第13話:化け物共
ナズナとエムが働き始めて数日が経った。
まだこの環境に慣れていないナズナだが、それでも『何でも屋』の人たちとは良い関係を築けていた。しかし、距離感はまだ掴めていないようで、ココ以外には積極的な会話ができないでいた。一方エムは、相変わらずマイペースを貫き、周囲を困惑させていた。依頼の際、ことあるごとに調査と称して依頼主を質問攻めにしたり、駆除対象の危険な獣を前に悠長な観察を敢行したりと、奇行を繰り返していた。そのため、悪い意味ですっかり名が知れ渡ってしまい、エムの孤独的な人間性も相まって、彼に近寄る人間は少ない。
そんなエムにナズナは毎回注意をしているが、分かっているのか分かっていないのか判断に困る返事ばかり返ってくるので対処のしように困っていた。
外は夕暮れ時で、客入りが少し減った受付場の中、その一角にある待合席でナズナとエムは話し合っていた。依頼のノルマはもう達成済みで、特に今日の仕事は無い。二人の間には、なにやら微妙な空気が流れていた。
「エム君、このままだといつまで経っても友達出来ないよ」
「友達? そんなもの必要が無い」
「でも、あなたがここに来た理由は?」
「円滑にこの国の文化を調査するためだ」
「まぁ円滑かどうかは分からないけど、確かにここで働いていれば人と関わることも多いね。でも、エム君がしてることはそれと全く逆になってる。こんなんじゃ人と関わるどころか、人に避けられちゃうよ。実際今も私以外に話し相手いないだろうし」
「そうだな」
「………ちゃんと分かってる?」
「分かっている」
「ホントに?」
「ああ」
「って、私も言えた立場じゃないんだけどね」
相変わらず、普通の人間では何を考えているのかさっぱり想像つかない表情をしているが、ナズナには、その奥に潜む焦りの感情と、言葉では説明できないような不思議な情動を、確かに感じ取っていた。しかし、そんな彼にどう助言すればいいのか分からなかった。
(初めて会った時は、こんなんじゃなかったんだけどなぁ……)
「やぁやぁ、ナズナ殿にエム殿、どうしたのですかな? こんなところで」
「あ、グアさん。私たち今日のノルマはもう終わったんです」
「そーですか!『力の部』と『技の部』の兼任をするというのは中々大変でしょう。だというのに、どれも完璧に近い形で達成されて素晴らしいです」
「いえ、自分が進んで申し出たことなので、やるのは当たり前です」
このウェルガン何でも屋では、依頼を担当する部署が二つに分かれている。
主に狩猟、戦闘、用心棒など力仕事を担う『力の部』と、細やかな作業、対人、狩猟した獣の後始末、受付を担当する『技の部』があり、人手が足りない時などは互いの部に余っている人員で可能な限り補い合い、助け合うという仕組みになっている。
ナズナは仕事ができるなら何でもやると、部署の兼任を自分からお頭に申し出ていた。さすがに仕事の詰め込みは看過できないと渋ってはいたが、ナズナの強い申し出に、お頭も遂に折れ、どちらも出来る代わりに、受付は人が足りているのでそれ以外の技の部の依頼をこなしてもらう、という条件のもと出来るということになった。
理由は勿論、旅費を稼ぐためである。
「俺はもう部屋に戻るぞ」
飽きたようにエムは椅子から立ち上がり、スタスタと階段へ行ってしまった。
「あ、ちょっと!」
「彼と何かあったのですか?」
「何かっていうか、その………」
「色恋沙汰か?」
と、いつからそこにいたのか、お頭が興味深そうに後ろから顔を覗かせた。
「うわ! お、お頭さんいたんですか!?」
「従業員同士の色恋は別に禁じちゃいないが、それで仲が悪くなるのは頂けねぇなぁ。ちょっと俺に相談してみろ」
「ええ、お頭殿の言う通りです。人間関係というのは仕事に支障をきたし易い事柄ですし、従業員の悩みも受け止めるのが上司の務めです」
