第6話:過去

歩いていくうち、一面に広がる草原だったのが、民家らしき家々が点々と増えてきていた。そうかと思えば、やがて家や立派な建造物が密集する賑やかな場所に着いた。人々は入り乱れ、盛況を謳歌し、華やかな雰囲気がそこら中に満たされている。まさに都、文明の最前線とも呼ぶべき場所だと一目で分かった。


「ここが、都市なの?」

「君は来たことは無いのか?」

「うん、……昔姉さんがここの研究機関で働いていて、学んだこととか驚いたことをよく聞かしてくれたんだ。話には聞いていたけど、実際見るのは初めてで……ちょっと驚いた。ここにいたんだ。姉さんが」

「今は、その姉はどこにいるんだ?」

「……その話は後にしよう。ほら、なんかいっぱいお店あるよ! ここまで守ってくれたお礼がしたいから、なんか奢らせて」


何かをごまかすようにナズナは少年の姿をしたエムの手を引っ張って、町の奥へと進んでいく。魔女帽子に隠れて見えない彼女の瞳に、一体どんな感情が灯っているのか、エムにはそれが分からなかった。

それからナズナ達は雑踏を掻き分けつつ、買い食いをしながら石と木で出来た都市を散策していた。すると、酒屋のような店を見つけたので、ナズナ達はそこで昼食をとることにした。


「なんでも言って! 奢るから!」

「ここの酒を調べたい、あるだけ全ての種類の酒を頼む」

「い、いや、出来れば予算の範囲内でお願いします……」


ひきつった顔をするナズナをよそに、エムは店内の様子をまじまじと眺めた。

中には、歴戦のつわもの、暇そうな婦人たち、昼食通いの労働者、昼間から飲んだくれる落伍者等々、それぞれ雑多にテーブルを囲み、騒がしくしていた。

入ってみるや否や、旅人が珍しく感じるのか。視線を感じずにはいられない。

店の奥にあるカウンター席に座り、ナズナ達は早速、注文書にある適当な昼食と酒を注文した。


「あなたってホントに遠慮がないね」

「君が困るのなら、もうしない」

「うん、そうしてくれると助かる……」

その大胆というか遠慮が無い精神性に、驚くやら呆れるやら、忙しいナズナだった。


しかし、すぐ後ろの席に座っていた男たちの会話を聞いて、ナズナは途端に冷や水をかけられたような気分に叩き落された。


「なぁ、近所の陶器屋のおっさん、あれ、異形者だったらしいぞ。昨晩それがバレて夜逃げしたって」

「マジかよ……こえぇ……」

「あそこの器、結構ものが良くて評判良かったらしいけど、やっぱ、あれか、特殊能力ってやつか?」

「確かに良かったな。俺も使っていたし、でも、やっぱ近寄りたくないよな……危険かもしんねぇし」

「王様もなんであんな危ない奴ら、取り締まらないのかね」

「俺も入信しようかな……」

「………」


ナズナは、少し俯きながら何も言わない。

口をギュッと閉じ、手を固く握りしめていた。

丁度、焼きすぎて硬くなったような料理とも言えないステーキが出てきたが、ナズナは一口もそれに手を付けない。隣では、少年の姿をしたエムが、文字通り少年のような勢いでナズナを横目にステーキを観察していた。


(思ったよりも異形者に対する恐怖心というのは根強いようだな)


後ろの彼らの反応も、決して不自然ではない、むしろ、自分に危害を加えてくる可能性があるような異形の存在に対してならば、それが自然な反応なのだ。


「食べなければ、燃料計は満たされないぞ」

「……うん」


促され、ナイフとフォークを手に取り、おずおずとステーキを口に運んだ。


「硬い……」

「それに、不味いな」


なぜこんな料理の店がこれだけ盛況なのか、はなはだ疑問だが、それでもとりあえずそれを食いきり、金だけは払い、その酒場を後にする。


「……よし!今夜泊まる宿を探そう‼」


無理に空元気を奮い起こしているのが見え見えの、少し痛ましい声を上げるナズナ。それにエムは触れず、通常通りの反応で言葉を返した。


「ああ、先に宿を探そう、そのあとに、俺は色々と調べ足りないところを周る」

「分かった、私もついていっていい?」

「何故だ?」

「………私も、この国を見てみたいから」


なにかを憂いているような、陰りのある表情を一瞬見せたが、すぐにまた顔に笑顔を貼り付け「行こう」と促すナズナ。


「……分かった」


諦めたような声音で返し、エムはナズナの後を追った。その途端。


「あのー、旅人さん、ですよね?」


いきなり怪しげな一人の男に話しかけられた。背は見上げるほど高く、目が細い、足の先まで伸びる黒いコートを身にまとった、どことなく胡散臭い雰囲気を醸し出す妙な男であった。


