第9話:初仕事
「何やるんだろう、緊張する……」
「………」
「ここでは、色んな依頼が毎日来ます。一つ一つ依頼を聞いていたらキリがないので、今日中にしてほしいという依頼以外はすべて予約してもらって、後日依頼主が指定した日付けと場所に私たちが向かうんです。今回私たちが受ける依頼は、今日中ですので、……まぁ、あまり難しいものではないと思いますが、万が一危険な可能性もあるので、私の指示をしっかり聞いて下さいね? いいですか?」
長い説明をした後、しっかりと釘を刺すココは、それでも不安でいっぱいである。
「依頼の中では、人の家に上がることも多少あるから、ホントに礼儀だけは忘れないで下さいね?」
しつこい程の忠告を聞きながら部屋を出て、一階へと続く階段を降り、主に依頼する人々が集まる依頼広間にナズナ達を案内した。
「………ったく、いつまでいじけてるのよパパ‼しつこい‼」
しかしそこでは、もう周りに付き合いきれないとばかりに放っておかれ、まだ突っ伏している可哀そうな大男がいた。
「いや……だって俺、もう生きる価値ないし……」
「凄い卑屈になってる……」
「尻に敷かれるタイプだな」
「私に怒られるといつもこうなんですよ、そのくせ戦いになると狂戦士みたいに突っ込んでいくんだから、めんどくさい父親です」
しかしココはそんな父親を放っておき、ナズナ達を受付の横にある扉へと案内した。
「ここで直接依頼しに来た人に、その依頼内容を聞き取ります。ちなみに、この受付の反対に設置されたあの板には、予約された依頼の紙が貼り付けてありますので、仕事をする時はそれを取って、隣にある別の受付に提出してください。それが受理されたら、依頼要旨に従って仕事をしに行きます。あ、あと、場合によっては大人数で仕事をする時もあるので、そこのところはよろしくお願いします」
諸々の長い説明をした後、ココは扉をすぐに開けた。
その部屋の中に入れば、もうすでに一人の老人が二対ある横長の椅子の片方に座っていた。その老人は、こちらに気づくと軽く会釈をし「どうも~」と緩く言った。ナズナ達は、その向かいにココを真ん中に並んで座った。
「待たせてしまってすみませんダイトさん」
「いえいえ、気にしないで大丈夫です。……ところでそのお二人は?」
「今日入った新人です。ちょっと難がありますけど、今回の依頼に同行しますのでご理解ください」
「分かり申した。では、依頼の話になるのですが、最近、近くの森が妙に静かで、何かあるんじゃないかと心配で……ぜひ調査をお願いしたい」
「分かりました。では今すぐに向かいましょう。依頼料は、調査の後でお願いします」
「ええ、分かりました」
なんだか、とんとん拍子でことが進んでいく様子を見て、ナズナは感心したように目を輝かせる。
(すごい、これが仕事人……!)
