第12話:激突

早速、朝一番に来た仕事をこなしに、依頼主とともにナズナ、エム、ガントは屋敷から飛び出していく。


「良いんスか?あれに任せても」

「大丈夫よ、性格はあれだけど、仕事はキッチリやり遂げるし、実力はあるから」

「心配だなぁ………」


何か問題でも起こそうものなら、この店の信用がガタ落ちする可能性がある。そのため、ケルは心配そうに彼らが出ていった扉を見つめていた。しかし、ケルも内心認めていることだが、どれだけ粗暴な態度を取ろうが、ガントはプロであり、仕事に関しては仲間からの信頼は厚かった。

確かに喧嘩っ早い癖はあり、それで何度か問題になりかけた時があったが、それでもこうして真面目に取り組んでいるのは、彼自身、責任感が強いのだ。

依頼内容は、近くにある草原に<グラリウム>が大量発生して、作物を荒らされ困っているということらしい。

歩いて移動している途中、エムは、質問のため手を挙げた。


「その<グラリウム>とはなんだ」

「知らないのかよ、グラリウムっつーのは、鉱物でできた獣のことだろうが」

「なるほど」

「なるほどって……、お前ホントに知らなかったのか?」

「ロボ君はちょっと遠い場所から来たので、この辺りのことはよく知らないんです」

「どんだけ遠くから来たんだよ。未開の部族かなんかかお前?」

「ゴホン、えー、話を続けてもいいですかな?とりあえず、大量発生したグラリウムを駆除していただきたい、礼金は弾みますので」

「安心してくだせぇ、このガントがキッチリとやって見せますよ」

「私も、頑張ります」

「…………」


数十分ほど経った後、依頼主の案内で、例の草原に辿り着いた。


「私はここで待っていますから、お願いしますね~」

依頼主の市長は、キチンと依頼をしているかどうかを確認するために、そそくさと遠い場所に避難する。


「これが、草原?」


ナズナが最初に目にした印象は、『岩の海』であった。

苔生したような岩肌や、磨かれたようにツルツルとした岩肌まで、見渡す限り多種多様な岩石が溢れんばかりに蠢き、もはや緑の草原は埋もれて見えない。そんな異様な光景に、ナズナは思わず声を上げた。


「こんな大量のグラリウムが、なんで……」


「本来はもっと広域に生息していたはずだが、何らかの影響で全部ここに集まっちまったんだろ。よくあることだ。ま、これくらいなら何とかなるな、俺だったら」

「凄いな、これが」


やはりというか何というか、エムは迷いなくその大群に突っ込んでいき、勝手に調査を開始し始めた。


「ああ! ロボ君、そんな無茶な」

「へへ、いいぜぇ、始めるかぁ!」


背中に背負っていた戦斧を荒々しく取り出し、戦闘開始の合図とでも言うように、ガントは走り出し雄叫びを上げる。


「うおおおおおおおおおらぁぁ‼‼」

さながらバッターのように戦斧をフルスイングし、その岩石生命体を跡形もなく粉砕する。

粉々になった岩からは、何か筋のようなものが露出し、小刻みに脈打っているのがわかる。しかしそれも次第に萎え、枯れた小枝のようにしぼんでいってしまった。

慈悲も憐みもくれてやらず、ただ己に満ち猛る暴力に身を任せる姿は、鬼人と評しても差し支えないほどに、凄まじいものである。


「おっしゃぁ‼ まだまだぁ‼」

「ふっ!」


片やナズナは、矢筒から取り出した3本の矢を一束にし、赤い輪郭を纏わせ一斉に放っていた。打ち放したその矢一つ一つが、明後日の方向に飛んで行ったと思えば、それぞれが不自然に『曲がり』、四方八方に蠢いているグラリウム目掛け、ほぼ同時に直撃した。威力はガントが見せたフルスイングに匹敵するほどなのか、容易にその岩石の獣を粉々に粉砕する。勿論依頼主にはあまり見せないように、気を使いながらだが。


「やるじゃねぇか新人……! だが、俺はそれ以上だぁ‼」

「は、はい」


ズガンッ!ズガンッ!と暴風のように暴れる二人に対して、エムは静かなものだった。全身をピッタリと岩石に這わせ、内部に聞き耳を立てるようにして微動だにしていない。


(何かが脈打っている。それにこの鉱物は鉄鉱石に近い成分をしているな………)

「おい! 何やってんだテメェ、真面目に仕事しろや‼」

「ロボ君⁉ 調べるのは後にして! ちょ……多すぎっ!」


予想以上にグラリウムの数が多く、二人は埋もれるようにして駆除を進めるが、ガントとナズナだけでは対応しきれていない。下手をしたら三人とも埋もれてしまうかもしれない状況で、呑気に観察をしているエムにガントはイラつきながら叫んだ。