「別にそういうんじゃ無いです……ホント」
「本当か嬢ちゃん、無理するなよ」
「そうですとも、そら、なんなりと」
「い、いえですから……」
どちらも人相が通報されるレベルで悪いというのに、二人同時にその顔面とガタイでズイズイと迫られれば、どんな人間だろうと涙目になりながらな腰砕けになってしまうだろう。現にナズナがそうなっていた。
「クォラおっさんども。何いたいけな女子一人に詰問してんのよ、憲兵に通報するわよ‼」
「こ、ココさん!」
しかし、そんな圧も物ともしない、黒髪ポニーテールの少女が仁王立ちをしていた。彼女に気づいたナズナは、その圧迫面接から脱出しココに縋りついた。
「い、いやココ、これはだなその……」
「ココ殿、お頭殿は従業員のためを思ってですね……」
「やかましいわ不審者共‼‼ その無神経さをそろそろ矯正してやろうかぁ⁉」
ワーワーと騒がしい夕方が過ぎてゆく頃、部屋にいたエムは、下の声に耳を澄ませながら静かにベッドで座っていた。
(下が騒がしいな……、いや、どうでもいい)
少し下の階の騒ぎが気になったが、すぐに興味を無くし、今日記録したデータを解析するエム。しかし、ナズナの、あの一言が引っ掛かる。
『エム君、このままだと、いつまで経っても友達出来ないよ』
「…………」
彼女の言う通り、これではここに入った意味がまるでない。この国の住民と友好的なコミュニケーションを取らなくては調査どころではないだろう。何か手を打たなければと、エムは解析と同時に少し思考を巡らせた。
(まぁ、考えるまでもなく、調査自体を自重して周りと協調すればいいだけなのだが、やはり、それがどうも自分は苦手なようだな)
「……難しいが、やるしかない」
ボスリとベッドに体を投げやり、とりあえずの目標を立てる。暗い天井を見上げながら、エムは騒がしい外など忘れてスリープ状態に入る。なぜ自分をこんな性格にしてしまったのか、今さら聞くに聞けないが、自分を作り上げたあの白衣女の姿を思い出しながら、微睡に意識を沈ませ、深い眠りへと落ちていく。
そして翌日の朝、集団での受付が条件の依頼に、ナズナとエムは参加していた。受付場に集まった二人は、同じく依頼に参加するケル=レイヴィットとその他を待っていたのだが、やはり両者の間には、昨日と同じ微妙な空気が流れていた。
恐る恐るといった感じで、ナズナは話しかけた。
「ねぇエム君、その……」
「なんだ?」
「えっと、昨日のことなんだけどさ……ごめん、余計なお世話だったよね」
「ああ、こっちの問題だ。君が気にすることじゃない」
「気にするよ!だって、あなたは」
しかし、その言葉を遮るように、エムはその冷たい瞳を前に向け、目も合わせずに言い放った。
「命の恩人、か? あれはただの偶然だ。君があそこに偶然居合わせたから、気になって助けただけに過ぎない。俺がここで上手くいっていないのも俺自身の問題なんだ。君が同情するようなことじゃない」
「な、何それ?」
その言葉にナズナは明らかな動揺を見せ、驚いたような視線をエムにぶつけた。
「あなたは、私が負い目を感じているから話しかけてると思ってるの? 同情で優しくしてるって、そう言いたいの?」
「そうじゃないのか?」
「違うよ! 私は、ただあなたが心配で…………」
「本当にそうなのか?」
「違うって言ってるでしょ!」
唐突に激高するナズナに、なんだなんだと、周りの客や従業員の視線を集める中、エムはただ無表情でナズナを見つめていた。
「………っ! 私はあなたに負い目も同情もかけてなんかない‼ ……そりゃ少しはあるかもだけど、でもそれが全部じゃない。勝手に決めつけて知った風な口きかないで‼」
拳を握りしめ、怒りに体を震わせるナズナ。エムはその様子を見て、やっと自分がしでかしてしまったことに気がつき、後悔が迫り上がった。
