第4話:旅の道、覆う星空

途中何度か珍しい動植物を見つけては、その度に調査だと言ってすぐさま寄り道をしようとするエムであったが、ナズナがなんとか引っ張っていき、紆余曲折ありながらも順調に「平絶の道」へと進んでいった。

すると、今まで鬱蒼と生えていた木々が段々と数を減らしてきたかと思えば、いつの間にかナズナ達はその緑の奥地から抜け出していた。


「ここが、『平絶の道』」

「うん、ここからはそんなに警戒しなくても大丈夫。温厚な動物しかいないから」


そこは、森の湿気た空気とは真逆であった。乾いた風が大地に吹きつけ、砂が舞踊るような、おおよそ道とも言いにくい岩石地帯であった。そこらではかつて巨大だったであろう岩々が強風に吹き抜かれ、現代アートのように研磨された彫像と成り果て、乱立している。地平の彼方にまで映るその様は圧巻で、自分らがちっぽけな存在だという証明になりかねないほど雄大な光景であった。もう日が暮れるという時に、この景色に遭遇できたことをナズナは心の底で喜んだ。


「ふ~、今日はこの辺で泊まろう。もう遅いし」

「ああ、明日は今日の倍は移動するだろう。体力は温存しておいた方が良い」

「よし!そうと決まれば!」


と、急にウキウキしだしたナズナは一つ、先ほど弓で捕まえたカエングルを「おいしょ」と重そうに肩から降ろした。


「持つと言ったのに」

「だからいいって言ったでしょ! さっきまで散々助けられたんだから、持って当然だよ。それに、自分が仕留めた獲物は自分で責任を持つ。それが狩猟の基本だよ!……姉さんの受け売りだけどね」


丁寧に皮を剥ぎ、内臓を抜く。慣れた手つきでカエングルの解体をしていくその様子を、興味深そうにしてジッと見つめるエム。


「そんなに、気になる?」

「ああ、どんな構造をしているかと思ってな。あれだけ高温の火を噴けるその秘密が知りたい」

「あっははは、エム君は変なとこばかり気になるな」

「ん?なるほど……、そういう構造に……」


「って、聞いてないし」まじまじと見つめ続けるエムの姿は、まさに少年のそれで、可愛らしいやら照れくさいやら、反応に困るナズナだった。


「よし、できた。そして、これにエルブレの粉をまぶして焼けば完成っと」


ナズナは赤い粉末の入った小瓶を腰のバックから取り出し、綺麗に解体された肉に振りかけた。エルブレの粉とは『エルゼ』と呼ばれる植物の実と『ブレハ』と呼ばれる甲殻類の赤い外殻をすり潰し、混ぜ合わせた一般的な調味料のことを指す。保存や味付けによく使われ、地球の塩と同等に重宝されている。

木の枝に刺したカエングルの肉を、焚火にかざす。簡単な調理ではあるが、それでもしばらくするとその肉から何とも言えない香ばしい香りが漂ってくる。


「……もういいかな、食べていいよ」

「いや、俺はいい」

「え、なんで?美味しいよ?多分」

「それじゃあ俺にとって効率が良くない、俺は別に、もっと質量が多く密度が高いものを探す」

「もう暗いし、危ないよ。それに、この辺りにこれより大きい獣はそうそういないよ?」

「獣じゃなくてもいい、無機物でも、俺はエネルギーに変換できる」

「無機物って……何?」


せっかくの肉を前に、「食べない」と言い放ったエムに対して残念そうにしながらも怪訝な表情をし、ナズナは問いかける。


「例えば、……そうだな、この大きさでいいか」

「え、それって……石?」


キョロキョロと周囲を散策しに行き、おもむろに手に持って拾ってきたのは、カエングルの肉塊より二回り大きい程度の、何の変哲もないただの石だった。


「石、食べるの?」


まさか、そんなはずはないだろうと、恐る恐るエムに尋ねる。その答えにナズナは否定の返事が返ってくるのを期待したが、そんな希望も霧散するかのようにエムは淡々と答えた。


