第8話:腕合戦

筋肉が人の形をしたような巨漢を目の前にし、ナズナは状況が飲み込めず、ただそのプレッシャーに戦慄するだけだった。


「……ヒィ‼」

「…………」


ガタガタと震え、エムの後ろで裾を掴みながら小さく悲鳴を洩らすナズナとは対照的に、エムは何の反応もせず、その雄々しく肥大した滑らかな筋肉をまじまじ観察していた。


「ご紹介します。こちらが、当店の社長である……」

「お頭のバイドゥだ、よろしくな!」


やかましい挨拶を一回すると、その手に持っていた樽ほどに大きいダンベルを縦に置き、さながら台のようにした。


「よし、じゃあやるぞ!」

「………何をだ?」

「見りゃ分かんだろ『腕合戦』だよ!」


その男がそう言い返すや否や、周りの誰も彼もが興奮した歓声を上げ、店の内側が妙な熱気に包まれていく。


「あ、あのー、なんで腕合戦なんか……」

「これは通過儀礼でしてね、ここで働く男のほとんどは、このお頭殿の腕合戦を経験しているのですよ」

「えぇ………」


何だその謎儀礼は、とナズナは突っ込みたくなるのを我慢しつつも、自分があんなガチムチとまともに腕力勝負を挑んでも、まず歯が立たないということは直感で理解できた。


「ちょっと大丈夫⁉ その人、凄い強そうだよ⁉」

「ああ、なんとかしてみる」

(腕合戦……、腕相撲のことか)

「なんとかって……」


その淡々とした声に、ナズナは若干の不安を感じつつも、あの森での立ち回りを思い出し、少しの期待が入り混じった不思議な気分になっていた。


「それでは、ルール説明をさせていただきます。この砂時計の砂が下に全て落ちる間に、一度でも手の甲をつかず堪え切れたら、挑戦者殿の勝ちです。逆についてしまったら負けです。台は掴んでもいいですが、揺らしたり、妨害をしてしまえば速失格になりますので、ご注意下さい」


「まるで試験ではなく、見世物だな」

「まぁいいじゃねぇか細かいこたぁ、折角だし楽しもうぜ‼」

「いや、いい、別に」

「ちぇっ、愛想がねぇ野郎だぜ」


きっぱりと断りを入れるエムに対し、バイドゥはぶつくさと言いながら、腕相撲……もとい腕合戦の体勢に入り、右腕を出す。やり方自体は既存の腕相撲と変わりはしないが、相手がエムとなると話は変わってくる。何十トンもの重量に堪える馬力を持ち、単身で大型重機とも比肩する兵器相手に腕力勝負など、無茶もいいところである。容易くねじ伏せられるどころか、加減のできない旧型兵器であったなら、腕を引きちぎるぐらい難なくやってのけるだろう。


(……まぁ、そんなことはしないが)


しかし、そこは次世代型。環境調査、生物捕縛に特化された個体であるM-56の精密な動作性をもってすれば、力の加減など造作もなく行える。相手の腕に過負荷を与えず、かつ力負けもしない、絶妙なラインのバランスを保つことは、彼にとってもう何度もやってきた作業に過ぎない。


「左利きだが、それでもいいか?」

「ああ、いいぜ!構わねぇよ!」


余裕の表情を見せ、ドシンと構える腕を左に変えるバイドゥ。もちろん、エムに利き腕の概念はない。しかし精密な調査が可能なこの銀腕は、触れた相手と同等の筋力を再現し、完全な拮抗を生ませることも可能なのである。エムはその筋骨隆々な左腕を握り返し、すぐさま構造の把握を開始した。


(……!凄まじいほどの筋肉密度、5トンは持てるほどだぞ、これは……)

「いいぞ、始めよう」


「では、これより、お頭殿と挑戦者殿の、腕合戦を始めます!」ハスキーボイスを張り上げ、開戦の合図を言った。


「始め‼‼」


直後。


ドウンッッッッ‼‼‼‼‼

と、二つの剛力が激突した。

しかし、ガタガタと鉄の台が揺れ動いたと思えば、ピタリと、両者の腕が固く動かなくなり、完全に静止した状態となった。バイドゥの鞭のような筋繊維が、ギリギリと張りつめており、今にも千切れそうに嘶く。