「どうしたんだ?」
「あ、いや、こういう仕事する人っていうのを初めて見るから、ちょっと感動して……」
「そうか」
「ちょっと、お客の前ですよ……」
「ま、まぁ、元気がいいのは大変よろしいことです」
依頼人の男は苦笑いをしながらも、気にしてないという風に誤魔化していた。
ナズナがこういったものに憧れを抱くのも、無理はない。なぜなら、彼女はこれまでのほとんどが修行と旅の連続で、姉から最低限の教育は受けたものの、仕事という仕事をしたことが無いのだ。ナズナにとってみれば全てが新鮮で、未知の領域に足を踏み入れるようのものだった。
「では、わしが道案内を致します」
そう言って、その老人の案内で街を出て、広々とした草原にきた。しばらくその草原を歩き続けると、昨日まで通り抜けてきた森とは少し規模は小さいが、立派な森の前に辿り着く。
しかし、そこは妙な『違和感』を醸し出していた。
「本当なら、ここには昼間だろうがなんだろうが、騒がしいぐらい獣たちの鳴き声やらが聞こえるんですけどねぇ。今はシンと静まり返ってしまって、不気味ったらありゃしません……」
そうだ、と、エムはこの違和感の正体に改めて気が付く。
何の音もしないのだ。本来ならあるべきはずの、獣たちの囀り、草木が擦れる音、その何もかもが消え失せ、まるで声を押し殺しているような神妙な雰囲気に包み込まれている。
「行くぞ」
エムはいてもたってもいられず、その森へズンズンと突き進んでいってしまう。
「あ、ちょっと、勝手な行動しない!ここは上司である私が先に……ってもう見えない⁉」
もうエムの姿は見えず、森の中に溶けて消えていた。
「…………」
そして何を思ったのか、ナズナもフラフラと釣られて入っていく。
「ちょ、え⁉ ナズナさんも⁉ ……あーもう! すみませんダイトさん、これから調査を行いますのでここでで待っていてください! いいですね!」
「はいな、よろしくお願いしますよー」
「はい!」
急いで彼らを追いかけるため、ココはその緑の海に躊躇なく飛び込んでいく。草木が茂り、体を遮るため、うまく前に進めない。
(あーもう、なんでこんなことに……)
元はと言えば、あのおっさんが勝手に決めたせいでもあるのだが、それを拒否しきれなかった自分のせいでもあるため、悔やむに悔やみきれない。
一方ナズナは、この森の異常な状態に酷く動揺していた。
「な、なに? これ……獣たちの……感情?」
何かに怯え、逃げ隠れたいという感情が森全体に満ち満ちている。その波動をナズナは感じ取っていた。焔のような感情が点在し、恐怖で戦慄いている。そんな状況がナズナの恐怖心をさらに駆り立たせ、嫌な汗が額に垂れる。急ぎ足で森を進んでいくと、やっとエムの背中を見つけ少し安堵するナズナ。
「エム君! この森、やっぱりおかしいよ。獣たちが何かに怖がってる……」
「……ああ」
エムもまた同様に、視覚を熱源探査に切り替え、その状況を把握していた。
(何かしらの外来種が、この森に侵入しているのか?)
依然として生命体の姿は全く観測できない。しかし、エムのサーモグラフィではしっかりと生物特有の熱源をそこかしこで感知でき、この森の異常性を垣間見ることができた。
「何かいるな……、警戒しておけ、どの方向から何がくるか分からんぞ」
「……ッ! 危ない!! 避けて‼‼」
瞬間、背後に影が走り、エムを飲み込まんとその大口を開けていた。
ナズナは間一髪でエムを突き飛ばし、身代わりとなってしまった。影に飲み込まれたと思えば少女の姿は消え去り、どこにいるのかも分からなくなる。
「なん、だ?」
不可視の襲撃。
赤外線やレーダーでも捕捉できない未知の敵にエムは一瞬対応が遅れてしまった。外界と自身を完全に希釈させるその技能に驚愕するが、すぐに体制を立て直し、エムはその外見不詳の獣と共にいるであろう彼女に呼びかける。
「おい、大丈夫か⁉」
「だ……だい……大丈、…………じゃない‼‼ いだ、痛い!痛い痛い痛い‼‼‼」
