第51話・白百合の知らえぬ恋は・3
「女御様!」
弘徽殿の説明を聞いて怒ったのは龍田中納言だ。
「なぜ『出ていけ』」などとおっしゃったのです!? これからどうされるのですか!? 鳥辺野の死体遺棄事件は!? 桐壺様にかけられた嫌疑は!?」
「ちょっと待って待って! そんなにまくしたてないでよ龍田。……だーかーらー、わたくしだってやりすぎたって落ち込んでるんだってば!」
泣きそうな顔で龍田にすがりつく弘徽殿をあやすように抱き返しながら、龍田は険しい顔で考え込んでいる。
「だいたい犬君だって怒りすぎだと思うわ! わたくしも失礼なこと言ったかもしれないけど、そんなに悪いこと言ってないわよ。目立つから知り合いでしょって言っただけ。乞巧奠のときなんかみんな、晴朝にもっとあからさまな悪口言ってたわ。それには知らん顔していたのに!」
わーんと泣きつかれて、龍田は困った顔で頭を撫でた。
最近の犬君は重用されて頭に乗りすぎている。あるいはもともとあのような性格で、庶民ゆえ怖いものを知らないのだとも解釈できる。
他の公卿が言う悪口は正体の露見を避けるためにかろうじて黙り通したのだろう。弘徽殿の女御のからかいは、そうしてここまで我慢して彼女の体面を保ってきた犬君にとっては衝撃的な裏切りだったのだとも推測はできる。
白子とは、全身の色素を持たない先天性の病のことである。歴史上たびたび人にも動物にも現れて、動物のそれは領地内で発見されればたちまち捕獲されて神獣として献上された。昔には白い獣が献上されたことを喜んで元号が変わったことすらある。しかし人間の場合は――。
穢れ、である。ある氏族に伝わる祝詞にも記載されている。
一方で、白子が皇族に生まれた場合は率先して継承権を与えた記録もある。
吉凶半ばする特質、状況によって穢れとも聖性とも解釈される。吉祥として愛でられたかと思えば奇妙だ穢らわしいと蔑まれ、どんなに人の注目を嫌って他にない色の髪を冠に押し込めても、押し込めきれない色が光をこぼすように目立ってしまう。美しいと思われようが、忌避されようが、一生好奇の眼差しから逃れられない。
それが、白子である。
その白子だが、そこまで異端視されるからにはもちろん数が多いわけではない。今現在、この都のうちで若くして白金色の髪を持つのはただひとりだけ。
紀氏の一派が土御門家の娘と結ばれた
本当に彼を初めて見たなら、まずその髪の色に驚いて目を疑う。恐れて嫌悪を示す。あるいは涼やかで美しい顔立ちが金色の髪に似合いすぎるせいで、女官であればうっとりと見惚れて動けなくなる者が出る。それを犬君は他の人間と変わらずに接した。動揺も忌避もしなければ、魅入られることもなかった。紀晴朝を見て「何もない」ならば、それは初めから彼の存在を知っていたということ。頭も服も黒づくめの殿方たちの中に、光の糸のような金色の頭があることを「初めから想定していた」ということなのだ。
龍田は唇に手を当て、考え込む。
(さてどうしましょうか……)
道義的にいえば、その恋人かもしれない相手に向かって、白子への偏見を笑い混じりに語った弘徽殿が悪い。と同時に、女房の立場から言えば、仮初とはいえ自分が出仕している主人に激怒するなどありえないことだ。実際に辞めさせられてもやりすぎとは思わない。
(――とはいえ……)
龍田にはひとつ、思い当たることがあった。
このまま行方知れずにして追い出してしまうより、一度引き留めて話し合ってみたい。
龍田はぐっと手を握りしめた。
「女御様、
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