「ナズナさーん、エムさーん、お待たせしたっス、……って、どうしたんスか?」
「………何でもないです」
「……ああ」
「………」
なんとも悪いタイミングでここに来てしまったなと、ケルは直感し、後悔したように後ずさった。受付場に漂う張り詰めた空気は、ケルの胃にズシリと重く響き、ストレスで穴が開きそうになる。ケルが連れてきた2人の職員たちも、只事じゃない受付場の雰囲気に若干の冷や汗を垂らしていた。
そんな状況を何とかするべく、ケルは慌てたように話題を変え、依頼人が待つ馬車へ行こうと全員に促す。
「い、依頼主さんが待ってますし、行きましょうか……?」
「あ、ああ行こうか!」
「あーうち、ちょっとお腹が痛くなってきたから休むわ。それじゃー…………」
「おい待て」
(おいおいなんだよ! この空気のまま仕事しろって? 正気か? ただでさえダルい仕事が、また更にダルくなるのがお前には分からないのかシド‼)
重い雰囲気に堪えかねて、ケルの連れてきた2人の中の1人が、お腹を押さえてどこかに行こうとしていた。
癖っ気のある金髪が特徴的な女で、勝気な性格なのだろう、荒っぽい口調や虎にも似た鋭い眼力に、ハツラツとした生命力を感じさせる。革鎧は手入れが行き届いておらず、所々に汚れがあり、雑な性格も見え隠れていた。
(だからって、やるべきことを放棄するなよトラア。空気が悪かろうがなんだろうが、仕事をキチンとこなすのが俺たちの義務だろ⁉)
一方の男は全く対照的で、背が高く、真っ直ぐな長い黒髪に理知的な表情が特徴の、まさに生真面目といった言葉が似合うような人物であった。マントを羽織っていて中は見えないが、きっと整ったものなのだろう。そう思わせるほど佇まいがピンとしていた。
(かー、お前は本当に糞真面目で面白くないなー、あの変人で有名な新人と、一切顔の上半分を見せないっていう、謎のクソデカ帽子少女が言い争ってんだぞ、絶対碌なもんじゃないって!)
(だからってだな………)
「早く乗ってくださいっス」
「分かりました」
「おい、ちょ……、やめろよお前!」
襟を掴んで引きずり、無理矢理彼女を馬車に乗せるシド。
依頼の説明は馬車の中でということだったが、この気まずい状況ではむしろありがたいと思い、ケルは依頼主である研究者の説明に、半ば現実逃避のように集中して聞いた。
「えーとだな、依頼書にも書いた通り、君たちには樹海にある植生の調査を手伝ってほしい。具体的に言うと、調査の間中に、用心棒として危険な獣や盗賊から守ってもらいたいのだ」
「分かりましたっス」
(チッ、用心棒かよ)
不機嫌そうに舌打ちをするトラアだが、それを制すように
(舌打ちを止めろトラア、相手に失礼だろ。それに用心棒だって立派な仕事だ)
(はいはい)
シドとトラアの息を潜めた声以外は、馬車が揺れる音ぐらいしか聞こえないほどに、その馬車の中は冷たく静かであった。
「えっと……、その、き、今日はいい天気ですね?」
語尾の「っス」も忘れて言えなくなる程、ケルは二人の間にある緊張感に吞まれていたが、なんとか会話を続けようとする。
「……そうですね」
「…………」
「…………」
「…………」
だがしかし、ナズナはムスリとした表情で何も喋らず、ただ通り過ぎる草原を眺めているだけで、こっちを見向きもしない。対してエムは、何を考えているのか分からない顔をして、何も喋らず、草原を眺めるナズナを横目で見ているだけある。
そんな異質な光景に、シドとトラアは我慢の限界といった様子で隣のケルに息を潜んだ声で話しかけた。
(おいケル! 何があったんだよあの二人に!)
(そ、それが、僕にもよく分からないんスよ………)
(先輩には敬語をつけろトラア。それでケルさん、ホントにあの二人には何があったのか分からないんですか?)