「はい?」

「これは申し遅れました。私、こういうものです」


と、おもむろに文字が刻印された、名刺のような鉄板を差し出してきた。そこには、ウェルガンなんでも請負屋という文字と、グアという名前が書かれていた。


「ウェルガンなんでも請負屋?」

「はい、私たちは、主にこの国の人々の手助けをしている……言わばなんでも屋のグアと申します。何かお困りになっていることはございませんか?」


「なんでも屋、か……」警戒するように、その男を睨みながら、隣にいるナズナに耳打ちする。


「どうする?この人間、少し胡散臭いぞ」

「いや、多分大丈夫。悪い人じゃないみたいよ。悪意も感じないし」


ひそひそと相談し合うナズナ達を前に、一切動じずに眺める男。その不気味さに少しゾッとしながら、答えるためにナズナは前を向いた。


「あの、私たち泊まるところを探してるんです」

「宿泊所ですか!」


ポンッと手をつき、思いついたように、そのハスキーボイスを張り上げた。


「でしたら私が知っている所にご案内します。料金も手ごろで、旅人にはピッタリのところがあるんですよ」

「まて、その前に、その手助けとやらに料金はいくらかかるんだ?」

「……今回は料金を受け取りません。これは、あくまで宣伝の一環でして、こうして道行く人の手助けをしているのですよ。何か困ったことが起きましたら私たちなんでも屋にご相談ください。その時は、キチンと料金は支払って頂きますけども。これ、この国の地図です。これを見れば迷わないで済みますし、すぐ私たちの店の位置が分かります。ぜひご来店下さい」

「は、はぁ、ありがとうございます」


若干の圧に少したじろぎつつ、地図を受け取ったナズナだが、この男が本心で自分たちを手助けしてくれているという善意は感じ取っていたため、あまり不安は無かった。エムはというと、地図はしっかり受け取ったものの、まだ警戒している様である。


「さぁ、行きましょうか」


案内をする男についていき、ほどなくすると、木造で出来た、小綺麗だが少し古い見た目の宿の前へと辿り着いた。


「では、私はこれで。何かお困りのことがあれば、その地図にある、ウェルガンなんでも屋と書かれた場所にいらして下さい。今なら旅人サービスでお安くなりますのでどうぞ宜しく」

(ち、近い……)


男に薄気味悪い顔をグイッと寄せられ、もろに圧を受けるナズナ。しかし、冷や汗をかきながらも、お礼の言葉だけは忘れずに言った。


「わ、分かりました。ありがとうございます……」

「ああ、案内してくれて、感謝する」

「いえいえ、これも私たちの仕事ですから、当然のことです。では」

最後まで気味の悪い顔のまま、その善良な男は、どこかへと立ち去って行った。

「……」

「……?どうしたの?」

「いや、変な人間もいるものだなと」

「確かに、見た目は怪しいけど、案外優しい人だったね。誰かさんと同じで」

「誰かさんとは誰だ?」

「さぁ、誰だろうねー」


ナズナは適当に誤魔化しながら、宿屋に入った。そこでは、一人の老人が受付をしていた。耄碌して耳が聞こえにくいそのばあさんに、なんとかここに泊まりたい旨を伝え、金を払い、少しギシギシとする中を渡り歩いて、その木で出来た薄暗い、二人なら十分な広さと数のベットがある部屋へと案内された。


「よし、外へ行こう」

「ええー、もう少しゆっくりしたい……」

「別に無理してついてこなくてもいいぞ」

「それじゃ詰まらないよ。私もついてく!」

「……勝手にしろ」


ナズナは身にまとっていた外套を自分から剥ぎ取り、多少の解放感を味わいながら宿屋を後にし、人々が多くいる外へと繰り出した。


「やっぱり人が多いね。それに建物がどれも大きい。さすがは都!」

「あの店はなんだ?行ってみよう」

「ああちょっと!」


フラフラと、目についた面白そうなものに片っ端から寄ってしまうエム。彼の年齢がいくつかは分からないが、その姿はさながら少年のようで、見ていて危なっかしいものがある。