「調査だかなんだか知らないが、このまま俺より多く討伐出来なかったら、俺はお前を認めねぇぞ! 絶対! つーかクビにすんぞコラぁ‼‼」

「すまない、熱中していた」


ひとしきり外観を観察したエムは、今度は内側を見ようと、鉄の右腕をモゾモゾと抵抗する岩に穿ち、そのまま勢いよく二つに割った。


(筋肉の筋のようなものが鉱物に癒着している?そうか、こうやって………)

「こいつ素手で……! はぁ、確かに厄介な新人が来ちまったぜ」


呆れたようにエムを眺めながらも、撃破する手は止めないガント。3人がかりで駆除を進めた結果、あれだけ多くいたグラリウムも、半数は岩の残骸と化し、その数を順調に減らしていった。そしてあと残り少しといった矢先、異変が起きる。

エムとナズナは、何かが森の方向から、猛烈な速度で急接近してきているのを、確かに感じ取った。


「な、何………?」

「おい、森の方角から何かが来るぞ」

「なぁに?ホントかそんなん……」


ガントは信じられないという風に、眉をひそめ、背後を振り向き、その光景を目の当たりにする。


「ってあれは⁉」


後ろに広がる森林地帯、そこから猛進してくる巨大な生物が、確かにガントにも視認できた。


「ありゃ<グンチュウ>じゃねぇか‼ クソッなんでこんなところに……」


グンチュウは雑食であるが、主にグラリウムを好んで摂食する習性があり、もう少なくなったとはいえ、個体によっては巨大なものまでいる。それに釣られて寄ってきてしまったのだろう。


「とりあえず止めるぞ」

「はぁ⁉あんなもんどうやって止めるつもりだ!馬車以上の速さで移動する化け物だぞ⁉このままじゃ俺たちが引かれちまう!」

「やるしかないだろう、このまま見過ごせば街に突っ込むぞ」

「無茶だよロボ君!」


ドドドドドドドドドドドド……と重い地響きを起こしながら、グンチュウは無数にある脚を騒めかせ、猛然とした様子で迫っていた。途中にある岩や木がその前進を阻むが、悉くを自身の硬い装甲でもって吹き飛ばし、尚も速度を緩めない。


「……チッ、とりあえず早く戻って知らせねぇと。おい市長、あんたも早く逃げろ!」

「ひ、ひぃぃ!!分かりましたぁ!」

「ロボ君‼何するつもり⁉」

「止める。手伝ってくれ」

「どうやって⁉」

「俺が奴の進行をせき止める。合図をしたら上に飛び乗って能力で抑え込め。できるか?」

「……なかなか無茶言うね。あんな巨大なの、相当力まないと出来るかどうか……」

「出来るのか、出来ないのか」

「や、やるよ! やってみせるよ!」

「よし、ならいい」


黒曜石のような甲殻に覆われたその怪物がエムへと激突する、刹那。

ガギンッッ‼‼‼‼‼‼

轟音を響かせ、エムは全身でグンチュウを受け止めた。急停止した衝撃で巨体は波打ち、硬い絶壁に激突したかのような金属音を、火花と共に草原へ響かせる。しかしグンチュウの顔面にはヒビ一つ入らず、その外殻の頑強さを物語っていた。

ズザザッ‼と足元には数メートルの跡がつき、想像を絶するほどの万力を全身に流すことで、エムは必死に直進しようとする怪物を抑え込む。



「ナズナ、今だ」

「え⁉ あ、うん!」


そして、合図とともにナズナは跳び、ムカデと呼ぶにはあまりにも巨大なその獣の背後に乗った。そして両の手を叩きつけ、自身の意識、エネルギーを巨蟲へと無理やりに流し込む。

「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼‼‼‼‼‼‼」


渾身の叫びでもって力み、動きを支配する。

自慢の装甲も効かない、未知の『何か』が身体の中に侵食してくる不快さは耐え難いものなのだろう、蟲の化け物はザワザワと蠢いていた節足をさらに暴れさせ、のたうち回っている。


「………………………~‼‼‼」


が、そんな抵抗も虚しく、荒れ狂っていた動きは次第に痙攣へと移り、遂には全身を赤い輪郭で覆われ、静かに停止した。


「はぁはぁはぁ………、ゲホッ! ………やっと、止まった」

「ああ」

「んな……⁉ あの野郎、本当に止めやがった………!」


信じられないものを見たかのように振り返りながら、ガントは驚愕していた。

街に危険を知らせようと戻っていた矢先、背後に生じたとてつもない激突音に思わず振り向いてみれば、自分より小柄なはずの少年少女がその体格の数倍はあろう巨大な蟲を真正面から押さえつけ、その進行を阻んでいたのだ。驚かないはずがない。