(お前は敬語がくどすぎて逆にウザいんだよシド)
しかし、そうしてウダウダと話し合っているうちに、とうとうその樹海まで馬車が辿り着いてしまった。
都心部から南に位置し、馬車で数時間はかかるその森は異形者の盗賊が時折出没し、周辺の住民はまともに近づきもしない魔境と化していた。
若干の恐怖を感じつつも、ナズナは森へ入っていく。研究者の男を中心に周りを囲み、その周囲を警護するという体制をとっていた。途中までは綺麗な円を保ちつつ進めてはいたが、警護対象の本人がズンズンと勝手に歩いていくため、自然とその体制は崩れていき、最終的にひしゃげた四角形ように、バラバラな集団になってしまった。
僅かに木漏れ日が射すそこは神聖な雰囲気に包まれ、敬謙な何かの信徒であったなら、拝んでしまいそうな程の荘厳さを感じさせる。がしかし、実際はジメジメとした臭いばかりが充満しており、なにより生い茂る草木が邪魔をして、歩いている本人達にとってみれば不快なことこの上ない。
「うう……、鬱陶しいぐらい植物が生えてら、もううんざりだわ……」
「文句言うな、これも仕事なんだ。…………先ほども言いましたが、我々が護衛をしますが、あなた自身も十分に気を付けてください」
「うむ、分かった。よろしく頼むよ?何でも屋の諸君。私の邪魔だけは、絶対にしないように」
「「「「………」」」」
その研究者は何が可笑しいのか、底知れない笑みを浮かべ、ニヤニヤとそこらの植物を散策していた。フライパンぐらいはありそうな虫眼鏡を地に構え、腰をくの字に折り曲げながらそれを覗き込み、ぶつぶつと独り言を零している。膝丈まである白衣が草木で汚れても一切構わずにいるその姿は、その場の全員が『変人』という第一印象を迷いなく選べるほど不気味なものである。
「おいおい、ありゃグアさんと同じ匂いがするぞ。中身は期待できないけど」
「あの人と依頼人を侮辱するな。ほら集中しろ、いつ何が来るか分からんぞ」
「へーい」
軽口を言い合いながらも、周囲への警戒は決して怠らない二人。しかし、そんな彼らをよそに、エムは酷く後悔をしていた。
(怒らせてしまった。俺が返答を誤らなければ、あんな怒らせることも無かった筈だったが)
心ここにあらずといった様子で、ボーっと突っ立っているだけのエムに、ケルは心配になりながら話しかける。
「大丈夫っスか? ナズナさんと何かあったんスか?」
「大丈夫だ」
「ホントっスか?」
「ああ、本当だ」
「…………………………………ホントっスか?」
「…………………………………彼女を怒らせてしまった」
遂にケルの圧力に屈したエムは、観念したようにぽつりと白状した。そんな彼に半ば呆れながらも見捨てられないケルもケルで、相当なお人好しである。
「やっぱり。で、何やらかしたんスか?」
そうしてエムは、ことの顛末を全て包み隠さず話した。ケルは終始無言で聞いていたが、エムが話し終わった途端に一言。
「あんたは馬鹿っスか?」
本当に心底呆れたようにケルは言い放った。
「まったく…………女心が分かってないっスね。この仕事が終わったらすぐに謝った方がいいっスよ。僕も手伝いますんで」
「ああそうしたい。感謝する」
『残念だが』
瞬間、突如として現れた声が、そのセリフを最後まで言い切る前に、ナズナの怒号が響き渡った。
「エム君‼ 避けて‼‼」
『そいつぁ無理だ』
バンッッッッ‼‼‼
刹那の爆風。
虚空から飛び出した腕が、エムの胸部に触れたかと思えば、凄まじい閃光と共に後方へ吹き飛ばしたのだ。
エムは5メートル先の岩に激突しそうになるが、寸でのとこで受け身を取り、難なく下へ着地をする。しかし、胸部と顔面の擬態は爆発の衝撃で焼き崩れ、元のデジタル板の顔面を大きく露出させていた。
「何⁉」
その轟音が合図だったのか、草木の茂みからゾロゾロと湧き出してきたのは、魑魅魍魎とも見紛うほどの醜悪な異形を持つ者達だった。爬虫類だか甲殻類だかを混じり合わせたような者や、もはや人型ではない、全身が歪な鉄球を模したような者まで、まともに会話が通るのかも怪しい集団が、こちらへにじり寄ってきていた。
「エム君‼」
(気づかなかった……、今朝のことで頭がいっぱいで、気付かなかった‼ 私の馬鹿‼)
「おいおい! これどういうことだ? いきなり現れたぞコイツら!」
「数が多すぎるっスよ……」
「大方こいつらの内の誰かの能力だろうな。貴様ら! 一体何の用だ!」