彼が入ったのは、なんだか寂れた、薄暗い店だった。


「この店は服屋みたいだね。……うわ凄い! 何この服、こんな質が良いの初めて見た……」

「…………‼」


エムもその服の完成度に驚いたのか、凝視し、興味深そうな反応を見せる。それもそのはず。


(この出来は異常だ。こんな工場で大量生産されたような、不均質の欠片もないこの服はなんだ? 見たところ、この星の文明レベルは地球よりも3000年以上離れたものだ。だというのに、……いや、そもそもここは、我々の星の基準で測ってはいけない場所だということは、この星に降り立ってからもう嫌というほど学習したではないか)


しかし、この服の疑念を拭わなければ、前には進めないとばかりに、エムは店長を探した。


「この服の製造方法を知りたい、店長はいるか」

「え? い、いや。今は店にいません。買出しに行っていますので……」


店番をしていると思わしき女性にエムは詰め寄り、その偽物の顔面で間近に迫った。案の定その店員の表情は青くなり、おどおどとした返事しか出せなくなってしまう。


「ちょっと、怖がってるじゃない。すみません、この人ちょっと常識が無くて、……っ!」


その女性を見た瞬間、ナズナの表情は固まり、かつ、何かに気づき、察したかのような反応を見せた。


「?どうした」

「……すみません、もう出ますね」

「おい」

「いいからッ!」

エムの手を強引に掴み、早足でその寂れた服屋を後にする。


「おい、どういうことだ」

「異形者だった」

「何?」

「あの人は……多分店長さんも、異形者だと思う」


確信したような震える声で、そう呟きながら、ナズナは前を向いて歩くばかりでこちらを振り向かない。


「何故分かる」

「私には分かるの。エム君の時は、異形者だと感じ取れなかったから混乱したけどね」

「 ……その能力は、異形者の判別まで出来るのか」


(先の酒場の会話と、ナズナの発言を考えるに、この国には一定数、軽度の異形者が隠れ住んでいるのだろう……。だが妙だ、普通の人間にしてみれば、異形者は不穏分子のはず、この国の王が何の対策もしていないのは何故だ?)

「少なくとも、あの人たちは平穏に暮らしている。そこに私たちみたいなのがかき乱しちゃ駄目なんだよ」

「……」


街中を帽子の隙間から眺め歩くナズナに、後ろからついていくエム。

なにか思うことがあったのか、両者とも考え込むようにして会話はしなかった。

少し歩くと、大きい噴水が流れ出る広場のような場所に着いた。水流がせせらぐここは、まるで空気が澄み切っているようで、いるだけで心が休まる。ナズナは噴水の近くに腰を掛け、流れる水面をボーっと見ていた。

しかし、その沈黙を切り捨てるようにして、ふとエムは、当然と言えば当然の疑問を口にする。


「君が、ここに来た目的はなんなんだ?」

「……正直、自分でもよく分からないや。姉さんがいたこの国で、生きていた証を見たかったからなのか、ただ単に、他に行くところが無かっただけなのか、曖昧で……、分からないの。分からないまま助けられて、分からないままついていった、あなたとの冒険は、ちょっと乱暴だったけど……楽しかった。でも明日でお別れだね」

「…………ああ、そうだな」


目的を果たしたということは、もう共に行動する理由もないということ。たった数日の、目まぐるしい旅を脳裏に思い浮かべながら、ナズナは立ち上がり、思い切りの笑顔で少年姿のエムを真正面から見据えた。広い鍔の帽子から溢れんばかりの赤髪が宙を舞い、サラサラと流れる様が印象的で、宝石のような目が美しい。


「じゃあ改めて、ここまで連れてきてくれてありがとう、エム君!」

「……ああ、こちらこそ、道案内をしてくれて感謝する」


几帳面に返事をするエムの反応に、照れくさそうにしながら「じ、じゃあ、そろそろ宿に行こっか」と、ぎこちない動きで、宿へと向かう。エムはその隣を、ただ無言で歩いていくだけだった。

宿屋へ着いた頃には、もうすっかり日は暮れていて、またもや耄碌ばあさんとのコミュニケーションに四苦八苦しながらも、やっと部屋に入ることができた。中は、仄かに灯る謎の鉱石が二つ、壁に掛けてあるだけで、やや薄暗い。

ナズナとエムは、帰りに買ってきたサンドイッチ的なパンを夕食にし、今日は早々と寝ることにした。鉱石に蓋をすれば、部屋は暗黒に包まれ、一寸先も見えないような暗闇と化す。しかし眠れないのか、ナズナの桃色の目だけは爛々と光り輝き、一瞬、宝石が浮いているのかと思えるほどはっきりとしていた。