ナズナの悲鳴が森に響き渡り、一時を争う状態だと認識させられる。即座に見つけようとするが、その必要はなかった。
ナズナが能力を使ったのか、遥か高い木の側面に薄っすらと赤い輪郭が見えたかと思えば、ゆっくりとその奇怪な獣の正体が明るみになっていった。
その姿の第一印象は、とにかく『長蛇』であった。
「デカいな……」
目算で20メートル弱はあるだろう長い胴体。
今まで現わさなかった姿は、まるでウツボに爬虫類の脚を継ぎ足したような、なんとも歪で醜いものであった。ナズナは、その今にも閉じ切りそうにギチギチと迫る口に挟まり、苦悶の表情でそれに耐えていた。
「おい!そのままそいつを能力で支配できるか?」
「………むッ………りッ………」
能力でかろうじて保ってはいるものの、それも時間の問題だった。奇怪な獣はその巨体からは想像もつかないほどの俊敏な動きで木を伝って蠢めき、振り回されるナズナは、満足に身動きができない状況であった。
「………………あッ…………………」
すると、その風圧に耐え切れずナズナの被っていた帽子がとうとう吹き飛ばされ、ヒラリと舞い落ちた。自分の危機的状況など頭から消し飛ばし、ただ落ちていく帽子だけに目を奪われ、取り戻そうと必死に手を伸ばす。
しかしその瞬間、さながら猿のように木々を伝い、掻っ攫う形でその帽子を掴んだ少年の姿をナズナは目撃した。
「え」
追い着くと同時に獣の背後にへばりついたエムは、間髪入れずに左の銀腕を滑る背中に叩きつけた。蠢く銀の流動体は瞬く間に獣の顔面を覆い、その大口を無理やりに抉じ開けた。爬虫類なのか魚類なのかも分からないその獣は当然暴れ、背中に張り付いた鉄塊を外そうと躍起になって身もだえる。
「…………………‼‼‼‼‼‼」
周囲の木々に飛びついては人の悲鳴にも似た鳴き声を叫び、殺されまいと必死に藻掻くその姿に、エムは懸命に生きる生命の輝きを見ていた。そんな呑気な感動とは裏腹に、ナズナは顔を真っ青にしながら振り回されていた。
(ちょぉ! む、無茶し、しないぃぃぃ!)
しかしそんなことはお構いなしに、エムは帽子を無理やり被せたナズナを引っ張り上げた。そして一瞬宙に投げ出したかと思えば、反対の右腕を獣の背中に叩きつけ、言った。
「放電開始」
直後、バリバリバリバリバリ‼‼という轟音と共に、獣は眩いほどの紫電に覆われた。右手から流れ出る1万ボルトもの高圧電流に長蛇の獣はなす術もなく体を焦がし、力なく空中で停止。何十メートルもの高さからの自由落下に、ナズナは恐怖のあまりかつてない絶叫を森に響かせる。
「ああああああああああああああ落ちる落ちる落ちる‼‼‼‼‼‼」
「叫ぶな、大丈夫だ」
ナズナの絶叫を軽くあしらい、エムは銀腕を収束させ、厚いマットのようなものを構築。なんとか地面へと着地した。
「……」
「なんとかなったな」
「……………………………まぁ、うん、助けてくれてありがとう」
疲労困憊といった様子でナズナはエムに礼を言うが、またもやぞんざいに扱われたため少し不服だった。しかし、助けてもらったのは事実であるため、文句は言わない。
差し伸べる手に応じながら、ナズナは恐る恐る周囲を見渡す。
「これで、任務は完了?」
「いや、こいつが一匹だけとは限らん」
確かにその可能性はあるが、この化け物が複数体いるとなると、とてもナズナ達だけでは対応しきれないだろう。うじゃうじゃいる様子を想像して、ナズナはゾッと悪寒を走らせる。
すると、ずっと後ろから追いかけていたココが、うんざりした様子で追い着いてきた。
「…………あ! やっと見つけた、ちょっと‼ 先走らないでくださいよ‼ 何がいるのか分からないんだから……って、えええええええ⁉」
「あ、ココさん。すみません、勝手に」
「遅いぞ」
「あなた達が早すぎるのよ! ……いや、それはもういいとして、その倒れてる化け物はなんですか!?」
「今さっき倒した。気絶させはしたが、まだ動くかもしれん。慎重に処理を、…………ッ!」
