第14話:憧憬

満足に身動きが取れずイラついた様子の青白い男は、尚も拘束を続けるエムを睨みつけ、唸るように恨み節を吐いた。


「……ギッ、てめぇ、俺たちと同類だな? この裏切りモンが‼‼」

「悪いが、俺は異形者ではない。それに人間でもない。お前らを調査したいのは山々だが、今は制圧に専念しよう」

「ああ⁉ 何言ってやが、がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼‼‼‼‼」


次の悪態を吐かせる暇も与えず、エムは超高出力放電装置が内蔵された右手を銀腕に埋め込み、森中に張り巡らせた銀の触手に通電させた。

バリバリと嘶く電子の奔流は凄まじい光と熱を伝播させ、一目見ればそのエネルギー量の高さが分かるほど圧倒的な火力だった。しかし、眩い紫電に包まれて尚、まるで毛ほども効いていないとでも言うように彼らは不敵な笑みを浮かべ、数多の鋭い眼光でエムを射抜いた。


(…………10万ボルトの高圧電流を耐えるとはな。身に着けている衣服の絶縁効果もあるのだろうが、厄介な頑強さだ)

「んのヤロゥ、やってくれたなぁ………、生きて帰れると思うなよ………‼やっちまえガンゴ‼‼」


まさに怒髪天を衝く勢いで、青白い男は叫んだ。

同時に全身が岩石で構成されたような異形者が拘束に向かって剛腕を振るいあげる。そうはさせまいとエムはすぐさま銀粘土を硬化させ、拘束をより強化した。しかし、それが裏目に出てしまった。


「効かねーよこんなもん‼」


岩拳を一発叩きつけた途端、ピシリと入った亀裂が瞬く間に全体へ伝播し、いとも容易く砕かれてしまった。ガラガラと地面に崩れ落ちた鉄くずを蹴り上げ、岩石顔の男はしてやったりとほくそ笑む。


(鋼鉄以上の硬度に設定した特殊汎用装甲を、一撃で……?)

「はっは‼ 驚いているようだな? コイツに硬い拘束なんざ無意味なんだよ! なんせ硬けりゃ硬いほど簡単に砕いちまうんだからなぁ‼」


解き放たれた異形の盗賊たちは、当然のようにエムを狙い、特殊能力でもって襲い掛かった。

あるものは、大木を切り倒す異形の大鎌を、あるものは、頭蓋に突き出た伸縮自在の大角を、そしてあるものは飛び回る無数のブレードを、各々が全霊の殺意を纏いながら、猿のように木々を跳ねまわるエムに集中砲火した。

青白い男は肩をグリグリと回し、絶体絶命のエムを見据える。


「フー、あの研究者には逃げられちまったが、そいつはまぁ置いておくとして、お前のその体、………いや、正確に言えば体の表面だな。それ本物じゃないだろ。チラッとだがその奥に何か光るものがあった。そいつをブン盗って売れば儲かりそうだ」

「……」


次々に来る猛攻を紙一重で躱し続けるエム。しかし、それにも限界はある。


(……もういい面倒だ。このまま長引くなら、こいつらを排除して)

『お願い』

「ッ……!」


不意に呼び起こされた記憶と感情が、エムの脳内を駆け巡る。

傷だらけの顔で微笑みながら、鉄の頬を愛おしそうに撫でる女の記憶。そんなことをしても、人肌のぬくもりなんて伝わるはずがないのに、まるで伝わると信じ切っているように尚も触れ続ける、夢にまで見た『誰かの憧憬』。


『もう誰も、傷つけないでいいの』


それは呪いか祝福か、彼の冷徹な殺意を一瞬にして塗り替えていった。


(……まぁいい。下手に殺して逆恨みをされても後々面倒になるだけだろう。いや、どっちにしろこの隙の無さではそれも叶わないか)


俊敏に体を動かしながらも、思考は止めず、この状況をどう打破するかに全思考回路の半分を割り当てる。降りかかってくる光の雨やら、熱線じみたウォーターカッターやら、人一人が出していい物理現象を易々と超える危険集団はしかし、その高威力な異能をもってしても、蝶のように舞い続けるエムに傷一つ与えることが出来ないでいた。


「こ、こいつ、ヒラヒラ動きやがって!」

「どういうこったよ、さっきのリーダーの爆破は当たったじゃねぇか!」

「…………ちっ、舐めやがって‼」

「別に舐めてはいない、ただお前らを観察しているだけだ」

「やっぱ舐めてんじゃねえか!」


この状況下に余裕のある口調で喋り続けるエムに、イラついた様子で攻撃を繰り返す盗賊団。一向に当たる気配が無く、そろそろ逃げる合図を送ろうかと青白い男が大声を張り上げようとしたその直後、団員の破れかぶれの一撃である石の礫が、エムにも予想外の位置から発生し、その背後をとった。