「それで、この能力はどれだけ持つ?」

「うーん、これだけ大きいと、触れていれば一日、触れていなかったら半日ぐらいが限界かな」


改めて見るグンチュウの大きさに感嘆しつつ、ナズナは一苦労してその巨体から降りた。


「よし、それだけあれば十分だ」


そして、エムは早速、その黒い装甲にコンコンとノックをし、硬度を計ろうとしていた。


「ロボ君って、本当ブレないね………」

「これが俺のここに来た目的だからな」

「ちょっと思ったんだけどさ」

「なんだ」

「さっき、私を名前で呼んだよね?」

「……そういえば、そうだな。それがなんだ?」

「いや、だってロボ君、私と会ってから今まで、全然名前呼んでくれないから、ちょっと嬉しいなって思って」

「ああ、まぁそうだな」

(人の名前など、覚えはしても呼ぶ気は無かった。そこまで親しい関係なんてものは要らなかった。ただそれの調査ができればそれでよかった。だというのに、俺は彼女の名前を口に出した………何故だ?)


今までしたことがないような、らしくない自問自答を繰り返すが、答えは出ず、鏡合わせのように埒が明かない。

と、街の方から助けを呼んできたのか、ガントがお頭を連れてこちらに近づいてきていた。


「おーい新人ども‼大丈夫かぁ⁉」

「あ、お頭さんとガントさん」

「………」

しかし、エムはそんなことは構わず、調査対象に熱中している。

「こりゃまたデカいのを仕留めたな、どうやったんだ?」

「止めたのはロボ君で、動けなくしたのは、……わ、私です。それに殺してはいません、生きてます」


「え?」呆気にとられたように目を真ん丸に見開きながら、一瞬呆気にとられるお頭。動かないグンチュウに目をやり、数秒してから、またナズナとエムへ目をやり、もう一度質問を返した。


「これを? お前さんらが?」

「は、はい」

「……………がっははははははははは‼‼‼‼ これを素手で止めたのか? ははははははははははは‼‼‼やるなぁお前ら気に入った‼‼」

「何を笑っているんだ?」

「お頭、笑ってる場合じゃないですよ………、おい、すぐまた応援が来る、あんまりいじるなよ?って、おいてめぇ! 何してんだ⁉」


ピクリとも動かずにいるグンチュウを見上げ、爆笑しながら感心するお頭の横で、尚も蟲の調査に没頭するエムへ激昂するガント。しかしエムは、まるでそれが当たり前のように真顔で言い放つ。


「解剖だが?」

「解剖だが?じゃねぇよ! 起きたらどうすんだ!というか、こんなデカブツどうやって気絶させたんだよ」

「嬢ちゃんの特殊能力って奴だろ。ココから聞いたよ。これ操れるのか?」

「はい、半日ぐらいなら……、それで、出来れば森に帰してやりたいんです」

「うーん、ま、そうだな、俺も帰せるのなら穏便に帰したい。任せられるな?嬢ちゃん」

「………!」


お頭はナズナの目を真っ直ぐに見て、真剣な面持ちで頼みごとをした。そこに異能への恐怖も嫌悪もない、純粋に自分を信じてくれていると、ナズナは感じ取っていた。ならばこそと、少女もそれに倣い、キチンとそれに応えるように気持ちのいい返事をする。


「はい!」

「よし、良い返事だ。それで、そっちの坊主は………」

「え?ああ」

「ああ、じゃないよロボ君!この生き物は森へ帰すんだから、解剖なんかしちゃ駄目‼」

「ならせめて装甲のサンプルだけでも………」

尚も食い下がろうとするエムを引きずり、無理矢理その蟲から引き離す。

そしてナズナが森へ指を、チョイと指し示したかと思えば、蟲はモゾモゾとその方向へ巨体を動かし、どこかへ消えていってしまった。

「どこまで操れるんだ?それは」

「操るっていうか、意識の方向を強制的に住処にいかせたっていうか、効果が消えるまでは、あの虫は自分の住処に向かって進むだけになるんだ」

「………」

(改めて聞いてみても、やはり凄まじい能力だな……)


強力なその能力を目の前に、エムは改めて異形者の危険性を再認識していた。その感情は『ゾッとする』という一言で片づけていいものなのか、彼自身、判断が出来ないでいた。


「さて、問題は片付いたことだし、店に戻るかぁ」

「やべぇ早く戻ってココ先輩に説明しなければっ! じゃないと殺される‼‼」

「………」


今頃、市長が戻った街ではちょっとした騒動になっていることだろう。それを抑えるために顔面蒼白になりながらもダッシュで戻るガント、書類仕事から少しでも解放されて清々しい気分のお頭、これからの仕事に微かな希望を見るナズナ、そして、採取したグンチュウのサンプルを解析しつつ、雄大な草原の上に広がる青空を、ただ見上げるだけのエム。

それぞれがそれぞれ、好き勝手なことを、したり言ったりしながら、とりあえず市長の依頼は達成された。

しかし、この星の『今日』は、まだ始まったばかりである。


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