「ああ、食べるというよりは、吸収するといった方が正確だが」


と、言った直後、エムの胸部辺りがパカリと『開き』、発光する内部を外部に露出させた。そうかと思えば、その中心に位置する円形の穴に、その石を押し入れてしまったのだ。入れられた岩石は、スッと泡になって消え入り、体内に入ってしまった。その異様な光景に、ナズナは混乱するように桃色の目をカッと見開いた。


「な、なぁ⁉ 何なのあなた⁉ どこまで非常識なの⁉」

「異形者の中にも、これぐらいはやってのける個体はいると聞いているが。何をそんなに驚いている」

「そんなの、私だって見たことないぐらいのとんでもない異形を持ってる人だよ。普通は滅多に会えないの‼」

「そうなのか」

「そうなの!」


あまり納得のいっていないように、「そうか」と一言零しながら、胸部の蓋を閉めるエム。しかし代わりに、本来は色々とついているはずが、何の部位もない仮面のような顔に、カシャっと音を立てて、真四角の小さい穴が開かれた。さながらびっくり人間のようにあれやこれやと、とんでもない機能が開示されていく。


「普通に口あるじゃない。……いや普通じゃないけど」

「ちなみにこの中には、味覚センサがついており、成分分析や、味覚分析ができるようになっている」


何かごちゃごちゃと説明してはいるが、ナズナの脳みそはもうすでに理解する努力を放棄していた。


「えっと、つまり、それなら人前でも普通に食べられるってこと?」

「まあそうなる」


肉のかけらを一片、その真四角の口に放り込む。


「……、うま味成分は検出されるが、それも微量だ」

「そりゃそうだよ、そんなに粉かけてないんだし」

呆れたようにエムを見ながら、焼かれた肉にかぶりつき、一気に平らげてしまうナズナ。

「毒見は任せておけ」

「うん、任せた」


適当に会話した後、火消しなど後片付けをし、適当な岩場で寝転がり、星を見た。

その星空がまた見事なもので、網膜に焼き付けてもまだ足りないほどに、煌々とした無数の宝石が降り落ちているかのようであった。

賛美する言葉すら無意味に思える景色を前に、ナズナはあることが気になり、エムに聞いてみた。


「ねぇ、ちょっと思ったんだけどさ、あなたの故郷ってどんなところ?」

「……俺の故郷」


エムは少し逡巡したように、言葉を途切れさせる。


「言いたくないなら、無理に言わなくてもいいよ」

しかし数秒した後、何の感情も灯っていない声で、静かに言葉を紡いだ。

「……あの世界は、地獄だ」

「え?」

「明日は早い。もう寝ろ。俺は見張りをする」


そう吐き捨てると、エムはナズナから背を向け、星空を見上げ続けた。その後ろ姿はどこか寂しく、遠い過去の情景を思い出しているようで、ナズナはそれ以上話しかけることができなかった。


(私と同じ、か)


宵闇と星明りが二人を包み、安寧と深い眠りをもたらしていく。意識は徐々に薄れ、微睡みの中に消える感覚だけがナズナの心を満たす。しかし不安は無い、恐れも無い、ただ、暖かい温もりがそこにあるだけだった。


「姉、さん」


ナズナの可愛らしい口から、小さく寝言が零れ出し、そのあとはスース―と寝息を立て、深い眠りについたようだった。


「……」


エムはただ静かに、銀の腕を薄くし、掛布団のようにナズナの上へそっとかけてやっていた。気まぐれか親切か、エム自身よくわからないという風に、寝ている少女の無垢な寝顔をジッと見つめた。


「人間じゃない、か」


その言葉を胸の奥に反芻させ、また無限に広がる星空へと目をやる。

焦がれるように、デジタルチックな瞳を動かし、彼方にいるはずの白衣姿をエムは思い出していた。


『愛してる』


彼女の最後の言葉は、一体何の意味があったのだろう。

そればかりが、頭に付いて離れなかった。

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