「まず」


今まさに、異能の一撃が直撃する、その瞬間。


「い」


紅く光る三本の矢が、礫を粉々にして見せた。




ケルに腕を引っ張られ、強引に馬車へと戻っていくナズナは、足止めとして残ったエムがいまだ気がかりであった。


「あ、馬車っスよ! やっと戻れた……」


するとそこではシド達と馬車にふんぞり返って座る研究者がいた。


「何でも屋諸君、山中での警護、ご苦労であった。引き続き何でも屋本店へ戻る道中も警護をよろしく頼む」

「はい、ですが急ぎますので大きな揺れで舌を嚙まないよう気を付けて。……おい、行くぞ。早く乗れ!」

「へいへい、そら、ケルとねぇちゃんは行きな。うちは後ろを見張っているから」

「ナズナさん」

「………」


山の前で立ち止まり、今も尚闘っているであろうエムを心配するように見つめるナズナ。すぐに駆けだしたい気持ちはある、だがしかし、今は任務中、仕事を放棄することはナズナにとって大きな抵抗があった。そしてなにより、自分が行ったところで果たして彼の手助けになれるのかどうか、彼女にはその自信が無かった。


「行ってやれよ」

「……!」


葛藤するナズナを見て、見ていられないとばかりにトラアは言った。


「なっ、トラア!貴様何を言って………!」

「大丈夫だよ。ウチもついていくし、ちょっと忘れ物を取りに行くだけだ。それに、帰り道の警護なんてお前ら二人で十分だろ」

「しかしだな……」

「ありがとうございます‼」

「あ、ちょナズナさん⁉」

「にひひ、面白くなってきたなぁ‼」


放たれた矢のようにナズナは走り出し、深い自然の中へと飛び込んでいってしまった。それを追うトラアは、さながら獲物を狙う虎のような狂気的な笑みを浮かべている。

もちろん、彼女なりにナズナへ気を使ったという理由もある。しかし一番の行動原理は『面白ければそれでいい』という非常に単純明快なものであった。彼女の性格をよく知っていたシドは、呆れたようにため息を零し、「勝手にしろ」とだけ吐き捨てた。


「だ、大丈夫っスかね?」

「……とりあえず、依頼人を本店まで送ろう。それから応援を呼ぶ」

「いいんスか⁉ あのまま行かせて」

「ああ、あいつがついていれば、まぁ問題はないだろう」

「……分かりました。急ぎましょう!」


ずっと待っていた馬車の乗り手に急ぐよう伝え、全速力でその草原を突っ切っていく。焦燥に駆られるケルとは裏腹に、広がる草花は風になびき、心地よい音色を奏でている。


(待っていてくださいっスよ!)

(エム君………!)


焦燥に身を任せ、ナズナもまた全速力で山中を突き抜けていく。遮る草木など気にも留めず、エムの、彼の意識だけを探していた。


「…………見つけた!」


そして、やっとの思いで補足したその場所には、確かにエムの意識はあった。だが、それ以上に数多くの殺意に囲まれ、逃げ場がない状況ということが容易に想像できた。


「早くしないと……」

「乗れよ‼」


と、後ろから追いついてきたトラアの声に反応し振り返って見てみれば、ナズナは驚くべき姿を目撃する。

その姿は、………この星の住民にとって『虎』という獣など知る由もないだろうが………、黄色と黒の縞模様、太い牙に暴力的な眼光、まさに虎のそれである特徴をした、しかし人間の言語はしっかりと話せる4足歩行の生命体であった。


「え、きゃっ」


トラアはヒョイとナズナの股下をくぐり、自分の背中に乗せた。


「トバすぜ!」


そして得意げな調子で一声叫べば、先ほどまでのナズナの速力など比じゃない程に、猛烈なスピードで風を追い抜いていった。


「……ッ!」


唐突な彼女の行動にナズナは困惑する暇も与えられず、風圧になんとか耐えながらもあっという間にエムがいる場所へと近づいていく。

そして彼女は見た。

今まさに巨大な礫が彼に近づき、窮地へ追い込もうとしているその瞬間を。


「さぁせるかあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼‼‼‼‼‼‼‼‼」


咆哮とともに一閃、渾身の矢を放った。

唸る紅の鏃。

一切のブレなく射出されたそれは、紅い流星のように赤熱した弧を描く。籠められたエネルギーが矢を強化しているのか、どう見ても矢で砕けるはずがない質量の礫を砕き、見事撃沈させた。