「お、おい……」

「嘘だろ、ピクリとも動かねぇぞ……」

「あのお頭とまともにやりあってんのかよ⁉」


周囲がどよめく一方で、エムは表情一つ崩さずに平然としている。腕に渾身の力を込めたはずのバイドゥは、その肌に僅かな汗を滲ませ、驚愕とともに相対した少年を凝視していた。


(ば、馬鹿なっ……なんだこの力は⁉ こんな普通の腕で、俺と同等の筋力を持っているだと⁉)


まるで、自分自身と戦っているような、今まで感じたことの無い寒気を全身で体感しながら、尚もバイドゥは自信を叱咤し、腕に万力を込める。


(俺と同等? だからどうした。俺みたいだ? だからどうした‼ 俺は俺を超えるために鍛えてきたんじゃねぇのか⁉ これくらいでへこたれてんじゃねぇぇぇぇ‼‼‼‼)


頑として動かず、常に均衡を保っていた腕のとっ組み合いが、ギリギリと動き出した。


(……!なんだこの力は、疑似筋繊維の生成が追い付かないほどの膂力。こいつ、まるで自分自身を超えようとしている………?)


しかし、時間は無慈悲にも通り過ぎていき、砂時計の砂が全て落ちる頃には、もはやエムの手の甲が台につくことは叶わなかった。


「終ぅぅ了ぉぉ‼手の甲が台につかなかったので、挑戦者殿の勝ちです‼」

「ふー……、強い! なかなかいい筋肉してるじゃねぇか、お前」

「いや、あんたも強いな」


うおおおおおっ‼‼と大歓声を上げ、周囲は二人を称えだす。


「いいぞ新人‼」

「頑張ったなー!」

「凄かったよ!」

(……)


ナズナはその一部始終を見ていて、文字通り絶句し、声が出ないでいた。筋肉と筋肉の激しいぶつかり合いに圧倒され、その熱気に完全に置いてかれてしまい、呆けた顔でボーっとしている。その矢先、ガチャリとまた一人、ナズナの後ろから店に入ってきた者がいた。


「ああ! また勝手なことやってる‼」


それは、長い黒髪にポニーテールが特徴の少女であった。重そうな荷物を懸命に持ちながら、大の大人も竦むほどの巨漢を容赦なく睨みつけている。すると、先ほどまで不敵な笑みを浮かべながら、筋肉の激突をしていた大男はどこへやら。一人の少女相手にたじろぎ、怯えた様子でその少女の機嫌を伺い始めた。


「お、おうココ。買出しありがとうな……」

「そういうことしてるから、ここに働きに来る人減ってるんでしょ⁉いい加減やめてよねパパ!」

「す、すまないココ……、いやでもね、これはこういう力を試す試験というか何というか……」

「こんな雑な試験があってたまるもんですか!」


絶賛反抗期中という様子の、きつい反応にバイドゥは涙目になり、ナズナは少し気の毒に思えてきていた。


「まぁまぁココ殿、お父様も考えがあってのことでしてね」

「どこがよ⁉まったく、せっかくの募集者が逃げちゃうでしょ。ただでさえあんまり人が足りてないのに……」

「あのー、私も、ああいう試験やらないと駄目なんですか?あんまり自信ないんですけど……」


ナズナは不安げに、入ってきたココと呼ばれている少女に問いかけた。


「あ、すみませんホントに、うちの脳筋親父が変なことやっちゃって、私はこの店で仕事を手伝っているココっていいます。働きに来た人ですよね?こちらで面接をしますので、どうぞ来てください」

「は、はい」


ペコリ、と少女はナズナ達へ軽く会釈をし、上に続く階段へと案内する。周りの野次馬たちはもう解散し、客として依頼をしに来た者達と、それに対応する従業員として、いつも通りに振舞っていた。ナズナとエムは、少女に叱られ床に突っ伏し、従業員慰められている大男の横を通り過ぎ、少女に続いて二階の一室へと案内された。


「この腕合戦に勝ったら働けると言っていたが、違うのか?」

「はい、全然やらなくても結構です。まぁ仕事の割り振りにはちょっと関係しているとは思いますけど、あれだけで採用するっていうのは、もう時代遅れなんです。散々やめた方が良いって言ってるんですけどね、頑固なオヤジですよまったく………」