と、シドの問いかけに応じるように、50人はくだらない集団の中から、一人のリーダーらしき青髪の男がヌラリと登場してきた。顔はやせ細り、眼元には大きなクマがあるその男はギラついた視線で研究者の男を睨めつけ、舌なめずりをしている。青白く爛れた皮膚からは死人を思わせる腐敗臭を漂わせ、シドは思わず顔をしかめた。
「何の用だとはまた可笑しなことを聞くなぁ。そんなこと言われんでも分かるだろ? 強盗だよ強盗ぅ。なぁみんな」
怪物共の下卑た笑い声が森中に木霊する。
「そうか、出来れば穏便に済ませたいんだが」
「そうはいかねぇなぁ‼ てめぇらが身に着けているその小綺麗な服飾類ぜんぶ引っぺがすまで、俺たちの用事は終わらねぇんだよ‼」
トラアが腰にある短剣を素早く抜き取って構えるが、そんな彼女にシドは手で制し、落ち着いた様子で状況を見た。
「待て! 警護対象がいるんだぞ、この数相手では危険だ、まずは逃げるしかない」
「何のための用心棒なんだよウチらは⁉」
「ふむ、盗賊諸君、聞きたまえ。私は一介の研究者にすぎん、であるからして、そんな『金目のもの』とやらは期待しない方がいいぞ?」
緊迫した状況にも関わらず、その研究者はあっけらかんとした態度でそう言い放った。しかし、そんな言葉を盗賊が聞く訳もなく、当然のように拒絶された。
「嘘つけやコラ、持ってんだろ? 良いもんをよぉ」
「おいおっさん! 余計な事言って刺激すんな!」
「だが事実、私にはそういった高級なものは無いのだよ。小銭ならポケットにある
がね、依頼料は国から支給されたものだし、給料も全て研究費につぎ込んでしまってね。この白衣も綺麗に見えるだろうが市場で買った安い代物だ。価値は無いに等しいだろう」
「じゃぁその持ってる馬鹿デカいヤツはなんなんだよ!」
「これか? これは私が有り合わせを材料に自作した巨大拡大鏡だ」
「なら、そいつを頂くまでだ。野郎ども‼ かかれ‼‼」
青白い男の怒号とともに、周囲の怪物らが一斉に襲い掛かる。
その直後。
ズゥゥアアアアアアアアアアアアアア‼‼‼
「な、なんだ⁉」
異形の盗賊団全員が一瞬にして現れた銀の触手に拘束されてしまった。眩い程に光を反射し、グネリと蠢く謎の物体に盗賊団はなす術もなく悲鳴ごと飲み込まれていく。あっという間に身動きの取れなくなった怪物たちは一斉に刮目した。銀の左腕を天に掲げ、蜘蛛の巣のように張り巡らせる、およそ人間とは思えない鉄の表皮を晒した少年の姿を。
「早く馬車に戻れ、調査は終わったんだろう?」
それは顔色一つ変えずに、全員で逃げるよう促した。
「君も異形者だったのか…………」
身構えていたシドは、唐突に広がったその光景を茫然としながら眺め、驚いた声エムに投げかけていた。
「そうか、ならば遠慮なく行かせてもらうよ」
「あ、待ってください‼ 危険っスよ……って足早!」
「あの野郎、逃げ足だけはいっちょ前に!」
しかし、研究者の男は拘束された異形共の横を顔色一つ変えずに通り抜け、自分一人無遠慮にも走り去っていく。
「行け」
「おいおい、そりゃ無茶ってもんだぜ。この人数相手じゃ………」
「だ、駄目だよ! 私も残る、エム君一人だけじゃ危険だよ!!」
「この程度の拘束は足止めにしかならないだろうが、それでも俺一人だけで十分だ。今は依頼主の保護が最優先だろう、追いかけろ。他に脅威が無いとも限らない、………君の言う通り、俺は少し自分勝手が過ぎていたのかもしれない、すまなかった」
「え……」
「君が気にすることはない。大丈夫だ」
真っ直ぐな瞳でナズナの方を向き、修復しかけの崩れた顔で笑って見せた。ナズナは声が出せず、ただエムの予想外な告白に茫然としているだけだった。
「エムさん、すぐに応援を呼ぶっスからね! それまで耐えて下さいよ⁉」
「すまん、とりあえず任せたぞ少年」
「死ぬんじゃねぇぞ新入り!」
「ああ」
未だ残ろうとするナズナの腕を無理やり引っ張り、ケルはトラアとシドと共に警護対象を追いかけていく。
ナズナは振り向き、エムと眼が合う。彼の笑みはもう引っ込み、またいつものような無表情ではあった。しかし、その心の奥底には暖かい安堵に冷たい覚悟だけが血液のように巡っていた。
「大丈夫っスよ。あの人の人外っぷりはナズナさんも散々見たでしょう? きっと無事になんとかしますよ」
「…………」
きっと、あの場で自分が残っていても、足手まといにしかならないのだろう。だからこれは正しいのだと、そうナズナは自分に言い聞かせた。
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