「な、なんだ⁉」

「くっそー、当たると思ったのに‼ 誰だ‼」


辿り着いたナズナは乗っていたトラアの背から飛び出し、異形乱れる戦場に身を乗り出した。


「置いていける訳、無いでしょ……」

「…………!」

「置いていける訳ないじゃない‼‼」


エムは思わず振り向き、矢がスッ飛んできたその先を見た。

そして刮目する。

帽子はどこかへ飛んでいったのか、炎のように鮮烈な赤髪を振り乱し、虎に似た獣と共に立っているナズナの姿を。

その光景を目の前に、驚愕と困惑の感情に支配されエムは動けなかった。


(何故?)


救援にしては早すぎる到着に、あの後すぐに彼女が引き返してきたのだと悟る。そしてその明らかに無謀な行動にエムは自身の状況も忘れ、ナズナに向かって叫び返した。


「何をしている⁉ 無茶な行動はよせ‼」

「こっちのセリフよ‼ なに一人で恰好つけてるのよ⁉」

「何故来た⁉ 俺一人でも大丈夫と、そう言っただろう‼」

「今さっき危なかった癖によく言うよ‼」


突然割って入ってきたかと思えば言い合いを始めた二人に対して、横の盗賊共は呆気にとられていた。


「ふざけないで……あなたは普段からそうだよ! 涼しい顔して周りに壁作って、自分勝手に行動して、その癖変に気を使うし………、何が『気にするな』だよ‼‼ 気にするっちゅうの‼‼‼」

「これは俺の問題だ‼ 君がそう気負う必要はないと言っているんだ‼ 何故そこまで俺に構う? 俺のような人間性がない奴なんて放っておけばいいものを……、何故だ‼」

「だから……」


途端にナズナは言葉を詰まらせる。そして少し頬を赤らめながら、しかし覚悟を決めた様にエムを見据え、言葉を続かせる。


「だ、だからそれは」

「何だ⁉」


「友達だからに、決まってるじゃない‼‼‼‼‼‼‼‼」


森中に響き渡るほどの大声で、ビリビリと大気は揺れた。盗賊共は皆一様に茫然とした様子で一言も喋らない。

息が止まるような思いが、エムの全身を貫いた。

友達、という単語を頭脳内で反芻させるが、情報処理能力の不足か、知識は引き出せても実感が湧かない。彼にとって友達なんていうものは、この星に来る前から今まで全くなかった概念であった。だから、そんなものが自分の目の前にいるということが、あまりに非現実的すぎて仕方がないのだ。


「おーおーおー、お熱いこったなぁ、しかしな、盛り上がっているとこ申し訳ないんだが、この戦力差をどうするつもりなんだ? 嬢ちゃん」


青白い男がここぞとばかりに割って入り、腐敗した頬を吊り上げ不気味に笑って見せる。

しかしナズナは臆さず、キッと睨みつけ警告をした。


「あなた達はもう終わりです。じきに応援が来る。逃げるのなら早く逃げて」

「んだとこのガキぃ!」

「………いや、逃げるぞ」

「へ⁉ リ、リーダー?」


「都心部からここまではそう遠くねぇ、数が来たら面倒だ。それに、これ以上やっても収穫は無さそうだからな。テメェら‼ 引き上げるぞぉ‼‼」

「へぇ……やれやれ、疲れたわい」

「くっそー!当たるかと思ったのに!」

「増援がくるぞ! 今のうちにみんな逃げろ!」


その呼び声を皮切りに、蟻のようにゾロゾロと逃げていく異形共。彼らの背中にはどこか虚しさが入り混じっていた。

予想より呆気なく撤退してくれた盗賊たちにナズナは少し困惑するが、無駄な争いごとを避けられたお陰でこの能力を人に向けずに済み、安堵していた。


「なんだ? 思ったより素直じゃねぇか。こりゃ、ウチが出る幕じゃ無かったかな」

「…………」


しかし、早々と逃げていく仲間たちを尻目に、リーダーであるはずの青白い男は立ち尽くし、ナズナを睨みつけていた。歯を食いしばるその表情には、確かな殺意と憎しみが宿っているが、ドス黒く濁ったその瞳には、ナズナを映していなかった。