「それで、その面接というのは何をするんだ?」

「とりあえず、ここで働く動機と趣味、なにか特技はないかなどを聞きます。そのあと出来る特技を実際に見るちょっとした試験をしてもらった後、採用かどうかを判断します」


扉を開けると、少し狭く埃っぽい、本が何冊も積みあがった部屋があった。ココは、持っていた荷物をその部屋の棚に置き、木の椅子に腰を掛けた。そしてもう二つの木の椅子に「どうぞ」とエムたちに座るよう促す。


「さて、早速ですが面接を始めたいと思います。まず自己紹介と、あなたがなぜここで働きたいと思ったか、その動機を言ってください。それではあなたから」


背筋をピンと伸ばし、キリっとした真剣な様子で、ココは面接を始めた。


「私の名前は、ナズナです。理由は、えっと……お金のためです」


恥ずかしそうに帽子を握りながら答えるナズナ。しかし、それとは裏腹に、ココは真剣にナズナを注視し、「ふむふむ」と独り言を呟いている。


「なるほど、お金のため、というのも立派な動機です。恥ずかしがらなくていいですよ。それで次はあなたです」

「惑星単騎探索型ヒューマノイド、個体識別番号はM-56。ここで働く理由は、この国の文化や実態を確実に調査するためだ」

「わくせい? ひゅーまのいど? な、何を言って………、それにこの国の調査?ま、まさかあなた、どこかの国の諜報員………?」


信じられないという目で、警戒したように身構えるココ。しかしそれを一蹴するように「違う」と返すエム。


「交流を深めたいだけだ。気にするな」

「そ、そう?……じゃ続けるけど、あなたたちは何か特技はある?」

「私は弓矢が使えます。それと、その……やっぱり、なんでもないです」

「……?弓、が使えるんですね、うん。なるほど」

手に持っていた書類に筆を乗せ、今しがた聞いた特技と、態度、反応を事細かに書き加えていく。


(態度は上々、性格も安定してそうで問題は無さそうかな。………だけど)


そして、ココはふと気がついたその疑問を口にした。


「ところで、その帽子外してもらっていいですか?」

「え⁉い、いやこれはちょっと無理っていうか、その……」

「面接だし、一応顔は見ておかないと」

「…………」


どうしようかとナズナは迷いながらも、意を決したように魔女帽子と眼帯に手をかけ、一気に取り外した。顔の上半分が露出し、その瞳孔がない宝石のような眼を露わにした。途端、ココは両目を見開き、驚きの声を一瞬上げかかった。しかし咄嗟の判断でそれを飲み込み、改めてその目をまじまじと見始める。


「あの……」

「あ、すいません‼ あまりにも綺麗だったものでつい………」

「怖がらないんですか?こんな目なのに」

「いえいえ、私たち、そういうのは慣れてるんです」

「慣れてる?」


ナズナは怪訝な表情でココを見つめ、その真意が知りたいとばかりに真っ直ぐな桃色の目を目前の少女へ投げかける。


「はい、私たちなんでも屋は、この国へ住みに来る異形者と呼ばれる人たちへ、生活が安定するまでの衣食住、及び自立の支援を秘密裏に行っているの。もちろんパパ………お頭の主導でね」

「そうなんですか……」

「異形者だろうとなんだろうと、悪い奴はいるし、良い奴もいる。パパはいつもそう言って、誰彼かまわず助けてきたの。時々裏切られることもあるけど、それでもパパは笑って、また人を助け続けてる。だから、安心して頼って」

「……ありがとうございます」

(そっか、エム君みたいな人も、この国にはいるんだ)

「っと、そうだった。貴方の特技を聞いていなかったね。どんなことができるの?」

「………」

(下手なことを言って、また不審がられるのも面倒そうだ)


今まで希薄であった、この世界において自分は異物以外の何物でもないという自覚が、ナズナとの交流、住民とのコンタクトにより、エムの中で芽生え始めていた。


「狩りや捕獲、対人戦闘ができる。あと手先は器用だ」

(態度はやや無感動だけど、ちゃんと受け答えも出来てる。性格も良好、……でも、なんか怪しいな)

