第10話:呪い
カツン、カツンと。
昏い廊下を渡る者がいた。
所々に灯はあるが、それでもそこは薄暗く不気味な気配が漂う。しかしそんな場所を、威風堂々たる態度で進み、その奥を見据える者がいた。
血で塗られた様な紅いマントを翻し、上等な服に身を包んだその男は、力強くその回廊を歩んでいる。深く刻まれたその形相はさながら悪鬼の如く醜悪な殺意を孕み、ひと睨みでそこらの獣でも仕留められそうなほどの凄みを眼に宿している。
男は遂に薄暗い廊下を渡り切り、両開きの扉の前へと辿り着いた。
ギギギ……と不快な音を出しながら、真鍮製の扉を開ける。するとそこでは、何十、いや何百もの白装束姿の人間が、ズラリと並んで扉を開けた男を出迎えていた。全員が全員、何のラグもなく、見計らったかのように扉へ振り向くその光景は不気味そのものだ。
一本の道を作るように整列する人々は、男を羨望のような眼差しで見つめるばかりで、声一つ上げない。しかし男は気にもせず、むしろ満足げにその光景を見渡した。
「ウルティオの信徒達よ! 我らが王、アポス王の入場であるぞ!」
そして誰が言ったのか、静寂を破り捨てるような怒号とともに、やかましい程の歓声が響き渡る。男はその中をただ歩き、目の前の玉座へと向かう。そして、ドシリとそこに座り込めば、傲岸不遜な態度でもって信徒たちの歓声を手で制した。
また、暗い地下に沈黙が流れる。
「これより、『祈り』を始める」
しかしその刹那、群衆に紛れた一人の刺客が剣を突きつけた。
「覚悟ぉ‼」
閃く短剣を握りしめ、玉座ごと王を打ち取らんと襲撃を敢行した何者かは走った。
だが、それは失敗に終わる。
「が、はっ……!」
突如として足元から現れた数多の『腕』によって、襲撃者の体は貫かれ、鮮血を床に飛び散らせる。そして、その矛が王に届くことは叶わなかった。
狙われた当の本人は眉一つ動かさず、血濡れで呻く反逆者をただ眺めるだけである。その眼の奥には何も灯らず、虚ろな色をしているばかりで中身が無い。
「邪魔だ。片付けろ」
「はっ」
どこから現れたのか、黒い装束に身を包んだ女が男の命令に従って襲撃者の遺体を運び去っていく。
そしてまるで何事もなかったかのように、王と呼ばれるその男は、機械的な口調でもう一度宣言した。
「これより、『祈り』を始める」
「破滅の願いを、消滅の希望を、悪殺の執念を」
その言葉には呪いを。
「どうか、どうか聞き入れ給え、受け入れ給え」
その言葉には願望を。
「悪神デルスの使途たる異形を、御身の光で滅し給え」
縋るように、乞うように。
「さもなくば、我らナーヴァの信徒らが、この世を業火で灰燼に帰そう」
自らの神へ突きつける。
これは怨嗟と憎しみ、その果ての末路。
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