「お前らはいいよな………」

「え?」


怨嗟を含ませた低く唸るような声を、ナズナは確かに聞いた。


「リーダー、早く行きましょう。みんなもう行ってます」

「………………ああ」


しかしその男は矛を収め、仲間の言う通りに従いそのまま共に走り去っていった。

あとには散々に荒らされた自然だけが残され、その痛ましい傷跡に微かな風が吹き抜けている。


「………」


青白い男が去り際に放った一言に、ナズナは言い知れぬ罪悪感を覚え、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。彼らの後ろ姿はやがて森の向こうへ霧とともに消えていき、それと入れ替わるようにして、ココ率いる救援組がゾロゾロとやってきていた。みな一様に肩で息をし、急いで走ってきたようで汗だくである。

その先頭で呆れかえった顔をしたココが、深くため息を零しながら立っていた。


「……助けに来たけど」

「すまない。俺が勝手なことをした」

「い、いや、私だよ!私が……」

「はぁ…………、まぁ、無事でよかった。ホント、心配させないでよね」


そう言ってココは地面に転がっていた大帽子を手に取り、ナズナに手渡して微笑んだ。手渡されたそれを、ナズナは大切そうに抱きすくめる。


「………ありがとうございます」

「いい加減、敬語はやめて。……友達じゃない」

「え?」

「え? もしかして今まで友達だと思ってたの、私だけだった?」

「い、いえ‼ ただ、その、びっくりしちゃって」

「なら、これからは敬語無しでお願いね。ナズナ」

「は、…………いや、分かったよココ」


まだ慣れていないように、頬を赤らめるナズナ。しかしその傍らで、エムは空気を読まずに余計な一言を言った。


「とりあえず、説教は短めで頼む」

「なるかぁ‼」


ココの激しい突っ込みである拳を、エムは避けもせず頭から受け止める。そしてナズナもしっかりその突っ込みを食らい、反省を促される。頭がヒリヒリと痛いが、自業自得なので仕方がない。


「みんな! 大丈夫だって、帰るよ」

「ココさん人使い荒すぎ……」

「いつものことですけどね……」

「皆さんも、ご迷惑をおかけして本当にごめんなさい‼」


中には依頼を達成して帰ってきた直後の人もいるだろうに、自分たちのためにここまで来てくれたことに、ナズナは深い感謝の念を抱き、頭を下げた。


「ま、しょうがないですね」

「え……?」


しかし、シドたちは怒りもせず、仕方ないというように肩をすくめて、口々に「しょうがない」と言う。彼らの感情は建前でもなんでもない、本心からのものだとナズナは感じた。


「ああ、そうだな」

「しょうがないしょうがない」

「で、でも、私また勝手なことしちゃって……」

まだしょんぼりとしているナズナに、メガネをクイっと上げながら当然のようにシドが言った。

「何を言ってるんです。助け合うのが私たち何でも屋です。無暗に危険な行動をしたのはいただけないが、今さっき罰は受けたようなのでまぁ許しましょう」

「そうそう、シドの言う通り、それが俺たちのモットーだし」

「しかも、助けを呼んでいたのが新人ときたら、先輩としては張り切って来ちゃうだろ」

「あれ、ウチもいたんだけど。ひょっとして心配してくれた?」

「お前は別だ」

「んだよそれぇ‼」

いつの間にか人型に戻っていたトラアは、憎まれ口を叩く職員の一人に食って掛かり、周囲はそれを見て朗らかに笑った。そんな光景を見て、ナズナはなんだか目頭が熱くなってしまった。それを堪えるように帽子を深く被り、帰っていくココたちへついていく。やっぱり涙は零れてしまうが、腕で拭ってしっかりと前を向いた。視界がぼやけてまともに前を見ることができないけれど、しかし確かにそれは彼女が幼いころから望んでいたものだった。


「その」

「な、なにエム君?」


隣で歩く少年姿のエムは、少し言葉を途切れさせた後、意を決したように口を開く。


「あの時はすまなかった。言葉を間違えた」

「……うん、私も、勝手に怒って意地張っちゃって、ごめんなさい」


あの時の微妙な空気とは違う、温かい雰囲気が二人の間を包み込んでいた。ふと、ナズナは思い出したように頬を緩ませる。


「……」

「どうした?」

「……ううん、なんでもない」


あの時から、何度願っても手に入れられなかったものがこんな簡単に目の前に現れたことに、ナズナはなんだか可笑しくて、宝石のような涙目で静かに笑った。

これ以上のものを願うのは欲張りだと分かっている。強欲だと自覚している。


けれどもう失いたくはないと、少女はそう思った。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

機械仕掛けの少年と 蒼崎林檎 @huabfu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