「ふむふむ、戦闘ができて、手が器用、っと、よし!では早速、各自の特技を披露してもらうため、外で……」

「いえ、大丈夫です。できればここで見せたいので」

「?」


そして、ナズナは座っていた椅子に手の平をかざし、「はッ!」と一つ、気合をいれていきむと、赤い輪郭を纏わせ、その椅子を浮かせて見せた。いつかの泉でエムに見せた、超常の現象。それを目の当たりにしたココは、さすがに驚いたのか、口をパクパクと開け、声も出せないでいた。しばらく茫然と、フワフワと浮遊する椅子を凝視していた。が、ハッと我に返り、すぐさま面接を続ける。


「…………わ、分かりました。特技は十分見ましたので、その椅子降ろして、怖いから」

「はい!」

(凄いな、この子)


これまでココは、様々な異形者を見てきた。彼らは多かれ少なかれ世間と隔絶された特徴を持っているためか、精神を病む者、人格が歪む者など、決して良い精神状態とは言えない者が多かった。しかし異形者という立場でありながら、なおこれほど朗らかに生きて、この国まで来た彼女を見て、驚きと悲しみが入り混じった感情が湧いていた。


(辛い道だったろうに……)

「……? 何でしょうか」

「あいや、なんでもないです。では……その、名前なんて言いましたっけ?」

「エム、でいい」

「エムさんは、あのパパ…………お頭との腕合戦、耐えたんですか?」

「ああ」

「耐えたんですか?あの年がら年中筋トレばかりやって、遂にこの国では負け無しになったあの人に⁉」

「ああ、まぁギリギリだったが」

「ギリギリでも凄いですよ‼」


驚愕とともに目を輝かせたココは、興奮のあまり顔をエムの至近距離まで近づける。しかし一瞬で我に返ると、顔を赤らめてまた元の椅子に戻っていった。なんとも忙しない女だと、エムは(顔には出ていないが)困惑した。


「すみません、続けます。とりあえず、外でその力を実際に見せてください。それから、雇うかどうかを決めます」

「ああ、分かった」


そして、三人は狭苦しい面接室を出て、またもやしょぼくれて体育座りをしているお頭の横を通り、外の広々とした中庭へと移動した。そこには、見上げるほどの大岩や、拳ほどの石など、大小さまざまな岩石が綺麗に陳列されていた。その横には、弓の的らしき二重丸が描かれた板が、十メートルほどの距離に設置されており、庭というより運動場のような広場であった。


「では、エムさんはこの岩の中から選んで、持ち上げてみてください。できれば自分が持てるかどうかギリギリの岩をお願いします。ナズナさんは、あの的を、この模擬訓練の弓で狙ってください。では、どうぞ!」


直後、ナズナとエム、両者が同じタイミングで位置につく。ナズナは弓に手をかけ、矢を構え、そのボロボロとなった的を睨む。エムはその中で最も巨大な大岩に腕をかけ、薄い疑似皮膜に隠れた鉄腕に凄まじいほどの万力を込める。それぞれがそれぞれ、息を合わせたように、その完璧なタイミングでもって、自身の力を解放させた。


「………!」

「フンッ‼」


ナズナの放った一閃は空を裂き、ズガンッと一発、見事に的のど真ん中を突き破ってみせた。それと同時にエムが持ち上げた大岩は、何年も不動のまま人の目に触れられなかった岩底を露わにし、どう見ても細身なその少年に赤子のように抱き抱えられる。ゴゴゴゴゴと、まるで効果音でも出ているかのような威圧感をだすその光景は、ココに恐怖を覚えさせるほど、勇ましいものであった