エムが背を向け警戒を数俊解いた直後、電流の出力が甘かったのか、その獣は尚も立ち上がり、ナズナへと襲い掛かってきた。しかし、それをさせまいとするココは誰よりも速く駆け、ガズンッ!と一発、獣の顔面に剣を突き立てた
「な⁉ はや……」
「………」
「フフン、これくらい訳ないですよ!」
自慢げに胸を反らすココ。
突き刺した剣を引き抜きながら、ビュンッと振って血を地面に飛び散らし、そのまま剣を腰の鞘に納める立ち振る舞いは、幼いながらもプロ特有の洗練さが見て取れた。
「本当に凄いな……」
その一連の動きに、エムは驚愕の念を抱かずにいられないようで、いきなりココの体にグイッと近づき、凝視し始める。
「へ」
「な⁉」
「ふむ……」
呆気にとられるココは、いきなりで反応ができない。しかし、徐々に理解したのちに、胸を隠しながら高速で後ずさった。
「い、いきなり何ですか⁉」
「少し気になっただけだ。問題ない」
「いやあるわ! 乙女の体を凝視って……、しかもそんな至近距離で、一歩間違えたら犯罪ですよ‼」
「そうだよエム君! 何してんの」
「すまない、調査の一環というだけだ。気にするな」
「気にするっつの!………はぁ、それで、この一体だけですか? 出てきたの」
「はい、今のところは、でもまだ分からないんです……、どこかに隠れているかもしれないし」
「うーん……いや、多分もう出てこないと思いますよ」
しばらくココは、その仕留めた生き物を観察し、考えた後、断定するように否定した。
「え? 何故です?」
「この獣、本来はこんなところで生息しているはずがない生き物なんです。それにもっと小さい。名前は確か『へブラル』だったかも……。生息地と全然違う場所で、こういう巨大化した強力な獣が発生することが稀にあるんです。人々はそれを『異形種』と呼んで、異形者同様忌み嫌っていて、…………いや、実際は異形者と混同して、彼らの迫害に拍車をかける原因にもなっているんです」
「特殊能力も持っているのか?」
「はい、本当に出てくるのは稀なんですけどね」
複数体いる可能性がほとんどないため、とりあえず応援を呼び、駆け付けた非戦闘員の職員で死体をその森から運び出す。これほどまでの異形種を見るのは初めてなのか、ほとんどの職員がたまげた様子で荷馬車に運び込んでいた。
「いやー、ホントになんとお礼を申し上げたらいいか……」
「いえ、これが私たちの仕事なので、これからも困った時があったらぜひうちへ来てください」
「ああ、喜んで来させてもらうよ。はいこれ、代金の銀煌銭50枚ね」
依頼人の老人はそう言って、ジャラジャラと硬貨らしきものが入った袋を手渡してきた。ウェルガンを中心としたここら一帯の国々では、『銅煌銭』『銀煌銭』『金煌銭』といった通貨が使用されている。原則として100銅煌銭は1銀煌銭、100銀煌銭は1金煌銭とされており、それぞれの硬貨にウェルガンの象徴であるヴェグラ(鷹のような頭部に龍のような胴体を持つ伝承上の獣)の絵が彫られている。
報酬を受け取ったココは一礼し、営業用スマイルを老人に見せた。
「ありがとうございます!でも、今度からは受付に入金してくださいね」
(私、ほとんど何もしてないけど……)
やったことと言えばとどめを刺したぐらいで、その間はずっと雑木林と格闘していただけのココは、なんとも釈然としない様子であった。
「いい? 今回はなんとかなったかもしれないですけど、今後は勝手な行動を控えるように、ちゃんと先輩たちの指示に従ってくださいね⁉」
「はい、ごめんなさい……」
「善処する」
「まぁ、ちょっと遅れた私にも責任はありますけどね。とにかく、店に戻って報告しないと」
森の異分子を排除したことで、先ほどまでの静寂が嘘のように、いつのまにかそこは騒々しい自然へと還っていた。異形者以外の特殊能力を持つ獣、その存在を隈なく調べたいという衝動がエムを突き動かし、何でも屋へと足を急がせる。
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