「ここは良い国だ。少し見ただけでも大きく発展しているのが分かる。なにより、人が多い。これなら調査も容易に行うことができるだろう。それで、聞いてもいいか?」

「何を?」

「君の姉は、その」

「…………死んだよ。殺されたって言った方が、正しいかな」

少し躊躇いながらも、ナズナはその口を開き、語り出した。

「理由は、聞いてもいいか」

「…………もう5年も前になるかな。その日は、姉さんが久しぶりに帰ってきてくれた晩のことだったの。私はいつものように料理を作って、帰ってきた姉さんと一緒にいたの。姉さんが仕事で聞いてきた凄い話とか、面白い話とかを聞いて、楽しかったなぁ。……だけど」

そして間を置いたそのあと、ナズナの目は怒気と憎しみの眼光を孕ませ、ギラリと闇を照らしていた。

「だけど突然、奴らが来たの」

「奴ら?」

「ウルティオ国境騎士団。私の存在を聞きつけて、ウルティオの騎士達が、村に押し寄せてきたの。村の人たちは私と姉さんを売り、姉さんは私を庇って地下室に押し込めた」


エムは何も言えぬまま、沈黙を貫き、ただ聞いていた。


「子供だった私には、何がなんだか分からなかった。ただ震えて、姉さんの言いつけ通り静かにうずくまっていることしか出来なかった……、そして、日の出が見え始めたころ、異変に気付いた」


宵闇に紅い輪郭が灯り始める。そこにナズナがいることを再認識させられるほど、彼女の激情が荒れ狂い、赤熱していることが伺えた。


「地下室から出てみれば、村一面が焦土で覆われていた。全て燃やされたよ。全てね。後に残ったのは炭化した村人達の残骸と、この青紫の帽子だけだった」

「殺されたという確証は無いんだろう?遺体を見ていないんだ。その騎士団に捕えれて、まだ生きているという可能性も」

「『異形者と関わった者は問答無用で拷問、処刑すべし』、ウルティオが掲げる理念の一つだよ。仮にあの時、連れ去られただけだったとしても、姉さんはもう……」

「……なぜそいつらはそこまで異形者を排斥するんだ? それに君はその後どうやって助かったんだ?」


気が付けばエムは、ただ聞いているだけでは我慢ならなくなっていた。続けざまに投げかけられた問いに、ナズナは笑いながら少し困ったような顔をする。


「質問が多いよエム君」

「……すまない、不躾だった」

「いや、いいよ別に。……質問の答えだけど、ウルティオは宗教国家で、異形者は排斥対象なんだよ。君は知らないだろうけど、この世界では一度〈異形戦争〉って呼ばれる大きな戦争が起こったんだ。その渦中にあったのが〈ウルティオ〉なの。もう数十年も昔のことだけど、その余波は今でも残っていて、………それが異形差別の一因にもなってる。もう一つの質問だけど、私があの後どうやって助かったのかは、正直あまり憶えていないんだ。いつのまにか通りがかったおじいちゃんに匿われて、この話も、その人から教えられたことでね……」

「…………」

「きっとあそこの王様は、異形が憎くて憎くてしょうがないんだろうね」


宗教国家〈ウルティオ〉。


元はどこにでもあるような普通の平和主義国家だった。かつてはウェルガンと共に友好を築き、交易を行っていた時期さえある。しかし異形戦争を契機に、ウルティオの国家体系は著しく変貌を遂げた。

主に善神ナーヴァを信仰の対象とし、異形者を悪神デルスの使途として、異常なまでの排斥と粛清を繰り返す独裁国家となった。だが矛盾したことに、戦争となると奴隷として使役した異形者を軍事利用し、その特殊能力でもって戦場を蹂躙した。結果として瞬く間に戦果を挙げ、領土を広げていったのだった。そして今やウルティオは、ウェルガンに並び立つほどの大国へと躍進を果たしている。暴君と化した王は、未だ戦争のなかに生きている。その憎悪は、嫌悪は、想像を絶するほどに計り知れない。

エムはそんな話を聞いて、どう反応をすればいいのか分からなくなり、恐る恐ると言った様子で言葉を選んだ。


「……なるほど。それは、なんというか」

「ごめん、こんな話しちゃって、もう寝よう。おやすみなさい」


と、エムの言葉を遮り、ナズナは強引に話を終わらせた。

さっきまで妖しく纏っていた赤い輪郭はもう無く、それっきりこちらに背を向けて寝てしまった。シンと静まり返った部屋の中、エムはただ無感情なその眼で、窓に映る星々を眺めるだけだった。

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