「あわ、あわわわ………」


同時に起きたその信じられない光景にココはまたもや口をアングリと開け、情報を処理しきれずにとうとう気絶してしまった。


「ああ!ちょっと、それはやりすぎだよエム君!」

「君も、あれはやりすぎだと思うぞ」


大岩を元あった場所へ、ドシンと置きつつ、的どころか後ろの木まで突き破っている矢を指し、呆れた様子で言い返すエムット。


「いや、あれはちょっと緊張して力んじゃったから……、って、早くココさん運ばないと!」


慌てて駆け寄ったナズナは、とりあえずエムに抱きかかえさせ、店の中へと運び込んだ。


「すみません!あの、ココさんが倒れてしまって」


中に入れば、いまだに周りの人に慰められているお頭と、グアの姿があった。二人の様子を見たグアは何か察したのか、無情にもお頭を放ってすぐさまベッドへと案内した。


「なんですと!すぐにベッドへお連れしましょう!」


いそいそと、受付の奥にある部屋の扉を開け、気絶したココを、その部屋にあったベッドにそっと横にさせる。


「何があったのですか挑戦者殿」

「ただ自分の特技を見せただけだ」

「ちょっと、やり過ぎちゃって……、すみません」

「ふむ、ココ殿が気絶するほどの衝撃的な特技………なるほど、それなら、あなた方は合格ということで、よろしいですかな?」

「え、いいんですか⁉気絶させちゃいましたけど……」


そんな即決でいいのかと、不安げな表情でココを見つめるナズナであったが、グアはその胡散臭い顔を綻ばせて(不気味ではあるが)微笑みかけた。


「それほどあなた方が見せた力は素晴らしいものだったのでしょう。そういったものは、今の私たちにとって必要なんです。ココ殿もきっとそう思ったはずです。気絶はしていますがね。ようこそ、何でも屋へ」

「ほんっとすみません!」

「なぜ謝る?ただ見せろというから見せただけだ」

「あなたも!もうちょっと自重することを学んで!」

「フフフフフフ、元気が良いのはよいことです……」


薄気味悪いグアの笑い声が部屋に響く。

とりあえず雇われることはできた、のかは少し微妙ではあるが、それでもナズナはホッと胸を撫でおろす。一方エムは対照的に、順調にことが進んでいるのはいいが、果たして見込み通りにこの国や周辺の環境をスムーズに調査出来るかどうかを危惧していた。

しかし、色々とごたついたことは起きたが、これで正式にナズナとエムはなんでも屋の雇われ人となった。

諸々の書類を全て書き終えると、グアは言う。


「とりあえず、早速で申し訳ないのですが、一度依頼をこなしてもらいます」

「今からですか⁉ちょっと早すぎるんじゃ……それに私たち、まだやり方が分からないし」

「心配いりません。あなた方の教育係として、ココ殿に同伴させます。、彼女の言動や行動をよく聴き、よく見て、コツを掴んでいってくださいね」

「え?」


いつの間にか起きていたココは、彼が放った言葉を、数秒、脳内で反芻させた後、絶叫とともに再認識させられる。


「ええええええ⁉ 私が教育⁉」

「おや、気付かれましたか。体調の方はいかがです?」

「いかかです?じゃないわよ!なんで勝手にそんなこと決めるのよ!雇うってことなら賛成だけど、教育係なら現場の人に任せればいいじゃない」

「ココ殿、貴方はこの店の雇用を司る御方なのですよ。しっかりと人を見定めてこその人事、それが貴方の使命ではないのですか?それに、今は現場の者が全て出払っておりますので、動ける者がいないのです。今日だけですのでご勘弁を。私も大事な用があるので、これで失礼しますぞ」

「ちょっとぉ‼ ごちゃごちゃ言っといて結局最後のがホントの理由でしょぉ⁉」


面倒ごとを押し付けただけのようにも見えるグアは、そそくさとその部屋を後にし

た。


「あのおっさんめ……」と唸るように恨み節を零しながら、扉を睨めつけるココ。


その様子を見ていたナズナとエムは、困惑した様子でそのベッドに座った少女に問いかけた。


「ココさん、依頼ってなにするんですか?」

「仕事をするなら早く行くぞ」

「ちょっとエム君、敬語ぐらい使いなさいよ……」

「必要か?」

「必要だよ!失礼でしょ⁉」

(……)


ココは、この二人から感じるそこはかとない問題児臭を前に、嫌な予感がしてたまらなかった。特にこの、エムと名乗る青年、諜報員ならもう少し慎重にやってくるのだろうが、こう雑に入ってくるところを見ると、疑うのも馬鹿らしく思えてくる。だが、油断は禁物であろう。

今、他にこの新人に手本を見せる者がいない以上、自分がやるしかならない。少しばかり気怠い気分になりながらもココはやる気を奮起して、重い体をベッドから立ち上がらせた。


「じゃあ、仕事の説明をしていきますから、ついてきてください」

(今日一日だけならまだ、大丈夫。……かな?)


一抹の希望に縋り、どうか何事もなく平穏無事に依頼をこなせますように、と願うココ。そんな藁にも縋るような思いも知らず、ナズナは初の仕事に、若干緊張した様子であった。

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