと――別に、また帰ってくればいいんじゃない?――あっけらかんとしたモノだ。確かに『二度と戻ってこれない』と言われた訳ではない。


 『帰れ』と言われたことがショックで、叔父さんの話をよく聞いていなかった。

 これでは、私もルリのことを言えない。


 反省すると同時に――やっぱり友達ってすごい!――と思った。


「友達じゃなくて、パン屋の娘がすごいのよ!」


 オーッホッホッホッ!――と高笑いをする和奏。

 そんな笑い方……今までしていただろうか?


 前にも似たような遣り取りをした記憶がある。

 いや、それよりも……私は――妖精たちを自分が助けた――と思っていた。


 けれど、誰にだって、その力はあるのだ。

 おごっていた自分をじる。


「やっぱり、ウンチのヤツを買ってあげれば良かったのですぅ~♪」


 とルリ。


「いや、それは絶対、喜ばないから……」


 ダメだよ――私は注意する。

 そんな、くだらないことまで思い出していたからだろうか?


「やあ、お帰りなさい」


 と声を掛けてくれたお客様。


「ただい……ま――」


 その姿に気が付き、私はおどろくことになる。


「出やがったのですぅ~! 洗剤をくのですぅ~!」


 とルリ。こういう時にくのは塩だと思う。

 多分、洗剤はGを倒す場合だ。


 威勢いせいはいいのだけれど、私の後ろに隠れながら言わないで欲しい。

 耳に響いて、ビクンッとなる。


 口の悪さも相俟あいまって、私より先に消されないか心配になる。


「そう露骨ろこつに嫌な顔をしないでください……」


 あはは――とスーツ姿で笑う雷清らいしんさん。着物を着た朝美あさみの姿もある。

 おどろくなと言う方が無理な話だ。


 まあ、叔父さんも居ることだし、そこまで心配する必要はなさそうだ。


「で……なにしに来たんですか?」


 私は質問しつつ、ルリに耳打ちする。

 念のため、優夜ゆうやを呼んで来てもらうように頼む。


 店の前まで送ってくれたので、まだ近くにいるはずだ。

 分かったのですぅ~♪――とルリ。素早く姿を消す。


 雷清さんは、その遣り取りを待っていてくれたようで、


「実はわれらの『御子みこ』が、白菊しらぎくさんにお話があるそうなんです」


 とこちらに身体を向けた。『御子みこ』というのは朝美のことだろう。

 すでにその魂はけがれをまとい、この世にとどまるのが難しいと聞いている。


 朝美はいつの間にか私の目の前に立っていた。

 その左の瞳には、光る蝶が舞っている。


「見せてくれと頼まれた」


 と朝美。雷清さんに動く気配はない。

 叔父さんに動くなとでも言われているのだろうか?


「わたしのことはお構いなく……騎士ナイトくんも来たようですね」


 雷清さんは笑う。コポコポときあがるお湯の音が店内に響く。

 叔父さんはなにも言わず、コーヒーを抽出しているようだ。そこへ――


「大丈夫かっ!」


 と優夜。ルリも――連れてきたですぅ~♪――と言って私の肩に止まる。

 優夜は私の無事と確認すると安堵あんどする。


 しかし同時に、朝美の姿を見て戸惑っていた。

 複雑な心境なのだろう。


「心配なら、手をにぎっていてやれ」


 と叔父さん。コーヒーの準備している。雷清さんは――なにもしませんよ――と言って、軽く両手を上げ、降参のポーズをとった。


 よく見ると、顔がれているような気がする。


「あの、大丈夫ですか?」


 私は自分のほほに触れながら、心配すると、


「ええ、実はこのお店へ近づいた際に、誤解が生じまして……」


 一発、いいのをもらってしまいました――と雷清さんは語る。

 くやしい、というよりは、なんだか嬉しそうだ。


「鬼であるわたしを素手で――しかも力で上回るとは……」


 本当に人間でしょうか?――と逆に質問されてしまった。

 そう言われても、叔父さんが戦っている所を私はあまり見た記憶がない。


「えっと……すっごく強いんだからっ!」


 牽制けんせいの意味も込めて、私は声を上げる。

 しかし、叔父さんににらまれてしまった。


 ここはお店だ。他のお客様もいるので、騒ぐのは不味まずい。

 私は両手で口をふさいだ。


「それは怖いですね」


 と雷清さんは楽しそうな表情を浮かべるとカウンターに向き直り、運ばれたコーヒーに口を付けた。


「鬼を――鬼神を調伏ちょうふくするのは『陰陽師』でも難しいぞ」


 優夜が教えてくれる。

 やっぱり、叔父さんってすごい人だったらしい。


 今まで叔父さん基準で妖精請負人コントラクターを考えていたのだけれど、大きな間違いだったようだ。


「『妖精狩り』の白瀬しらせ冬華とうか


 とは朝美だ。知らないのか?――と言った表情だ。

 どうやら、有名人らしい。それにしても『妖精狩り』とは?


「政府の組織に居た時の通り名だ……」


 気にするな――と叔父さん。


「嵐さえもけて通る」


 と朝美。大袈裟な気もするけれど有名な話のようだ。

 叔父さんににらまれてしまい、彼女は口元を手で隠した。


 これ以上は教えてくれそうにない。そういえば、海水浴の時は落雷があったけれど、叔父さんは平気な顔で戻ってきていた。


 あまり考えないようにしよう。

 それより、頼まれたと言っていたけれど……誰に? なにを?


 私の思考を読んだのか、朝美は視線だけを動かし、叔父さんを見る。

 どうやら、叔父さんがなにかを頼んだらしい。


 一方で優夜は不思議そうな表情をしている。

 ひょっとして、朝美の声が聞こえていないのだろうか?


なにか話しているのか?」


 私の様子を不審に思ったようで、優夜は口を開く。

 同時に手をにぎってくれていた。


「聞こえていないの?」


 首をかしげる私に対し、彼はうなずく。


「契約……力が向上している」


 とは朝美。どうやら、優夜と契約したことで、見たり聞いたりする能力が上がっているらしい。


 やはり、私がこの世界にとどまるのは危険なようだ。

 叔父さんは、こうなることを予想していたのだろう。


 せめて、雪風ゆきかぜさんの子供が生まれるまで時間が欲しかった。

 私は、お姉ちゃんになれないようだ……いや、落ち込んでいる場合ではない。


「で、なにを頼まれたの?」


 私は朝美に向き合うと、彼女はかすかに口元を緩めた。


「母親……」


 そう言って朝美は私に顔を近づけた。

 いや、近づけたのは瞳だ。


 気が付くと、光の蝶が私をみちびいていたのだった。

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