第3話「光一の趣味」

『十一時の方向、敵機三体が接近』

「オッケー」


 両手の操縦桿を前に倒し、機体を前進。ある程度走らせたところで、損傷の少ないビルに飛び乗る。踏み台にしたビルに亀裂が走るが、構わずさらに高いビルへ飛び移った。


 敵機はこちらを見失っているようだった。


 ターゲット——つまり、光一の機体だ——は間近にまで来ているはずなのに、周囲には見当たらないのだろう。敵機はまだ本日導入されたばかりの、この立体的なバトルフィールドに慣れていないとみえる。


 敵機の困惑を見て取った光一は右手の親指でスイッチを押し、ビルの上から銃弾を連射。まともに食らったのが一機、右半身を損傷したのが一機、そして残る一機はほぼ無傷で後退していた——かつ、こちらに照準を合わせている。


 アラームが鳴る。


 ビルから飛び降りる。背部を銃弾がかすめる。穴だらけの道路に着地し、すぐさま横に走らせた。ビルの隙間を縫うように走り、少しずつ、右半身を損傷した機体に迫る。こちらが姿を現すと、やみくもに撃ち込んでくるが——狙いが甘い。


 ビルを遮蔽物にし、弾切れを待つ。無傷の一機の動きが気になるところだが、まだお互いに射程内に入っていない。仲間を守るつもりはないのか、遮蔽物に隠れつつ移動している。


 モニターに目を走らせる。残りの弾丸は半分ほど。リロードなどしていたら撃って下さいと言っているようなものだ。


「弾が惜しいな……」


 左手の操縦桿のスイッチを押し、ナイフを展開。同時、損傷した一機の前に躍り出る。慌てたように銃弾を放つが——その途中で弾切れを起こした。しかもあろうことか、その場でリロードを始めたのだ。相当慌てている。


 リロードにかかる時間は約五秒。


 その五秒で十分だった。


 光一はビルから出、急接近を仕掛けた。勢いのままにナイフで斜めに、深く斬りつける。機体の胸部から火花が散り、体勢が大きく崩れた。


 まだ動ける可能性はあったが、深追いはしなかった。とっさに敵機から離れた瞬間、無数の銃弾が今しがた斬ったばかりの敵機を撃ち抜いた。もしもナイフで突き刺したりしていれば、抜くのに時間がかかり、二機目ごと蜂の巣にされていただろう。


 最後の三機目は右腕を頭上に上げていた。リロードのポーズだ。


 リロードに入る前に後退したらしく、だいぶ距離が離れている。リロードが終わるのが早いか、こちらが接近するのが早いか。


 光一は三機目との距離を詰めるべく、機体を走らせた。


 間に合うか——


 有効な射程内ではないことは承知で、走りながら撃つ。相手の装甲に弾痕を焼きつける程度でしかなかったが、リロードを中断させることには成功した。


 弾丸の残量が心もとない。


 だが、それは相手も同じはずだ。


「んん……」


 ナイフを——相手も同じように展開。三機目が大きく振りかぶるや、光一はそれを受け止める。ガキン、という金属音と振動が、操縦桿とシートを通じて伝わってくる。


 続けて、斬撃を繰り出してくる。


 防戦に徹するように光一は後ろに引きながら、相手のナイフを受け、流し、回避した。業を煮やしたように突きを繰り出してくるが、光一はその突きを機体全体でいなし、反撃はせずにビルの上へと飛び跳ねた。


 当然、相手は追ってくる。


 光一はビルからビルへと飛び跳ね――モニターでくまなくフィールドの状況を確認しつつ、またもビルに着地。下からみしり、という音が聞こえた。そこからさらに跳躍し——振り向きざま、そのビル目がけて残りの銃弾をすべて撃ち込む。


 遅れて三機目が着地した瞬間、その足場が、ビル自体が根本から崩壊した。三機目はなす術もなく、ビルの崩落に巻き込まれる。大の字になった三機目の上空に飛び出した光一は、ナイフを真下に、コクピット目がけて突き立てた。


「仲間を撃ったツケがきたな」


 冷えついた声でそう言うと——勝利を告げる音楽が流れた。


 リザルト画面にスコアボードが映し出される。一位は光一で、二位以下を大きく引き離していた。三体一という特異な状況で戦うことを許されているのは光一のようなトップランカーのみで、しかもそれに勝てば、スコアが飛躍的に伸びる。


「これでしばらくはトップのままかな……」


 勝利の余韻に浸るでもなく、シミュレーションゲームの筐体から出て、光一はぐっと背筋を伸ばした。十数年前からやっているゲームだが、未だにシートの固さは変わらない。アンケートに何度も書いているが、変わるのはゲームの仕様ばかりだ。


「やれやれ、もうこんな時間か」


 腕時計を確認し、ゲームセンターから出た。

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